2012/11/9

横浜の国指定名勝・三渓園を見る!4.国の重要文化財の春草蘆!  文化財研修記

JR根岸線駅から徒歩20分バスだと10分と徒歩で5分で横浜の国指定名勝の三渓園(さんけいえん)南門前に至る。詳しい事はインターネットで簡単にしらべられます。この三渓園を見るのはまったく始めてであり、横浜での文化財はこの三渓園にあり、と知ったのは浜松市女性ブロガーしずかさんの掲載記事を見て知ったのでここは行かなくてはと横浜に1泊して見に行った!とても素晴らしく「三渓園」だけの独立のシリーズとした。
 この三渓園は、明治時代末から大正時代にかけて製糸・生糸貿易で財をなした横浜の実業家・原三渓(本名は富太郎)が、東京湾に面した「三之谷」と呼ばれる谷あいの地に造り上げた、広さ約17,5000平方メートル(53,000坪)の日本庭園です。明治39年(1906)に一般公開された外苑と、三渓が私邸としていた内苑の2つの庭園からなり、京都や鎌倉でなどから集められた17棟の歴史的建造物と四季折々の自然がみごとに調和した景観が見所です。
 三渓は、芸術家や文学者などの文化人たちと広く交流したことでも知られ、三渓園は美術・文学・茶の湯など近代的日本文化の一端を育てた場所でもあります。学術上・芸術上、そして鑑賞上優れていることから平成19年(2007)に国の名勝に指定され、庭園全域も文化財として位置ずけられた。(財)三渓園保勝会発行パンフレットから抜粋紹介です。

1.春草廬横の藤棚
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2.春草廬(しゅんそうろう)説明板
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3.国の重要文化財の春草廬(宇治市の三室戸寺金蔵院の客殿に付属する茶室で、月華殿とともに三渓園に移築されました。 織田信長の弟で、茶人の織田有楽斎の作と伝えられています。土庇下の躙口(にじりぐち)を入ると、内部は竿縁天井を張り、点前座だけを駆け込み天井としています。周囲には、大小さまざまな九つもの窓が開けられ、本来の名称である「九窓亭」の由来となっています。 
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4.国の重要文化財の天受院への途中の休憩所
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5.天受院への橋
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