2007/5/16

記事  時事・社会
 
新聞を読む際には、大きな記事はなるべく読まず、小さな扱いの記事を中心に読んでます。大きな記事は、見出しにだいたいのコトが書いてありますので、それさえ読んでおけばわかりますもんね



それに、大きな記事は文章量が多い分、左派右派問わずイデオロギーやら印象操作の傾向が強くなりますので、読むとうっとうしくなるのです。その点、小さな記事は文字数も限られており、ほとんど出来事レポートのような内容なのでエエのです



小さな扱いの記事やからというて、バカにしてはいけません。大きな記事よりも、かえって世相を反映していることも多いのです



また、最初は小さな扱いでも、徐々にそれが社会問題化していき、1面記事になった例もあります。鳥インフルエンザの最初の頃なんか、まさにそうでした




小さな記事には、時に朝から爆笑させてくれるような内容もあります。いつの頃やったか忘れましたが、「下着ドロ『試着中』に御用」という記事を読んでコーヒー吹いた記憶があります(笑。おそらく犯行現場で「試着」してたのでしょうが、ブラを胸に付けていたのか?あるいはアタマにかぶっていたのか?そのあたり想像したら笑えるやないですかww



あと、盗んだはいいが、数時間後にお金を返しにきたドロボウの話なども、なかなか笑いを誘ってくれました。アホやなぁと思いつつ、微妙に救われた気分にもなれますw




ところが




近年は「小さな記事」でさえ、そんな風に笑える内容やなくなってきてます。それどころか、殺人、放火、強盗、虐待、暴行、わいせつ、そういったモノばかりです。もうコーヒーを吹くこともありません



特異な事件・犯罪が乱発するようになりましたので、以前なら中ぐらいの扱いやった記事が、今では小さい記事になってしもてる模様。ほんで、ほのぼのしたような昔の小さな記事は、紙面から追いやられてしもうたのですな



最初の方で「小さい記事の方が世相を反映してる」と書いたのは、この点からもご理解いただけると思います。ぶっちゃけ、いまの世の中は狂ってるとしか言いようがないです




そうそう、女性のみなさま。深夜に1人でレストランに入ってはいけませんよ


■読売新聞:飲食店店長らが店で食事中の女性客を拉致、暴行…大阪


これ「ペッパーランチ」とかいうチェーン店の、店内での話ですよ。一体どこの国?もうムチャクチャですがな#



慣れた街、慣れた場所、慣れた人、慣れた店。そのどれもが、安全を保証してるわけではありません。海外では常識すぎるコトですが、日本国内の安全も終わりつつありますので、早急に認識をあらためられた方がエエかと思います。世の中キチガイじみてます、というより、すでにキチガイですから





ああ、でもわしは…




「老人の入れ歯、猫が持ち逃げ」とか

「強盗に入って人生訓を説く男、逮捕」とか

「のつぼを残せ! 住民の反対運動過熱」など


そんな記事を読みたいですww

2007/5/15

 
人と人とは、わかりあえないものやと思ってます。などと書きますと、「またこのヒネたオッサンが何ぬかしてけつかる」とお叱りの声が上がりそうですが(汗w。いやいやまぁまぁ、話には続きがございますので



よく「その気持ちわかるわ〜」という言葉を口にしますが、その時、ホンマに相手とまったく同じ気持ちになってるかというと、まずそんなことはありません。だいたい人間というヤツは、同じ環境下で同じように生まれ育っても、まったく違う考え方を持ってたりする厄介な動物なのですからw



他人とまったく同じ気持ちにはなれませんが、そのかわり、自分の似たような経験や伝聞、あるいは「もし自分がそうやったら」という仮定で、相手の気持ちを「想像する」ことは出来ます



つまり、「その気持ちわかるわ〜」というのは、想像した事柄を自分の価値観で解釈し、理解してるというコトなのです



これが一方だけやなく、お互いやと、厳密には「想像し合う」ということになりますか。ちょいとヒネた言い方をしますと、相手と同化し合ってるのではなく、それぞれの中で、相手(の気持ち)との近似値を求め合ってるだけに過ぎないワケです





