即位の礼について  政治関係

即位の礼が前例踏襲し、
「あるべき姿」深まらず、
違憲論争回避を優先

という記事が掲載されている。

趣旨は、
天皇陛下の即位の礼の中核をなす「即位礼正殿の儀」について、
政府は平成の代替わりの際の様式を踏襲すると早々に決定し、
象徴天皇制の下での式典の
「あるべき姿」をめぐる議論は深まらなかった、
背景に違憲論争を封じる思惑があったのは間違いない、
というもの。

即位の礼の何が問題かというと、

○玉座「高御座」に、「三種の神器」である剣と勾玉を置いたこと。
 高御座は天孫降臨神話に由来するとされる。
○安倍晋三首相が高御座の前で寿詞を読み上げ、
 「天皇陛下万歳」と声を張り上げたこと。
 高御座が一段高く、陛下を仰ぎ見る形だあることから、
 現行憲法の「国民主権」に反するということ。
○このような宗教色の強い行事に国費が使われたこと。
○前例踏襲は、天皇主権下の戦前の様式を下敷きにしていること。

即位の礼をめぐっては、
政教分離に反するとして損害賠償を求める訴訟が
起こされている。
平成の代替わりの際、1995年の大阪高裁判決は
「即位の礼が政教分離に違反するのではないかとの疑いを
一概には否定できない」
と判示したという。


