2012/7/13

綾部人の見た美濃の文化財・史址!36.国史跡家康の長女亀姫と奥平信昌の加納城跡!  文化財研修記

岐阜市加納丸之内には文安2年(1445)美濃の守護代斉藤利永が守護土岐氏の居城である革手城の押さえとして築いた中世加納城があった。徳川家康もここを戦略上の要地として、注目し、近世加納城の築城を命じた。礎石や石垣は先に取り壊した岐阜城のものを用い、城の東を流れる荒田川を自然の要害として濠を築いた。大手門は城の北側に向って設けられた。家康は長篠の戦(1575)で活躍し、長女亀姫を室とした奥平信昌を初代加納城主として入城させた。その後、御三家尾張徳川家が成立してからは、加納城の意義が薄れ、奥平氏の移封以降は石高も減らされ、城下は中山道の宿場町の性格を強めていった。城は、現在、本丸と二の丸・隅櫓(すみやぐら)の土塁・石垣の一部が残り、加納公園となっている。

1.加納城の隅櫓の石垣
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2.巨木が残る城跡
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3.石垣2.
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4.国史跡・加納城跡案内板
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5.加納城内の加納公園1.
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6.同上 2.
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7.石垣3.
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