東京2020閉幕  様々な話題

一昨日5日のパラリンピック閉会式で、
東京オリンピック・パラリンピック2020の
全日程を終了した。

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閉会式もコンセプトがはっきりした内容で、
パラリンピックにふさわしいものだった。

1964年の東京大会の時は、
規模も小さく、オリンピックのついでの行事のようだったが、
今回は162の国と地域、
およそ4400人の選手が参加。
半世紀の間にハンディキャップを持つ人々に対する
認識の変化を見せつけた。

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大会組織委員会の橋本聖子会長が
「皆さんの圧倒的なパフォーマンスに心が震えた。
まっすぐに、そして重く私たちの心を揺さぶった。
互いの違いを認めて支えあい、
いかなる差別もない、
多様性と調和が実現した未来を必ずつくることを誓って、
私たちはさらに歩みを進めていく。
オリンピックとパラリンピックの価値を私は信じている」

とした挨拶は胸を打つものだった。

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大会前、開催に対する反対の声が世論を席巻したが、
終ってみれば、
「やはり、やってよかった」
という思いが溢れた。

無観客や選手たちの隔離など、
批判する人がいるが、
100年に一度、いや200年に一度というコロナ禍の中での開催だ。
仕方ないではないか。

それより、中止という選択肢で投げ出すことをせず、
困難を克服して開催にこぎつけた
大会関係者の努力をこそ称賛すべきだろう。

オリンピックが開催されたら、
世界中からウィルスが流入し、
東京はとんでもないことになる、
と危険を煽った人たちは、今、どこにいるのか。

結果論だと言うかもしれないが、
その結果は、
大会関係者の努力によるものだということを忘れてはならない。
いや、結果を口にするなら、
反対・中止を言った人たちは、
成功という結果に対して率直に反省すべきだろう。

オリンピック・パラリンピックの開催は、
日本が世界に対して宣言した国際公約だ。
その公約を実行しなければ、
日本は世界に対して約束を守れない国になる。
論争の中で、
そのような議論が一度もなされなかったのは、
不思議と言えば不思議だ。

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今回、オリンピック・パラリンピックは、
政治の道具にされた。
野党やメディアは、
政権批判のために反対し、
アスリートたちの開催への希望には目を向けなかった。

アスリートたちがインタビューに応える時、
「開催してくれてありがとう」
と言った言葉に対して、
中止を口にした人たちは、
どう答えるのか。

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日本国民は記憶しておかなければならない。
誰と誰がオリンピック・パラリッピックの中止を言及していたかを。
どのメディアとどのメディアが声高に反対をとなえていたかを。
それらの人々が
成功の後、
反省も謝罪もしなかった事実を。
そして、その心根の深いところで、
オリンピック・パラリンピックの失敗を期待した、
その暗い情念を。
その根底にあったのは、
日本を貶めたいという、
反日の想いだ。

この後、膨大な費用に対しての批判が起こるだろう。
入場料収入もなく、期待した観光客効果も起こらなかったと。

しかし、何度でも言う。
100年、200年に一度の災厄の中で行われたのだ、
批判には当たらない。
それよりも、
困難を越えて開催し、
世界への約束を果たしたことの意義をこそ思おうではないか。

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開会式、閉会式のNHKのテレビ中継では、
一切のテロップを流さなかった
ここで翻訳が必要だろう、という時も、
アナウンサーや同時通訳者の音声だった。
耳で聞こえるものと、
目で認識するものとでは、
その重みが違う。
英語の挨拶は、事前に原稿が回っているのだから、
字幕で出すことは可能だっただろう。
英語版の映像でも、字幕を出せば、
その訴求力は全く違っただろう。

何か国際映像に対する制約でもあったのだろうか。

と思って、北京とリオの開会式のビデオを見たら、
これらも全くテロップを使われていない。
やはり、映像を買う上での制約があったのだろうか。

ただ、これだけは残念なのは、
最後に英語で歌われた「この素晴らしき世界」にまで、
訳詞のテロップが流されなかったことだ。
あの歌詞こそ、
日本語で伝えたら感動は深かったのに。

