杉村クンと江川サン  様々な話題

10月9日のブログで書いた
池袋での高齢者運転事故について、
あの杉村太蔵クンが変なことを言っている。

「これ少し冷静になって考えなきゃいけないなと思うのは、
私たち民主主義の世界に生きていますよと。
そういった時に、裁判において被告が
自分の正当性を主張するというのは、
基本的人権の中で最も尊重されるべき、1丁目1番地ですね。
これを否定するというのは、
ましてメディアで強くバッシングするというのはちょっと、
やっぱり我々冷静にならなきゃいけない」
「推定無罪というこの大原則は、
やはりメディアにおいては、
きちっと把握、抑えておかなければならないポイントだと思います」

太蔵クン、何を勘違いしているんだ。
被告が無罪を主張することなど、誰も非難していない。
無罪主張の理由が、
あまりに自己中心で手前勝手なことを言っているから非難しているのだ。
主張の行為そのものではなく、
主張の内容が問題にされているのだ。
その区別もつかないのか。

最近、知恵も知識もない芸能人が
ワイドショーでえらそうにコメントしているのを見かけるが、
これもその一つ。
大勢に反して、異議をとなえてカッコ良いと思っているかもしれないが、
君のピント外れぶりに、みんなが笑っていることに気づかないのか。

その発言にジャーナリストの江川紹子サンまでもが乗っているのはいただけない。
ツイッターに太蔵クンの主張を支持する文を載せ、
「杉村氏まっとう。と言わなければならない状況が嘆かわしい」と。

江川サンは、加害者家族の苦しみについて言及し、
「事実確認もないまま、共犯者であるかのような非難にさらされる日々。
終わりなき社会的制裁に、加害者の家族も苦しんでいる」

巷の「被害者から見れば加害者を庇う加害者家族も共犯者に見える」
という指摘に対し、
「加害者の家族を苦しめているのは、
被害者ではなく、『社会』の人々です」
と反論。

そして「加害者家族も苦しんでるかもしれんけど
被害者家族はもっと苦しんでるよね、
命奪われたんだから」という意見を受け、
「被害者家族の苦しみと、加害者の家族の苦しみは、
質的に異なり、比較することに意味はないと思います。
被害者家族が受けている、途方もない喪失感や悲しみを、
何かと比較するようなことはしたくありません」

なにを言っているんだ。
そもそも、
「加害者家族の苦しみと加害者家族の苦しみ」を
「比較」など誰もしていない。
圧倒的に深い被害者家族の苦しみを
どうしたらいいんだ、と言っているだけだ。

「一番言いたいはずの松永さんが、
その点、非常に抑制的なコメントをされているのに、
無関係の芸能人とかがテレビでわいわいと
自分の『思い』をぶっちゃけ合うという企画そのものがどうか、
と思いますね」

妻子を亡くした遺族の松永拓也さんの公判後の会見は、こうだ。
「この1年半の間は、
私たち遺族は本当に苦しみと悲しみに向き合いながら生きてきました。
(被告が)車の不具合を主張するのであれば、
私は別に謝ってほしくはない。
謝るならば、しっかりと罪を認めて。
判決が出た後に本当に申し訳ないと思うのであれば、
その時で私はいいと思っています。
ただただ、本当に残念でなりません」

この松永さんを前にして、江川サンは、
加害者庇護の意見を言えるだろうか。

無罪主張すれば、裁判は長引く。
裁判中に被告が亡くなるかもしれない。
すると、裁判で真実が明らかにならないままに、
裁判は終ってしまう。
その時の被害者遺族の空虚さを思うと、
加害者がすみやかに過ちを認め、
被害者遺族の気持ちを慰めることが重要だと思う。

だって、被害者家族は、
愛する妻と娘を失い、
家庭を崩壊させられたのだよ。

加害者家族に対する社会的バッシングというが、
それは当然ではないか。
加害者家族は、
高齢でしかも足が不自由な人に
運転するような環境を放置していたのだ。
免許証を返納させる、
免許証や車のキーを隠してしまう、
等、運転させない方策はあったにもかかわらず、
事故当時87歳の高齢者に運転を許していた、
このことが非難されているのだ。
だから、一般的な「加害者家族へのバッシング」とは違う。
高齢者運転に対する激しい警告なのだ。

