2012/9/13

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第10回鶴岡八幡宮の大銀杏と上宮拝殿・本殿と竹之内宿禰命神社!  文化財研修記

 鶴岡八幡宮を訪れたのは丁度7月7日で「七夕祭」の飾りつけが太鼓橋にあった。この鶴岡八幡宮は源頼義公「みあもとのよりよし、河内源氏の棟梁」が勧請した由比の若宮を、治承4年(1180)に源頼朝公が現在の地に移したが、建久元年(1190)に火災で焼失したため、裏山(現在の上宮の位置)に改めて、京都の源氏の神社と云われる岩清水八幡宮を勧請し、上下両宮とした。鎌倉幕府2代将軍源頼家公も白旗神社や新宮を造営した。鶴岡八幡宮は、幕府の祈祷(きとう)の中心をはたした。また、源頼朝公が長年待ち望んだ征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)をはじめ、2代将軍源頼家公も、3代将軍源実朝公も叙位任官の祭には、本来なら京都の内裏(だいり)で行われる拝賀の儀式のすべてを、この鶴岡八幡宮ですませていることから、内裏(だいり)としての機能をも併せ持ったと考えられている。また、武家政権を保障する神として、政権担当者により代々修造が行われて来た。三ノ鳥居を潜ると国史跡の境内に入り源平池に至る。今日は手水舎、拝殿まで参拝したで、天然記念物であった大銀杏から見ていきます。

1.舞殿から上宮の石段に向かう右側に「国重文の下宮の若宮神社」がある。ご祭神は仁徳天皇です。
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2.上宮の石段の左側には元天然記念物であった大銀杏の木が途中から、保護されています。この銀杏は「隠れ銀杏」の名の鶴岡八幡宮別当公暁(くぎょう)が源実朝を暗殺した謂れがあります。
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3.もとの大銀杏の写真と上宮への階段
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4.上宮の見事な階段と楼門
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5.見事な楼門(国重文)
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6.楼門右側の随身
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7.楼門左側の随身
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8.この楼門から舞殿や第3鳥居を見ます。
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9.国重文の拝殿(参拝に人で一杯)
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10.見事な拝殿の建築!
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11.此処からは有料です!拝殿から本殿への見事な建築!
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12.宝物殿の横には国重文で式内社・竹之内宿禰命を祀る竹之内神社があります!
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13.宝物館内の一部
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14.宝物館横には7基の神輿が祀られています!
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