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で、次に歌詞の意訳を伝える。

私には緑の木々が見える、
赤いバラの花々も
私と君のために咲いているんだ。
そしてひとり思うんだ、
なんて素晴らしい世界だと。

私には青い空が見える、
白い雲も
輝き祝福された日、
暗い神聖な夜。
そしてひとり思うんだ、
なんて素晴らしい世界だと。

虹の色彩、
空にあって何と可愛らしい
行き交う人々のその顔にもあって
私には友人たちが握手しているのが見える、
「ごきげんいかが?」って言ってるよ
彼らは本当は言ってるんだ
「愛しています」って

私は赤ちゃんたちの泣き声が聞こえる、
彼らの成長を見守ろう
彼らはより多くを学ぶだろう、
私が知るだろうことよりも。
そしてひとり思うんだ、
なんて素晴らしい世界だと。

そうさ、ひとり思うんだ、
なんて素晴らしい世界だと。


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これこそ、パラリッピックの閉会式の最後を飾るにふさわしい、
粋な選曲だった。

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ああ江川紹子サン  様々な話題

世の中、何にでもケチを付ける人はいるもので、
東京パラリンピック開会式
片翼の少女が、仲間の励ましに応えて、
空へ飛び立つというストーリーについて、
あの江川紹子サンが、
ツイッターで、こうつぶやいた。

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「片翼飛行の賞賛とか、よく分からない…。
多様性とかとは違うでしょう」

「飛行機は安全が第一。
たとえがよくありません」

「障害がある人の無限の可能性を表すのに、
片翼の飛行機で喩える、
という表現がまったく不適切だと思います」

「飛行機ではなく、乗り物に頼ることのない、
アニメ的な未来型の移動手段にすれば
よかったのではないですか?」


何を言っているんだ、この人は。
リアルと創作・芸術の違いが分かっていないとしか思えない。

江川さんといえば、
オウム真理教事件の時、
女性ながら、身の危険も省みずに、
果敢に悪の教団に挑戦した人だ。
その頃、私は、
江川さんに励ましの手紙を送ったことがあり、
ていねいなお返事をいただいた。

今度の発言は、
その過去の偉業をなかったことにしそうな、
愚かな発言
江川紹子、 63歳。
ついにヤキが回ったか。
時代に付いていけなくなったのか。
私はこの発言を聞いて、
「この人はこんなことを言う人ったのか」
と大いに失望した。
がっかりだった。


ネットの書き込み↓をよく読んで、反省してもらいたい。
若者たちの方が、
あの演出については正しく素直に理解しており、
書き込みには、江川さんに賛同するものなど、一つもない。

○江川氏の言ってる事がよくわからない。
乗り物を擬人化した比喩ってことなんだけど。
あとは想像力を駆使して個人個人が考えればいいんじゃない?
それこそが、多様性ってことだと思うけどな。

○別に江川さんは障碍者を代表する立場の人間ではないし、
ただの一般人の感想でしかない。
障碍者の人が言っていたならともかく、
健常者が首を突っ込む話ではない。
個人的には問題ないと思ったけど。
ただ内容がどうとかではなく
国がやること全てが嫌いなタイプの人なんでしょうね。

○片翼でも飛べるよ!という気持ち、
チャレンジ精神を表現したかったのさ。
飛行機だったのは、「飛ぶ」「翼」から来てるんだと思うよ。
飛行機が本当に片翼で飛べるか?ではなく。

○乗り物の比喩的表現がお気に召さなかったらしいですね。
批判ありきの江川氏らしい噛みつき方です。
江川氏って、これだから馬鹿にされるのです。

○障害者が不快に思われたんでしょうか?
この方はジャーナリストですよね、
障害者の意見を汲み取って発言されてるなら理解できますが、
自分の感性、思い付きだけで発言されてるなら、
名古屋市長と変わらない気がします。

