2011/10/20

備後・安芸の文化財と史址を見る!その1.名君の城・福山城!  文化財研修記

広島県の第二の都市・福山市(人口46万人、元備後国)の丸之内・JR福山駅北口の目の前には幕末若干27歳で老中になった名君の誉れ高い安阿部正弘の居城であった福山城がある。この城は徳川家康の母方の従兄弟・水野勝成が元和5年(1619)に備後10万石の領主となり、ここ福山に城を築いてから福山の城下町としての歴史が始まった。その後、水野氏5代、変わって松平氏1代、そして阿部氏10代が明治維新まで続いた。明治6年廃城となり天守閣、伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿を除いてほとんど取り壊された。更に昭和20年の戦災により天守閣と御湯殿を焼失したが、昭和41年秋に市政50周年記念事業として、天守閣と御湯殿を、月見櫓が復原された。幸い消失を免れた伏見櫓、筋鉄御門は国重要文化財に指定され、城域は国史跡として保存されている。この福山城は近世築城最後のものでその完成された築城術粋を誇るもので、全国城郭中屈指の名城とたたえられていました。今の天守閣は福山城博物館としてその歴史と文化を数多くの資料を展示して伝えています。平成23年(2011)10月8日〜11月27日の間福山市市制施行95周年・福山城博物館開館45周年記念・特別展ーその流れと武家文化の粋「大阿部家展」が開催されています。入館料500円で素晴らしい展示物が見れましたが、写真は撮影禁止で残念なながらまれませんが、この阿部家は徳川譜代大名で初代阿部正勝から14代続いた武家です。歴代の内6名が老中職を勤め、中でも幕末に日米和親条約締結を果たした老中阿部正広の業績は良く知られています。領国は、武蔵鳩谷、上総大喜多、相模小田原、武蔵岩槻、丹後宮津、下野宇都宮そして備後福山と転封しました。この度新たに阿部家より寄贈されたものが追加されて展示されました。特に目立ったのは初代阿部正勝の「寶字」白川集古館所蔵、初代将軍徳川家康の「養生訓や薬の処方箋等」、二代秀忠の筆、三代家光筆の「枯木梟図」それから阿部正弘の達筆な詩文、軸物、いろいろな筆書体での書、例えば「十字二行書」などが目立った。

1.JR福山駅北口の目の前の福山城の石垣・上、鏡櫓
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2.上、月見櫓(伏見城にあったものを移築した、本来は着見櫓のこと。)昭和41年に再建)
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3.福山市の花、バラと城壁
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4.福山城の駒札
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5.国指定重要文化財の「筋鉄御門(すじがねごもん)」入母屋造、本瓦葺、脇戸付、櫓門、福山城の正門で福山築城の際、伏見城から移築したものと言われている。柱の角に筋金を施し、扉に数十本の筋鉄を打ちつけているため、その名が生まれたもので、後代の枡型多門の型をとらない初期のものです。
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6.筋鉄御門の駒札
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7.筋鉄御門を内側から見る。
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8.遠方より見る天守閣博物館
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9.天主閣手前の見事な松
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10.天主閣前の駒札
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11.天主閣博物館
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12.天主閣最上階から見る福山市1.
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13.同上 2.
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14.同上 3.
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15.同上 4.
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16.天主閣から城郭内を見る、右手が筋鉄御門、真中の建物は御湯殿
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17.御湯殿と前庭
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18.御湯殿と前庭2.
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