2009/3/3

ふとふりかえって  日常たわごと君
 
ウチのオカンはその昔、人前に出るのが大変苦手やったそうです。で、「生まれてくる子には、自分とは違い、人前でも堂々とあってほしい」という想いから、わしが腹ん中にいる間、大勢の人がいてる場所に行ったり、なんぞの講演会に行ったりして、胎教してた。という話を、ずいぶん前に聞かされました



ところが、生まれてきた子供(わし)は、非常に気弱な恥ずかしがりで、あちゃー、こりゃイカンわ〜、と思うたそうなw



ん?今では考えられへんでしと?いやいや、これは誇張なしの実話なのです。遠い日のことなので漠然とした記憶しかありませんが、自分でふりかえってみても、あまり活発な幼児やなかったと思います



ですので、いろいろと「教育」されました。友達ん宅にあがりこんで遊んでたら、「外で遊ばんかい!」と怒鳴られたり、ケンカして泣いて帰ってきたら、「勝つまでやってこい!」と放り出されたり(笑



一番アレやったのは、生徒会選挙などがあると、「落ちてもエエから立候補して演説してこい!」と言われたことです。できるかー!とシャイな少年は思うたのですが、やらんとしゃあない雰囲気に呑まれ、何度かやりました(涙



ちなみに小学校の時、転校2ヶ月で生徒会長に立候補し、当選するという荒技をやってのけてます。たぶんPチャンは覚えてることでしょう



それが現在に至ってます、と言いたいところですが、さにあらず。もともとシャイやった少年はその後、ずいぶん長い間、混乱と葛藤に苦しみ続けたのです。そのせいで、空回りを連発したり、無用なトラブルを巻き起こしたりと、まぁホンマ、ダメダメでしたわ orz




十数年前、ちょっとした転機がありましてね。その時に考えました。「このままではアカン」と。誰かが提示してくれる幸せに流されるのやなく、自分自身の幸せを見つけたい。そして、見つけられるようになりたい、と思うたのです



ただ、同時に「いまさらそんなこと考えても遅いんちゃうやろか?やってもムダなんとちゃうやろか?」とも思いました



でも、自分でやらんな誰もやってくれへんのやということは身にしみてましたので、それまで自分にあった様々な「価値観」を整理し、無用と判断したものは捨て、とりあえず何年かは新しい価値観に沿ってやってみよう、と決めました



その「新しい価値観」を作る時によみがえってきたのが、幼い頃に親から聞かされた数々の言葉でした。よそはよそ、うちはうち、あの類ね(笑。おそらくその時、初めて親の気持ちがわかったんやないかと思います。いまさらながら感謝です




そこから現在に至るわけです。この十年ちょっとをふりかえってみると、新しく作った価値観は、わしにとって正しかったようです。自分自身の幸せがどういうものなのかハッキリ見えましたし、出会った多くの人達の笑顔が、それを証明してくれてるように思うからです





十年あれば人は変われる。
 
 


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