ああ紅白歌合戦  テレビ番組

今更言っても仕方ないのだが、
大晦日の紅白歌合戦はひどかったな。

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元々紅組白組に分かれて歌を競う
という形式が古臭くて時代遅れでどうしようもないと思うが、
それでも、構成・進行はもう少しスマートにならないものか。
グラミー賞やアカデミー賞の洗練された進行を見慣れているから、
紅白の進行は本当にダサい。

ある時期、見直しをして、
オペラ歌手を出したり、外国人歌手出したりしたが、
それも定着せず、
昔の形に必ず戻る。

昔よりよくなったのは、
映像パネルを使った舞台装置くらいか。

Yahooの感想を見ると、
星5つの評価は16%。
以下、星4つ7%、星3つ6%、星2つ6%で、
星1つが66%。
つまり、3人に2人が最低評価ということだ。

感想からいくつか拾ってみると、

○もう紅白歌合戦は国民の期待には応えられないと思います。
そして、NHKもそれが解っていて、
勝敗よりもバラエティー路線にシフトしたのだと思う。
最大の失敗は、
バラエティーなのに勝敗を着けたことだと思います。
全く陳腐な歌合戦になりました。

○そもそも、その年の締めくくりとしての紅白だと思う。
ヒット曲どころか、もう唄ってもいない
古株の歌手がでてくること自体おかしい。
コネや業界の、力加減ででる歌手はいらない。
常連になりたいと思うなら、ヒット曲をだせばいいのだ。
連続出場するのは、容易ではないと意識させるべき。

○だいたい紅白歌合戦は
その年の活躍した歌手及び曲などの
褒美なんじゃないのかなーと思う。
歳の功みたいな歌手とか古い曲とか
毎年同じ曲とか何か間違ってる様なきがする。
老人でも良いが毎年同じ歌を歌うのは感心できない。
飽き飽き以上の何物でも無い。
歌も下手になっていて聞きづらい。
一考の必要がある。
歌っている歌手もつらいと思う。

確かに、古株歌手が古い歌を歌うのが目についた。

郷ひろみ「2億4千億の瞳 エクキゾチックジャパン」
和田アキ子「笑って許して」
石川さゆり「津軽海峡・冬景色」
五木ひろし「千曲川」
高橋真梨子「五番街のマリーへ」
松田聖子「赤いスイトピー」
美輪明宏「ヨイトマケの唄」
森進一「おふくろさん」
近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」

○プロなのに下手な歌ばかりで、本当にガックリします。
その中で光ったのは島津さん、天童さん、森さん・・
藤さんの『マンジュシャカ』は情感のカケラも無くがっかりでした。
佐藤しのぶさんや、錦織さんなどが出ていた頃が懐かしい。
ど迫力の歌唱力で唸らせて欲しいものです。
外国の枠も無く出ているのは子供ばかり・・・
それでは視聴者は離れますね。
裏で年忘れ歌謡コンサートみたいなものをやれば、
間違いなく高齢者はそっとを見るでしょう。
テレ東も懐かしのメロディで高齢者ばかり出すのではなくて、
今の紅白に出ない歌手を総動員したら良いのです。


確かに、古株の歌手の中に、
声が伸びない人たちがかあり見受けられた。

○文字どおりの紅白歌合戦を楽しませてもらいたいものだ。
感動する歌の数々を楽しみたいのだから、
ごちゃごちゃ踊りやコントを繰り広げることは控えめにするべき。
鬱陶しいだけだ。
制御不能の大人数の歌手や過剰な演出は不要だし、
長時間の拘束は一考すべき。
NHKが歌唱の水準を決めて
水準に満たない歌手は出場させないくらいの権限をもてないと、
世代やジャンルを超えた感動の歌にはめぐり合えない。
プロダクションの意向が優先されているなら、
NHKの管理限界を超えている。
改めるべきだ!
民放の質の悪いバラエティもどきの紅白歌合戦にはうんざりするばかり。
視聴率の低下は、近年のテレビ離れの影響や
すべての世代の好みに合わせることは不可能だから、
ある程度の低下は止むを得ない。
視聴率に拘泥しすぎて、
「NHKの紅白歌合戦」制作を見失ってはならない。

