東京メガイルミ  様々な話題

今日は、夕方からカミさんと二人で、
この駅へ。

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新浦安→新木場→天王洲アイル→大井競馬場前と、
2回の乗り継ぎで、所要時間37分。
近いです。

目的地は、もちろんここ、
大井競馬場
1950年開場。

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ギャンブルはやりませんので、
生涯で一度も足を踏み入れたことのない場所。

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今日から始まる、この行事に招待されました。

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娘が応募。その代理。
娘は友達と四国旅行へ。

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入場券売り場。

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へ〜え、こんなものも。

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招待者はこちらへ。

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チケット(スマホ)をチェックされて、

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行列へ。

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こういう紙と、
座席に貼る番号シールを渡されます。

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待ち時間の退屈しのぎに、
ハンドマジックの人がやってきます。

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さて、入場。

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大井競馬場といえば、ナイター競馬が有名ですね。

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こんな馬車がお出迎え。

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このビルに連れてこられ、

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この特典エリアに案内されます。

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ここで、点灯式の始まる6時半まで待機。

中を探検します。

ずらりと並ぶ券売機。

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こういうマークシートで投票します。

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やったことがないので、やり方は不明。

フードコートがあり、

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うどんと

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カレー、

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ラーメン、丼類。

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外は暗くなってきました。

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バンドの演奏もあり、

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こんな一角も。

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TOKYO TWINKLE MAPといいます。

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台湾夜市も。

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ここが本館?

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元の席に戻り、待機。
ここでも退屈しのぎに手品の人が回ります。

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ここは座席の一部で、
全収容人数は6万350人

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ここが点灯式の場所。

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点灯式の撮影は禁止。
禁止行為があった場合は、会場から退場との警告が。

そこで、公式写真を借用。

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点灯するのは、女優の山本舞香さん。

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無事点灯。

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噴水が上がります。

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その後、この地下道を通って、

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会場へ。

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途中異空間があり、

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タイムトンネルを通過。

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すると、このような光景が。

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このイルミネーション、
馬の走るトラック(全長1600m)の中に作られているのです。

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昼間、上空から見たところ。

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ここにイルミネーションを設置するなどと、
誰が考えついたのでしょうか。

遠く噴水が見えます。

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20分ごとに噴出。

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正面から見たところ。

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エリアごとに生名前が付けられており、
ここは、江戸極彩棚田

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ここは、THE GENFUKEI(原風景)。

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きれいな光の樹木。

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一つ一つ、桜の形。

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色は明るさが次々と変化します。

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この光のトンネル、こういう形をしていました。

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ここから見える噴水。
曲が変ります。

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江戸にぎわい光夜

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明治アカリノ博覧会

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後から投映されています。

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ローズガーデン

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レストランは満席。

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この地下通路が最終エリア。

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昭和の町が作られています。

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映画館も。

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元の側に戻ってきました。

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ゆっくり歩いて1時間強。

オーロラの森を通り、

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馬のいる場所。

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子馬が子供に人気。

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涼しい風に吹かれて、
良い夜をすごしました。

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このイベント、昨年に次ぐ2回目で、
来年の3月29日まで続きます。
10月5日から12月24日は、原則競馬開催日以外、
1月4日から3月29日までは、原則金土日祝に開催。
入場料は大人1000円
安い。


日本の城ベスト30  様々な話題

日本には4千ものお城・城跡がある。
というのは、戦国時代以降、
城を中心に諸国が作られ、
戦も城を拠点に行われたからだ。
「城攻め」は、戦国小説の中に必ず登場して来る。
だから、日本中に存在する城跡は、
文化遺産であると共に、歴史の遺産であり、証人でもある。

テレビ朝日系列で放送されている「総選挙」シリーズ。
3月に、
「お城好き1万人がガチで投票! お城総選挙」
が放送された。                                 
お城好き、歴史好き、国内旅行に行ったらお城に行く人
1万人を対象にアンケートを実施。
好きなお城ベスト3を答えてもらい、
1位5P、2位3P、3位1Pで集計。
ポイントが多い城でランキングを作成。