○演出というのは顔の数ほど方法がある。
自分が納得できないからと
江川氏の様な批評をしても全く意味がない。
ましてやこうしたら良いなどおこがましい。
現に参加者から素晴らしかったの声もある。

○素直に感動すれば良いのに、
考えすぎるのも良くないと思うけど。

○はあ?何を言ってるんだこの人は? 
飛行機は安全が第一って、
そりゃ他人の人生を乗せる旅客機のことだろ。
擬人化された片翼の飛行機は彼女自身そのものであって
どんな生き方を選ぶかは彼女が自分で選べばいい、
だから勇気を持って飛んでごらんよ、皆でサポートするからね!
ということだろ。
俺は素晴らしいと思ったね。
そしてパラの開会式でこれをやることは
俺たち日本人はこういう国を目指しているんだ!ってことを
世界中の人に大声で宣言したってことだよね!

○個人の根底にある価値観や、
すり込まれた価値観で物事を見ると、
歪んでしまうこともある。

○オーストラリアの元パラリンピアンが
開会式のコメンテーターをしていたのですが、
「身障者の方々がこんなにパフォーマンスに参加する開会式は、
今まで無かった。
本当に感動する!素晴らしい!
こうやって開催してくれた事に感謝したい!」
と、もう感激して泣きそうな勢いのコメントでした。
これを機に、日本も身障者に対する認識が
大きく変わればいいと思います。

○たとえ完全でなくても、どこへでも羽ばたける、
子供たちには無限の可能性があるという趣旨は、
小学生でもわかると思うが。
飛行機は安全第一、だから不適切、
って全く芸術的な読解力がないのだろう。

○最初は
「片翼の自分なんて大空へ飛び立つことなんてできない」
って思い込んでいたけれど、
たくさんの人達に支えられ、励まされて、
見えない翼(人々の支え、本人の勇気など)が
生えて来たんだって
想像できなかったかな?
だからこそ、We have Wings なんじゃないだろうか。
見た目には片翼なのかもしれないけれど、
本人の努力や勇気+周りの支えという名の、
もう片翼があれば飛ぶこともできるんだって。
自分はそう思ったけど。
障がい者、健常者関係なく、
誰も皆、いろいろな人に支えられて生きている。
見た目を誤魔化して、
何でもない風を装わせることが正しいとは思えない。
それこそ、片翼では何もできないって
江川さん自身が障がい者に対して思い込んてるんじゃないの?

○この演出については、英BBC、米CNN、
ニューヨーク・タイムスまで高く評価しています。
江川さんがどう評価しようと自由だけど、
少し偏った皮肉れた考え方の持ち主であることは
間違いないようです。
素直に、片翼というハンディがあっても飛躍ができると訴える
素晴らしい演出だと思いますけどね。

○少し考えが狭い。
片翼のとれた翼は、
彼女の肉体的なハンディを表すものであると同時に
彼女自身が抱いていた自分の姿なのです。
飛び立つというのは、
肉体的なハンディキャップと
自分の心のためらいや怖れに打ち勝ち
超克すると言うことだと思えばよいのではないでしょうか。
自立して歩けない人は確かにいるわけであって、
それは物理的に言えば片翼の飛行機と言ってもおかしくはない。
重要なのはそれを認識し、
めげずに超克しようとする心です。
江川さんの視点は多少危険であって、
見て見ぬふり、みんな一等賞の世界に
通じかねないと思います。
現実を受け止めねば超克など出来ないと思いますよ。

○乗り物に頼ることのない、
アニメ的な未来型の移動手段って何???
外野でピーピー批判するのは良いけど、
具現化するのは大変ですよ。
またそれを全世界の人たちに理解して頂けますか?
企画する方も喧々囂々の議論はしています。
ましてや重箱の隅のさらに奥の粗まで探りに来る
マスゴミ対策をしながらですから、、、。
ここは素直にリスペクトすべきしょう!
今回の企画は十分楽しめました!

