2012/6/28

綾部人の見た美濃の文化財・史址!21.北朝代4代後光厳天皇勅願所・臨済宗・瑞巌寺!  文化財研修記

 揖斐郡揖斐町には「土岐絶えなば、足利絶ゆべし」と、足利尊氏をして信頼せしめ後三カ国の守護となる土岐一統の総領頼康は、建武2年(1335)父頼清の菩提を弔うために、この地に一寺を建立した。これが瑞巌寺の始まりで、ちなみに頼清の法名を瑞巌寺殿祥雲善孝大禅定門である。古伝に、行基菩薩が諸国巡錫のおり、この地に霊異を感じ地蔵菩薩を安置されたのがこの地に仏縁が結ばれたはじめで、天平年間のことであるという。文和2・正平8年(1353)6月後光厳院が兵乱を避けて小島の頓宮に入られ、その縁で寺号を萬松山瑞巌報国禅寺と勅額を賜り、勅願道場としてその他弥勒院など6ケ寺をかぞえた。
又、関白二条良基(よしもと)は南朝方が京都に迫って来たため、美濃国主土岐頼康を頼って美濃国に逃れた北朝方の後光厳天皇を同年7月、頼康が設けた小島頓宮(行宮)に入った。「小島のすさみ」良基が9月に帰京するまでの行き帰りの旅と美濃国のことを書いている。その中で、瑞巌寺のことを「この堂と見所多し。山陰ふかう作りなして、岩木水の流れ、都にてもかかる所はをかしかりぬべき山水のさまなり」と記している。

1.揖斐郡揖斐町の天然記念物の巨大な「開山杉」、背後の山が瑞巌寺山です。
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2.当時の広大な寺域の説明板
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3.瑞巌寺の正式な名前の「瑞巌報国禅寺」碑
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4.山門・本堂への長い参道
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5.山門と後光厳天皇勅願所の碑
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6.巨大な本堂「中には岐阜県指定文化財の45センチメートルの木造り本尊・地蔵菩薩座像(像底には至徳元年(1384)霜月19日恵尊の墨書がる。)や後光厳天皇下賜の絹本水墨草座釈迦像、瑞巌寺13世住職であった愚堂東寔(ぐどうとうしょく)筆跡などがあります。
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7.見事な鐘楼と背後は瑞巌寺山です。
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8.お庭にちょと可愛い石造りの釈迦如来坐像があったのでパチリ!
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9.「大岩さんのいわれ」
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10.大岩さん
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11.見事なお庭ですが、1枚の写真ではその良さが判りませんので音声付動画で撮影しました。下記をクリックして、U-tubeの画面が出たら、その右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。
http://youtu.be/wMJp5BWnMSs

12.北朝4代後光厳天皇の小島の頓宮(行宮)の説明板です。
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13.瑞巌寺へ向って行く、左手には「水神大弁財天堂」があります。その横には蘇生の泉があります。
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14.二条関白蘇生の泉の説明板
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15.二条関白蘇生の泉
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