2012/6/1

綾部人の見た美濃の文化財・史址!3.古代三関の一つ「不破の関跡」と「資料館」  文化財研修記

 岐阜県不破郡関ヶ原町松尾149−1には東山道の「美濃国不破関跡(県史跡)」がある。東海道の伊勢国鈴鹿関(現、三重県亀山市)と北陸道の越前国愛発関「えちぜんのくに、あらちせき(現、福井県敦賀市)」とともに古代三関の一つである。
 「日本書記」によると壬申の乱(672年)に、大海人皇子(おおあまのおうじ)の命により美濃出身の村国連男依(むらくにのむらじおより)が不破道をふさいだと記されている。
 当時、不破関は無く、その後、この不破関には関司、国司の4等官のうち複数が常駐したという。延暦8年(789)桓武天皇の勅により往来の傷害になるとして廃止されたが、やはり
その必要性から固関は実施されて来た。昭和49年(1974〜77)にわたる調査の結果、不破関は西側は藤古川の断崖、北・東・南には土塁をめぐらした広大な要塞であったことが判明した。北側約460M、東側約432M、南側約120Mで台形状をなし、面積12万3500平方メートルもあったと記録された。
 早朝で「不破関資料館」は開館していなかったので最後にクリックして当館のホームページを見て下さい。

1.岐阜県史跡「不破関跡」
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2.不破関開庁跡と兜掛石
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3.不破関資料館入口
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4.不破関資料館
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5.入館案内
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6.不破関資料館のホームページは下記をクリックして見て下さい。
http://www.rekimin-sekigahara.jp/main/fuwa_no_seki/museum/

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