2012/8/10

綾部人の見た美濃の文化財・史址56.!蟹薬師・可児大寺の名の付く天台宗・願興寺!      文化財研修記

 岐阜県中濃地区の可児郡(かにぐん)御嵩町(みたけちょう)御嵩1337−1には蟹薬師(かにやく)・可児大寺(かにおおでら)と呼ばれ親しまれている天台宗の古刹・願興寺(がんこうじ)がある。
 寺伝によると弘仁6年(815)最澄がこの地を訪れ,疫病に苦しむ者のために布施屋(ふせや、無料宿泊所)を建て、薬師如来像を安置したのが始まりとされている。
 境内から白鳳時代の瓦が出土しており、寺院としての起源はさらに遡るとおもわれる。10世紀末、一条天皇にお皇女行智尼(ぎょうちに)がここに庵を結んでいたが、長徳2年(996)庵の南西の尼ヶ池が金色の光を放ち、池の中からカニに乗った薬師如来が出現、以来蟹薬師とも呼ばれるようになった。寺は一条天皇によって七堂伽藍が整備され、長徳4年(998)、大寺山願興寺(おおてらざんがんこうじ)となずけられた。その後、度々の兵火に会い、現在の国重要文化財の本堂は天正9年(1581)の再建のものである。本堂は四方から本尊を遥拝できる四周一間通りとよばれる様式の数少ない建物である。大きく素朴な本堂に地域と旅行者の信仰の中心として親しまれてきた願興寺の歴史をしのぶことが出来る。願興寺には本尊の薬師如来坐像及び両脇侍像・阿弥陀如来立像など平安時代から鎌倉時代の24体の国の重要文化財の尊像が安置されている。

1.願興寺山門
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2.三門に掲示の駒札
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3.願興寺縁起碑
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4.国重文で本尊を四方から拝めるよう四周一間通しの大本堂1.
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5.旧国宝であった現在国重文の二十四体の像の説明
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6.本堂 2.
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7.本堂 3.
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8.岐阜県指定文化財の江戸時代の鐘楼門を正面から見る!
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9.同上を本堂側から見る!
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10.境内にある可児稲荷神社
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11.境内にある可児町指定樹木の瘤のある巨大なシラカシ
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