2012/9/12

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第9回鶴岡八幡宮の太鼓橋と旗上弁財天社!  文化財研修記

 鶴岡八幡宮を訪れたのは丁度7月7日で「七夕祭」の飾りつけが太鼓橋にあった。この鶴岡八幡宮は源頼義公「みあもとのよりよし、河内源氏の棟梁」が勧請した由比の若宮を、治承4年(1180)に源頼朝公が現在の地に移したが、建久元年(1190)に火災で焼失したため、裏山(現在の上宮の位置)に改めて、京都の源氏の神社と云われる岩清水八幡宮を勧請し、上下両宮とした。鎌倉幕府2代将軍源頼家公も白旗神社や新宮を造営した。鶴岡八幡宮は、幕府の祈祷(きとう)の中心をはたした。また、源頼朝公が長年待ち望んだ征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)をはじめ、2代将軍源頼家公も、3代将軍源実朝公も叙位任官の祭には、本来なら京都の内裏(だいり)で行われる拝賀の儀式のすべてを、この鶴岡八幡宮ですませていることから、内裏(だいり)としての機能をも併せ持ったと考えられている。また、武家政権を保障する神として、政権担当者により代々修造が行われて来た。三ノ鳥居を潜ると国史跡の境内に入り源平池に至る。

1.鶴岡八幡宮第3の鳥居
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2.同上 駒札
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3.太鼓橋
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4.七夕飾りの太鼓橋
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5.源氏池の旗上弁財天社への橋
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6.鎌倉・江ノ島七福神の旗上弁財天社への第2の橋
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7.同上 鳥居
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8.源氏池の島にある旗上弁財天社
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9.旗上弁天社近くの両側には巨大な江戸時代の献灯があります。
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10.ここから舞殿左側の「手水舎」まで100メートル以上あります!
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11.漸く見事な「手水舎」に至る
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12.見事な朱色の舞殿(以降は次回で!)
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