2011/1/17

ストップ・ザ・風化  時事・社会
 
今年も「あの日」が巡ってきました。あれから16年も経つのに、相変わらず昨日のことのように思い出されます。1月17日、阪神淡路大震災発生。黙祷。



時の与党は社会党(現在の社民党・民主党の前身)で、首相の村山富市は「いかに救助のためとはいえ、自衛隊を大規模に動かすことはまかりならん」と3000人しか派遣させず、被害を拡大させました。また、在日米軍からの支援申し出も拒否し、いたずらに死傷者を増やしました



左巻きのお仲間が多いマスゴミは、そのあたりマトモに報じたことはありません。しかし、あの大震災は、当時の左派与党による人災でもあったと、わしはいまだに思うとります



状況をご存知ない方、あるいは漠然としか知らないという方は、以下をご覧下さい。村山の発言や社会党関係者の行動が時系列でまとめられてます



【参考】阪神淡路大虐殺


村山は現在ものうのうと生きており、「村山談話は正しかった」などの自説をぶっとります。こいつからは一度も「阪神淡路大震災時には本当に申し訳なかった」の弁を聞いたことがありません



16年前「口先だけの平和主義者ほどアカンもんはない」と、痛みをもって学びました。多くの人々が同じような気持ちを抱いてたと思います



しかしながら、またしても同じ「口先だけの平和主義者」を政権与党に据えてしまったのだな。この状況で、万が一あの大震災と同じ状況が発生したとしたら、そう考えるだけでゾッとしますわ



だから、決して風化させてはいかんのです。震災そのものもそうですが、左派政党の本質的な危険性もまた、記憶から薄れさせてはイカンのです




前にも書きましたが、わしは左派革新思想については、別に否定しておりません。1つの考え方であるし、時に必要な場面もあると思うからです



しかし革新というものは、保守という「主軸」があってこそ、初めて成立しうるものでもあります。革新だけでは決して主軸にはなれないのです




音楽で解説してみましょう




音楽の三大要素に「リズム、メロディー、ハーモニー」がありますが、それに加えて「緊張と緩和(または変化と安定・調和)」も重要な要素として挙げられます



いくら「音楽は自由だ!表現は自由だ!何をやってもいいんだ!」と言うたところで、リズムもメロディーも和声も無視して演奏するのはアホです。ソロでやるなら「表現の1つ」として見てもらえるかもしれんけど、ただ破壊するだけでは音楽にはなりません



リズムやメロディーや和声も、時にアウトするのはアリです。そしてまた調和に戻り、また緊張を加えるというのは、ジャズでもよく使われる手法ですもんね



つまり、アウトを音楽的に有効なものとするためには、その「帰結する場所」を主軸にしておく必要があるということです。アウトだけでは成立しないのね
(´・ω・`)



ただし、ここで言うアウトや革新は、音楽的に寄与する意味でのそれで、楽曲そのものを破壊することを指すのではありません。己のエゴによる売国や壊国なんて論外ってことですわ




Twitterより
http://twitter.com/#!/ytake2/status/26954536958566400

阪神大震災のときの天皇皇后両陛下。ジャンパー姿で、体育館の冷たい床に座って、被災者の話を頷きながらお聞きになった。社会党・村山富一首相、体育館の中を通り過ぎただけ。土井たか子、辻元清美両名は作業していた自衛隊に「帰れ!」のシュプレヒコールを上げていた。






1.17の記憶、絶対に風化させん!
 
 

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