まあ、いやなら観なければいい、
という理屈も成り立ちますが、
次のような意見も。

○一体いくらかかっているのだろうか。
受信料を払っている我々に
番組ごとの費用を発表してもいいのではないか?
知名度も無く、うまくもない
どこのだれかわからない歌手や製作費に
莫大な費用が湯水のように当然のことく毎年使われる、
観ている方は面白くもなく
年末の時間をダラダラ費やしてしまう。
こんな状況ならばいっそ紅白は4年に一度にでもして、
そのギャラや費用を難民たちに寄付でもしてほしい。

これ、正論。


ドラマ『しんがり』『下町ロケット』『あさが来た』  テレビ番組

昨日は、ブログのログインに問題が生じ、
更新することが出来ませんでした。
アクセスした方、申し訳ありませんでした。
本日、昼前に解決しました。
関係方面の方、ありがとうございました。


連続テレビドラマを3作紹介。

まず、「しんがり」
一昨日のブログで紹介した
「しんがり 山一證券 最後の12人」
WOWOWがドラマ化。
9月20日から10月25日まで6回連続。

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期待して見たのだが、
最初の10分でレベルが分かってしまった。

脚本が悪く演出も悪い。
その上、役者が悪い。
これでは良いドラマになりようがない。

失敗の大きな原因は、
主役の業務管理本部長に江口洋介を起用したこと。 

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実直に会社破綻の原因に取り組む役にしてはカッコ良すぎる。
これでは、個人の英雄譚になってしまう。
原作では12人の調査委員会のメンバーも
7人に縮小され、
(題名も「しんがり 山一證券 最後の聖戦」に変更)
会長、社長以下、実名ではなく、役名。
委員会メンバーの補佐役の萩原聖人もしかめっ面しているだけで、
はっきり言ってヘタクソ。
佐藤B作は古臭い演技で、
勝村政信もカッコ付け。
社長役の平田満、田中健も平凡な演技。
これらは全て演出の責任だ。
唯一会長役の岸部一徳だけが
会社破綻の原因を作った張本人として
老獪な演技(素?)を見せる。

全体的に誇張が目立ち、
とにかくセンスがない
映画やドラマはセンスが左右するので、
才能の無い人達が集まって
どんなに頑張っても
凡庸な作品しか生まれない典型だ。


これに対し、「下町ロケット」は健闘。

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池井戸潤の原作で、
「半沢直樹」のヒットを踏襲しようとするものだが、
視聴率が16.1%→17.8%→18.6%と
毎週1%の伸びを示す。

大企業と中小企業の確執を扱うのだが
↓のシーンを見ても力の入れようが分かる。

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大企業帝国重工のロケット組立工場の落成式のシーン。
こんなに広い必要があるのかと思うほどの巨大なスペース。
社員のエキストラ、
それに着せる衣装と、
金がかかっているが、
帝国重工が巨大企業であることを示す必要がある必然性のあるシーンだ。

同様に、主人公の町工場・佃製作所と特許で争う
ナカシマ工業のオフィス。↓

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これも広大だが、
佃製作所がどんなに大きな会社と闘ったかを示すために
この広さが必要。

こういうところを手を抜かないで
スケール感を出すのは、
制作費だけを考えれば出来ないことだが、
それをやった。

実は「下町ロケット」は既にテレビドラマ化されている。
2011年8月21日から9月18日まで
WOWOWで5回連続で放送された。
これも凡庸な出来で、
特に主人公の三上博史
元ロケットエンジンの設計者にも
中小企業の社長にも見えないところが難だった。
(2012年3月、TBSでラジオドラマ化もされている)

対して、今回の主人公は阿部寛。↓

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こちらも風貌的には研究者にも中小企業の社長にも向かないが、
そこは演技力でカバー。
大企業に立ち向かう町工場の心意気を示していた。

帝国重工の部長役の吉川晃司もそれらしさを見せ、

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社長の杉良太郎も貫祿を見せる。

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意外な出色は、
佃たちに寄り添う弁護士役の恵俊彰で、

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これで演技派の仲間入りか。

脚本もテンポよく、
上手に原作を切り取り、
更に創作を加えている。

原作の半分を占めるナカシマ工業との裁判が
2回でけりがつき、
随分展開が早い、と思ったら、
「下町ロケット2 ガウディ計画」
というのが朝日新聞で連載開始されており、
ドラマ後半は、
この新聞連載と同時進行でドラマ化されるらしい。
期待大である。