○リアリストにもほどがある。
飛行機の安全第一は航空会社が考えることで、
表現の世界でそれを言ってしまうのは、
ナンセンスというか、心が貧相。
というか、
演出が気に入らなくても、
子供が演じているのだから、
言わないのが大人の対応。
中途半端な問題提起で水を差さないでほしい。
残念な人だな。

○そもそもあの演出は、
障碍者の方だけを表したものだとは思いませんでした。
自分自身が足りないところばかりで、
不完全な人間だと感じてしまうことが多いです。
それでも完璧じゃなくてもいい、ちゃんと飛んでいけるよ、
とエールを勝手にもらいました。

○舞台演出に対して
「自分の感性とは合わなかった」っていうならまだ解りますが、
一方的に「不適切」とまで言っちゃうのはどうなんだろう。
ジャーナリストなら言論はもちろん、
表現の自由をもっと尊重すべきでは?

○文句ばっかり言うんじゃないよ。
ちゃんと意味を汲み取ろうとしろよ。
こういう方は穿った見方であらゆることにケチをつける。

○まあ、よくもいろいろとイチャモンのネタをさがしてくるね。
自分が健常者だから言える上から目線発言。
私も障害者手帳持ってるけど感動したよ。
注目を浴びたいだけの発言はお控え願いたい。

○井戸端会議レベルのコメントを公表しないで欲しい。
国民の感動に水を差す私的なコメントこそ不適切です!

○やっぱりこの人の思考回路は歪んでますね。
主催者もよくよく考えた上での企画だったと思います。
立民と同じで批判だけはするが、
こうすれば良かったというものは持ってない人。
間違いなく江川さんのような指摘は企画段階からあったはず。
それを承知でこの企画をGOしたのはすごいと思う。
感想は人それぞれ。正解はない。
ただ、僕は手拍子に合わせて滑走路を
片翼の飛行機が走る姿は勇気をもらった

○うーん、ガチガチですね( ^^;
本物の飛行機というよりは心の飛行機をイメージしていました。
そして、13歳の彼女が左腕もあまり動かせない中、
プロではないのにあの表情豊かな演技。
空にはばたいた瞬間だと私は感じました。
私たちのように障害を持ったことのない人間が
とやかく言う必要はないと思います。
差別というのは実はこういう考え方から
始まっていることに気が付いてほしいです。

○無限の可能性をつぶしてるのは
この人の固い考え方だと思うんだけど。

○あくまでも擬人化したものとして表現したわけで、
飛行機だからという画一的な捉え方しかできないから
江川紹子は多様性を理解できないんでしょう。
片翼で飛ぶ勇気がない飛行機が、
同じように様々な障がいのある飛行機が楽しそうに飛んだり、
応援してくれたりするうちに、
障がいがあるからといううしろめたい気持ちを越えて、
自分から飛ぼうとするというストーリーでしょ。
パラに出場している選手達を主人公を励ましていた飛行機に、
世界のどこかにいる障がいがあって
なかなか前向きになれなかったり
一歩踏み出せないでいる人達を
主人公である片翼の飛行機に投影している。
世界に向けて、パラを見て命という翼があるじゃないかという
希望を表現しているように感じた。


パラリンピック開会式  様々な話題

一昨日夜行われた
パラリンピックの開会式
なかなかよかったですね。
胸打つものがありました。

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成功の原因は、
演出家のコンセプトがはっきりしていたこと。
寄せ集め感があってバラバラな印象だった
1カ月前のオリンピック開会式とは、
その点が違います。

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テーマは「WE HAVE WINGS (私たちには翼がある)」
会場をパラ・エアポート(空港)とし、
片側の翼がもぎ取られた小さな飛行機が、

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仲間たちに励まされて、
勇気を持って空へ飛び立っていく、
というストーリーが一貫して描かれる。
まさにパラリンピックにふさわしい。