そのトップ30が↓。

30位 丸岡城(福井県)
 築城者:柴田勝豊
 築城年:1576年

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29位 岐阜城(岐阜県)
 主な城主:斎藤道三・織田信長
 築城年:1201年

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28位 広島城(広島県)
 主な城主:毛利輝元
 築城年:1589年

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27位 忍城(埼玉県)
 主な城主:成田氏
 築城年:1479年
 「のぼうの城」のモデル

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26位 高知城(高知県)
 主な城主:山内一豊
 築城年:1601年

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25位 駿府城(静岡県)
 主な城主:徳川家康
 築城年:1585年

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24位 上田城(長野県)
 築城者:真田昌幸
 築城年:1583年

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23位 金沢城(石川県)
 主な城主:前田利家
 築城年:1583年

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22位 今帰仁城(沖縄県)
 主な城主:北山王
 築城年:1200年台後期

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21位 松山城(愛媛県)
 築城者:加藤嘉明
 築城年:1602年

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20位 松江城(島根県)
 築城者:堀尾吉晴
 築城年:1607年

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19位 備中松山城(岡山県)
 築城者:秋庭三郎重信
 築城年:1240年

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18位 郡上八幡城(岐阜県)
 主な城主:遠藤盛数
 築城年:1559年

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17位 根室半島チャシ跡群(北海道)
 主な城主:─
 築城年:16〜18世紀
 チャシとはアイヌ語で「柵囲い」

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16位 会津若松城(福島県)
 築城者:葦名直盛
 築城年:1384年

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15位 犬山城(愛知県)
 築城者:織田信康
 築城年:1537年

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14位 安土城(滋賀県)
 築城者:織田信長
 築城年:1579年
 築城から3年で姿を消した幻のお城
 (写真はCG)

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13位 小田原城(神奈川県)
 築城者:大森頼春
 築城年:1400年中頃

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12位 彦根城(滋賀県)
 築城者:井伊直継・直孝
 築城年:1606年頃

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11位 江戸城(東京都)
 築城者:太田道灌
 築城年:1456年
 日本一大きいお城
 (写真はCG)

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10位 弘前城(青森県)
 築城者:津軽信枚
 築城年:1810年

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9位 二条城(京都府)
 築城者:徳川家康
 築城年:1603年
 二の丸御殿で大政奉還が

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8位 五稜郭(北海道)
 築城年:1864年

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7位 竹田城(兵庫県)
 築城者:山名宗全
 築城年:14431443年頃
 日本のマチュピチュ

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6位 名古屋城(愛知県)
 築城者:徳川家康
 築城年:1610年
 天守閣の延べ床面積日本一

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5位 首里城(沖縄県)
 主な城主:尚巴志王(しょうはしおう)
 築城年:1200年代後期〜1300年代

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4位 熊本城(熊本県)
 築城者:加藤清正
 築城年:1590年

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3位 松本城(長野県)
 築城者:石川数正・康長
 築城年:1593〜94年

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2位 大阪城(大阪府)
 築城者:豊臣秀吉
 築城年:1583年

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1位 姫路城(兵庫県)
 主な城主:池田輝政
 築城年:1609年
 別名・白鷺城

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新天皇即位、新しい時代  様々な話題


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今日、2019年5月1日、
新天皇が即位し、
元号も改められ、
日本は新しい時代に入る。

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それにあたって、
賢人・曽野綾子さんが
産経新聞に
「皇室に抱かれる国民の幸せ」
という一文を載せておられる。

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日本が象徴としての天皇家と共にあるということは、
実は非常に大きな意味があることだと
私は感じている。
中心が定まっていないと、
物事は、不必要に大きくぶれる。
社会の変えてはいけない部分には、
変えないことによる強固な文化の継続があり、
変るべき部分には、
常に世の中を流動させる
柔らかい生命の誕生がある。


