2012/3/29

伊豆・遠州の文化財・史址を見る!15.源頼朝挙兵・源氏再興祈願の伊豆一ノ宮三島大社!  文化財研修記

伊豆の国一宮神社として知られる三島大社の祭神は事台主命(ことしろのすしのみこと)と大山祗命(おおやまつみのみこと)である。創建の年代は不詳であるが、元は三宅島・大島さらに下田市に祀られていたそうだが、今は現存地に祀られる元官幣大社である。9世紀に大社、10世紀には「延喜式」式内社に列せられ、中世には伊豆一ノ宮神社として崇敬を受けた。源頼朝が挙兵源氏再興を願って此処で祈願した。元暦元年(1184)4月糠田郷を献り、流鏑馬を奉納し放生会を催し、文治3年(1187)には社殿を造営した。頼朝の妻・北条正子が奉納した「国宝の梅蒔絵手箱及び内用品一具」をはじめ国重文の太刀「銘宗忠」・脇差「銘相模国住秋義」、源頼家筆の般若心経・三島大社宮司家矢田部家文書592点(いずれも国重文)他源頼朝文書などが宝物館に治められている。鎌倉時代には源実朝から惟康親王(これやすしんのう)までの歴代将軍が参詣し、南北朝時代には足利尊氏、戦国時代には今川氏、北条氏との関係が深かった。近世には530石の朱印地をもち、三島が宿場町として栄えた。明治時代には官幣大社となっている。

1.国道136号線三島近くから見る富士山
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2.三島大社の大鳥居
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3.安永2年(1773)の大石灯籠
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4.たたり石「東海道の真中で交通整理の役をしていた、絡垜(たたり)とは交通整理を意味しているが、東海道の整備で邪魔になり、移動させようとしたがいろいろたたりがあり、大正3年当地に祀られるようになった。」.
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5.三島市指定保存木「モッコク」推定樹齢500年
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6.同上 「ケヤキ」推定樹齢600年
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7.安達藤九郎盛長の警護の地
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8.この神社境内には多くの歌碑があるが好きな「若山牧水」を掲載します。
「のずゑなる三島のまちのあげ花火月夜のそらに散りて消ゆなり」
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9.神池(左向こうに赤色の厳島神社が見える)
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10.源頼朝旗挙げの碑
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11.厳島神社(北条正子が勧請した神社で大変信心が深かったという。)
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12.総門
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13.手水舎
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14.神馬庫
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15.見事な神門
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16.国天然記念物の「キンモクセイ」樹高15メートル、根回り3メートルもある。
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17.芸能殿
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18.舞殿
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19.国重文の拝殿と幣殿
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20.国重文の本殿を横から見る
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