…というのが冒頭の言葉の裏付けですわ





現代人の特徴なのか、自分のことをわかってほしい、ホンマの自分を見てほしい、自分のすべてを受け入れてもらいたい、と考えてる人は非常に多いです。しかしながら、上記の論法からしますと、それらは「ムリ!!!」なコトになりますわなw



そですよ、ムリなんですよ。それこそ、ガンダムに出てくるニュウタイプやないと(笑



実際にはムリやのに、わかりあえる、わかってもらえる幻想に囚われてるから、ややこしいことになってしまいます。ぶっちゃけ、親子でも「わかりあえる」ことはありません。血がつながってるはずやのに、親は子を捨て、子は親を惨殺するのはなんで?




アヤシイ宗教なんぞは、そこんとこに付け入ったりしよります。わしはサヨナラ神様なヒトなので、そういうのはシッシッとやる次第ですが、「神だけがアナタのすべてを受け入れてくれますよ」という言葉にコロッといく人も多いみたいです



お金払わんな受け入れてくれへん神様って…、ねぇ(笑





はい、ちょと脱線したアルよ。ということはですね、わかりあえないという前提に立って、いかに相手の考えと近いものを想像するかに徹した方が、よりエエ人間関係を築けるのやないか?そう思うのです




単にヒネたタワゴトとちゃいまっしゃろ?www




人間と比べるのもアレですが、動物と一緒に暮らしてますと、それがよく実感できますし、大きなヒントも与えてくれます



ヤツらは当然、ヒトの言葉を話せません。気持ちの伝達手段といえば、ボディランゲージか鳴き声ぐらいです。それはコチラ側も同じですが、ヤツらは自分の主張とともに、人間のことをシッカリ観察してるのです



どういう時、(動物が)どんな行動をすればエエのか、観察した上で学習しています。これは「想像」ではなく、単なる「経験則」かもしれませんが、人間関係にも応用できる大きなヒントやと思います





音楽屋の場合、さらにそれの度合いが要求されますね。たいへんだわ。考えるより感じろ!というヤツですな



クリックすると元のサイズで表示します
楽よね〜、ぬいぐるみってww

2007/5/14

カラダ調整中  日常たわごと君
 
普段通ってる整骨院ですが、いつの間にか違う施術士になってました。若手なのでどうかなぁと思ってたら、なんとこのヒトの方が丁寧でうまい!



前にいたヒト(院長らしい)は、古典的な柔術整復士で、ボキペキ系でした。カダラの痛みを一時的にマヒさせるにはエエのですが、ぶっちゃけ治療とは言い難いのです。しかし、今回のヒトは筋肉ほぐし後に矯正系なので、わしにとっては大変助かります



聞けば自分の考えをもってそうしてるとのこと。筋肉を弛緩させるポイントも的確で、若いのによく勉強してるなぁと感じ入りましたよ



古典的なポキペキ系は、わしぐらいの年齢ならまぁまぁ大丈夫ですが、お年寄りにはキツイと思います。固まった筋肉より先に骨格を矯正するというのは、常識的に考えてもオカシイですし



実際のところ、前の院長がいた時は、わしが訪れる時間帯などガラガラ、というか、わししかいないことがほとんどでした。しかしながら、彼にかわってからは、確実に治療に訪れる人が増えています。患者は正直ですわ(笑



近所に整骨院は多数ありますが、ほとんどが似たような「お決まり」の施術で、筋肉をほぐすことは、どうやらオプション程度の扱いになってる模様。貴重な存在なので、重労働やとは思いますが、彼には頑張ってもらいたいです。ちなみに、場所はサウスのご近所ですw




右手の骨膜ケガも、指弾きせえへんかったら演奏に影響はないみたいで、とりあえず安心です。でも、拍手や握手はできないと思います(汗。ふくわらいの当日、握手を避けたとしても、それはその方を敬遠してるからやないですよ〜っ orz




なるべく万全に近い状態で、本番に臨みたいです。そういえばパンチくんも、トレーニングを始めるとかどうとか言うてました、1週間前から走り込むとも言うてましたが、たぶん前日にちょろっと走る程度やと思われますw




