2012/12/10

飛騨・信濃の文化財史址を見る!12.国史跡・高山陣屋跡!  文化財研修記

 陣屋とは、江戸時代に郡代・代官が治政を行った場所で、御役所や郡代(代官)役宅、御蔵などを総称して陣屋と呼びます。
 飛騨代官は安永6年(1777)に飛騨郡代に昇格し、当時3ヵ所あった郡代役所(関東・西国・美濃)と並んで幕府の重要な直轄領となりました。
 幕末には全国に60数ヵ所あったと言われている郡代・代官所の中で、当時の建物が残っているのはこの高山陣屋だけです。全国で唯一建物が現存する遺跡で、昭和4年には国史跡に指定されました。
 直轄領とは、江戸幕府直轄地で、幕府の経済的基盤をなした領地を言います。
 なぜ幕府は天正14年(1586)から金森氏が6代(106年間)にわたり支配してきた飛騨の国に着目し、元禄5年(1692)金森頼旹を出羽国に移し、直轄領としたのでしょうか。 その理由は、豊富な山林資源(木材)と地下資源(金(きん)・銀・銅・鉛)であったと言われています。
高山陣屋は、高山城主金森家の下屋敷(向屋敷)として使われていましたが、直轄領となってからは陣屋として代官や郡代がここで飛騨の政治を行いました。
 以来慶応4年(1868)に至るまで176年間、江戸幕府は25代の代官、郡代を派遣して飛騨の国を支配してきました。
 明治維新以後、陣屋の建物は高山県庁舎等として使用され続けました。
 昭和44年に飛騨県事務所が移転した後、岐阜県教育委員会は高山陣屋の保存へと乗り出し、足かけ16年の歳月と、約20億円という費用をかけて、平成8年3月に修復・復元が完成しました。以上パンフレットより抜粋。

1.高山陣屋の門
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2.正面玄関
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3.玄関の間
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4.御役所(書物処)
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5.囲炉裏の間(休憩室)
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6.貴賓室
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7.見事な内庭1.
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8.同上 2.
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9.同上 3.
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10.大広間
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11.年貢米蔵(白州、取調土間は省きました。)
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12.歴代代官・郡代の遺品等が展示されています。
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