さて、もう一つは、
NHKの朝ドラ「あさが来た」

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「マッサン」「まれ」と
前2作は途中で見るのを断念する程度の出来だったが、
今度のは面白い。
江戸から明治に移る激動の時代に生きた
女商人の話で興味津々。
毎回、なんらかの感動シーンが用意されており、
脚本の良さが分かる。

主役の波瑠も魅力的、

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夫役の玉木宏が予想外の良さ。

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姉役の宮崎あおいも役柄を生かし、

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その夫役の江本佑も、良い味を出している。

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父親役の升毅などが
上手に脇を固めている。

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視聴率も23%を越え、
ネットの評価も上々。
ネット評価は、一言言いたい人が書くので、
けなす書き込みが多く、
「マッサン」も「まれ」も酷評で
平均評価が2以下。
しかし、「あさが来た」は、
5段階の「5」が8割を占める。


葵かを里さん、『日本のうた』に  テレビ番組

毎年、わが組合の新年賀詞懇親会に華を添えてくれる
葵かを里さんが全国放送に登場。

番組は、NHKBS2の『日本のうた』

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葵さんの立ち位置は、

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司会者の隣。

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で、このように沢山映ります。

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出演者の名前のトップに。あいうえお順なので、有利です。

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葵さんは、2番バッターで登場。

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歌うは都はるみの「大阪しぐれ」。

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歌い終えて、ほっとした笑顔。

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葵さん自身の感想は、↓のブログをご覧下さい。

http://blog.oricon.co.jp/aoikawori/

見逃した方は、
11月13日、夜9時から
NHKハイビジョンで再放送されます。


『天国と地獄』リメイク  テレビ番組

土曜日の休日というのに、朝から気力満々で、
舞浜駅近くのホテルのレストランに出かけて
朝のバイキングを食べつつ、
記念誌の仕事をし、
その勢いでシネマ・イクスピアリに行って、映画。
「魔笛」をまた観てしまいました。
今回は「そういうものだ」と覚悟して観たので、
違和感に苦しめられはしませんでしたが、
さすがに終わりの方の
火の試練、風と水の試練から、
「パ・パ・パ・・・」のあたりになると、
違和感に満ちてしまいました。
ただ、やはり冒頭の序曲の間の
ワンカット(実際はCGでつなげているのがミエミエですが)シーンは
なかなかいいですね。

夜はテレビドラマの「天国と地獄」
黒沢明1963年作品のリメイクです。

最近、黒沢作品のリメイクがはやりのようで、
明日は名作「生きる」のリメイクドラマの放送。
12月には「椿三十郎」が映画でリメイクされるそうです。

5年ほど前に「赤ひげ」がテレビで、
しかも、昔の脚本そのままでリメイクされると聞いた時、
「天を恐れぬ所業」と思いましたが、
今回も同じ。
あれほど完成された作品をなぜリメイクする必要があるのでしょうか。

特に、1961年の「用心棒」から
「椿三十郎」「天国と地獄」と続いて、
1965年の「赤ひげ」に至る5年間は、
黒沢明が最も脂の乗っていた時期で、
天才の最良の時の作品を凡人がリメイクしたところで、
それ以上の作品が出来るはずはありません。