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主人公の片翼の飛行機を演ずる
13歳の和合由依さんの表情豊かな演技。

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和合さんは公募で選ばれた人で、
演技経験のない方だそうですが、
とてもそうとは思えない熱演。

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プロジェクション・マッピング
ますます向上。

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あの明るい会場の中に、
模様を描き出すには、
どれほどの光量が必要だったのでしょうか。

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選手団を迎えるボランティアの皆さんの頭の
タケコプターは、

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単なる思いつきやおふざけではなく、
テーマの「WE HAVE WINGS」と連動しています。

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聖火の点灯も感動的でした。

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演出は、
「2・5次元舞台」の演出家である
ウォーリー木下さん。

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こうしたしっかりした演出家の仕事に、
組織委員会他の素人は口出ししない方がいいのだ。

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海外メディアはどう報じたか。
おおむね評価は高い。

英国BBC:
「我々の多くは、約18カ月間、
(新型コロナの影響で)空港に行く機会はなかったが、
火曜日の国立競技場での開会式は、
我々をパラ・エアポートへと運んでくれた。
そこで我々は翼を1つしか持たないために
飛ぶことができないと言われた
Little One-Winged Plane(片翼の小さな飛行機)に出会った。
やがて彼女は苦難から立ち直る周りの姿に感銘を受けて心変わりし、
彼女自ら旅立つ自信を得ていく。
色彩と祝いの集まったショーだった」

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英のガーディアン紙:
「疑念の時期の後…いや違う…今も続く疑念の期間において
パラリンピックがようやく東京で始まり
開会式の感触はとても良いものだった」
「この空港(パラ・エアポート)は、
人々を力づけるだけでなく、
ダイナミックで創造的で、
少しばかり激しさもある障がい者たちの将来像を
伝統的な夜の光と音のショーの舞台を通して描き出した。
素晴らしい場となった」


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オーストラリアのABCニュース:
「13歳のヒロインによって片翼の飛行機の役割が演じられ、
踊りと音楽を通してストーリーが伝えられた。
バイオリンの音楽や、ロックンロールを含め、
たっぷりと詰め込まれたストーリーは、
瞬く間に感動を生んだ」
「このストーリーのクライマックスは
片翼の飛行機が飛び立った時にやってきて、
これから始まる大会へ向けた感動の象徴となっている」

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米CNN:
「1年延期されていた今大会は
新型コロナの感染者が急増している中で行われるが、
その前例のない状況で競技が正式に始まるにあたり、
スタジアムの中の人々は祝賀ムードにあった」
「開会式はボランティアや踊り手たちが
国立競技場に入って来る選手団を迎え入れ、
特徴的で生き生きとした雰囲気だった」


韓国のメディアでさえ、称賛している。

韓国のKBSテレビ:
「片翼の小さな飛行機が飛び立つ場面は圧巻だった」
「われわれには翼がある、
誰にでも無限の可能性があるというメッセージを演出した」



新パスポートの富士山  様々な話題

先日、カミさんと娘が
パスポート交付を受けるため、
市役所へ。
数年前から市でも交付を受けることができるようになり、
わざわざ、千葉まででかける必要がなくなりました。

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受け取ったパスポートを開いて驚愕。
スタンプを押すページが
葛飾北斎の「富嶽三十六景」でデザインされています。

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48ページ分の見開き1ページごとに
デザインが違う。

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どのページにも富士山の姿が。
偽造防止能力を高めるためだそうですが、
粋な計らい。
見たことがありません。

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外国の入国審査の監督官も
スタンプを押そうとして、
「うぉっ」と目を見張るに違いありません。
日本のパスポートを楽しみにして、
「俺はこの図柄のページにスタンプを押そう」
などという監督官も出て来るかもしれません。

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各国のパスポートに影響を与える可能性も。
イタリアは美術品でページが飾られたり、
アメリカは自然景観で、
イギリスは建造物で、
という特色が出るかも。

