2013/7/28

畿内の文化財・史址を見る!49.大阪府羽曳野市の源頼朝寄進の国宝の神輿を持つ誉田八幡宮!  文化財研修記

 大阪府羽曳野市誉田3丁目2−8には源頼朝公寄進の国宝の塵地螺鈿金銅装神輿(ちりじらでんこんどうそうしんよ)を持つ誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)がある。
 旧社格は府社。主祭神は応神天皇で、応神天皇陵のすぐ南に鎮座する。
社伝では、欽明天皇の命により、応神天皇陵の前に社殿を建立したのに始まるとしており、そこから「日本最古の八幡宮」を称している。実際には、もっと後の八幡信仰が盛んになった時代に建立されたものとみられる。永承6年(1051)、元の鎮座地から1丁(約100メートル)ほど南の現在地に遷座した。
 八幡神が源氏の氏神とされることから、源氏姓を名乗る歴代の将軍をはじめ、武家の信仰を受けた。南北朝時代から戦国時代にかけては、別当職の誉田三河入道一族によって保護されたが、享徳3年(1454)より始まった河内守護・畠山氏の内輪争いにより社殿・伽藍を焼失し荒廃した。河内国を支配下に置いた織田信長により、社領を全て奪われた。
 その後、豊臣秀吉は社領200石を寄進し、社殿を再建した。天正14年(1586)に社殿が焼失したため、豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行に任命して社殿再建を行ったが、拝殿の建造中に大坂夏の陣・豊臣氏滅亡があり、建物の内部が未完成のままとなっている。
 江戸幕府も200石の社領を安堵し、数度にわたり社殿の修復を行った。
神宮寺として長野山護国寺があったが、明治初年の廃仏毀釈により大半の建物が取り壊され、現在は南大門のみが残っています。

1.誉田八幡宮駒札
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2.大鳥居
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3.境内案内図
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4.駒札
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5.大鳥居をアップで見ます!
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6.南大門(楼門、元神護寺のものです!)
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7.安産社
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8.姫持稲荷神社
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9.神馬像
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10.恵比須神社
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11.拝殿
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12.源頼朝公が寄進したという国宝の神輿(鎌倉時代、写真は羽曳野市よりお借りしました。今でも秋祭りには担がれています。誉田八幡宮の祭りは有名です。)
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13.境内にある「誉田林古戦場址」
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