2005/9/23

イージーもエエけど  時事・社会
来月から大阪の銭湯が値上げになるらしい。現行360円が390円と、一気に30円上げ。中人・小人は据え置きで、洗髪料10円は廃止になるとか。


セントセントセントぅ♪


わしがガキの頃は、余裕で100円以下やったけどなぁ。やっぱアレか、家風呂の普及が原因か。おまけにカトリーナやら中東やらの影響で、原油高=燃料・物価高。そりゃ銭湯さんもキビシイことやろう。

そういうわしも、銭湯はたまに利用する程度なんで、エラそうなコトは言えん。しかし、子供の頃、そして昨年の風呂釜故障事件でも、銭湯にはお世話になったので、このまま衰退の一方というのは、なんとなく寂しい。


加えて、たとえ古き良きモノであっても、儲かれへんかったら退場。というシステムに、どうしても違和感を覚える。まぁビジネスというのはシビアで非情な世界なんやろうし、いち消費者としては、新しくて安くて手軽で便利なモノに惹かれる、というのもわかる。


でもなー


なんつーの?ちょいと文章にしにくいんやけど、新しくて安くて手軽で便利なモノが、果たしてホンマに「余裕」やら「豊かさ」を生んでるのやろうか?と思うねんわ。


記憶を紐解いてみると、古いモノには、その場所や動作に至るまで、何かと「プロセス」のようなモンがあった。銭湯までは、歩いたりチャリを使うという「プロセス」があったし、カノジョに電話する際にも、まずは親の応答という「壁=プロセスw」を越えねばならんかった(笑。


現在:風呂はタイマーで沸くし、電話はケータイで本人直通や。



プロセス(過程)がない



その分、いろんな経験や感情を得にくくなってるように思う。物事に対する思い入れや、感謝の念も減ってるかもしれん。ひょっとしたら、便利になっていくことで、個々が切り離されていってるのかもしれへん。


とは言え、わしも便利な道具は使うてる。このジレンマよ!!(笑



ビール飲んで寝ます。
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