2011/5/25

播州の史跡めぐり2.播磨国総社(はりまのくにそうしゃ)  文化財研修記

国宝姫路城大手門入口を出て左側に向かって徒歩で約10分、播磨国総社(はりまのくにそうしゃ)に至る。この神社は正式には播磨国総社射盾兵主神社(いたてひようずじんじゃ)といい、「延喜式」神名帳飾磨郡の条に「射盾兵主神社二座」とあり、射盾神と兵主神の2神を祀ったものである。総社と称するのは養和元年(1181)播磨国内16郡の神々174座を一括合祀したことによる。社記よれば、元、水尾山祀られていた兵主神社を延暦6年(787)、坂上田村麻呂が国衙荘(こくがそう)小野江に移し、射盾神を合祀、のち天正9年(1581)羽柴秀吉が築城の際、現在地に移したという。社殿は第二次世界大戦で戦災をうけ再建されたものですが、社所蔵の太刀(国重文)は鎌倉時代の作で、大祭礼の「一ツ山祭り」臨時祭礼の「三ツ山祭」それぞれ61年ごとと、21年目ごとに挙行される。昭和62年(1987)に一ツ山祭が催された。この祭りの発祥は平安時代とも伝えるが、起源は明らかでなく、初めは不定期の祭りであった。文禄2年(1593)以降は定期的に催されるようになった。境内に木組をし、竹で直径約10メートルの円筒形の先を丸めた置山を作る。高さ約18メートルで、これに布を巻き、頂上に注連縄(しめなわ)を張って小祠を安置する。一ツ山は五色の布を巻き「五色山」と呼び,中程に「源頼光の鬼退治をする」飾り物を取り付ける。三ツ山祭も同じ形のものを三個作り、東西に並べる。三ツ山祭は平成4年(1992)に催行された。例祭は11月14日から16日で霜月祭(しもつきまつり)といい、播磨一帯の年の最後の祭りである。

1.播磨国総社射盾兵主神社石碑
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2.同上 朱の門
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3.同上 正面の木造り門
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4.門をくぐった右手には神の使いの「なでみみずく」の像があり知恵を授かる為多くの参拝者が頭をなでている。
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5.同上 拝殿
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6.同上 拝殿内部
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7.同上 拝殿と本殿を横から見る!
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8.この神社には多くの境内社があるが、その一つ「鹿島神社」
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9.厄除け神社として有名な「案内社八幡宮」
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10.境内社ながら特別に門を持つ「長壁神社」
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11.長壁神社の門
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