2012/6/4

綾部人の見た美濃の文化財・史址!6.関ヶ原合戦地・国史蹟「徳川家康最後の陣地跡」!  文化財研修記

関ヶ原古戦場は国史跡で岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原にある。慶長5年(1600)9月15日早朝から徳川家康率いる東軍兵力約7万4千人(遅参した徳川秀忠の軍約3万人は含まず。)と石田三成率いる西軍兵力約8万2千人とが戦ったところである。戦いは主に関ヶ原町一帯の比較的狭い山間の一帯で繰り広げられた。戦況は昼過ぎまで一進一退だったが、家康と密約のあった松尾山に陣を置く西軍の小早川秀秋(1万5千名)の内応により、対峙している大谷吉継の陣が先ず破られ松尾山の対峙している天満山の宇喜田秀家1万7千人、小西行長4千名や笹尾山の石田三成本陣約8千人(石田三成に過ぎたるもの二つあり、島左近に佐和山の城、佐和山城登山記録は最後にクリックして見て頂けます。)で大砲も3門所持していたが、勇将の島左近が銃撃で負傷し、東軍の福島正則6千人、藤堂高虎、京極高知、松平忠吉(井伊直政)、細川忠興5千人、黒田長政5,400人の猛攻を受け、午後3時頃東軍の大勝利となった。
 関ヶ原合戦決戦地から再び、関が原町歴史民俗博物館に戻り、直ぐ近くにある陣場野(じんばの)公園にある「国史蹟徳川家康最後の陣地跡」を見ます。家康公が此処で西軍将士の首実験をした所であります。

1.徳川家康公最後の陣地跡の幟
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2.同上 碑
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3.同上 駒札
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4.陣場野の徳川家康の床凡場の絵
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5.同上 床凡場跡碑
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