という書き出しで、
天皇との個人的交流を通じての
天皇の英邁なお人柄を語り、
そのような皇室が国民に寄り添っていることを感じる時、

誰もが日本国民でよかったと
しみじみ思うだろう。


と書いている。

そして終盤、このようにも書く。

物事には全て中心が要る。
皇室が、社会の変化の中心の立場を取って下さっているから、
日本はその発展の途中も
すべての問題においてぶれないでいられた。
殊に諸外国が日本という国と接触する時、
皇室があるということが
どれほど国家としての尊厳を深める魅力になっているか、
普段私たちはあまり意識しない。


誰も産まれる国と親は選べない。
自分を取り巻く環境は
家族から社会、国家とつながっている。
であれば、
国のあり方は、その存在と深く関わる。
独裁者の国に生まれた民は、
圧政に苦しみ、
その国に生まれた不運を呪う。
自由な国に生まれた民は、
その幸運を謳歌する。

日本に生まれた国民は、
立憲君主制という国のあり方の中にいて、
英邁な元首のもとでの
自由と豊かさを楽しむ。
その歴史は長い長い期間を経て、
国民の中に浸透して、体質を作る。
それには、血が共鳴する。

その体制に違和感を持つ者がいたとしたら、
おそらく外からの血の混合による、
DNAに起因するものだろう。

私も子どもの頃は、
天皇制に対して疑問を持った時もあったが、
年齢を重ねるに従い、
天皇制が日本の国柄としてふさわしく感じられてきた。
DNAのなせるわざである。

天皇制がまるで時代遅れのものだという意見があるが、
なにも共和制という政体が最先端のものとは限らない。
まだ世界には、君主制を取る国は沢山存在する。

君主制とは、君主が存在する政体で、
対義語は共和制だ。
君主が存在する国家を君主国、
君主が存在しない国家を共和国という。

君主国は支配者の君主号によって、
王国、大公国、公国、首長国、帝国などと呼ばれる。

君主が絶対的な権力を持つ政体が絶対君主制で、
これに対し、
君主が権力を制限されていたり付与されていない政体が制限君主制であり、
権力の制限が憲法に基づく場合は立憲君主制となる。
日本は立憲君主制である。

現在の君主国は、次のようなものがある。

王国(王または女王を元首とする国家)

オランダ王国
スウェーデン王国
スペイン王国
デンマーク王国
ノルウェー王国
ベルギー王国
モロッコ王国
ヨルダン・ハシミテ王国
レソト王国
スワジランド王国
サウジアラビア王国
バーレーン王国
ブータン王国
カンボジア王国
タイ王国
トンガ王国

スルターン国(スルターンを元首とする国家)

オマーン国
ブルネイ・ダルサラーム国
マレーシア(元首は各州スルターンの輪番制)

英連邦王国(英連邦加盟国の中で、
      英国王または女王を元首とする国家。
      イギリス以外の国では、
      英国王に任命された総督が実質的に元首を務める。)

イギリス、オーストラリア、
カナダ、ニュージーランドなど16カ国

大公国

ルクセンブルク大公国

公国

アンドラ公国(共同元首はフランスの大統領とスペインのウルヘル司教)
モナコ公国
リヒテンシュタイン公国

首長国

アラブ首長国連邦の構成国(アブダビ首長国のアミールが連邦全体の大統領を務める)
アブダビ首長国、ドバイ首長国など7首長国

カタール国
クウェート国

その他の君主国

日本国(元首は天皇)
サモア独立国(元首はオ・レ・アオ・オ・レ・マーロー)
バチカン市国(元首はローマ教皇)

