2013/2/26

今庄365スキー場で木の芽城塞群の案内を見る  文化財研修記

シニアスキークラブ銀嶺会の日帰りスキー例会で今庄365スキー場へ出かけた。海の見えるスキー場として有名であるが、スキーを外して鉢伏山(760m)山頂展望台へ歩いて登る際に鉢伏山城址の案内板が立っていた。

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スキーセンターから山頂までクワッドリフト(1270m)に乗ってあがる

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リフト山頂駅に立つ山頂展望台への案内標識 ロッジ:シーサイト365

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鉢伏城址の案内板:木の芽峠から北西約700m、木の芽城塞群の中で最大、元亀元年(1570)朝倉方で築く・・

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眼下に見える敦賀湾の杉津付近の展望、向かいは敦賀半島。右手:日本海、左手に敦賀市 船が行き交っている

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稜線のシーサイト・コース(2100m)初・中級を滑る

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山谷の向こうに余呉スキー場が見える

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少し下がると木の芽城塞群図が建っている。
1鉢伏城、2観音丸城、3木の芽城、4西光寺丸城

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すぐ横に峠茶屋(休み)ラーメン

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リフト券に付いていた今庄365温泉やすらぎに入浴する。ゲレンデ前にある天然温泉

<参考資料>木の芽城塞群 越前一向一揆 木の芽崩れ の資料はこちらをご覧ください
http://homepage2.nifty.com/tsuruga/kinomejyousai1.html

木の芽山地は福井の嶺北、嶺南を分ける嶺であり、源平・南北朝・戦国期の争乱、一向一揆など、各年次にわたる合戦の要害として重要視されてきた。
山頂尾根筋には木ノ芽峠城(標高620メートル)・西光寺丸城(標高643メートル)・鉢伏山城(標高762メートル)の三城が所在する。

確認される遺構は戦国期のものである。城の遺構はそれぞれ独自の縄張りをみせており、元亀元年の信長越前侵攻にさいして朝倉氏は鉢伏山城に印牧弥六郎左衛門を入れ、本格的な城砦を造ったと考えられるが(「朝倉始末記」)、

天正元年の織田軍、同三年の一揆勢による防備など入り乱れての攻防のなかに城郭が整備されており、
一揆軍篭城のとき、西光寺丸城は本覚寺・西光寺衆徒、木ノ芽峠城は本陣として下間筑後軍、鉢伏山城には専修寺の一統が守備したとある(勝授寺文書)。

木ノ芽峠城砦群は朝倉氏・織田氏・一向一揆勢の三勢力によって築城・調整されてきた城郭で、複雑な様相をみせるが、戦国末期の攻防にともなう峠の陣城として他に例のない貴重な城砦群である。『福井県史通史編』より

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