2011/10/18

小浜市の文化財・史址をを見る!その10。(最終回)浅井長政の三姉妹の次女・お初の寺・常高院!!  文化財研修記

福井県小浜市浅間1には臨済宗妙心寺派の凌霄山・常高院がある。この寺は寛永7年(1630)常高院栄昌尼が夫の京極高次の死後、京都妙心寺の槐堂和尚を招いて開祖として、栖雲寺を移転させて、その跡地に常高寺を開創しました。常高院栄昌尼は、お市と浅井長政の三姉妹の次女として生まれ、寛永10年(1633)江戸の京極家邸にて亡くなりましたが、その後、侍女たちと共に常高寺に葬られました。現存する常高院の貴重な肖像画、自筆の消息、侍女達の墓に囲まれて眠る墓所、書院に残る壁画が往時の盛運を偲ばせます。
 この寺の本堂は大正12年(1923)に焼失、荒れた書院、庫裡などは残りましたが、昭和39年(1964)には山門の炎上もあり、まさに廃寺同然の荒れ寺となりましたが、この間由緒ある名刹復興の動きもあって、平成2年より再建事業が本格化して、平成13年に本堂が完成しました。
 書院奥の間の床壁画は、床壁画2面、障壁画1面が描かれており、正面壁画は縦253CM、横278CM、その両側面は80Cm幅の画壁です。
 絹本著色京極高次夫人像(ふるさとの人「常高院」)が福井県指定文化財となっています。

1.常高院の威容を誇る山門、その後ろのモダンな建物が本堂です。
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2.境内にある「放哉(ほうさい)の句碑の案内板」自由律俳句の鬼才・尾崎放哉が、知人の紹介でこの常高寺に寺男として住みついたのは大正14年の事でした。彼は、小浜の地で60余句を残しています。平成4年にこのこに案内板の後ろに句碑が作られました。
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3.お寺の本堂に飾ってあった「京極高次とお初の夫婦酒」
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4.モダンな本堂の裏庭 その1.
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5.同上 その2.
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6.同上 その3.
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7.同上 その4.
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8.お初しあわせの道 その1.常高院墓所へ向かいます。
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9.国道27号線のトンネルが後瀬山(標高605メートル)を貫通しています。そこを超えて更に登ります。
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10.凄く高いところに墓所があります。ここで息が切れました!
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11.侍女達のお墓に囲まれて守られている常高院栄昌尼(お初)の墓石は巨大な宝篋印塔(ほうきょういんとう)です。
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12.侍女達の墓石です。
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