2011/11/11

備後・安芸の文化財と史址を見る!14.宮島を歩く・大元神社〜久保橋・滝小路・上郷屋敷・粟島神社。  文化財研修記

安芸の宮島は世界文化遺産の国宝厳島神社を始め数多くの文化財・史蹟があり、更に大自然がいまなお、堂々して残っている。その探索を徒歩で始めて今回で5回目となるが、まだまだ見る所は多く残っていますので順次紹介してゆきます。今回は国重文の大元神社(おおももとじんじゃ)から徒歩でもどり、歴史民俗資料館前を通り、再び厳島神社出口の前にある久保橋を渡り神官の居宅や古い屋敷がある宮島で最も古い町、滝小路を登っていきます。この滝小路は厳島合戦の激戦地「滝小路の戦い」の場所でもあります。滝小路を登っていきますと左手に棚守屋敷跡、その横には国重文の見事な桧皮葺の上卿屋敷(じょうけいやしき)、そこから少し登ると右手に粟島神社があります。更に登ると突き当りが大本山・大聖院に至ります。

1.大元神社から引き返した所の宮島の案内板
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2.宮島歴史民俗資料館(閉鎖中)の横を通る。
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3.再び、厳島神社出口近くの久保橋に到る。
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4.棚守屋敷跡の駒札
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5.棚守屋敷跡
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6.国重要文化財の上卿屋敷(しょうけいやしき)駒札
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7.上卿屋敷(厳島神社では、宮島三家と呼ばれる棚守(たなもり)・上卿(しょうけい)・祝師(ものもうし)が神職を司っていたそうです。この上卿屋敷は代々、上卿職を継ぐ林家の住宅です。(日曜日のみ開館の諭旨)「神の島」といわれていた宮島に人は住んでおらず、神職も対岸に家を構えていましたが、鎌倉末期から南北朝にかけて人々が移り住むようになり、林家も宮島に定住するようになった諭旨。杮葺(こけらふき)の表門には元禄16年(1703)という記がありましたが、建築法が江戸初期の手法を示していることから、この頃の建立と考えられる。
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8.この前から滝小路の上を見ると大聖院が見えます。
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9.粟島神社: 祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと) 例祭日5月3日。
少彦名命は大国主命(大黒さま)に協力して国土開発、殖産興業、社会福祉等に大きな功績を遺された神様です。商業、産業、醸造、医薬等の守護神として篤い崇敬を受けておられます。
 殊に病気平癒、安産、家内安全、福徳開運の霊験あらたかな神様として女性の方々の信仰を受けておられます。(現地案内板より
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10.大聖院の駒札
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