2012/6/17

綾部人の見た美濃の文化財・史址!11.国史跡の美濃国分寺跡と大垣市歴史民俗資料館!  文化財研修記

 大垣市青野町419には広大な国史跡の「美濃国分寺跡」とその北側の丘陵には寺創建時代の国史跡の「瓦窯(がよう)跡」があります。
 この国分寺は、在地豪族が白鳳時代に建てた寺院跡を利用し、美濃国府(不破郡垂井町府中)や不破の関(不破郡関ヶ原町)に近く、南は東山道に面し、北に低丘陵を背負ったこの地に建立された。仁和3年(887)火災で焼失し、その機能を席田郡定額尼寺(むしろだぐん、ていがくにじ、現本巣市)に移したが、10世紀後半に再び現在地に再建されたと考えられている。
 この国分寺跡は昭和43年(1968〜1980)から12年の歳月をかけ整備して、東西231M、南北203.7Mの広大な寺域と主要な堂塔跡(七重塔・金堂・講堂・回廊)が確認された。出土した単弁十六葉蓮華文軒瓦(たんべんじゅうろくようれんげもんのきがわら)は奈良県の明日香村にある川原寺の屋根瓦文様の系統に属しているとされている。
 平成8年(1996)の発掘調査で、伽藍配置は発起寺式でなく大官大寺式であると言われる様になった。出土品は直ぐ北側にある大垣市歴史民俗資料館に展示されている。

1.美濃国分寺跡の看板(後ろは国分寺跡)
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2.広大な美濃国分寺跡
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3.築地跡札
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4.国史跡美濃国分寺跡碑
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5.南門跡札
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6.記事にも掲載したように広大な寺域です。
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7.国史跡美濃国分寺跡と附瓦窯跡の説明板
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8.直ぐ北側にある「大垣市歴史民俗資料館」その1.
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9.同上 2.
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10.同上 3.
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11.同上 4.
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