2019/2/20

京を見る!(最終回)後水尾天皇の皇女・多利宮を開基として創建された尼寺門跡の霊鑑寺!  綾部の文化財

京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町12には臨済宗南禅寺派門跡尼寺(出家した皇女が門跡となる寺)燦号は円成山・霊鑑寺(れいかんじ)がある。 霊鑑寺は、谷の御所とも呼ばれれ江戸時代初期の承応3年(1654)に、後水尾(ごみのお)天皇の皇女、浄法身院(じょうほうしんぐう)宗澄(そうちょう)を開基として、円成寺跡に創建。その時、後西天皇の旧殿をもらい受け たとされ、表門、玄関、書院、居間は、江戸時代の姿を今に観ることができる。明治時代まで皇女・皇孫女が住持、継承されてきた。宗諄(そうじゅん)女王が明治24年まで住持されていた寺です。境内の庭は回遊式庭園。後水尾天皇遺愛の三十数種の椿で知られている。寺院内部は拝観できたが、一部撮影禁止で、見たかった恵心僧都作と云われる如意輪観音像はお寺のパンフレットを見るのみでお姿は隠れて拝観できなかった。

1.霊鑑寺秋の特別展を見る!山門を見上げる!
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2.駒札
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3.山門
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4.参拝入口
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5.同上
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6.見事な襖絵
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7.庭園へ
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8.見事な回遊式庭園を見る!
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9.同上見事な紅葉!
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10.同上
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11.同上
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12.見事な庭園の一部
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13.同上
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14.ご本尊の如意輪観世音菩薩様
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15.駒札
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16.再び回遊式庭園を屋内から見る!
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17.同上
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18.同上
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19.同上
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20.同上
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21.同上
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22.再び本堂内を見る!見事な襖絵です!
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23.春の特別展で見事な椿を見たい方は下記をクリックして見て下さい!
https://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1716.html


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2019/2/14

京を見る!今も活躍している日本最古のエレベーターのある北京料理の東華菜館!  文化財研修記

京都市四条大橋西詰めには日本最古で今尚、活躍しているエレベーターのある北京料理の東華菜館(とうかさいかん)がある。前身は、西洋料理店「矢尾政」。大正の頃よりビアホールブームが始まっており、大正13年、「矢尾政」二代目店主・浅井安次郎氏が新しいビアレストランをイメージし、その設計をウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏に依頼。 大正15年に、このスパニッシュ・バロックの洋館が生まれました。
その後、戦時色が深まる中、洋食レストランの存続が許されない状況になり、浅井安次郎氏はこの建物を中国人の友人・于永善に託しました。
中国山東省出身の于永善は、大連で北京料理のベースである山東料理を修得して来日しており、ここで北京料理店を創業。昭和20年末、「東華菜館」が誕生致しました。 尚「東華菜館洛北店」は、現店主・于純政が、平成5年にオープン致しました。

1.四条大橋西詰にある北京料理の東華菜館
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2.同上 正面から見る!
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3.今尚、活躍している日本最古のエレベータ―です!
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4.現在昼食等が注文・食事できる4階お広間
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5.4階から見る東山方面
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6.セットメニューは時間が掛かりますので単品を5品(事前には3名の席予約のみしていました.)注文!
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7.同上 2品目   5品割り勘で一人4,200円
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8.スパパニッシ・バロックの建物を見学・案内して貰いました!
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9.同上
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10.同上
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11.同上
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12.同上
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2019/2/10

