2011/11/8

備後・安芸の文化財と史址を見る!13.清盛神社と大元神社!  文化財研修記

清盛神社(きよもりじんじゃ) 厳島神社の裏手を流れる御手洗川によって運び出された土砂や浜辺に堆積した砂を築固め、江戸時代以降、徐々に延びていったのが「西の松原」と呼ばれる築出し(突堤)です。昭和20年(1945)9月に来襲した枕崎台風によって御手洗川に大規模な土石流が発生。新たに堆積した大量の土砂を運んで、西の松原を延長し、有之浦・大元浦が埋め立てられました。そして清盛の没後770年を記念し、延長された西の松原に清盛を祭神とする清盛神社が創建されたのが昭和 29年(1954)。その前年には平清盛の遺徳を偲んで清盛祭が始まっています。(宮島観光HPより)

1.西の松原の御手洗川沿いにある碑「徳澤六哉蒙萬方」七文字碑は誰が寄進したか不明だが、これは中国の孟子に弟子の咸丘が質問の問答を「六哉蒙萬方」といい、「徳澤」神の偉大な徳を意味するものである。普天の下、王土にあらざるはなく、率土の浜、王臣にあらざるはなし、神は偉大な徳でもってこのことを判らしめるという意味です。(四方續夫意訳)
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2.御手洗川沿いの松原道を少し行くと、すぐに朱の清盛神社が見えてくる。
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3.清盛神社と駒札
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4.清盛神社と背後の巨大な松の古木
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5.清盛神社から少し引き返し、橋を渡って道路を、大元神社(おおもとじんじゃ)へ向かう、途中に右手に「牛石」が見えてくる。
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6.厳島合戦・大元浦史蹟の駒札
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7.大元浦
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8.清流の大元川と大元橋
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9.大元神社参道
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10.大元神社(おおもとじんじゃ)御本殿は国重要文化財。 
 嚴島神社よりも前に創建されたという伝承がある古社。国常立尊(くにとこたちのみこと)、大山祇神(おおやまづみのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、さらに嚴島神社の初代神主・佐伯鞍職を祀り、宮島の地主神として人々の信仰を集めてきました。「大元葺」と呼ばれる六枚重三段葺の板葺きの屋根は、中世の絵巻物にみられるだけで今日現存する唯一のものです。毎年1月20日には争い事をしないことを念じて弓矢で的を射る百手祭が行なわれます。またこの神社は毎年5月15日に船で島を一周し、浦々にある9社を参拝する「御島巡式」の最終地で、御島巡式を無事成就したお礼に奉納された報賽額(ほうさいがく)が多数掲げられています。
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11.大元大明神の扁額
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12.大元神社を横から見る。
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