昭和38(1963)年「川柳平安」2月号
豊次の創作なし。苦手な散文を2ページ半ほど書いて句作できなかったのかも。
その「机辺断章」から抄出。
「理屈ぬきに、その作品を愛される作家として、竹二さんは柳界にとってもっとも大きな存在であったことは衆知のことである。その竹二さんの作品が、その人とともに永遠に生まれなくなったことを、しみじみと川柳によってつながれている多くの友人の一人として、二重の哀しみに耐えてゆかねばならないのである。」
「私が一回目の応召から帰還したとき、「ご苦労さんでした」と、私の家をわざわざ訪ねてくださった竹二さんに、一度も神戸のお宅をお訪ねしなかったことが、強い悔恨となって私を叩きつづけてゆくことであろう。」
「日車氏の
錫 鉛 銀 日車
にしても、一つの試作として例にとりあげられるが、この作品を激賞した川柳作家を知らない。ただ大正時代に川柳家がこうした作品を発表したことに、私は敬意を持ってはいるが、川柳としては同意しがたいのである。」
「私は作品によって作者が、何を言おうとしているのか、ということを重視したいのである。作品からそれを感じ取ろうとすることを選に対しての第一の条件にしている。私の選の中には、いわゆる抽象句といわれる作品が多いことも、未完成な作品があることもあすへの川柳のプラスを確信しているつもりである。最近の「新撰苑」は投稿者が非常に多くて、一ページの枠が窮屈であるが、当分は投稿者によって、質の向上をはかりより高いところへ持ってゆくことに選者としての意欲を持ちつづけていることを投稿者にお約束して、力作を寄せられんことを」
「私は川柳の上では年を重ねることは必要だが、それは老年になることだとは思っていない。一年より二年、二年より三年と、現代性とか社会性、あるいは人間性を深め、文学的な若さは永遠のものであり」
豊次のかなり世俗的な情と、選者として投稿句を「質の向上をはかりより高いところへ」という意欲は、やや背反する。豊次の情が、日常生活のなかの感情、喜怒哀楽を多分にもつ人情であるからだ。この意味で、竹二の川柳を「理屈ぬきに、その作品を愛される」という情の共感と、いわば「新撰苑」での止揚は、豊次の二段構えであり、それを迷うことなく公言するところに「現代性とか社会性、あるいは人間性を深め」という意志と川柳へのロマンチシズムが働いている。革新派の人達の「社会性」という言葉、その質はいまではもう理解されないだろうが、そこには温かい体温の通い合いがあった。
だからこの頃に旧弊に抗う女性の自我が陸続と書かれたことを、革新派が大いに認めたのだ。革新派の社会性という意識には、世俗的な感情が多分あるとともに前近代からの止揚という方向性があったのである。革新派の川柳に底流する人情は、本格川柳を名乗る番傘の人情の句と並べると時代のリアリティーが格段に強かった。ついでに言えば、読者として川柳を読んでいた眼に、番傘より、川上三太郎の「川柳研究」が女性川柳の開花期を主導していると見えたのである。本格とか番傘は遅れている!と感じられた。
以下、新撰苑の上位から
止まり木へ一つ手錠を置き忘れ 服部たかほ
再起へ重い断ぎ目のないレール
男が曳かれて行った運河に光る首輪
罠をかけて時の重さに負けかかり 定金冬二
弔旗重くぼくを葬る列なのか
忍従の地平に元旦の喀血 中西一調
奇術の鉄扉ひらき本年のテープするする出る
ハンコがあるきょう一日を売る 貝塚千加夫
男哀し自分の顔と散歩する
敗走敗走生きて来た足の裏 乾ふたよ
凡人の指を折る日があって生き
美しいつながりをもつ抹茶碗 桝井碧水
ああ遂にピントの合わぬ年終わる
義太夫の恋に死なんとおもうかな 中尾藻介
悪い夫が夕餉茶碗をかく鳴らす
「重い」「重さ」「重く」「手錠」「レール」「運河」「首輪」「罠」「弔旗」「忍従」「地平」「喀血」「鉄扉」、似た表現の並ぶ時代であった。なぜこうも類似的に、心と状況の関係性が書かれたのか。重い句語の裏に、心と状況を表現すれば、なんとなく良い方向に繋がるというロマンチシズムとヒューマニズムのまぼろしがあったのではないか。「重い」と書くリアリズムに、改善や改革へのまぼろしの共感が裏張りされていたのだろう。いまから振りかえってのみ言えることだが、この引用句のなかでもっとも冷徹な現実把握の感じられる句は「義太夫の恋に死なんとおもうかな」である。伝統川柳を踏襲する中尾藻介の眼は、革新派でありかつ伝統川柳の作者である堀豊次の眼を信頼していた。
投句者が増えて、豊次はスペースについて考えている。とにもかくにも、もう、「川柳平安」誌に、そして川柳界の一般的な誌上にないユニークな欄が、存在感をもつところにまで来たのだった。豊次がスペースについてどのように考えていたかはわからないが、結果論だけを言えば、数の増えて行ったことがスペースを変えさせなかったのである。
豊次の句会吟(12月と1月) 抄出
眠ってる目尻の涙美しい 豊次
雀が目にはいり良心ゆさぶられ
都会の哀しみが鉄骨からはじまる
哀しみの朝をひげ剃る湯を沸かし
子のひげが目立ってきたを妻がいう
仕事場の鏡割れてるひげを剃る
彼女の運命はのころより映画通
灰色の音色はにわの口をあけ
片耳にマスクたらしている正義
長靴の人ら夜明けの駅にする
暮れかかる陸橋へ来た集金人
聖歌流れ旅の書店に本を買う

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