京を見る!見事な紅葉と庭園を持つ・浄住寺を見る!  文化財研修記

京都市西京区山田開町9には黄檗宗の古刹、葉室山・浄住寺(じょうじゅうじ)がある。寺伝によれば、大同5年(810)、弘仁元年)に嵯峨天皇の勅願により、円仁(慈覚大師)が天台宗寺院として開創したと伝えられています。当時は「常住寺」と号していましたが弘長元年(1261)公卿葉室定嗣が中興し「浄住寺」と改められ、葉室家の菩提寺として栄えました。永仁6年(1298)には将軍家の祈願所となり、塔頭49院を持つ大寺となった。しかし、鎌倉時代末期の正慶2年(1333)4月、六波羅探題軍と千種忠顕率いる後醍醐天皇軍が交戦した際に、浄住寺は全焼します。その後も、応仁の乱以降に度々兵火に遭って荒廃し、永禄10年(1567)に全焼しましたが、
貞享4年(1687)葉室頼孝の開基、黄檗宗の僧鉄牛道機を中興開山として再興され、黄檗宗の寺院になります。寺宝には、叡尊自叙伝の古写本である「感身覚正記」が有名です。境内全域が京都市の文化財環境保全地域に指定されており、自然豊かな寺です。夏は青紅葉・秋は紅葉、観光客も少なく必見の穴場スポットです。観音霊場第三十番札所でもあります。本尊は如意輪観音菩薩です。

1.紅葉の浄住寺
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2.浄住寺の標柱
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3.駒札
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4.山門
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5.山門をアップで見る!
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6.山門から本堂方面を見上げる!
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7.本堂
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8.見事な本堂を斜めから見る!
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9.本堂内の見事な本尊の如意輪観音像
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10.本堂裏の見事な庭園の一部
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11.同上
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12.同上
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2019/2/6

京を見る!臨済宗の華厳寺(通称;鈴虫寺)!  文化財研修記

京都市西京区松室地家町31には臨済宗の華厳寺(けごんじ)通称:鈴虫寺があある。華厳寺は享保8年(1723)、鳳潭によって創建される。鳳潭は学僧として知られ、華厳宗の復興を志して当寺を創建した。慶応4年(1868)、慶厳が入寺して臨済宗に改められた。寺の所在地はかつての最福寺の旧地である。最福寺は平安時代末期、源義家の後裔の延朗上人によって建立されたもので、現在も華厳寺の東方に「谷ヶ堂」という小堂が最福寺の旧跡として残されている。
鈴虫の飼育:鈴虫の飼育は先代住職が鈴虫の音色に禅の悟りの境地を感じて開始したとされるが、年中の飼育は卵や成虫の温度管理の試行錯誤の成果とされる。1977年に隣接する人気寺院である西芳寺(苔寺)が、苔庭を守るために拝観人数を大幅に絞った完全予約制に移行すると、苔寺の参拝者の「おこぼれ」拝観者が多かった華厳寺は、寺宝などがあまりないこともあり、拝観者の大幅な落ち込みが予想された。それに前後して積極的な拝観者招致策が始まることになる。今では鈴虫の数は季節によっての増減はあるが約一万匹が常に成虫の状態である。 今では鈴虫説法でも有名になり、ホームページ上での悩み事相談などがあることもあり、特に女性に人気の寺院となっている。大広間の入場定員がある約30分の鈴虫説法があるため、シーズンの週末などはかなりの入場待ち時間が発生する。寺では公式ホームページで混雑予想を発表している。

1.華厳寺の標柱
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2.華厳寺の山門では開門の9時を前に大行列です!
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3.駒札
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4.山門
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5.山門の左側には「幸福地蔵大菩薩」様が祀られています!
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6.午前9時の開門では若い女性の参拝者を先頭に山門を潜って、先ず「鈴虫説法」を聞きに行きます!撮影禁止です!
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7.鈴虫説法を聞いた後、回遊式の京都が展望できる見事な庭を見ます!
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8.同上
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9.同上
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10.同上
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11.同上
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12.同上(京都市内の展望です!)
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13.同上
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14.同上
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15.同上
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16.本堂
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17.本堂内「本尊:大日如来像(平安時代〉、宝冠釈迦如来像(鎌倉時代)、鳳潬像が安置されている。
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2019/2/1

