2007/8/10

正しさ  日常たわごと君
 
世間様は明日あたりから盆休みに突入するそうやないですか。長いところでは、来週一杯まるまる休みなんやとか。ふーん、そうですか、わしは無休です。うらやましい限りです(涙



パンチくんやないですが、そろそろこういうリズムから脱出したいのはヤマヤマなんですが、なかなかそうもいかない事情もありで、葛藤その他諸々ありにけりな日々です orz




なんというか、常識的な解決法が通用しない、それも長期にわたる問題というのは、なかなか神経をイラつかせてくれ、すり減らしてくれます



たとえば、みなさまはこのクソ暑い時期、何人かいてる部屋でエアコンをかけているにも関わらず、自分の都合だけで窓を全開にしたりします?正常な精神の持ち主なら、そんなアホなことはしませんわな



が、それを「正しい」と主張するような人間も、世の中にはいてるのです。他人事なら笑えますが、そういうのが身内におりますと、どう考え方を変えても笑えませんわ orz





何が「正しい」のか?絶対的な「正しさ」というのは、実のところわかりません。それがゆえに、人は宗教をつくり、法をつくり、ルールやマナーといった約束事によって、共通の「正しさ」を持とうとしてます



でも、それらは所詮ヒトのつくったものですので、絶対的な「正しさ」にはなりえません。また、それらを理解できなかったり、無視したり、自分に都合エエように解釈したりする連中もいてますので、決して完全でもありません。絶対的であり完全なモノであると、単に思い込んでる方々はいますがw



かと言うて、人それぞれの価値観に「正しさ」を委ねてしまうと、それはそれは大変なことになってしまいます。たとえば殺人趣味なヤツも「OK」になってしまうからです



だから、とりあえずそれらに基づきつつも、その状況や環境に応じて、いろんな方法で接点を見いだしながら日々を生きてるというのが、実際のところでしょう。「暗黙の了解」や「一般常識」みたいな曖昧なルールも、その産物やと思います




大人になる過程で、それらを少しずつ学んできたはずなんですが、残念なことに、その部分が致命的なまでに欠落しているヒトも、中にはいてます



彼らの面白い共通項として、矛盾した行動を批判されると、自分の矛盾は棚に上げ(または正当化して)、批判されたこと自体に猛烈に反発してくるという傾向があります。まぁエゴでしかないワケですが、こういうのを相手にせなアカンのは、ホンマ疲れます orz




おそらく究極の「かまってちゃん」なんでしょうけど、何やっても受け入れてもらえる、チヤホヤしてくれる世界なんぞ、どこにもありません。それを理解してもらいたいんですが、あきませんわ。はあぁ、ムズカシイどすなぁ。珍しくグチってごめりんこm(_ _)m


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