2011/12/30

東近江の文化財・史址を見る!18.近江八幡市を歩く3.八幡掘と日牟礼八幡宮!  文化財研修記

近江八幡市は、約400年前に豊臣秀吉の甥の秀次が築いた城下町を基礎として、近世は商業都市として発展した。いわゆる近江商人の発祥の地である。近世の風情がよく残る新町通り、永原町通り、八幡堀沿いの町並みおよび日牟禮八幡宮境内地は「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されており、時代劇の撮影場所としてもよく使われる。ウィリアム・メレル・ヴォーリズが住み、多くの近代建築作品を遺した地としても知られている。2005年9月1日には水郷地域160ヘクタールが景観法に基づく「景観計画区域」に指定された。これは同法の適用第1号である。さらに2006年1月26日には「近江八幡の水郷」として重要文化的景観の第1号に選定された。
 11月21日(月)前日ホテルニューオオミのフロントで1,000円で購入の「近江八幡観光パスポート」6ヶ所の見所と八幡山ロープウエー(800円)が含まれている大変お得な券とナップザック姿でホテルを出発、新町通りの織田信長公の廟所がある西光寺から、さらに伝統的建築物保存地区の「新町通」を通り、日牟礼(ひむれ)八幡宮の大鳥居をくぐると「八幡掘」があります。堀にかかる白雲橋からは、堀端に並ぶがくさんの蔵が見えます。これらの蔵は全国各地から送られてきた物産を船から陸揚げして一時保管するためのものであった。天正13年(1585)豊臣秀次は八幡城築城に際し、山麓の低い地を開削して内堀とし、この内堀は南方の樹下町からの敵の防衛と同時に、西の湖から津田内湖へ流れる湖水を利用して港としての機能も備えた。そして、琵琶湖を航行する船はこの港に寄港して城下町は賑わったのです。京極高次が大津転封後、町民は町の発展のため、瓦産業、奥島のイグサを利用しての近江表や灯心の製造、数珠・八幡蚊帳・麻布・綿布などもこの港で船積みされた。

1.日牟礼八幡宮大鳥居(滋賀県指定文化財)
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2.白雲館(現在は観光案内所です。明治10年に擬洋風建築として建設された八幡東小学校です。平成6年に解体修理され、観光案内所、お土産販売所、2階はギャラリーの展示場となっている。)
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3.白雲橋は八幡掘りにかかる橋です!
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4.たくさんの江戸時代の蔵が残っています!
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5.八幡掘の反対側です!
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6.八幡掘説明板
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7.日牟礼八幡宮の見事な楼門
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8.見事な楼門をクローズドアップして見ます!楼門の楼脇には見事な阿吽形の随身が守護していますが、金網が細かくて撮影は駄目でした。
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9.楼門を潜ると右手には見事な「能舞台」があります。
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10.日牟礼八幡宮拝殿!前にある緑の塚は「護摩」の用意に準備されたものです。
 天正18年(1590)豊臣秀次が八幡山城築城のため、上の八幡宮を下の社に合祀した。替地として日杉山に祀る予定であったが、文禄4年(1595)秀次が自害に及び、日杉山に社殿は建立されず、現在のように一社の姿となった。秀次自害により八幡城は廃城となったが、城下町は近江商人の町として発展し、当社は守護神として崇敬を集めた。慶長5年(1600)9月18日、徳川家康が関ヶ原の戦い後、武運長久の祈願を込めて参詣し、御供領五十万石の地を寄附した。後に、家光や家綱も御朱印を残している。年明治9年(1876)に郷社、大正5年には県社に列せられる。昭和41年、神社本庁別表神社に加列し、神社名を日牟禮八幡宮と改称する。以上ウイキペヂアより抜粋。
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11.拝殿から本殿(神殿)を見る!祭神は誉田別尊(ほんたわけのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、比賣神(ひめかみ)の三柱で鎌倉時代の木造座像は国重文であり、鎌倉〜南北朝時代の木造神像が16体ある。
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12.本殿表
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13.振り返って本殿から舞殿内部を見る!
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14.鎌倉時代の見事な木造狛犬
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15.神殿から御祈祷所への見事な渡り廊下です。
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16.御祈祷所(ごことうしょ)
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17.左義長(例年3月14・15日に近い土・日曜日に催行される左義長(さぎちょう)の祭りは女装した各町の若者が干支(えと)にちなんで作り物を飾った山車を担いで練り歩き「チョーヤレ」の掛け声も勇ましい。と4月14・15日に催行される松明(たいまつ)祭・太鼓祭は滋賀県民俗文化財に指定されている。)
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18.19.境内社・地主神の大嶋神社、天満宮がある。
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