2011/10/16

小浜市の文化財・史址をを見る!その8.男山・八幡神社を見る!  文化財研修記

福井県小浜市男山に応神天皇・神功皇后・多紀理比売神・多紀都比売神・市伎島比売神を祀る「八幡神社」がる。この小浜八幡宮の木造大鳥居として有名なこの鳥居は明神鳥居の形式に属するが、柱頂に台輪(円形で皿状のもの)が在ることから、別に稲荷鳥居とも台輪鳥居とも呼ばれている。当社の鳥居造立記録は「若狭郡県志」みえる室町時代前期の永応2年(1395)を初見とするが、その記事には「大鳥居廃絶のあとこれを再興す」とあるので古くからの存在が推定されている。この永応2年以後、中世に2回の再建の記録、近世では元禄7年(1694)の再興をもって最後として、現在に至っている。小浜市指定文化とは財であるこの大鳥居は素木で高さ6.4メートル、柱間は4.63メートル、柱の直径は48.25センチメートル、笠木は銅板葺き、神号額の上部も同様、主要部位には銅製帯金具で補強されている。柱の材質は社松(黒松、オマツ)の一木と伝えられてきたが、最近の調査によると檜柏(ヒムロ)別名、社松(ネズミサシ、ムロスギ)なることが判明した。同字のため、読み違えがあったものと思われる。社脚は明治42年(1907)暴風によって倒壊したが、柱脚を大きく切除して、石造りに改造して、鉄製帯金具でもって緊縛している。
 この神社の創建は不明だが、1000年以上経過して居るのは間違いなく、300年以上続く秋の9月第3土曜日、日曜日の2日間に渡って行われる「放生祭(ほうぜまつり)」は若狭一番の盛大な祭りとして、有名である。放生とは、捕らえた魚鳥に法を修し、池水に放つ慈悲行でこの放生を放生会といいます。天武天皇5年(677)に初見されますが、養老4年(720)の宇佐八幡宮放生会として八幡神社での独自の法会として発展してきたものです。室町時代には流鏑馬、管弦、江戸時代には相撲や能などが奉納されていました。現在は大太鼓5区、山車9区、獅子舞4区、神楽5区、神輿1区の24区が隔年で12区づつ出陣して、伝統芸能を演舞奉納しています。

1.石造大鳥居(背後の山は後瀬山です。後瀬山城址があります。峻険で登山中止です。)
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2.小浜市指定文化財の木造大鳥居(台輪鳥居)
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3.八幡神社駒札
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4.小浜市指定文化財の駒札
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5.見事な手水舎
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6.八幡神社拝殿
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7.舞殿と本殿
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8.八幡神社の駒札
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9.見事な境内社その1.
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10.見事な境内社その2.
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11.境内社の稲荷神社
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12.奉納絵馬
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