2008/9/19

 
出荷を待つ「子供たち」。クリックすると元のサイズで表示しますなんとかメディアの制作も間に合いまして、予定通り、明日リリースです。初のアコースティックソロアルバム『HOME』は、WOEPのパンチレコードとは分けまして、ハート&ソウルレコード名義にしました。11曲入りで、お値段千円です。よろしくお願いいたしますです m(_ _)m



表ジャケはJR桜井線「長柄駅」にてHIROKOさんに、内ジャケは阪堺線「大和川駅」にてShiiちゃんに、それぞれ撮ってもらいました。あらためてありがとございます



試聴した人によると、「めげてもダメでも」「電車の旅」が特に良かったそうです。みなさまには、どの曲が気に入っていただけるでしょうか。またご感想など聞かせてもらえると、大変ありがたいです




さてさて。




前々から感じてたことなんですが、どーも特にここ数年、その傾向が強くなってるというか、そんな感じのすることがあります



それは「分断」です。具体的に言うと、人と人との分断、仕事との分断、気力の分断、そういったものです。それぞれは、ひょっとしたらリンクしてるのかもしれませんが、わしにはそこまではわからないです



古くは「核家族」問題。それまではジイちゃんバアちゃんと一緒に住むのが当たり前でしたが、いつしか1家族ごとの「家」になっていきました。これにより、住宅需要は増えて、関連業界が潤うとともに、「持ち家意識」も満たされたというメリットがあります。一方で、世代間の「分断」が起こり、宅地造成による開発で自然が破壊されたというデメリットもあります



そこから、しばらくは緩やかな分断が進行してましたが、90年代に入って「なりたい自分になる」「自己実現」などのキーワードが登場したことで、それぞれが「個」であることを追求するのがエエという風潮が主流になりました



そして、インターネットや携帯の普及によって、分断は加速化されます。現在に至っては、核家族の中で、さらに「核個人」ともいうべき状況になっており、ひどい場合は個人の中においてすら「核人格」のようになってしもうてます



この「分断の流れ」を善しとし、それに呑まれてしまうと、やがて大事なものが見えなくなり、大事なことが聞こえなくなるような気がするのです。いえ、目には映り、耳には聞こえているんですけど、なんというか、心に届かないというか、そういう状態に。




たしかに個性の追求については、わしもエエことやとは思います。ただ、それは社会との繋がりがあることが前提で、それが無ければ、ただのエゴでしかないとも思います



人間はなぜ社会性を持つのか?といえば、それは単体では弱い生き物やからやないでしょうか。人間は、強大なチカラを持ってはいますが、自然界に「個」として放たれたら、真っ先に猛獣のターゲットになるような生物です。弱いのです



人は1人では生きられないし、1人で生きているものでもない。帰る場所も、つながる人も必要やと思います。『HOME』というアルバムは、分断の流れに対する、わしのささやかな抵抗です
 




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