この記事に関する、ネットの書き込みは、
次のようなものだ。

○厳密には憲法との関係を
議論しなければいけないこともあるかも知れませんが、
私個人の感想としては、
違憲云々をうるさく議論するような影響はなく、
そんなに気を遣わなくても普通におめでたい行事だと感じました。
○政教分離の原則がある以上はどこかで線引きは必要だが、
長い歴史と文化を形成する過程で
人々の生活と宗教は密接に関係してきたわけで、
完全に分けることは不可能だと思う。
多くの国民は現状を良しとしているから、
大きな議論にならないのであって、
無理矢理問題だーってする必要はない。
○天皇の存在は、宗教とはちょっと違うと思うけどなぁ?
確かにそういう立場に置かれていた時代はあるが、今は違う。
仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教等々
その他宗教的な存在とは違うと思うなぁ。
むしろ日本の伝統文化だな。
長い歴史から見ると、天皇という存在は日本最高の国宝だ。
○古来からある伝統文化を
政治と宗教に絡めて否定する必要はないと思います。
金がかかるからとか戦争がどうとかなんて
無理矢理こじつけているだけに思える。
これがダメなら、各地でやっている祭りなどに
公費が使われるのもダメでしょう。
伝統文化は受け継いでいかなければならないし、
なくしてはいけない。
昔の人たちはこういうことをしていたんだなぁ
っていうくらいで受け止められないんだろうか。
即位の礼を再現したから戦争が始まるわけではないし、
そんなつもりは毛頭ない。
一部の頭のいかれた連中がこじつけているだけです。
○あるべき姿を考えるのは悪いことではないけれど、
あるべき姿ではなく、
そもそも無くしてしまえと考えている人達を相手にしても、
議論が噛み合うはずがないよ。
○政教分離は必要だろうけど、
今回の儀式を見て宗教の要素はあまり感じられなかった。
神道は、他の宗教と比べ
本当に宗教といえるのか疑問がある。
神道は宗教と言うより、土着の信仰という性質のものではないか。
今回の一連の儀式を見て、
宗教儀式というより、
西洋で言う戴冠式的な儀式としか見れなかった。
○いろんな意見があっていい。
自分と考えが違うからと
共産党のように出ないというのは違うと思う。
出たくても出れない人もいるのだから、
反対している立場として、出てどう感じたか伝えるべきだ。
自分的には、平安を感じられて、
現代まで繋いでくれた方々に感謝し、
天皇の歴史の重みを感じ、日本人で良かったと思える儀式でした。
○勿論国民主権ではありますが、
陛下が高い位置にいるというのも、
違った視点から社会を見て、
日本のあり方を考える場面も必要かなと‥
変な権威を持たせようとかではないですが、
長い時間軸で日本や世界を俯瞰して頂き
色々メッセージを出すことは大切かなと感じますが‥
万歳も何か重苦しい権威からの威圧感というより、
長い伝統と歴史を丁寧に大切にしていきたいという
切なる思いも伝わってきたが‥
○確かに歴史的な背景からは天皇は祭祀を司る神官
との側面もあると思いますが、
なぜ議論が深まらないのかと言えば大多数の国民は、
それを問題視していないからではないでしょうか。
○メディアや政治家がどうこうという前に、
国民がどういう気持ちでこの儀式を見ていたかということだと思う。
反対する人や賛成する人がいて当然ですが、
世界で最後のエンペラーを
形式的とはいえ維持する日本は素晴らしいと思います。
素直にお祝いして
日本人の魂を尊重する時があっても良いのではないかな?
このような国事行事があるのは日本だけでしょう。
各地域のお祭りにしてもそういう精神から長年続いているし、
皆楽しみにしていますから。
願わくば、この制度が続く事を願っています。
○個人的には象徴天皇制って
うまい立ち位置を考えたもんだと思うけどね、
これに関してはGHQグッジョブだと思ってる
政治には口出しせず
国民の拠り所として日本の平和を祈る存在、
国民はそれに敬意を払う。
戦後天皇制を廃止されてたら
弱腰外交と無能な外務省では
今の日本の立ち位置はないと思うし、
日本が世界から一定の敬意を払ってもらえる一因だと思う。
費用対効果で考えたら日本の制度の中で最も高効率だと思う。
いずれにせよ憲法で天皇の立ち位置はもう定められてる、
儀式に関しては長い歴史の積み重ねがあるのだから
それを重視して現代の感覚で
部外者が口を出すべきではないと思う
天皇制だけは絶対に守らないとダメ、
日本を弱体化させたい反日勢力の陰謀に加担してはダメだよ
○天皇陛下と宗教の関係を、
現在の多様化した社会のなかで、
懸念される事柄を深掘りして、
今風に変更していく必要性がないように思う。
古き伝統的なことを残しても悪くないのではないか。
学者などはその件について造詣が深いから懸念を想像するが、
そこまで国民が深くこだわり、
国が良からぬ方向へ行く空気感はない。
次の世代でもまた同じような話となるが、
その時代時代で、空気感を察知し、
国を納める人々が叡知を結集すれば良いと思う。
○天皇陛下をはじめとして皇族方の行事にある宗教色を
政教分離の名のもとに切り分ける必要性を私は感じません。
何故なら政教分離の必要性は、
政治的な決定に
宗教が影響しない様にする事が目的な訳ですから、
伝統的な儀式を踏襲したからと言って
政治決定に関与しない皇族方の行事が
宗教色を帯びても何も問題無いと考えています。
かくあるべきと言う考えは議論の必要性が高いとは思うが、
あまりに極論過ぎるのは如何かと思うし、
それに憲法議論で言えば4条1項で
「天皇は国政に関する権能を有しない」とあり
その行為は国事に限定されていますから、
そもそも皇族が政治と分離されていると考える方が
妥当なのでは無いでしょうか。
○皇族の方々が
「自身の思想信条を理由とした政治的発言」
すれば何らかの議論は必要かもしれないけど、
伝統儀式をやる分には、
それこそ「100%特定宗教の施設」である寺社仏閣を
国宝だ重要文化財だと保護し、修復など公金補助するのと、
ベクトルは同じだと思うが。
○言論の自由があるので、
言いたい方は言いたいことを言えば良いと思う。
ただ、日本の天皇制度について、ちゃんと勉強して欲しい。
天皇は、国と国民の幸福を願い、
八百万の神にお祈りをするのをお役目と考えていただいていて、
ずっと行っていただいていた。
その姿を見て、あり方を見て、
日本人の価値観が形成されていたのも事実。
確かに古事記には、宗教性を感じさせる部分もあるが、
歴史背景を知っていれば、
決して宗教だけを目指していなかったと思う。
日本の天皇制は、文化だと思います。
○日本国の憲法で定められている天皇の行事に関して
「違憲」って言う意見がある事が異常って思う
ましてや日本国の慶事に関する行事で
それは最近始めた事でもなく、国のあり様からあったものだ
また違憲とか合憲とか、この事に関して言うが
今の日本で憲法が守られていない事が多いのでは?
容認できない無駄な出費はともかく
慣習や慣例での国の象徴に関しての慶事に関して
違憲って異常です。
○論争する必要があるでしょうかね??
日本の古来からの伝統行事として
小難しいことを論じないで見ていけばよいと思いますが。
○あくまでも象徴であるのと同時に、
それなりの敬意を持ってとり行われる
国としての儀式であるのだから、
多少の床の高さの近いや言葉尻を捉えること無く、
崇高に行われるべきであろう。
ただそれを国民全員に義務化することがあれば問題なのであり、
自由に参加したり、見なかったり、
意見を言うことが出来るなら何ら問題はない。
反対勢力はどうしたいのだろうか?
○頻繁に行われる儀式なら時代に即した様式にするべく
議論がなされるのでしょうけど、そうではありませんからね。
変更には理由付けが必要ですが、
従来のしきたりとの整合性を保ちつつ
新たな理屈を捻り出すのもなかなか骨の折れる仕事です。
しかもそれとてどれほどの理解や支持が得られるか
未知数ときては、
基本は先例踏襲という方向に傾くのは
仕方のないことかと思います。
違憲だ何だのいちゃもんも瞬間的なもので
国家の礎を揺るがすようなものではないので、
吠えたければ吠えさせとけばよろしい。
政府の考えはおおよそこんなところでしょう。
○日本の天皇陛下は
現存する世界最古の王家を継いでいらっしゃるのだから、
即位の礼はただの儀式、
現憲法に合致しない部分があっても
目くじらを立てないで欲しいです。
象徴天皇として現代にあった在り方になっているのですから。
○「天皇」は神道における最高神官という位置付けはあるものの、
他国における「王室」と同じ役割もある。
むしろ現代の「天皇」は、後者の意味合いの方が強い。
すでに日本の「天皇」は、
宗教という枠ではなく文化や伝統の一部だと思うし、
海外でもエンペラーと呼ばれているのだから
「日本の皇室=他国の王室」って認識だと思う。
だから、違憲、違憲って騒がなくてもいいと思うし、
おめでたい即位の式なんだから、万歳でいいと思う。
社民や共産はケチつけたいんだろうけどね。
○神道は宗教と言われればその通りと思うが
多くの日本人には宗教的な意識は無く、
良い概念・倫理として行動している。
多くの日本人はこの問題は問題と意識してないし
慶事としてやりすごしてほしい。
裁判で争う事なのかを疑問に感じます。
○政治権力からの天皇の恣意的利用は、現憲法下では厳禁、
国民主権は投票率が低くとも国民のほとんどが認識している。
そこで儀式の詳細がどうであれ、何も関係はない。
それならば古来から受け継いだ文化としての形を尊重して、
美しく洗練された形で行うのが一番良い、
それは賓客の皆様方が日本文化を尊重する気持ちにも繋がる。
たかが儀式の一つで国民主権が揺らぐとか騒ぐのは、
共産党と左に傾いたままのマスコミ知識人だけで充分です。
 