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今私が持っているパスポートは、
↓ご覧のとおり、無機質なもの。

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この新パスポートが羨ましい。

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張本氏の妄言と言い訳  様々な話題

こんな発言、取り上げることもない、
とは思うが、
関連して、いろいろなことが派生するので、
取り上げる。

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それは、TBSテレビ系情報番組「サンデーモーニング」での
張本勲氏の発言。
東京五輪女子ボクシングフェザー級で
日本女子初の金メダルを獲得した入江聖奈(せな)さんについて、
こんなことを言ったのだ。

「女性でも殴り合いが好きな人がいるんだね。
見ててどうするのかな。
嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。
こんな競技好きな人がいるんだ」

日本ボクシング連盟はただちにに抗議。
これに対して、12日、TBSから謝罪文を受け取ったという。

謝罪文は「サンデーモーニング」の制作プロデューサー名で、
連盟会長宛てに送られ
「張本氏の発言は、入江聖奈選手が金メダルを獲得したことについて、
日本中が沸き立つ快挙であり、
この目覚ましい成果に対し『あっぱれ』との賛辞を贈り、
称賛することが本意でした」
「しかしながら、張本氏の発言の中には、
ご指摘のように『女性及びボクシング競技を蔑視した』と
受け取られかねない部分があり、
これについては本来であれば番組内で対応すべきでした。
当番組として、
不快に思われたボクシング関係者や視聴者の皆さまに
誠に申し訳なく存じます」

と謝罪した。

張本氏のコメントも添えられており
「私は元々ボクシングが大好きで、
白井義男さんやファイティング原田さんが世界チャンピオンになった時に、
飛び上がって喜びました。
今回、入江選手が金メダルを取った時も、
飛び上がって喜んでいました。
今回の私の発言は言葉が足りませんでした。
入江選手の快挙を称えると共に、
自分も金メダルを取れるのではと思って、
ボクシングをやる女性が増えてほしいということを
本当は言いたかったのです。
言葉足らずで反省しています」

としている。

言い訳がましい

あの発言の中のどこに
「『あっぱれ』との賛辞を贈り、称賛することが本意」
だったと感じられるものがあるというのか。

「『女性及びボクシング競技を蔑視した』と
受け取られかねない部分があり」
ですと。
「受け取られかねない」ではなく、
明確に蔑視しているでしょうか。

スポーツであるボクシングに対して
「殴り合い」という表現。
「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って」とも。
その上、
「こんな競技好きな人がいるんだ」
では、どんなに言い訳しても、
「あっぱれ」が本意とは受け取れないだろう。
まして、「ボクシングをやる女性が増えてほしいということを
本当は言いたかった」ですと。
そういうつもりだったら、
「こんな競技好きな人がいるんだ」
の発言は何なんだ。
どう見ても真逆のことを言っている。

要するに、日頃の女性への蔑視
ボクシングという競技に対しての見下しが、
ほろりとこぼれてしまったというのが本当だろう。

白井義男やファイティング原田が世界チャンピオンになった時に、
「飛び上がって喜びました」
というが、それは男子ボクシングのこと。
「今回、入江選手が金メダルを取った時も、
飛び上がって喜んでいました」
も、誰も見ていない
そういう喜んだ気持があったら、
「殴り合い」も「嫁入り前」も「こんな競技」
の言葉が出るはずがない。

張本氏の発言には今までも問題があった。
元プロ野球選手として、野球に関してならいいが、
その他のスポーツに対しても、
底の浅い素人レベルの駄言を重ねている。
同番組で、当時J2リーグだった横浜FCの三浦知良さんに言及し、
「カズファンには悪いけども、もうお辞めなさい。
J2はプロ野球でいうと二軍だから話題性がない」