京を見る!京都市最古の神社で月神を祀る月読神社!  文化財研修記

京都市西京区松室山添町15には渡来人の秦氏が祀った京都最古の神社「松尾大社」の摂社として松尾大社から歩いて10分弱の所に、神秘の雰囲気を漂わせながらひっそりとでも荘厳に鎮座している月読神社(つきよみじんじゃ)がある。摂社ですが、独立した神域を持ち、舞殿、本殿があり、社務所まであります。伝承では、“海の神”として壱岐島の月読神社に祀られていた月読命を、古墳時代の487年、壱岐縣主の壱岐氏が京都に分霊、この地に祀ったと言われています。なぜ大和朝廷の祖先神/天照大御神の弟神の本拠が壱岐なのでしょう。不思議です。 弟神/ 須佐之男命も、日本書記の一説では新羅から来たと言われ、この兄弟は、韓半島と何らかの関係があったことを暗示しているようです、謎です。 境内にはケガレを除く「解穢(かいわい)の水」、神宮皇后ゆかりの安産祈願の「月延石」、縁結びの「むすびの木」などパワースポットだらけです。

1.駒札
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2.駒札
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3.見事な朱の大鳥居
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4.駒札
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5.朱の鳥居から神門を見ます!
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6.見事な舞殿を横から見ます!
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7.舞殿正面から拝殿を見ます!
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8.拝殿
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9.境内社の御舟社(天鳥船命を祀る。)
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10.境内のケガレを除く「解穢(かいわい)の水」
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11.解穢(かいわい)の池
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12.境内社の聖徳太子社
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13.結びの木
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14.月延石
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2019/1/30

京を見る!京都市最古の神社の松尾大社!  文化財研修記

京都市西京区嵐山宮町3には京都市最古の神社である松尾大社(まつおたいしゃ)がある。松尾大社は大宝元年(701)に建立された社で、酒づくりの神様として有名です。境内に足を入れると目を引く山のように積まれた酒樽は、各地の酒造業者が奉納したもの。亀の井とよばれる湧き水を元水に加え酒を醸造すれば腐らないという言い伝えがある。4月下旬には楼門から本殿の間の一ノ井川沿いなど境内一円に3,000本もの山吹が咲き誇る。また、それぞれ趣の違った庭が集まる「松風苑」がある。これらの庭園で用いられた200余個の石はすべて徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)で、昭和45年(1970)着工、昭和50年(1975)5月に完成。
「上古の庭(じょうこのにわ)」(磐座風)
松尾山中の頂上付近にある巨岩が信仰の対象になったといわれており、古代の磐座を模して造られたのがこの庭である。祭神である二つの巨石の男女二神を囲む岩石群は、随従する諸神を表し、地上一面に植えられている丹波笹は高山の趣をあらわしている。
「曲水の庭(きょくすいのにわ)」(平安風)
松尾大社が最も栄えた平安時代を表現した庭といわれ、御手洗川の清流が七曲がりして山麓を洗い、岩が点在する山からこれを見下ろす優雅な姿をあらわしている。
「蓬莱の庭(ほうらいのにわ)」(鎌倉風)
鎌倉時代に代表される回遊式庭園で、不老不死の仙界にあこがれる蓬莱思想を表しているといわれ、岩の間から噴出する水が鶴形に池に注ぐところ、多くの島が点在し、周囲を回遊しながら眺めると、自ら仙界に遊ぶ境地になると表現している.

