2011/6/16

奥琵琶湖(余呉湖)周辺の文化財を訪ねて!1.京への鯖街道・熊川宿  文化財研修記

平成23年6月15日(水)綾部市文化協会主催の「奥琵琶湖・余呉湖周辺の文化財・史蹟を訪ねて!」参加者22名に参加した。綾部市民センターを午前7時45分出発=綾部IC=舞鶴若狭自動車道=小浜西IC=上中=303号線=鯖街道・道の駅「熊川宿」に午前9時5分に到着。この道の駅の裏側が京都へ至る「鯖街道」である。今日はこの熊川宿について説明します。第2回目は奥琵琶湖・余呉町の曹洞宗の古刹アジサイと達磨で有名な「全長寺」、第3回目は余呉湖と川並文右衛門茶屋、第4回目は豊臣秀吉の賤ヶ岳七本槍で有名な古戦場「賤ヶ岳」山頂にリフトで上がって見学します。第5回目は今テレビで有名な「江のふるさと館と小谷城跡」です。さて元に戻り「鯖街道・熊川宿(さばかいどう・くまがわしゅく)」ですが、古代、若狭は、朝廷に食料を献上する御食国(みけつくに)のひとつでした。日本海で獲れた魚や貝が遠路はるばる京都へ運ばれ、いつの頃からか、「京は遠くても十八里」と言われるようにもなり、特に18世紀後半からたくさんの鯖が若狭の海で陸揚げされ、「鯖街道」と称されるようになったのです。与謝蕪村も鯖を背負い都に入る若狭の人々が目に止まったのか「夏山や通いなれたる若狭人」と詠んでいます。豊臣秀吉に重用され若狭の領主となった浅野長政は天正17年(1589)に熊川宿が交通と軍事において重要な場所であることから、諸役免除して宿場町としました。以来40戸ほどの寒村が200戸を越えるような町となりました。この鯖街道の一つは、小浜ーー熊川宿ーー保坂ーー朽木谷ーー京都・大原ーーー京都のルートであり約18里(72キロメートル)であります。

1・舞鶴若狭自動車道から小浜西IC手前の海岸を見る。大飯の原発のある半島を見る。
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2.国道303号線「道の駅・熊川宿」到着午前9時5分
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3.鯖街道案内板
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4.鯖街道熊川宿案内板
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5.道の駅裏側に鯖街道熊川宿がある。
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6.熊川宿番所
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7.同上 2
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8、権現さん案内板(後ろの山手に神社があります。)
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9.福井県の特徴ある民家(商家)
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10.熊川宿町並 1.
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11.同上 2.
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12.お土産店
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13.松毬の可愛い梟(ふくろう)200円です!
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14.熊川宿町並 3.
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15.同上 4.
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