2011/11/5

備後・安芸の文化財と史址を見る!11.氏神祭と厳島神社!  文化財研修記

1.氏神祭(うじがみさい)、氏神様とは、日常私達が生活している土地の鎮守の神様を言います。
 その神様に日頃の感謝や今後の繁栄を祈念する祭事が氏神祭です。
因みに一時期氏子祭り称されていましたが、背景には氏神様をお祀りしていた氏子である町民中心の祭事であった事が推測できます。
 この祭事は毎年10月15日に執り行なわれますが、その際に町内幼稚園の保護者会が中心となり、御神輿を準備し、園児達と共に練り歩きます。
 その後、神社に到着し、お祓いを受けます。(厳島神社の説明版より抜粋)
2.本殿(ほんでん)《国宝・平安時代》下記はは厳島神社の出版物より抜粋掲載したものです。繊細かつ華麗な切妻両流造りで、正面には緑青塗りの引き違いの菱形の格子戸がはめられた本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祭られています。屋根に神社の定番とも言える千木と鰹木を持たず、桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルを取り入れた寝殿造りならではの様式が特徴です。現在の本殿は元亀2年(1571年)、毛利元就によって改築されたものです。
3.平舞台(ひらぶたい)《国宝・平安時代》寝殿造りの庭にあたる部分で、広さは167.6坪(約553平方メートル)。安元2年(1176年)、平氏一門が社参して千僧供養が行われた際、社殿の前方に仮廊を設けたという記録があり、こうした仮廊が常設となったものともいわれます。前方には火焼前(ひたさき)と呼ばれる突き出た箇所があり、管絃祭の出御・還御はここから行われます。また他の社殿の束柱は木造ですが、この平舞台を支えるのは、毛利元就によって寄進されたと伝えられる赤間石の柱。火焼前分と合わせると239本あります。4月15日桃花祭(とうかさい)と10月15日菊花祭(きっかさい)では夜6時30分より9種類の舞楽が奉納されます。晴天の時は国宝の高舞台で、雨天ではここで奉納されます。
4.高舞台(たかぶたい)《国宝・平安時代》本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし前後に階段をつけた舞台で、平清盛が大阪・四天王寺から移したという舞楽がここで演じられます。舞楽の舞台としては最小のもの。現在の舞台は天文15年(1546年)、棚守房顕によって作られたもので、当初は組立て式だったものが江戸時代初期に現在のような作り付け構造になったと考えられています。

1.宮島厳島神社近くから大鳥居を見る!野生の鹿が一杯います。
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2.厳島神社へ練り込む氏神祭の御神輿行列!
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3.氏神祭の御神輿行列が厳島神社を行く!
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4.氏神祭の一行は厳島神社の平舞台(国宝)前でお祓いを受ける。1.
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5.同上 2.(雨天の時、舞楽はここで奉納されます。)女性の方の後方の黒い台が国宝の高舞台で、桃花祭・菊花祭での舞楽は此処で奉納されます。雨天は平舞台で奉納です。
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6.参拝・お祓いを受けて、厳島神社西廻廊の出口(唐破風造りの門、昔はここが入口であった。)、宝物館前、大願寺門横の氏神祭の神輿行列
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7.もどって陸から再度、厳島神社を見る
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8.美しい国宝の厳島神社の本殿横を見る
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9.客社殿拝殿
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10.美しい五重塔と客社殿の本殿の屋根
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11.客社殿横の宮島8景の一つ「鏡池」
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12.菊花祭の案内版
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13.国宝の本殿の前の拝殿、この前が国宝の平舞台(2011年10月15日の舞楽陵王は此処で舞われた。)
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14.平舞台横から宮島を見る
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15.国重文の海に浮ぶ能舞台!後方に大鳥居が見える。
能舞台(のうぶたい)《重要文化財・江戸時代》国内でも唯一の海に浮かぶ能舞台。現在、重要文化財に指定されている国内5つの能舞台のうちの1つでもあります。厳島での演能は、永禄11年(1568年)の観世太夫の来演がその始まりとされ、慶長10年(1605年)には福島正則が常設の能舞台を寄進。現在の舞台と橋掛及び楽屋が建立されたのは藩主が浅野氏に代わった延宝8年(1680年)のことです。この能舞台は海上にあるため通常は能舞台の床下に置かれる共鳴用の甕(かめ)がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板のようになっているのが特徴。春の桃花祭神能がこの舞台で演じられるほか、茶道表千家と裏千家家元が隔年交互に執り行う献茶祭ではここでお茶が点てられ御神前に献じられます。
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16.国重要文化財の反橋
かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれました。現在の橋は、弘治3年(1557年)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っています。
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