その中でも、
日本は最古の天皇制を持つ。
というより、
世界で最も古い国が日本なのだ。

フランスは1789年の革命で今の国になったから、
その歴史は230年。
ベルギーは188年。
一番古いハンガリーでさえ、1019年。
ロシアは27年の若い国。
アメリカは1776年だから243年。
中華人民共和国はまだ70年。
韓国も74年の歴史しかない。

対して日本は2700年も継続している国だ。
その中心にあったのが天皇制。
武士が政権を持った時もあったが、
あれは征夷大将軍という役職を
朝廷から任命されて政権を担ったに過ぎず、
その背後には厳然として天皇が存在していた。

戦争に負けて、
廃位の危機もあったが、
国民総意の力で、GHQも手を出せなかった。

まあ、考えてみて下さい。
天皇がいなくなったら、と。
日本は国家の背骨を失った頼りない存在になってしまう。

選挙で選ばれた大統領が
国の中心になり、
それも任期替わりで
弾劾されてやめさせられることさえある。
しょっちゅう国の元首が変わってしまうような国と
日本が同じになってはならない。

天皇を象徴として戴く国柄は、
日本人の歴史とDNAの中に組み込まれている。
今回の譲位と元号の改正は、
日本人の中に改めて国のあり方を考える契機となるだろう。


新元号  様々な話題

新元号が「令和」と決まった。

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「万葉集」
「初春の令月にして 
気淑く風和ぎ 
梅は鏡前の粉を披き 
蘭は珮後の香を薫らす」
という一節から取られたものだそうだ。

「人々が美しく心を寄せ合う中で
文化が生まれ育つという意味が込められている」
ということだと、安倍首相は説明している。

これまでの元号は総て中国の古典からとられていたが、
今回、初めて、日本の古典から選ばれた。

歴史上初めて国書を典拠とする元号を決定したことについて、
安倍首相は
「万葉集は1200年あまり前に編纂された
日本最古の歌集であり、
一般庶民も含め地位や身分に関係なく
幅広い人々の歌がおさめられ、
その内容も当時の人々の暮らしや息遣いが感じられ、
まさにわが国の豊かな国民文化を象徴する国書です。
これは世界に誇るべきものであり、
我が国の悠久の歴史、薫り高き文化、
そして四季折々の美しい自然。
こうした日本の国柄はしっかりと
次の世代にも引き継いでいくべきであると考えています」
と述べた。

実は、私の娘の名前には「和」という文字があり、
娘は「和」という文字の入った元号を望んでいたが、
私は「昭和で使われたばかりだから、それはないよ」
と否定していた。
しかし、見事に外れ、
「和」という文字が入った元号に
娘は喜んでいる。

発表前、新元号の予想遊びが盛んだったが、
「令和」を予想した人は皆無のはず。
事前に新元号の予想を募っていた老舗人形問屋「久月」、
ソニー生命保険、酒店「和泉屋」に寄せられた案のいずれにも、
「令和」はなかったという。
それだけ新鮮な案だったと言えよう。

明治のま行、大正のた行、昭和のさ行、平成のは行を除いた中、
まさかのら行で始まると予想した人はいないのだろう。
巷間一番人気の「安久」や「安永」に使われた
「安」という文字は、
有識者らに示した六つの元号の原案の中にはなかったようだ。
「安久」や「安永」などを決めたら、
倍政権よ永久に」
の意だなどとあらぬ疑いをかけられただろう。
それほど安倍さんも政府も馬鹿ではない。

まだ違和感はあるが、
それを言えば「平成」の時も
最初は?というものだった。

ネットの調査では、
「いいと思う」が64%
「あまりいいと思わない」が28%、
「わからない」「どちらでとも言えない」が8パーセントだから、
概ね受け入れられたと思っていいだろう。