また、
このような裁判での無責任な罪のなすりつけを
赦した加害者家族の罪も大きい。
「お父さん、こんな主張は被害者遺族を苦しめるだけですから、
よしましょう」
と何故言えなかったのか。

昔、オウム真理教で江川さんが活躍していた頃、
私は江川さんに励ましの手紙を送ったことがある。
ちゃんと自筆のお礼状ハガキをいただいた。
さすがだと思った。

その江川さんが、
被害者遺族の苦しみを知りながら、
加害者家族の擁護に回るとは。
被害者家族の悲しみを思ったら、
こんなことを考えても、
口をつむぐべき立場だろう。
時流に反して異論を述べて、
自分の立場を良くしようとするなら、
杉村クンと同じレベルではないか。

これは、国民的関心事だ。
そして、国民の自然の感情に寄り添えない評論家なんか、
いらない。

江川さんは62歳。
まだまだヤキが回る歳ではないと思うが。


有罪・無罪〜二つの裁判〜  様々な話題

二つの裁判の話をしよう。
                            
池袋で昨年4月、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、
母子が死亡した事故で、
自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた
旧通産省工業技術院の元院長は
10月8日の東京地裁の初公判で起訴内容を否認し、
無罪を主張したという。

検察側は冒頭陳述で、
被告はアクセルを踏み間違え加速、母子に衝突したと指摘した。
ところが、被告は、罪状認否で
「アクセルペダルを踏み続けた記憶はありません。
車に何らかの異常が起きて暴走した。
暴走を止められなかった」
と述べ、
弁護側も「過失運転は成立しない」として無罪を主張した。

自分の過失ではない、
車のせいだというのだ。

主張では、
車の故障の証拠を提示したわけではない。
単なる責任逃れだ。
普通の感覚なら、
89歳(事故当時は87歳)という年齢から見て、
ブレーキとアクセルの踏み間違いと見るのが妥当だろう。

事実、加害者は事故の約1年前から脚が不自由で、
杖を使うこともあり、
その原因について通院先の医師は
パーキンソン症候群の疑いがあると診断し、
男性本人に「運転は許可できない」と伝えており、
事故後には別の医師が改めて診断した結果
「パーキンソン症候群の疑いがある」と判断している。

加害者が運転していた自動車のドライブレコーダーには、
事故前後の様子が克明に録画されており、
加害者は制限速度を超えるスピードでカーブに進入し、
前方のバイクや車を追い越すため、
3回にわたり車線変更(蛇行運転)をしていた。
同乗していた加害者の妻が夫(加害者)に対し
「危ないよ、どうしたの」と声を上げ、
加害者が「あー、どうしたんだろう」と応じた直後、
車は車道左側にあった金属製の柵、縁石に衝突した。
そのままパニックとなり、
制限速度を大幅に超過する時速100km近くのスピードで
交差点に進入し、ごみ清掃車両と衝突して横転させ、
100m以上にわたって暴走しながら
複数の横断歩道で周囲の自転車・歩行者などを多数巻き込み、
反対車線に停車していたトラックと衝突して停止した。

ドライブレコーダーの記録から、
加害者が事故直前に赤信号を2回無視していたことが判明したほか、
ブレーキをかけた形跡がないことも判明している。
加害者は事故直後に息子に電話をかけ
「アクセルが戻らなくなり、人をひいた」
と説明したが、警視庁が調査したところ車に不具合は見つからず
エアバッグも正常に作動していた。
そのため、警視庁は最終的にこの事故の原因を
「運転手によるアクセルとブレーキの踏み間違い」と判断した。

誰が見ても、警視庁の判断は妥当だ。

検察官は冒頭陳述で
「加害者は2008年に事故車両を新車購入し、
事故直前(2019年3月)の点検でも
アクセルなどに異常は確認されておらず
事故当日の記録にも異常が起きた記録・
ブレーキペダルを踏み込んだ記録はない」
などと指摘し、
車に異常はなかったとする証拠を複数点にわたり提示した。

閉廷後、死亡した母娘の遺族(母親の夫と父親)は、
記者会見で「そのような主張をするなら謝ってほしくない」
「本当に妻や娘の死と向き合っているとは思えない」
と批判した。

