2013/6/24

畿内の文化財・史址を見る!27.鑑真和上創建で多くの国宝を持つ唐招提寺!  文化財研修記

 唐招提寺(とうしょうだいじ)は、奈良市五条町にある鑑真が建立した寺院で。南都六宗の1つである律宗の総本山である。本尊は廬舎那仏、開基(創立者)は鑑真である。井上靖の小説『天平の甍』で広く知られるようになった中国・唐出身の僧鑑真が晩年を過ごした寺であり、奈良時代建立の国宝の金堂、講堂を初め、多くの文化財を有しています。
唐招提寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されています。
 多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。
「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。
金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。

1.南大門
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2.ユネスコ世界遺産登録記念碑
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3.境内図
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4.金堂(国宝、天平宝字3年(759)に創建され、井上靖氏の小説「天平の甍」の呼び名で親しまれている「金堂」(国宝)は、今回の大修理によって中世の大改修は行なわれず、江戸・明治時代の2回の大修理が行われたことが判明しました。創建以来、約900年の長きに亘って金堂は建ち続けたのです。平成7年(1995)の阪神淡路大震災をきっかけに文化財建造物の耐震性が再認識されるなかで、平成10年(1998)には、金堂を含む唐招提寺の伽藍建築が世界文化遺産となり、その保存に対する機運の高まるなか、国宝唐招提寺金堂保存修理事業専門委員会が結成されて、年間に及ぶ建物調査が実施され平成の大修理も無事終了しました。堂内には中央に本尊・廬舎那仏坐像、向かって右に薬師如来立像、左に千手観音立像のあ体の巨像を安置するほか、本尊の手前左右に梵天・帝釈天立像、須弥壇の四隅に四天王立像を安置する(仏像はいずれも国宝です。)
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5.鼓楼(国宝で鎌倉時代、仁治元年(1240)楼造・入母屋造・本瓦葺です。右後部の建物は礼堂・東室でいずれも弘安7年(1284)入母屋造・本瓦葺で国重文です。)
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6.経蔵(国宝、奈良時代8世紀、校倉造(あぜくらつくり)・寄棟造・本瓦葺)
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7.宝蔵(国宝、奈良時代8世紀、校倉造(あぜくらつくり)・寄棟造・本瓦葺)
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8.鑑真和上廟入口
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9.見事な美しい苔の庭
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10.鑑真和上御廟
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11.茶室「三暁庵」
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12.鐘楼
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13.梵鐘(平安時代の代表作、国重文)
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14.講堂(国宝、入母屋造、本瓦葺き。正面9間、側面4間。平城宮の東朝集殿を移築・改造したもので、天平宝字4年(760年)頃、平城宮の改修に伴って移築された。東朝集殿は、壁や建具のほとんどない開放的な建物で、屋根は切妻造であったが、寺院用に改造するにあたって、屋根を入母屋造とし、建具を入れている。鎌倉時代の建治元年(1275年)にも改造されているが、奈良時代宮廷建築の唯一の遺構として極めて貴重である。堂内には本尊弥勒如来坐像(重文、鎌倉時代)と、持国天、増長天立像(重文、奈良時代)を安置している。
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