兵庫県明石市の仲西令和(よしかず)さん(80)は、
新元号の発表後、
親類や知人からお祝いの電話が相次いだという。
尼崎市の森岡令和さん(78)も同じ。
早稲田大政治経済学部の学部長で
憲法学者の川岸令和(のりかず)さんは
新元号発表後、報道各社からコメントを求められたが、
早大広報課は
「多忙につき、この件に関してはお話しできません」
と現時点では談話を発表するには至らなかった。
カズレーザーも本名が金子和令(かずのり)というので、
驚いたという。

米国のAP通信は、
日本政府が新元号「令和」を公表したことを速報し
「中国の古典を使った元号からの離脱だ」
と伝えた。
ウォールストリート・ジャーナル
「令和」について「レイは古典では『めでたい』を意味し、
ワは『平和』を意味する」
と報道。
「何カ月にもわたり日本で話題を独占してきた
熱狂的な元号当てゲーム」
の末の決定であり
「日本中の人々が足を止めて発表に見入った。
主要なテレビ局はいずれも通常番組を休止した」
と盛り上がりぶりを報じた。

中国では、
「しょせん、日本人にとって漢字はわが国からの借り物。
漢字のなんたるかをわかっていない。
その証拠がこの元号だ」
などという声も。
「令」という字は、
中国人からすると「零」と音が同じで、
どちらも中国語では「リン」と発音するため、
「令和」すなわち「零和」(平和ゼロ、平和な日はない)という
極めて縁起のよくない元号ととらえられるという。
更に、「令」という漢字は、
もともと「命令する」「〜させる」という意味を持ち、
「平和を強いるとは、侵略の歴史を忘れた小日本(日本の蔑称)の
考えそうな元号だ」
という意見も。
相変わらずの中華思想と被害者意識。
しかし、「令」は、もともと、
ひざまずいて神意を聞く人の形だったという。
中国人も漢字のなんたるかを分かっていないとみえる。
中国は1911年の辛亥革命によって清が倒れると元号が廃止され、
1945年の満州国の滅亡で、元号は完全に失われた。
伝統を放棄したわけで、それで、
日本の元号がうらやましいのだろう。

共産党の志位委員長は
「国による元号の使用の強制に反対する」と。
党として主張している元号法廃止については、
「今反対するべきだという立場に立っていない。
将来、国民の総意によって解決されるべきだ」
「国民の総意」とは、国民投票でもやるというのだろうか。
新元号の時代への期待について問われると、
「私たちは天皇の在位、あるいは元号によって
時代を区分するという考え方に立っていない。
コメントはない」


社民党の又一党首は
「『令』は『命令』の『令』であり、
安倍政権の目指す
国民への規律や統制の強化がにじみ出ている。
元号とは、古代中国において
帝王が時間を支配することう目指して作られたものであり、
本来的に非民主的な制度だ」

このような意見には、
ひとこと「黙れ」ということにする。

元号からの変換の大変さから、
「元号を廃し、西暦に統一したら」
という意見を言う人がいるが、
不見識もはなはだしい。
そもそも西暦はイエス起源で、キリスト教のものだ。
世界で使う地域が広いので便利なので使っているにすぎない。
回教圏では別な暦を使っているし、
そもそもイエスの誕生は西暦1年とは、
4年ほどのずれがあるというのが定説。

元号は日本の天皇制と深く結びついており、
そういう発言をする人は、
日本の伝統と天皇制反対の人。
日本人のDNAとは違うものを持っているのだろう。

なお、衆参議院正副議長のに対する意見聴取で、
携帯電話を預かる、という要請に
立憲民主党の赤松広隆衆議院副議長が
「行政府が立法府を拘束するとは民主主義の危機だ」
と理屈を言って猛反発。
それで意見を聞く会の会場が
記者と離れた衆議院議長公邸になったという。
秘密保持のためと分かっているのに、
応じないとは。
小さな人間だなあ。
こんなことだから、旧社会党は駄目になったんだ。


日本のイノベーションC  様々な話題

日本のイノベーション、
今回は生活篇。


回転寿司

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日本の寿司は、8世紀以降、
長らく発酵食として発達してきたが、
江戸時代後期に握り寿司の手法が考案されたことで、
新たな食文化として発達をみた。