第2回公判(2020年12月3日)では
加害車両の後続車を運転していた運転手らの
証人尋問が行われる予定だ。

車の故障だと言われたら、
自動車メーカー(トヨタ)も黙っているまい。
場合によっては、別な裁判も発生してしまう。

なによりも、加害者の往生際の悪さが際立つ。
自分のせいではない、車のせいだ、というのでは、
亡くなった人は浮かばれない。
何故過失を認め、罪に服するという判断ができないのか。
おそらく、弁護士主導で無罪の認否をするという方針なのだろう。
しかし、それは正義に反する。
加害者の年齢から見て、
裁判が長引けば、
亡くなってしまうかもしれない。
その場合、罪に服することなく、
そのまま生涯を終えることになる。
これほど惨めな人生はないだろう。

この裁判と180度違う裁判が進んでいる。
交通事故で人を死なせ、
一審無罪の被告人が、
控訴審で「有罪にして欲しい」と主張したというのだ。

2018年1月、
群馬県前橋市の県道で乗用車を運転中、
対向車線の路側帯を自転車で走っていた女子高校生2人をはね、
市立前橋高1年の女子生徒=当時(16)=を死亡させ、
同校3年の女子生徒=同(18)=に
脳挫傷などの大けがを負わせた。

88歳の加害者は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた。
今年3月、一審の前橋地裁は
事故前に飲んだ薬の副作用で意識障害に陥ったと認めた上で、
副作用が生じることについて説明を受けた証拠はないとして
「(事故前に陥った)意識障害の予見可能性は認められない」
として無罪判決を言い渡した。
検察側は控訴。

ところが控訴審で、男性の弁護側が
被告人家族の意向などを理由に、
有罪を求めたというのだ。

東京高裁で10月6 日に行われた控訴審第1回公判で、
被告は出廷しなかったが、
弁護側は
「被告が、遺族の無念を思うと
自ら犯した罪を認めて責任を取り罪を償いたいと話している」
と述べた上で、
「有罪判決をお願いする」と異例の主張を行った。
弁護人によると、被告の親族が「被害者に申し訳ない」として
無罪判決の破棄を望み、被告も同意したという。
弁護人は
「本人と面談し、相当な方法で
有罪を認める意思確認を行った」
としている。
即日結審し、判決は11月25日に言い渡される。

弁護人は、被告は被害者の無念を推し量り
「88歳で余命も長くない。
人生の最期を迎えるに当たり、
罪を認め、その責任を取り、償いたい」

と言っているという。
第1審の弁護士は解任され、
新たな弁護士は被告と40年来の知人だという。

弁護人は閉廷後、記者団に
「(被告は)過去に何度も事故を起こし、
予見可能性があった。
運転を回避する義務があった」
などと説明した。

死亡した女子生徒の遺族は6日、
弁護士を通じてコメントを発表した。
「私たちとしては、有罪主張に至った経緯を
弁護人の口から聞くことができたことで、
その点について一定程度理解することができました。
いずれにしても、判決を待ちたいと考えております」
               
                                        
無罪判決を受けたのに、
被告人が自ら有罪を望むとは。
親族共々、あっぱれではないか。

池袋の事件も前橋の事件の第1審も、
弁護士は被告を無罪に導くために
方針を立てたものと思われる。
弁護士の使命は依頼人に有利な判決に導くことだから当然だが、
しかし、「車のせい」にするなど、常軌を逸している。

ある弁護士のサイトでは、
「本当は有罪だと思うのに無実だと弁護することはありますか?」
との質問に対して、弁護士はこのように答えている。

「(本当は有罪だと思うのに無実だと弁護することは)あります。
ただ、弁護人は極力、被告人の言い分を信じようとしますから、
被告人が無実を訴えているときに、
こいつは絶対に有罪だという印象を持つことはそう多くはありません。
また、無実を確信できないという程度の心証に止まる場合は、
被告人が無実を主張している以上、迷わず無罪を主張します。

ご質問のように、有罪だという心証の場合、
私自身納得できない旨を被告人に告げて、
疑問点についての説明を求めます。
その説明も納得がいかないときは、
さらにその旨を告げて、
且つ裁判所を説得するのは難しいことを説明します。
それでも依頼者が無実を主張する場合は、
それに従って無罪を主張します。
しかし、無罪を主張することが、
どうしても納得いかない場合もあり得ます。
そのようなときは、弁護人を辞任します。
被告人が無罪だと言っているときに、
自分の心証が黒だからといって、
法廷で被告人は犯人に違いないと言えば、
その弁護士は明らかに懲戒の対象になります」