1.松尾大社一の鳥居
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2.巨大な碑文
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3.一の鳥居をアップで見る!
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4.見事な巨大な楼門
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5.駒札
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6.楼門から拝殿を見る!
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7.見事な拝殿です!
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8.国重文で両流れ造(りょうながれ)であるが切妻(きりつま)造りに似た建築で松尾造りと呼ばれている本殿
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9.本殿の向拝をアップで見る!
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10.有名な酒の資料館
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11.上古の庭
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12.左上は宝物館で、曲水の庭
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13.宝来の庭
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2019/1/25

京を見る!尼門跡寺院で百々御所とも人形寺ともよばれる宝鏡寺!  文化財研修記

京都市上京区寺ノ内通堀川東入百々(どど)町には臨済宗単独寺院で西山(せいざん)と号する尼門跡寺院で百々御所とか人形寺ともよばれる宝鏡寺がある。光厳天皇皇女の華林宮惠厳(かりんのみやえごん)は、無学祖元(鎌倉円覚寺開山)の弟子にあたる尼僧・無外如大が京都の五辻大宮(現・京都市上京区)に開いた尼五山筆頭景愛寺の6代寺持であった。室町時代の応安年間(1368−1375)、伊勢の二見浦にて漁網に掛かった聖観世音菩薩を景愛寺子院の建福尼寺に安置し、建福寺を改めて宝鏡寺と称した。これには、足利義政の娘が文亀年間(1501−1504)に再興したとする説もある。足利義満の時代、隣地には小川御所があったとされ、義満母の紀良子、義満実弟の満詮の別宅だったというが、応仁の乱(1467−1477)の折、戦禍から後土御門天皇、足利義政室の日野富子が逃げ込んでいた。後に後嗣を巡る争い(明応の政変)で御殿は焼かれてしまい、跡地は宝鏡寺に取り込まれた。正保3年(1648)、後水尾天皇皇女の理昌女王(久厳尼)が入寺して以降、代々の皇女が入寺する尼門跡寺院となり、土地の名前から「百々御所」(どどのごしょ)とも呼ばれたが、天明8年(1788)焼失。以降再建された現在の建物群は尼門跡寺院の構成をよく伝えている。京都の尼門跡寺院には、内親王が入寺することが多く、父である天皇から人形が贈られたとされ、宝鏡寺も孝明天皇遺愛の人形をはじめ[、多くの人形を所蔵している。それらの人形を一般公開する人形展が昭和32年(1957)から実施されるようになった。また、その後人形供養が行われるようになり、昭和34年(1959)には京人形の振興を目的として境内に人形塚が建立された。人形塚には御所人形像と武者小路実篤の歌が刻まれている。これらのことから、人形の寺と通称されるようになった。

1.宝鏡寺山門と標柱
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2.山門から本堂方面を見る!
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3.境内の人形塚には御所人形像と武者小路実篤の歌碑がある。
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4.人形津塚の彫られた御所人形をアップで見る!
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5.本堂の入口
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6.庫裡への入口
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2019/1/20

京を見る!本門法華宗大本山・妙蓮寺!  文化財研修記

京都市上京区寺之内通大宮東入妙蓮寺前町875には 大本山妙蓮寺がある。、宗祖日蓮大聖人より帝都弘通宗義天奏の遺命を受けた日像聖人によって、 永仁2年(1294)に創建された。
日像聖人が遺命を果たすため鎌倉より京都へ上られた時、 五条西洞院の柳酒屋は深く聖人に帰依し、未亡人は邸内に一宇を建立して聖人を請じ、卯木山妙法蓮華寺と称した。これが妙蓮寺の縁起である。(柳の字を二つに分けて卯木山という。)その後、たびたびの法難にあったが、応永年間(1420年頃)本勝迹劣、本迹一致の論争を 契機に妙顕寺を退室した日慶聖人によって柳屋の地に本門八品門流として再興された。その後、寺域を堀川四条に移し、皇室ならびに伏見宮家と関係深い日応僧正を迎えるにおよび、 皇族始め足利将軍義尚等の参詣多く、また今出川家の公達日忠聖人は、三井寺より改宗して 当寺に投じて学室道輪寺を創立し、本化教学の道場を開く。ここにおいて当寺の法運は隆昌 を極め、山門の様式も格式高いものとなった。天文5年(1536)には、法華宗の隆昌を妬む比叡山天台宗を筆頭に諸宗の僧俗10万人に よって襲撃され、妙蓮寺をはじめとする日蓮聖人門下21本山は、ことごとく灰燼に帰し堺 に立ち退いた。天文11年(1542)大宮西北小路に復興され、天正15年(1587)には、豊臣秀吉の聚楽 第造営に際して現在地に移転した。当寺は、1kuの境内に塔頭27ヶ院を有する大寺院で あったが、天明8年(1788)の大火によって、そのほとんどが焼失し、わずかに宝蔵・鐘楼 を残すのみとなった。
寛政元年より漸次復興して、現在に至り、塔頭8ヶ院を残すのみです。