しかし、回転寿司が普及する以前は、
その調理は寿司職人の技量に依存するところが大きいことや、
価格も材料である生鮮魚介類の質
及び市場価格の変動に左右されることから、
どちらかといえば高級感のある料理と見られていた。
そのため、寿司店で寿司を食べることは
「ハレ」の行事と同等に意識され、
冠婚葬祭や入学・卒業など、
特別な機会に利用される場合も少なくなかった。

回転寿司の出現は、
こうした寿司文化に工場生産的な手法を持ち込むとともに、
個人経営が中心であった寿司店に
チェーン店経営方式を導入するなどして、
寿司をより大衆向きの食品として普及させるきっかけとなり、
日本人の食生活の中で大きな役割を果たしている。

かつての一般的な寿司店と比較して、
回転寿司の特色は主に、
以下の四つの点にまとめることができる。
@価格帯を事前に明示し、
 期待した予算内での消費を可能にしたことで、
 家族や若年層など、多様な所得層、年齢層が
 寿司を受益できるようになった。
Aベルトコンベアや皿数の管理システムなどを導入して、
 極めて安価に寿司を提供できるシステムを構築した。
B寿司を自動的に顧客の手元に届けるシステムを導入して、
 提供側の作業待ち時間及び
 受益側(消費者側)の待ち時間を最小化し、
 従来の寿司店にはない経済的な効率性を生み出した。
C従来の寿司店の多くが個人商店であるのに対し、
 回転寿司店の多くは企業チェーンが運営している。

回転寿司のビジネスモデルは、単に日本国内にとどまらず、
今や世界中に普及している。

                                           ○カラオケ

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カラオケは、事前に録音された伴奏を再生し、
その演奏に合わせて合唱・合奏するレクリエーションである。
このようなカラオケ産業は、
1960年代から多数の人々の発明や創意工夫によって
成長してきた。

カラオケに関連する市場は多岐にわたる。
全国カラオケ事業者協会は市場セグメントを
@スナックや居酒屋等のナイト市場
Aカラオケボックスや喫茶店等のデイ市場
Bその他宴会場や健康ランド、ホテル、観光バス等
に区分している。

カラオケ産業が社会に与えた影響も多岐にわたるが、
音楽文化への貢献としては大きく次の2点が挙げられる。

第一に、国民の歌唱レベルの底上げにつながったことである。
日本では元々義務教育において音楽が必修科目であり、
その中でも声楽教育が占める割合が大きいという状況があった。
また、戦後すぐの段階から、
ラジオでのど自慢大会番組が人気を博すなど
娯楽としての歌唱文化が成長する下地もあった。
このような素地にカラオケが加わることで、
老若男女問わず国民が日常的に歌を歌う機会が増え、
歌唱・声楽は国民的文化となったといわれている。

第二に、ポピュラー音楽の市場にも大きな影響を与えた。
1990年代にはカラオケで歌われる楽曲と
音楽の販売ランキングの相関が高まった
多くのミリオンセラーが誕生し、
それらの曲がカラオケで歌われることとなった。

日本で始まった“KARAOKE”は世界共通語となり、
世界各地に進出している。

                                        
コンビニ

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コンビニエンスストアは、
フランチャイズ方式の加盟店である小規模な店舗において
年中無休かつ長時間の営業を行って、
主に食品、日用雑貨などの多数の品種を扱う小売店である。

日本におけるコンビニの本格的なチェーン店の展開は、
米国で先行していたものを導入した1970年代前半に始まる。
第1号店は、1974年に東京都江東区にオープンした
店舗面積20坪強のセブン−イレブン豊洲店である。

1970年代はスーパーマーケットの成長期であり、
大量販売による店舗の大型化が進み、
また、ディスカウント販売が主流であった。
このことは、一方で既存の商店街等中小小売業との厳しい対立を生み、
大きな政治問題へと展開していく時期でもあった。