このように、弁護士というもの、
因果な職業だが、
池袋事件も、
「89歳という年齢から、もう後がないのだから、
罪に服して人生を完結させたらどうか」
と説得するのが、正義の道ではないのだろうか。


国連への評価とイタリアの議員削減  様々な話題

創設75年を迎える国連の実績について
世論調査が実施された。
調査は北米と欧州、アジア太平洋地域の先進14カ国で実施され、
6月10日〜8月3日にかけ、
1万4276人から電話で聞き取り調査を行い、
その結果を米世論調査機関のピュー・リサーチ・センターが
9月21日に発表した。

国連に好感を持つ米国人はほぼ3分の2(62%)に上り、
好感を持たない米国人は3分の1程度(31%)にとどまった。
米国人は10人中約7人の割合で、
国連が人権(70%)や平和(72%)を推進していると答え、
10人中6人は経済発展(62%)、気候変動対策(61%)を促進し、
米国のような国の利益(58%)を進展させていると回答した。

この米国民の国連に対する意見は、
他の先進国とそれほど大きな違いはなかった。

しかし、突出していたのは日本で、
国連に対する好感度は14カ国の中で最も低かった
好感を持つという人は10人中3人(29%)に満たず、
日本人の半数以上(55%)は
国連に対して好感を持たないと答えた。

日本には「国連神話」があるとされるが、
意外にも、国連に対する評価はシビアなものがあると分かる。
国際紛争に対する国連の無力さの露呈や
安保理常任理事国に日本が参加できない事実や、
高い分担金などの問題で、
国連に対する幻想が消えたようだ。

これに対して、ネットでは、
次のような意見が掲載されている。

○そもそも、国連は日本を「敵国」と認定した条項
を持っている機関であるという
本質的な問題があります。
その一方で、中東の紛争やそれにまつわる動向を観察していると、
日本には「国連が紛争当事者に停戦や和平を
強制できる/強制すべきだ」
という幻想が根強くあり、
そうではないと認知されると
評価や好感度は下がるのではないでしょうか。
また、移民・難民問題などで「日本に負担を要求するだけ」
というイメージも広まりつつあるかもしれません。
国連や傘下・関連の国際機関には功績も多いのですが、
日本という環境から見れば過大な期待をすべきでない機関に対し、
過大な期待をし続けてきた反動が出るのかもしれません。

「敵国条項」:
国際連合は元々、
第二次世界大戦の連合国が母体となってスタートしたもので、
そのため国連憲章の53条には、
第二次世界大戦で枢軸国側に立った国(特にドイツと日本)が
侵略行動を行った場合には、
安全保障理事会の議決に基づかずに強制行動がとれるという規定があり、
また107条では
旧敵国に対する行動については国連憲章に拘束されないという規定がある。
この2条と敵国という語を含む77条については、
1995年には国際連合総会決議において
敵国条項はすでに「死文化」しているとされ、
憲章改正の際には削除するという内容を含む決議案が
3か国のみ棄権という圧倒的な賛成多数で採択されている。
また2005年に国連総会特別首脳会合で採択された「成果文書」には
「敵国条項の削除を決意する」という決議が採択されている。
ただし、国連憲章改正には総会での3分の2以上の賛成および、
常任理事国すべてをふくむ安全保障理事会3分の2以上の賛成、
そして3 分の2 以上の加盟国による批准措置が必要であり、
また常任理事国の追加問題なども絡んでいるために削除には至っていない。

○敵国条項は死文化しているとの見方もあるが、
それならば(それゆえにこそ)、
「こんなものはさっさとやめたらいい」と言う声が上がってもよさそうだが、
そんな動きは毛ほどもない。
常任理事国の中には、絶対に廃止する気のない国
(永久に日本を敵国にしておきたい国)もあることだし、
死文化を名目に永久に日本は「敵国」扱いであろう。

○国連に入ってて得をしてるのは、
常任理事国(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国)だけでしょ?
中国とロシアが何やっても止められない組織を、
評価することなんて出来ないと思いますけど。
それに世界大戦終結以後、
国連がどのような活動に寄与したのかさっぱりわかりません。
大概、大国の良いように使われてるのしか見てませんけど。