1.妙蓮寺の標柱
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2.見事な山門をアップで見ます
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3.鐘楼
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4.見事な本堂と御会式桜が手前にあります。
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5.伽藍配置図
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6.御会式桜の駒札
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7.見事な鐘楼を本堂側から見ます。
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8.見事な本堂です!
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9.妙蓮寺椿
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10.庫裡入口
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2019/1/15

京を見る!古田織部が後陽成天皇の勅願所として再興した本山・興聖寺!  文化財研修記

京都市上京区堀川寺之内上ル2丁目上天神町647には臨済宗興聖寺派本山の円通山・興聖寺(こうしょうじ)ある。本尊は釈迦如来。虚応円耳(こおうえんに)が創建した大昭庵が前身で曾我蕭白(そがしょうはく)とその一族の菩提寺です。塔頭に古田織部の妻が隠居し、豊後岡藩家老・古田家が織部の墓を建てた関係で「織部寺」とも呼ばれる。慶長8年(1603)、虚応が創建。後に後陽成天皇および後水尾天皇の勅願所となる。当初は顕密兼修の寺院であったが、元禄14年(1701)に禅宗寺院となる。天明の大火(1788)で焼失するが、その後再興された。本堂には本尊釈迦三尊像のほか、愛宕神社旧本地仏の地蔵菩薩像(勝軍地蔵)、藤堂高虎寄進と伝える達磨像などを安置する。国重文の紙本墨画寒山拾得図; 曾我蕭白筆、絹本著色兜率天曼荼羅図などがある。

1.駒札
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2.興聖寺標柱と山門
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3.山門の見事な揮毫
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4.山門から中門を見る!
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5.見事な中門
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6.中門から本堂方面を見る!
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7.鐘楼
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8.庫裡を見る!
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9.庫裡から本堂へ
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10.見事な本堂全景
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2019/1/11

京を見る!醍醐天皇の勅願により創建された水火天満宮!  文化財研修記

歴史[編集]京都市上京区堀川通上御霊前上る扇町722−10には延長元年(923)醍醐天皇の勅願により水難火難除けの守護神として延暦寺の尊意僧正に勅命があり、菅原道真の神霊を勧請し建立された水火天満宮(すいかてんまんぐう)がある。以前は同じ上京区の上天神町にあったが、堀川通の拡張に伴って1952年に現在の場所に移転した。境内には、末社六玉稲荷をはじめとし、道真の霊が降り立ったといわれる投天石、近年出世した人が寄進した出世石、眼病に効くといわれる井戸水「金龍水」や安産の石「玉子石」がある。また元禄8年(1695))に都への出入り口30箇所に木杭で作られた標識があったが、朽ちたため享保2年(1717)、石に作り変えられたといわれる「是より洛中荷馬口付のもの乗べからず」と記した石標もある]。堀川通沿いの鳥居横には、孝学堂跡の石碑もある。これは、江戸時代に天満宮宮司の孝道が境内に開設し学問所跡である。

1.水火天満宮全景
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2.鳥居と扁額
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3.駒札
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4.手水舎など
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5.11月18日午後4時からのお火焚祭の護摩供養の準備ができています。
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6.拝殿
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7.本殿を見る!
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8.六玉稲荷社
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9.道真の霊が降り立ったと言われる投天石
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