このような中でセブン−イレブンは、
既存小売店との共存共栄を目指す立場から
第1号店からフランチャイズチェーン店方式の導入を行った。
そして、小規模店舗であっても定価販売、
一方で長時間の開店時間や年中無休という
当時の小売業界の大小いずれとも異なる営業方式を採用し、
新たなビジネスモデルを実現したのである。

豊洲店のスタートとともに、セブン−イレブンは
独自のきめこまかな商品管理、
流通システムの改革(小分け配送システム) 、
情報処理等における先端技術の活用(POSシステム)等
画期的な手法を相次いで開発していった。
これにより消費者の評価を高め、
売上げは急増し、加盟店も増加していった。

セブン−イレブンの開業後、
相次いでローソン、ファミリーマートなど
多くの企業がこの分野に参入し、
現在では一大産業へと発展してきている。

日本のコンビニ産業は、
日本人の暮らしの変化に対応し、
近年においてはプライベートブランドの開発など
商品開発力を向上させるとともに単に小売業の範疇を超え、
コピー機設置、24時間稼働の銀行ATMの設置、
公共料金収納代行事務、宅配送サービスの取次など
次々と新サービスをも提供してきている。

さらに、日本で発展したコンビニ産業は、
今やアジアから世界へと市場を展開しつつあり、
セブン−イレブンの店舗数は
海外のそれが国内を上回るまでになっている。
                                           

宅配便

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日本人のほとんどが一度は利用したことがあるであろう宅配便。
この宅配便ビジネスに先鞭をつけたのは、
ヤマト運輸株式会社である。
1976年、ヤマト運輸は
「電話1本で集荷・1個でも家庭へ集荷・
翌日配達・運賃は安くて明瞭・荷造りが簡単」
というコンセプトの新しい宅配サービスを開始し、
これを「宅急便」と名付けた。

当時、
一般家庭向けの個人宅配を行っているのは郵便局のみであり、
民間の業者で行っているものは全くなかった。
それは、大口で安定的な需要を見込める商業貨物に比べ、
需要の予測もつかず、
また行き先もばらばらである個人宅配のビジネスは
採算が取れないという考えが支配的だったからである。
しかし、当時同社社長であった小倉昌男は、
ニューヨークを訪れた際に、交差点の4つ角に
ユナイテッド・パーセル・サービス社の小型トラックが
4台止まっていることに注目し、
個人宅配ビジネスの可能性を見出していた。
それまでの百貨店配送業務や貨物輸送用集配業務が伸び悩み、
転機を迎えていたことも
個人宅配ビジネスへの決断を促すものであった。

しかし個人宅配ビジネスを行ううえでは様々な障害があった。
当時トラックによる貨物輸送を行うには、
路線免許制により地域ごとの免許取得が必要であり、
地元物流業者等の抵抗があると
新規の免許取得に膨大な時間が必要となった。
このため1980年代まで、
宅急便を利用できるのは大都市圏を中心とした
ユーザーに限られていた。

さらに規制をクリアできても、
採算が取れるレベルにまで規模を拡大するには、
広く浸透している郵便小包から
利用者を奪わなければならなかった。
そのためには、全国規模の集配ネットワークの構築と、
「翌日配達」などを中心としたサービスの差別化が必要とされた。

こうした課題を一つ一つ解決した結果、
ヤマト運輸の宅急便は一般利用者に広く普及し、
民間による個人宅配ビジネスが可能であることを証明した。
宅急便の成功は他の運送会社の個人宅配への参入を促し、
民間による個人宅配便市場が確立したのである。
1976年1月20日に開始した宅急便が
その日に送り出した荷物はわずか11個であったが、
2013年の宅配便市場は36億3700万個にまで拡大し、
世界的なネットワークも広げつつある。





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