○国連が世界平和ではなく、
" 常任理事国による恒久的な世界支配" の為に存在している事を、
多くの日本人は気がついてる。
圧倒的な権限を保有している常任理事国側の人間は、
権力維持の為に国連を高く評価するだけの話。

「拒否権」:
国際連合の採決には常任理事国5カ国と
非常任理事国10カ国との合同での採択で決定するが、
常任理事国が拒否権を発動した場合、採択は全て否決される。
今まで、東西冷戦時代等を中心に
採択で常任理事国が拒否権を発動し否決されたケースが数多くあり
国連で拒否権の在り方が問題になっている。

○常任理事国に中国が認められてるから、不信感があると思う、
人権蹂躙国家中国が常任理事国なんてあり得ない、
日本は脱退した方が良いと思う、
賛助金が無駄になってる。

○分担金を滞納している国が常任理事国として踏ん反り返っている一方、
分担金を律儀に払い続けているにも関わらず敵性条項から外されていない、
いわば国連から敵と見做されている日本が国連に対して評価が高くなるはずがない。
前回に比べて評価が下がったのは日本人が真実を知り始めた結果ですね。

[分担金]:
予算の主な財源は加盟国からの分担金であり、
分担率は専門家から成る分担金委員会の勧告に基づいて、
総会が承認する。
分担率は基本的に加盟国の支払能力(全世界のGNPに占める加盟国の割合等)
を考慮して決められる。
2019年から2021年における上位10か国の分担率は↓のとおり。
1位 アメリカ 22.000 %                            
2位 中国   12.005
3位 日本   8.564
4位 ドイツ 6.090
5位 イギリス 4.567
6位 フランス 4.427
7位 イタリア 3.307
8位 ブラジル 2.948
9位 カナダ 2.734
10位 ロシア 2.405

多くの加盟国が分担金を滞納しており、国連の財政状況は不安定である。
アメリカは、国連の組織と業務に無駄が多いとして、分担金の支払を制限している。
昨年の国連の公式HPでは、
7加盟国が分担金未納により総会投票権を失ったという。

○国連に対する日本人の好感度なんて高い訳がない。
金はむしり取られど、日本に不利なことしかして来ない。
最たるものは慰安婦のクマラスワミ報告等、
調査もしないで、
ありもしない虚偽の事項を平然と認めてしまう組織。
ハッキリ言って、官僚の天下り先で存在しているだけの
要らない組織です。

○国連が、以前に比べたら、
平和形成・平和維持に寄与していない。
と感じている。
当然、日本も負担している分担金に対して、
国益を得ていないと言うのを理解しているのだろう。
さらに言うなら、日本人のほとんどの人が、
大きな期待を裏切られていると言う思いの裏返しが、
今の国連への日本人の評価だろう。


次は、イタリア政界の話。
                                        
イタリアで議員定数削減の是非を問う国民投票が行われ、
議員定数の3分の1以上が削減されることになったという。

イタリアでは2年前の総選挙で、
政治腐敗を批判する政党「五つ星運動」が与党になり、
議員定数の削減など議会改革を訴えていた。

今回、国民投票にかけられた削減案は、
上下両院の定数を945議席から600議席へと
3分の1以上減らすもの。
(下院は630議席から400議席に、
上院は315議席から200議席に削減される。)
開票の結果、賛成がおよそ7割を占めた。

これにより、次回の総選挙から新たな定数が適用されることになる。

「議会のスリム化」は財政再建を進めるイタリアが抱えてきた重要課題の一つで、
議員の定数が3分の1以上削減されることで、
年間で1億ユーロ、日本円で120億円以上の
歳費の削減
が見込まれる。

議員定数の削減は、欧州の他の国でも議論になってきた。
下院にあたる連邦議会議員が709人のドイツでは、
次期選挙までの定数削減が議論されてきたが、
政治家が自らの身を削る改革の実現は難しいのが現状だ。

この報道に対して、ネットでは、次のような意見が述べられている。
                                        
○さすがイタリアです。
日本では国会議員のほとんどが黙秘をしたまま
議員削減が話題にもならなくなった。
改革を言うなら自らの身を切る改革をしてください。
国会議員の定数削減をしてください。

○日本も削減すべきだと言うけど、
イタリアとの違いはただ言ってるだけで日本は行動しないこと。
向こうは政治腐敗を批判する政党が与党にまでなって成し遂げてる。
さて、日本人はこれからどうするべきなのかな?