ま、アレです。わしやパンチくんがナンボ頑張っても、おいしいトコロは全部、CMスターに持って行かれてしまうのですがwww

2007/5/13

会話  音楽総合
 
昨晩の疲れがドッと出る間もなく、なぜか早い時間に起床。ぎょうさん呑んで遊んだわりには、朝からガツガツとメシを食う。うむ、我ながら健康体です。厄年はどこへ?ww



しかし今夜もサウスで呑み、日記はサボろうといったん眠りにつきましたが、シメキリ間際なので仮眠程度です(涙。あ〜眠ぅ orz



昼間には、まとまった時間が珍しく出来ましたので、「うたもの」の増産や、ふくわらいの諸々の準備などしてました。そうです、もう今週の土曜なのです。昨年の第1回から、早いもので1年が過ぎたのですね。感慨ですわ



そんなわけで



第2回ふくわらい音楽ショウ
5月19日(土) 18時開場
心斎橋club jungleにて

出演
トンズ、Spoon、WOEP、ヒポポタミ、Brown Eyed Soul




すでに多くの方々から「行くよ〜」とのお声をいただいておりまして、ひたすら感激しっぱなしの面々です。初めての方でも、きっと喜んでもらえる内容です。まだお席はございますので、みなさま、どぞよろしくおねがいしますm(_ _)m







さてライブ、とりわけ地下音楽屋のモノになると、身内ノリの発表会みたいなものか、クソバカデカイ不快な音を聞かされ、オナニーに拍手を強要される「ガマン大会」的なイメージがありがちです。実際のところ、わし自身が客として見に行っても、そう感じることが多々あります



一方、分類上はアマチュア(つまり音楽だけで食べてない方々)でも、時に素晴らしいライブを見せてくれる音楽屋もおります。その違いは何なのでしょうか?





それは「会話」やないかと思うのです





会話というのは、相手を観て、相手の話も聞いて、それで初めて成立します。素晴らしく面白い話をしてくれる人ならともかく、どうでもエエような話を一方的にしてくる人を、誰が「会話上手」と呼びましょうか(笑



「聞いて聞いてー!ワタシの話聞いてー!」だけな人も、やはり会話上手とはいえません。また、自分の言葉に「うんうん」と1人で納得しながら話を進める人も時折見かけますが、あれも同類ですw




音楽の場合、聴衆が直接演奏に参加できることは、まぁまずありません。ですので、一般的にいわれる「会話」とは少し違うのですが、それでも「会話の姿勢」を持つことは大事なんやないかと思うのです




思うに、一部の「会話下手」な音楽屋さん達は、勘違いしすぎなんやないかと。お客さんには、聞かない権利もあれば、ノらない権利もあります。しょうもない演奏に「金返せ!」と文句をつける権利もあります。客として来たんなら一方的に受け入れろ。という姿勢は、どう考えても間違っています





音楽屋は「音で語る」のですよ。

2007/5/12

ダンス天国  
 
サウスのデスコパーチーで踊って酔ってきましゅた〜。仕事あがりで行ったので、素敵な筋肉痛に襲われながら書いてましゅ〜w orz



手作りのお立ち台、手作りのミラーボール、そして120円のメリーという、実に豪華な舞台装置を用意したにもかかわらず、集まりが悪いっす;


しかしボチボチと集まり始めまして、デスコタイムの前に、まずはラテンライブ


クリックすると元のサイズで表示します

マスゴン率いる「マシュカパピア」です。いやあ、ご機嫌さんでした。いつの間にか満席です。これで一気に火がつきまして、あとはみんな、もう踊る踊るw。やはり生演奏は何よりも強力な起爆剤です


クリックすると元のサイズで表示します

CMスターもハワイアンなスタイルで浮かれまくりw。しかしこの後、凄まじい疲労が彼を襲うのでありましたwww


クリックすると元のサイズで表示します

そしてミラーボールがくす玉に変身し、ママの誕生祝いコーナーに。笑顔がナイスですw




す、すんません、今夜はこれだけ書くのが精一杯(汗。もう寝ます〜zzz


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