2008/8/6

戦争と平和  日常たわごと君
 
昨日降らなかった分が、今日ザバザバ降ってくれました。轟音のカミナリ付きで。そのわりには、一向に涼しくなってくれません。これやと、また明日の朝も、サハラ砂漠な目覚めになりそうです orz



さて、本日は広島に原爆が投下されて63回目の原爆記念日です。「記念日とはナニゴトじゃ!」とお怒りな方々が多いようで、昨今では「原爆の日」といわれてます。しかし、元来「記念」という言葉は「思い出となるよう残しておくこと」という意味がありますので、用法として間違ってるわけではありません。この手の「言葉狩り」はイヤじゃのぅ



ともかくも63年前に、人間に対して初めて核兵器が使用されたのです。一般人をターゲットにしてたのですから、大虐殺ですわな。しかしながら、この日を「広島大虐殺の日」とは言わないのです。日本が敗戦国やからです。勝てば官軍、てことですかね。通説としての歴史なんぞ、しょせんは官軍史ですよ



63年前を教訓にして、「あぁ、こんな魔道の兵器は持ってはイカンのや。即廃棄せな」と考えたのなら、まだちょっとは救われるのかもしれません。でも現実は、廃棄どころか増えてます。しかも、所有してる国の数まで増えてます



核兵器を持つことによって、他国からの侵略に対する抑止力になり、他国への威圧が可能になり、他国との交渉を有利にもっていくことが出来るからです



つまりは、不信感とエゴによるものです



人間の歴史は戦争の歴史、といわれます。世界規模でみれば、戦争の無かった時代は無いからです。「話し合い」という手段を持ってるにもかかわらず、結局は武力行使に流れてしまうというのは、人間であるゆえ、しゃあないことなんでしょうかねぇ…




そもそも「平和」というのは何なのか?単に戦争が無い状態を指すのか?このあたり、実は曖昧です。かく言うわし自身、平和とは何か?と問われても、漠然とした答えしか出せないです



生物の本能として「身の安全の確保」が最優先されますので、つまりはその状態であれば、少なからずの平和ってことになるんでしょうか。しかし、それやと核兵器を所有したがる心理と、あんまり変わらんような気もします(汗





戦争も平和も、エゴの上にあるんですかねぇ
 


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