2008/8/28

セルフパワー  日常たわごと君
 
真面目に人々のために働き、貢献していても、理不尽にその命を断たれることがあります。アフガンにてNGOで活動していた青年の死は、わしにとって少なからずの衝撃でした。心からご冥福をお祈りします。お父さんの会見は立派でした…



他人に、ましてや他国の人々に貢献するというのは、生やさしいモンではありません。乏しい地域への海外NGOと聞くと、「ああ、井戸を掘りに行くのん?」と言う人がいてます。重機を持ち込んでドカーンと井戸を掘れば、こんこんと水が湧き出て、そりゃ現地の人々は大喜びです



しかし、それだけではイカンのです。井戸はやがて枯れる。また、井戸が1つしかないと、争いの元にもなりかねません。重機なんて置いていっても、どうせ盗まれるだけです。ゆえに、現地の人々が、自分達の力で井戸を掘れるよう、技能や知識を教えて指導していかなあきません



やってあげるのではなく、やれるようにする、というわけです




国外だけやなく、国内の小さなコミュニティ、あるいは対個人でも、また同じようなものです。親が子に教えることは、「自分の力で立てるように」することですやん?



そのためには、やはり厳しさが必要になってきます。もちろん、人生には「遊び」も必要です。ギチギチに詰めた考え方では、恐怖でも行使しない限り、自分以外の人間を動かすのは難しいです。その上でも、やはり厳しさは必要です



ただ、そういう厳しさは、たとえその裏に愛情があったとしても、ちょいと理解されにくい面があります。多くは目の前にあることの救済だけを求められますので、こちらが「自分の力で立てるように」と思うてても、「そんな先のコトはどうでもええ、コレを何とかしてくれたら、それでエエんや」と言われるからです



情けない話ですが、わし自身、なんべんもそれを言うたことがあります。いまふり返ってみれば、問題を先送りしてただけに過ぎんのに、当時は「これでもう大丈夫や」などと思うてました(恥



その経験と反省もありますので、今は「厳し過ぎる」「生真面目すぎておもんない」などと言われようが、他人に貢献しようとする時は、厳しくあろうと思うてます




甘さは一時の快楽、されど毒薬



良薬、口に苦し
 

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