2012/10/8

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第22回女性の駆け込み寺として有名だった東慶寺!  文化財研修記

 鎌倉五山第二の円覚寺のある鎌倉街道の反対側の山ノ内1367には臨済宗円覚寺派で鎌倉幕府第8代執権北条時宗の夫人(執権北条貞時の母)・覚山志道尼が開創した「女人の駆け込み寺」として有名な東慶寺(とうけいじ)がある。開基は北条貞時である。夫から離縁状を貰わない限り、妻からは離婚できなかった時代に、駆け込めば離縁できる女人救済の寺として、開山以来、600年近く縁切りの寺法を引き継いできました。後醍醐天皇の皇女・5世の用堂尼入寺以降は、松岡御所とされ、寺格の高い尼寺として名高くなった。室町時代は鎌倉尼五山第二位に列っせられていました。20世天秀尼は豊臣秀頼の娘で徳川家康の孫娘・千姫の養母となり、慶長20年(1615)大阪城落城、家康の命令で入寺した。入寺の際、家康から望みを聞かれ、開山の縁切寺法を断絶しないように願い、許されたと云う。開山以来尼僧が住持となっていたが寺法は終わりを告げ、明治36年(1903)にのちに円覚寺管長となった古川尭道(ふるかわぎょうどう)が住職となって男僧の寺にかわった。
 櫻や花木が多く春や秋は最高だと思います!

1.葵の紋のある寺門
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2.東慶寺駒札
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3.夏目漱石参禅100年記念碑(平成6年11月9日)
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4.茅葺きの山門
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5.同上 山門
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6.山門から入った左に東慶寺の鐘楼がある「観応元年(1350)の銘のある梵鐘だが、材木座にあった捕陀落寺(ほだらくじ)のものを移したものである。」
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47.茶室(重要文化財の仏殿は横浜の三渓園に移築されていおるので三渓園で見ましょう。
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48.本堂への参道
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49.この寺にはいろいろ歌碑があるが之は四賀光子の歌碑です!
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50.本堂への門
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51.本堂前の巨大な五輪塔
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52.本堂
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53.本堂横にも巨大な五輪塔があります。
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54.裏山の墓地には学者や作家のお墓が有名です(鈴木大拙、西田幾多郎、岩波茂雄、和辻哲朗、高見順、小林秀雄氏等々)が場所が良く判らずうろうろしただけです!1枚掲載。
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