2012/4/17

伊豆・遠州の文化財・史址を見る!24.徳川家康公が弓に励んだ所縁の宗源院!  文化財研修記

曹洞宗普済寺十三派の在天派に属し、宝蔵山「宗源禅院(宗源院)は華蔵義曇(けぞうぎどん)の法弟在天弘雲和尚が応永23年(1416年)に開創しました。本尊は虚空蔵菩薩・釈迦牟尼佛・普賢菩薩です。室町時代後期には、今川氏の庇護をうけ、義元自身が開基としての役割を果たし、堂塔伽藍の再建を行っています。
そうした関係を裏付ける史料として、この寺には今川義元と氏真の判物残されており、この古文書は、浜松市の文化財に指定されています。
 閑静な山内には、三方原合戦の際、家康の身代わりとして戦死した成瀬藤蔵正義、旗手として討死した外山小作正重、遠藤右近の墓があり、また、浜松城主松平伊豆守信祝(のぶとき)が娘多世姫(享年18歳)のために建てたという墓があります。他にも、源太夫堀を構築した小笠原源太夫の千代子夫人の墓もあります。
また、徳川家康が在城した当時寺の東南一帯に的場があり、家康がここで弓の稽古に励んだといわれています。

1.宗源寺の見事な鐘楼
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2.正面から見る本堂
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3.見事な本堂内の扁額
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4.見事な本堂内の須弥壇(仏壇)
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5.見事な天井画
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6.墓所への案内板
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7.浜松城主松平伊豆守信祝の娘・多世姫御墓所
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8.三方原合戦の際、家康の身代わりとして戦死した成瀬藤蔵正義御墓所
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