2012/12/28

飛騨・信濃の文化財史址を見る!22.日本四国宝の城の一つ松本城!  文化財研修記

 日本四国宝の城とはこの松本城、犬山城、彦根城、姫路城です。三名城とは名古屋城、大阪城、熊本城です。
 松本市のシンボルとも言える松本城はパンフレットによると「戦国の世の、権力の盛衰とともに城主を次々と変えた松本城。築城は永正年間(1504〜21)と伝えられていますが、小笠原貞慶が整備拡充し、城下町の形を変えたのは天正10年(1582)ことです。 現存する天守を築造したのは石川康長で、文禄2〜3年(1593〜4)頃といわれています。天守は昭和25年から、文部省直轄の国宝保存工事第1号として修理されました。装飾を抑えた破風、木と木の組み合わせによる造形、朱塗りの廻縁をめぐらせた月見櫓も美しく、質実剛健の威容を携え、国内外から訪れる人々を迎えてくれます。」とあります。又、現地案内板によると「江戸時代中期の松本城の様子−本丸と二の丸からなるこの地域は、松本城の中枢である。面積約2730uの本丸御殿(政庁)と五重の天守閣がそびえていた。二の丸には、東から面積約2330uの二の丸御殿(藩庁)、面積約700uの古山地御殿(城主私邸)、松本藩の籾蔵、幕府の八千俵蔵(備蓄米2000石貯蔵)、焔硝蔵が並び、また、外敵に備えて5棟の隅櫓がおかれていた。なお、現在二の丸御殿跡は平面復元されている。」とあります。松本城は天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓の5棟が昭和27年(1952)に国宝指定になっている他、敷地全体が昭和5年(1930)に国指定史跡に指定、平成18年(2006)には日本名城100選の1つに選定されています。その後、松本城は二の丸と本丸御殿(黒書院)に続く枡形門である黒門一の門(楼門)を昭和35年(1960)、平成元年(1989)には黒門二の門(高麗門)を復元し、平成11年(1999)には三の丸と二の丸を繋ぐ枡形門である太鼓門が復元され、当時の松本城の威容を伺え知ることが出来ます。

1.松本城天主閣を遠方より見る!
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2.松本城の駒札
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3.日本最古の五重天守の松本城!
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4.国宝の太鼓門
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5.国宝の黒門
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6.本丸御殿跡から天主閣を見る!右は国宝の乾(いぬい)小天守。
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7.天主閣から見る二の丸御殿跡!
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8.物凄い階段を登り降りする!
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9.内堀と松本市街を見る!
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10.鉄砲蔵の展示の一部
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11.天守閣最上階
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国宝の犬山城は下記をクリックして、見て下さい!
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国宝の彦根城は下記をクリックして、見て下さい!
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国宝の姫路城は下記をクリックして、見て下さい!
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