と引退を促す発言。
(これに対して、カズは
「もっと活躍しろと言われているんだと、
引退しなくていいと言わせてみろという思いで
言ってくれたと思ってやります」
と大人の対応。)                                
大谷翔平選手が3試合連続アーチを放った際は
「(大谷の)ホームランは、まぐれなのか、
アメリカのピッチャーのレベルが落ちたのか、
まあ両方だと思いますね」

と発言。

要するに選手に対する敬意がない。
いつも上から目線で語っている。
それは過去の栄光に対する固執だと言われても仕方ない。

この人に欠けているものは、
他者に対する尊敬と尊重
以下、批判を覚悟で書くが、
張本氏は韓国人。
今度のオリンピックでも、
韓国は選手村で政治宣伝の垂れ幕をかざしたり、
福島の食材への風評を広げ続けた。
その上、テレビ放送では、各国に対して揶揄する表現を連発した。
君が代についても、帝国主義の歌だと報道したり、
要するに、他者や他の国に対する経緯や尊敬が欠けている。
そして、非礼の言動の頻発。
張本氏の言動と深いところでつながっているような気がする。

張本氏は今、81歳。
とっくに後進に道を譲ってよい歳だ。
もっと正論を述べる、
見識のある若いスポーツ関係者の起用はできないのか。

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張本氏は、自分の意見に異論を唱えた
ジャーナリストの江川紹子氏に対して、
番組に圧力をかけて降板させた前科もあるが、
その江川氏は今回の経緯に対して、
「今さら感がありますが、
抗議や苦情が言いやすくなったのは、
よかったと思います」

と投稿。
「ただ、一番の問題は、
こういう物言いを、
愛すべき『個性』のようにとらえて活用してきたメディアでは」

との意見も述べていた。

江川さんの意見は重要で、
最近、情報番組のコメンテーターなる人々の劣化が激しい。

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たとえば、ビートたけし
TBS系『新・情報7daysニュースキャスター』に毎週出ているが、
滑舌が悪く、何を言っているのか分からないところへ、
おちゃらけた不真面目なふざけた発言が多い。

これに対しては、倉本聰さんも対話集の中で言っている。

「僕はあの人を全然認めない。
役者としても人間としてもですね。
だって土曜のニュースショー(「新・情報7DAYS」のこと)なんて、
なにがフリージャーナリストで、
なにが『刮目NEWS』だって話だもんね。
あんなニュース番組でふざけたこと言われたって
面白くもおかしくもない。
大体、滑舌が悪すぎて何言ってるんだか判ンない。
TBSがありがたがっての使い方が嫌ですね」


東京オリンピックの開会式についても不思議なことを言った。

「きのうの開会式、面白かったですね。ずいぶん寝ちゃいましたよ」
「驚きました。金返してほしいですよね。
税金からいくらか出ているだろうから、金返せよ。
外国に恥ずかしくて行けないよ」


「金返せ」だなんて、この人の品性下劣さが表われている。
それとも、これが「個性」だというのか。

「サンデーモーニング」で
「五輪の後のがれき」発言をした青木理氏といえば、
朝日新聞の慰安婦報道や福島第一原発の吉田調書に関連する誤報について擁護し、
暴力団排除条例に反対し、
象徴天皇も反対、
福島第一原発の処理水を汚染水と公言しているような人物だ。
こんな人物を、テレビ局はどういう信念を持って使っているのか。

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「モーニングショー」の玉川徹をはじめとして、
無責任な立場で、
政権批判をすることを言葉巧みに話すことに長けただけの人たちを
いつまで使うのだろうか。

それと、今回のTBSの謝罪文に
「『女性及びボクシング競技を蔑視した』と
受け取られかねない部分があり」
とあるように、
率直に発言を謝罪しないことが多い。
一番多いのは、
「関係者を傷つけることになったのであれば〜」
という表現で、
謝罪しているのは、「傷つけることになった」ことで、
発言そのものを否定していない点だ。
素直にしっかりと非を認めて謝ってることが少なく、
言い訳がましい。
こういう言い回しは本当にやめてもらいたいものだ。





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