○日本でも是非やりましょう。国民投票 
それと比例代表も無くしましょう。
国民に選ばれなくても議員になれる制度は要らないです。

○今の日本も削減すべき!
素晴らしい人もいるだろうが、ろくでもない国会議員が多すぎる!

○消費税増税の条件として国会議員削減は与野党合意したはず。
消費税増税しておきながら与野党ともに頬被りしているのはいかがなものか。
比例代表全廃を望みます。
選挙区で落選した議員が比例復活することに憤りを感じる。

日本では2012年に
当時の野田佳彦首相と自民党の安倍晋三総裁が
定数削減で合意し、
衆院が解散されたが、
いつまでたっても実現しない。

今の議員は、今の制度で選ばれた人たちなので、
今の制度が一番良く、議員自身での改革は困難だ。

そこで、「国民投票」という強行手段が出て来るのだが、
日本では、
日本国憲法で憲法改正の際の国民投票のみが規定されているので、
国民投票で決するには、
別に拘束力のある国民投票の法制化が必要である。


史上最高の映画50選  様々な話題

ミレニアル世代のためのオンライン経済メディア
Business Insiderは、
批評集計サイトMetacriticに基づいて、
史上最高の映画を50位までランキング。

まず、41位〜50位。

41位 レミーのおいしいレストラン(2007)
42位 パラサイト(2019)
43位 怒りの葡萄(1940)
44位 ミーン・ストリート(1973)
45位 ゼロ・グラビティ(2013)
46位 ファンタジア(1940)
47位 千と千尋の神隠し(2001)
48位 美女と野獣(1991)
49位 トイ・ストーリー(1995)
50位 Portrait of a Lady on Fire(2019)日本未公開

続いて、31位〜40位。

31位 ダンボ(1941)
32位  ROMA/ローマ(2018)
33位 Killer of Sheep (2007)日本未公開
34位 乱(1985)
35位 12人の怒れる男(1957)
36位 マンチェスター・バイ・ザ・シー(2016)
37位 ローズマリーの赤ちゃん(1968)
38位 マルタの鷹(1941)
39位 それでも夜は明ける(2013)
40位 ナッシュビル(1975)

21位〜30位。

21位 フープ・ドリームス(1994)
22位 ワイルドバンチ(1969)
23位 マイ・レフトフット(1990)
24位 第三の男(1949)
25位 博士の異常な愛情(1964)
26位 風と共に去りぬ(1940)
27位 4ヶ月、3週と2日(2008)
28位 サイコ(1960)
29位 欲望という名の電車(1951)
30位 アメリカン・グラフィティ(1973)

11位〜20位。

11位 ムーンライト(2016)
12位 イントレランス(1916)
13位 ピノキオ(1940)
14位 黒い罠(1958)
15位 黄金(1948)
16位 パンズ・ラビリンス(2006)
17位 お熱いのがお好き(1959)
18位 北北西に進路を取れ(1959)
19位 羅生門(1951)
20位 イヴの総て(1950)

トップ10は、下から順に。

10位 街の灯(1931)

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9位 雨に唄えば(1952)

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8位 汚名(1946)

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7位 めまい(1958)

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6位 トリコロール/ 赤の愛(1994)

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5位 6才のボクが、大人になるまで。(2014)

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4位 カサブランカ(1943)

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3位 裏窓(1954)

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2位 ゴッドファーザー(1972)

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1位 市民ケーン(1941)

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「市民ケーン」が1位というのは嬉しいですが、
「ウエストサイド物語」や「アラビアのロレンス」が入っていなかったり、
トップ10にヒッチコック作品が3本も入るなど、
(50本中では5本も)
少々偏りを感じるのも確か。

まあ、この手のランキングは沢山あるので、
そのうちの一つとご理解いただき、
参考までに。


架空ワールドに遊ぶ  様々な話題

先週の「タモリ倶楽部」で、
「架空ワールド」に遊ぶ人たちを紹介していた。

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一人目は、東大で言語学を学ぶ学生で、

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アルティジハーク語という架空の言語を創設。

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この人以外は誰も話さないという言葉。

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しかも、20言語を創設し、
その話す地域の地図まで作り上げた。

