2012/10/19

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第28回阪東三十三観音第4番札所で花の寺の長谷寺!2.  文化財研修記

寺伝によると、養老5年 (721) に徳道上人により観音像が造られ、16年後にこれをこの地にお祀りしたのが始まりとされています。 徳道上人は徳が高い僧で、立派な観音様を造りたいと願っていたところ、楠の霊木に出会いましたので、2人の仏師に託し2体が造られました。1体は大和の長谷寺に本尊として祀られ、他方は有縁の土地での衆生の救済を願い、海に奉じられました。
それから16年の年月を経て、天平8年(736)、現在の横須賀市長井に顕れました。このことを耳にした聖武天皇は、藤原鎌足の孫、房前 (681-739) を遣わし、この地に宇堂を建立、観音様を祀り、房前を開基、徳道上人を開山として創建されました。
一方、資料としては、市内有数である梵鐘に文永元年 (1264) の年号があることや、銅造懸仏(国指定文化財)、大きな鰐口 (県指定)、背の高い板碑 (市指定) などから、鎌倉時代には大規模な寺院であったと考えられています。
徳川家康などの支援もあり、江戸時代には、庶民の信仰のお寺として、関東三十三か所観音霊場めぐり (杉本寺を出発点とし、逗子の岩殿寺、大町の安養院、そして4番目) の霊場として栄えました。
また、この地を舞台に、多くの文学・歌舞伎・浄瑠璃が創られました。明治以降も文学者・文化人の活躍の場として知られ、現在に至っています。

1.慈光殿の山門
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2.慈光殿
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3.慈光殿内、釈迦如来坐像と両脇侍
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4.弁天窟入口
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5.弁天窟内には多くの石仏があります!之が弁財天様です!
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6.地蔵堂
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7.地蔵菩薩立像
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8.国重文の「梵鐘」文永元年(1264)の銘があります。
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9.阿弥陀堂
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10.阿弥陀菩薩像
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11.観音堂
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12.ご本尊長谷十一面観音様(3度目にしてやっとお姿を撮影できました。)
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13.鎌倉・江ノ島七福神(大黒天様は今回も願い適わず!)の大黒堂
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14.長谷寺境内から由比ガ浜を見る!
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