2012/9/11

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第8回.太田道灌の末裔で徳川家康公の側室の寺・英勝寺!!  文化財研修記

 鎌倉市扇ガ谷の鎌倉五山第3の寿福寺の隣には、浄土宗東光山・英勝寺(えいしょうじ)がある。開山は玉峯清因(ぎょくほうせいいん)・開基は長誉清春(ちょうよせいしゅん)と伝え、現在鎌倉唯一の尼寺である。寺地は太田道灌(おおたどうかん)の邸宅跡といわれ、鎌倉尼五山第一の太平寺の遺領をひきついだから、その名跡をついだ寺と考えられている。開基の長誉清春は太田道灌から4代目あとの太田康資(やすすけ)の娘で、徳川家康の側室となったお勝(かつ)の局である。お勝の局は,初めお梶(かじ)の方と呼ばれていた。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに家康にお供して、勝利を得たのでお勝と呼ばれるようになった。家康との間に産まれた子は流産したので家康の11男頼房(よりふさ)の養母となった。その後、家康の死後、法名英勝院長誉清春を名乗り、寛永年(1636)英勝寺を建立し、頼房の娘小良姫(さらひめ)を玉峯清因と号して開山とした。以降水戸徳川家の姫が代々住持となり「水戸様の尼寺」と呼ばれるようになった。水戸徳川家の庇護をこうむって来た英勝寺も明治維新の廃仏希釈や水戸家の保護を失った打撃は大きく、また横須賀線の開通に伴い多くの寺領を失ったが、現在創建当時の県重要文化財の仏殿・鐘楼・祠堂・唐門など多くの建物が残っている。

1.英勝寺山門(横の門から入山料を支払って拝観できます。)
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2.神奈川県教育委員会の駒札
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3.この寺は太田道灌(おおたどうかん)の邸宅跡で、大木と碑。
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4.同上 碑
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5.本堂が庭と接近しすぎ撮影できず!本尊阿弥陀如来立像を撮影認可!
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6.見事な山門
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7.鐘楼
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8.三霊社権現入口
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9.見事な唐門
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