2012/7/2

綾部人の見た美濃の文化財・史址!25.揖斐郡大野町の式内社・来振神社!  文化財研修記

岐阜県揖斐郡大野町来振寺(きぶりじ)の近くには、延喜式内社の来振神社社がある。社
 伝によれば、神亀2年(725)の創祀である。神亀2年6月18日(旧暦)、美濃国大野郡の白山山頂に、黄金色の雪が降り積もったという。この現象は白山比羊命(来振大神)が降臨の神詞であった。
 享禄3年(1530)の大洪水で麓の建物に被害を受け、永禄3年(1560には織田信長の焼き討ちにあい、伽藍は焼失する。
その後、豊臣秀吉、徳川家康が朱印状を発行するなどの援助で復興し、大垣藩戸田氏の援助で延宝5年(1665)には新たな社殿が造営される。以降、大垣藩戸田氏が社殿の修繕などを行い、保護をしている。
 長らく白山(標高317M)の山頂に鎮座していたが、白山周辺が良質の石灰岩であることから、明治時代から周辺で石灰採掘が始まる。昭和43年、白山は石灰採掘のために削られることになり、来振神社は白山の麓の現在地に移転する。
 平成11年、周辺が「木振ふれあい公園」として造成され、整備された。

1.来振神社(きぶりじんじゃひ)
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2.大鳥居と来振神社(コンクリートの大鳥居も白山が石灰岩でできている分けだから、コンクリートや石灰岩で異様に感じるがあたりまえとも云える。)
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3.来振神社の駒札
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4.前、拝殿、背後の少し高いところが本殿
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5.大野町天然記念物スズリナ化石の手水舎(スズリナ化石は大垣市特産でジュュラ紀A時代のものです。)
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6.手前拝殿、奥本殿
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