それでも、どうリメイクしたか、
もしかしたらテレビドラマとして
それなりに成り立っているかもしれない、
と思って観ました。

気付いたところを比較すると、次のとおり。

○前半の権藤邸での部分は、ほぼ映画どおりの脚本。多少のセリフの直し、
場面の入れ替えがある程度。ただ、セリフは平易にした分、緊張感が失せた。
○後半は相当はしょる。刑事たちのこつこつとした捜査状況はなし。
○犯人が麻薬を受け取ってから、現場に直行せず、ドヤ街で中毒患者に与えて効果を確かめる場面はカット。あの部分は映画のシナリオにさえ、
これからは、シナリオ形式では書けない。(詳細はコンテュニティで書きます)」とあるくらいに難しい場面なので、断念したと思われる。
○映画は犯人は声だけが続き、山崎努が登場するのは、映画の後半から。テレビ版は冒頭から犯人が顔を出し、電話をかける犯人側の描写が出て来る。
○たとえば、犯人の妻夫木聡が観覧車の中から双眼鏡で権藤家を覗き、
そのレンズの反射光が邸内の権藤の顔を射る、という導入はちょっといい。
○映画が横浜が舞台だったのに対して、小樽に変えてある
理由は、おそらく、横浜だと新幹線を使うことになり、列車からの身代金投下が不可能だからと思われる。
○身代金は映画の3千万円が貨幣価値の変化で3億円に。それだけの札束の入った鞄を洗面所の窓 (10センチ程度しか開かず、映画では、犯人は幅7センチの鞄に入れることを要求する) から捨てるのは不可能なので、どうするのかと思ったら、車掌室の窓。なら、どんな鞄でもいいわけか。
○映画では共犯者2人は顔さえ判然としないが、テレビでは共犯者の女と人質になった子供との心の交流が付け加わる。不要。意味なし。
○映画では麻薬の受け渡しに現れる不細工女はそこだけの登場だが、テレビでは、この女(良家の子女)の部分が描写される。不要。意味なし。
○二つのキスシーンは不要。
○事件が終わってからの権藤の手作り靴の店を描写するが、不要。映画の決定稿にも、その後の権藤家の様子が出て来るが、最終的にはカット。あの衝撃的な山崎努の長セリフで一挙に暗転して、深みを出した。
○最後の会見の後、錯乱した後の妻夫木の立ち直りとも思える描写があったが、なぜか。
○小樽の丘の上に建てたセットの中で撮影し、外界が写り込むようにしているのは、演出家の意欲。窓外カメラから撮って、外の様子がガラスに写り込む、という撮影をしている。画面の分割、ものに写っているカメラアングルなど、意欲は感ずる。
○尾行する刑事たちがあまりに間抜けで、犯人が気付かないのが不思議。
○映画では、前半全く音楽を入れず、身代金受け渡しの後、誘拐された男の子を権藤が迎えに行くところで、初めて音楽を効果的に入れた。テレビ版は最初から妙に生ぬるい音楽が入り、逆効果。前半の葛藤ドラマなどBGM不要。特に「草原情歌」のようなよく知られている曲を使用するのは慎重に。最後の牢屋での対決シーンにもピアノで「草原情歌」が流れていたが、どういうつもりか。

以上、相違を書いたが、なにより決定的な違いは、役者の演技力
三船敏郎→佐藤浩一、仲代達矢→安部寛、山崎努→妻夫木聡
ではつらい。
その他の役者も力不足は否めない。
特に前半は舞台劇のような演技の対決なのに、
リズムもテンポも悪く、はずまない。

映画の黄金時代、粒選りの役者を選び、入念なリハーサルを繰り返した
黒沢天皇の時代と比べては酷かもしれないが、
やはりつまらない演技は、つまらない。

最終的に娘と出した結論は、「センスがない」
これは今の日本の映画・テレビに共通して言えることです。

明日の「生きる」は松本幸四郎だから期待できますが、
それにしたって、
何も仕事をしない市役所の小役人の末期ガン患者というのは
幸四郎の柄ではないが。

なお、既に知っている人は多いと思いますが、
事務局長は大の黒沢ファン
中でも「天国と地獄」は大好きで、
何度観たかわからず、セリフもそらで言えるほど。
ならば、観なければよかったのにね。

↓は「天国と地獄」のシナリオ。(決定稿)

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本物です。
ある方が好意で下さいました。
我が家の家宝です。
この脚本で「これ以上書けない」も幻のラストシーンも知りました。
(昔読んだ「キネマ旬報」のシナリオ集には、
別なラストが出ていました。
いずれも幻です。)

日本のテレビ・日本の裁判  テレビ番組

フジテレビ系の生活情報番組「発掘 ! あるある大事典U」で報道した
「納豆で減量」に捏造があったことが報道されています。
放送直後スーパーで納豆が売り切れ、
安井潤一郎衆議院議員も減量のために納豆を食べた、
とブログで書いていましたから、
影響力のある番組であったのに、
内容に嘘が混じっていたとは。

下請けの下請けのプロダクションが、
期日までに番組を作り上げなければならないために
実際発言していない教授の発言をでっちあげたり、
被験者の血液を実際には検査していないのにデータを作り上げたり、
というのだから、恥知らずにもほどがあります。

今のテレビは製作の現場が若い人に担われており、
若さゆえの甘い判断があふれています。
番組そのものも、
ただにぎやかでさえいれば番組が成立するような勘違いが横行しており、
ユーモアと悪ふざけの区別もできていない有様です。

