2012/12/5

飛騨・信濃の文化財史址を見る!10.飛騨の名刹・円空仏で有名な千光寺!  文化財研修記

 飛騨の名刹袈裟山「千光寺」は真言宗の名刹で全盛期には19の院坊、伽藍が並び栄えていた。
 伝承によれば、仁徳天皇65年(伝377年)、両面宿儺が開山したと伝えられる。両面宿儺とは、『日本書紀』に拠ると、飛騨国に現れ、民衆を苦しめていた異形の人であり、朝廷が差し向けた武将・武振熊命(たけふるくまのみこと)により退治されたとされている。頭の前後に顔が二つ付いており、腕が前後一対の四本、足も前後一対の四本あるといわれている。しかし、飛騨国、美濃国では両面宿儺は伝説的人物であり、洞窟から現れた際、「我は救世観音の使現なり。驚くこと無かれ。」と村人に伝えたという。
 養老4年(720)、泰澄により白山神社が開かれ、嘉祥3年(850)頃、真如親王(弘法大師十大弟子の一人。俗名高岳親王。平城天皇第3皇子、嵯峨天皇皇太子)が開基する。
天文年間、兵火で焼失し、天文15年(1546)に桜洞城(旧益田郡萩原町、現下呂市に存在した城)城主三木直頼により再建されるが、永禄7年(1564)に武田信玄の飛騨攻めにより再度焼失する。天正16年(1588)、高山城城主金森長近により再建される。
貞享2年(1685)頃、円空が千光寺に滞在し、両面宿儺像などを彫ったという。ウイキペヂアより。

1.袈裟山「千光寺」碑、本堂はこの場所から4キロ以上車で登る!
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2.千光寺碑横の「円空仏のお堂」
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3.千光寺巡拝図(この図の本堂下の仁王門は再建中で2012年現在は無い。)
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4.千光寺山門(駐車場横)
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5.山門内
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6.手前は修行宿泊坊で本堂はその奥に見える!
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7.宿泊の坊「修行道場」
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8.庫裏
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9.古里内、右に曼荼羅
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10.観音堂
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11.天文15年(1546)の銘のある梵鐘(県指定文化財)
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12.本堂と県指定文化財のお堂(本堂正面は狭くて撮れない!)
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13.円空仏寺宝館(館内撮影禁止、円空仏の両面宿儺が見れます。)
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14.同上前の円空仏!
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