2012/7/18

綾部人の見た美濃の文化財・史址!41.郡上八幡の秋葉三尺坊と戊辰戦争参戦の凌霜隊!  文化財研修記

 秋葉三尺坊は慶長6年(1601)に八幡領主遠藤慶隆は、東常縁の玄孫が出家して、正勧坊正欽と号し、飛騨の照蓮寺に留錫していると聞き、秋葉総本殿可睡斎より秋葉三尺坊大権現分身を請し、郡上の火防守護所とした。
 又、八幡城は遠藤氏・稲葉氏・遠藤氏・井上氏・金森氏・幕末には譜代藩の青山氏が藩主となり、戊辰戦争(会津)には譜代の恩により「凌霜隊」を組織し、参戦して酷い目にあっている。

1.郡上八幡城近辺地図
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2.善光寺から岸剣神社(きしつるぎじんじゃ)と秋葉三尺坊への石段、変わった形の鳥居は岸剣神社の鳥居です。又、向って左側の石垣の上は八幡城「二の郭跡」です。
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3.幕末の戊辰戦争に当時の譜代大名青山藩が組織した「「凌霜隊」の案内板
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4.同上 碑
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5.同上碑の付近は八幡城の「二の郭」でした。説明板
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6.秋葉三尺坊への急な石段
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7.左側の6地蔵堂
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8.秋葉三尺坊
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