取材の時も
すでにストーリーができていて、
その線に沿う素材集め
でしかなく、
事務局長もずいぶん取材を受けましたが、
あることを言わせよう言わせようと誘導するので、
カメラを止めて論争したことがあります。

黒豚についても、事務局長が提起した内容が
放送までの間に局面が変わったので、
「あの部分は使わないでくれ」と要望したのに、
当日、顔にモザイクをかけて放送
娘には「パパの顔はワイセツ物?」と笑われました。
もちろん抗議して、
上司が平身低頭謝りに来ました。

数年前に出たNHK特集の時は、
事前の打ち合わせで「この3点については必ず発言して下さい」と念を押され、
きっちり当日使命を果たしたのに、
いざ放送されてみると、
3点のうち1点だけ。
しかも、
「農林水産省の食肉鶏卵課長にこう申し上げた」
が、秒刻みの編集がされて、
「農林水産省にこう申し上げた」となっていました。
いろいろな配慮があったようです。

編集権があちらにあることを承知の上で出演したのですから、
裏話を言うのはアンフェアだと思い、
当時は口に出しませんでしたが、
もう時効だと思うので話します。

なにしろ当日は、
NHKらしい行儀の良い内容が
事務局長の登場シーンで突然がらりと雰囲気が変わって挑戦的になり、
事務局長が農林水産省の出演者を追い詰めると、
会場の一般消費者からは自然発生的に拍手が起こり、
事務局長がパネラーから退場する時には
大拍手喝采で送ってくれ、
「今のところ収録しなかったので、
もう一度撮らせて下さい」
とテイクをしなおすほど。
(でも、どちらも使われませんでした)

収録後、プロデューサー、ディレクターからは
「事務局長のおかげで盛り上がりました。
100点満点です」とほめられ、
女性評論家からは
「業界の方なのに、よくあそこまで発言なさいましたね」
と勇気をたたえられたのに、
当日は肝腎のところはカット。
「ずいぶん発言少なかったですね」
などと言われてしまいました。

あの時、良い体験したと思ったのは、
「緊張」と「プレッシャー」の経験をしたこと。
傍目には落ち着いて見えたようですが、
前にある水のコップを持つと、小刻みに震えています
「ああ、やっぱり緊張しているんだ」
と妙に感心したことを覚えています。

これがNHK的行儀良さの限界か、
と自分を納得させましたが、
それ以来は、
テレビや新聞は好きなところをつまみ食いされるので、
取材には応じない
ようにしています。

[映画紹介]

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周防正行監督、「Shall we ダンス?」以来11年ぶりの新作
今度は痴漢冤罪事件。
何で?
と思ったが、仕上がりはすっかりエンタテインメント。
2時間半をあきさせない。
綿密な取材に裏打ちされて、日本の裁判制度の問題点をえぐりながら、
それがいつでも自分の周辺で起こりうることだと分からせる。
裁判長が交代した途端に、
がらりと裁判の様相が変わってしまったり、
有罪の証明ではなく、痴漢事件は無実の証明をしなければならない理不尽さ。
その過程で出て来る、刑事や駅員の様々な嘘が哀しい。

特に、裁判長は被告の嘘にだまされまいと必死に闘っている、
だから、無罪である確証を欲しがっている、とか
無罪判決は検察の起訴を否定することであり、
それは国の行為を否定することであるから、
同じ国家公務員である裁判官にはなかなか難しい、とか、
有罪判決率99.9%が弁護士の逃げ道になっている、とか、
民事事件では弁護士ではなく、代理人にすぎず、
刑事事件こそ、真の弁護士たる場、とか
卓越した見解が沢山出て来る。

特に、最後の主人公の独白、
「真実は神のみぞ知るというが、
真実は (やっていない) 私自身が知っている。
裁判長を裁けるのは私だけだ」

という言葉は重い。
有罪であれ、無罪であれ、
「裁判長、あなたは間違っている」
「裁判長、あなたは正しい」
と言えるのは本人だけ。
恐ろしいことだ。

ためになって面白い、早々と今年の収穫。
5段階評価の「4.5」。


ところで、2年前、
事務局長は浅田満の牛肉偽装事件の傍聴で
大阪地方裁判所に頻繁に出かけて克明なメモを取りました。
同じことをやれと言われても、もう無理ですが、
近々控訴審が始まるようです。
近藤理事長は今度も行け、
と言うのですが、
あまり進展がないような気がして、迷っています。




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