2011/10/17

小浜市の文化財・史址をを見る!その9.酒井家菩提寺・空印寺と八百比丘尼入定の地!  文化財研修記

福井県小浜市男山には小浜藩主酒井家の菩提寺である曹洞宗・空印寺がある。この寺の薬師門は小浜市の指定文化財であり、この寺は孝心の厚かった二代藩主酒井忠直によって、父忠勝の七回忌法要を行うため在来の手狭い堂舎を菩提所にふさわしい壮麗な伽藍を造営した記録がある。その七回忌は寛文8年(1688)で、当寺の薬医門もその際に建立されたものですが、他の諸堂はこの後のたびたびの大火で全て消失したが、この薬師門のみは当時のものであり、近年にここに移築されたものです。当薬師門は欅造(けやきつくり)で、屋根は切妻瓦葺である。扁平な本柱(59.8CmX32cm)2本を前方に建てて冠木を乗せ控え柱(22.7角)2本を後に並べて、その上に梁(はり)と桁(けた)を架け渡している。前方は梁先を持出してその上に出桁を乗せ、梁上には藩主酒井家定紋(若狭剣片喰紋)を陰刻した豪壮な板蟇股(いたかえるまた)を両妻に配している。棟は本柱と控柱の中央より前に位置しており、通常の正面一門の薬医門となっている。この門に付属する両側の袖塀もその一部を残し他は消失しているが、欅(けやき)造りの潜門も設けられている。門扉も欅造りで、鉄金具を装着するなど極めて頑丈に出来てい。屋根には酒井家定紋や替紋の井桁をあしらった鬼瓦、軒平瓦が残されており、これらは小浜城址出土の瓦と同様に、官の御用瓦窯で焼かれたものである。この門は創建当時の姿をよくとどめており、当地方の近世建築を知る上で貴重な建造物である。
 時間が無いため撮影できていなのですが、この墓地には歴代藩主のお墓あります。
又、すぐ側には八百比丘尼(はっぴゃくびくに)入定の洞窟があります。この小浜で生まれた美しい娘さんは美人で優しく頭もよいとの評判でありました。娘が16歳になった頃、父が竜宮の土産といわれる人魚の肉を持って帰ってきました。
 娘が人魚の肉を食べると、歳を重ねても老いることなく美貌を保つようになったのです。
しかし、死ぬことの出来なくなった体に悲観した娘は120歳になった頃、髪をそり、比丘尼となって諸国巡遊の旅にでました。そして800歳になった頃この洞穴に入り、静かに入定したのだそうです。

1.八百比丘尼入定の洞窟と酒井藩主家の菩提寺・空印寺の碑
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2.小浜市指定文化財の空印寺の薬医門を横から見る。後方の峻険な山は後瀬山城址のある後瀬山です。
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3.薬医門と案内板
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4.薬医門
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5.豪壮な空印寺本堂
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6.八百比丘尼の案内板
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7.八百比丘尼の駒札
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8.八百比丘尼入定の洞窟
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