2012/7/19

綾部人の見た美濃の文化財・史址!42.岸剣神社と山内一豊・千代の銅像!  文化財研修記

 岸剣神社(きしつるぎじんじゃ)は主神を素戔嗚尊、伊邪那岐尊、伊邪那美尊、天照皇大神、菊理姫尊、猿田彦尊として祀っています。境内社は養蚕神・天神七代・金毘羅社、積翠神社、英稲荷神社などを祀っています。
 由緒は養老元年(717)に元正天皇の勅命を受けた泰澄大師が気良の里に御宝剣を神体として鳥居の宮を建立したのが始まりとされています。
 後に、治承2年(1178)に気良の里の住民が旱魃に際して降雨を祈願して岩の上に剣を祀ったところ大雨となり、剣は流出し肴町に漂着し、肴町の岩山に宮を建て不動の宮として祀られたと云う。
 慶長19年(1614)に、八幡城主・遠藤慶隆公が宮ヶ瀬橋近くに不動の宮を遷座し城下の氏神とし、後水尾天皇から岸剣宮の称号と十六菊花紋を許されました。
 明治19年現在の社殿の南側に移転遷宮しましたが、昭和17年には現在の境内へ復座されました。昭和53年に金幣社に昇格しています。
 この神社の横の八幡城への上り口手前には山内一豊と妻・千代の銅像があります。千代はこの八幡城初代城主の遠藤六郎左衛門盛数の娘として弘治3年(1557)に生まれ、縁があって山内一豊のもとに嫁ぎ、信長の馬ぞろえや関ヶ原合戦の時の笠の緒の密書の逸話は有名です。城内には見性院(山内一豊の妻)の肖像画(原本は土佐山内家宝物館蔵)があります。

1.岸剣神社
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2.同上 駒札
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3.岸剣神社拝殿
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4.拝殿後部から本殿
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5.山内一豊妻・千代と郡上八幡について案内板
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6.山内一豊と妻・千代の銅像、背後に郡上八幡城天主が見えます。
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7.八幡城の中にある「見性院肖像画(原本は土佐山内家宝物館蔵)」
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