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もう一人は、芸大の院生で、

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架空の相撲ワールドに遊んでいる。

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架空の相撲取りを作り出したばかりでなく、
その相撲を国技とする、架空国家の歴史まで作り上げた。

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偉大な元帥(横綱のこと)の人物像も作り、

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架空の星取表も。

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ここまで来た時、
「あっ!」と思い当たった。
「自分もやったことがある!」と。

もう50年以上前の中学生の時。
私も架空の大相撲に遊んだ。
取り組みを作り、対戦させ、
星取表を作り、
優勝、殊勲賞、敢闘賞、技能賞などを与えていた。
中には50連勝の名力士や
30連敗で幕下に陥落する力士などがいた。
国の歴史までは作らなかったが、
架空の大相撲は、私も経験済みだ。

架空のプロ野球リーグというのもやった。
チームを6つ作り、
それぞれ選手を所属させ、
対戦して成績表を付けた。
打率10傑、本塁打王ランキング、
打点王、自責点レースなども展開した。
そうやって年間のプロ野球を架空世界で遊んだ。

架空の世界地図も作った。
大陸を作り、島を作り、半島を作り、
リアス式海岸やフィヨルドを作り、
海峡を作り、砂漠を作り、
ワジ(雨が降った時だけ出現する川)や
カスピ海のような、海抜以下の湖も作った。
様々な国境があり、国境紛争があり、
首都があり、大小の都市を作って、
想像の中で遊んだ。

切手もデザインし、
漫画も描いた。

架空の映画会社というのも作った。
映画館を沢山作り、
そこでの1年間の上映スケジュールを作り上げた。
外国の有名俳優や女優を出演させ、
その名前を連ねたメインタイトル集のテープを作り、
巻物にした。
中には特殊上映館を作り、
360度映画や全天空映画も制作した。
大阪万博で360度映画が発表され、
つくば科学万博で全天空映画が出現する、
ずっと前の話である。
当然シナリオにも着手し、
「インカの秘宝」という70ミリアドベンチャー映画のシナリオを書き、
「嵐が丘」の脚本化も挑戦した。

もし、その道に進んで大成したら、
「彼は子供の頃からすごかった」
と言われただろう。
しかし、そうはならなかった。

当時のシナリオやクレジットタイトルの巻物は、
引っ越しの度に失われて現存しないが、
タモリ倶楽部を見て、思い出した。

一体、いつ勉強していたんだろう。
親は心配しなかったのか。
そんなことをやりながらも、
成績は良かったから、
大丈夫だったのだろうか。

時代はずーっと下り、
「一人マージャン」というのをやったことがある。

マージャン卓に4人分の山を作る。
Aさん、Bさん、Cさんの分と私の分だ。
そうやって4人分の手を進める。
困難なのは、別の人格になった時、
他の人の手の進み具合を忘れなければならないことだ。
Cさんが3.6ピンでリーチをかけた時が辛い。
自分の手もテンパイし、3ピンを切らなければならない局面。
いかに「他人の人格」になっているといっても、
3ピンを切れば、当たることは分かっている。
でも、仕方ないから、切る。
Cさんに成り代わった自分が「ロン」と言う。
脇で誰か見ていたら、
「何やってんだ」と思っただろうね。

そのうち、中華料理の回転卓にマージャン卓を乗せて、
ぐるぐる回しながら対局することを考案した。
製品化して、特許を取ろうかとも考えた。
しなかったけど。

今はネットの無料マージャンゲームで遊んでいる。

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コンピューターが相手なので、
筋のひっかけが有効なのかどうか、が分からない。
リーチをかけた時、
相手の手が進む抑止力になるかどうかも分からない。

ただ遊んでいるだけではつまらないので、
記録を付けることにした。
今年の1月から始め、
1日にハンチャン2回と決め、
日曜日から土曜日まで14回やって、
その集計でプラスなら勝ち、
マイナスなら負け、というルール。
先週までで26勝7敗
結構いい成績だ。

元々妄想癖のある性格で、
しばしば別世界に遊んでいた。
歳が進んで、
今では妄想にふけることも少なくなったが、
まだ架空の世界に遊ぶ癖は残っているらしい。





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