2012/9/5

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址!第3回.2期目の鎌倉幕府の地・宇都宮辻子幕府跡!  文化財研修記

 治承4年(1180)、関東一円を平定した源頼朝は鎌倉に入って大倉に居館を建て政庁を整備、建久3年(1192)に後白河法皇が崩御すると征夷大将軍となり鎌倉幕府を成立させた。以来30余年にわたって大倉に幕府政庁が置かれたが、嘉禄元年(1225)、その前年に第3代執権となった北条泰時は源氏政権から合議制を旨とする執権政治への移行を目指し、大倉の幕府政庁を鶴岡八幡宮の南側、北条得宗家居宅の近隣地に移転した。この移転先の政庁敷地が宇都宮辻子に南面していたことから、この新幕府政庁は特に宇都宮辻子幕府と呼ばれる。特に嘉禄元年(1225),北条政子が亡くなると源氏三代の政権は終わり新庁舎で新将軍・藤原頼経の元服式を行った。泰時の傑作と言われる御成敗式目もこの新庁舎で作られた。しかしこの新庁舎で不幸が続き、僅か12年で、嘉禎2年(1236)若宮大路に幕府を移転した。

1.現在の宇都宮辻子大明神前の碑
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2.宇都宮辻子大明神前の駒札ですが、ビニールカバーで読めないが、主旨は同上に記した通りである。
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3.現在の宇都宮大明神
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次回は若宮大路に戻り「妙隆寺」です。
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