以上のように、
国民一般は、
健全な感性を持っている。
結局、意見にあった、

メディアや政治家がどうこうという前に、
国民がどういう気持ちでこの儀式を見ていたかということだ。
なぜ議論が深まらないのかと言えば
大多数の国民は、
それを問題視していないからであって、
多くの国民は現状を良しとしている。
無理矢理問題だってする必要はない。

に尽きるだろう。
これを問題視する輩は、
日本の伝統的文化を否定し、
日本の弱体化を目論んでいるようにしか思えない。


また出て来た「輩」  政治関係

「聞き捨てならないことを言う輩」が、
また出てきたので、書く。

日経ビジネスのインタビューで、
ファーストリテイリングの柳井正会長は、
日本が韓国を敵対視しているのは異常で、
日本が韓国に反感を持つようになったのは
日本人が劣化した証拠だ

という趣旨を主張。

柳井氏は
「韓国にみんな(=日本)がけんか腰なのも異常。
日本人は本来、冷静だったのが
全部ヒステリー現象に変わっている」

と話した。また
「ああいう国民性だから、
韓国の人が反日なのは分かる」
とも。

何か勘違いしているとしか思えない。

日本人が劣化しているのは、
一つの見方として、そうかもしれないと思うが、
それと韓国への反感とはどう繋がるのか。

日本人が韓国にけんか腰だというが、
元徴用工問題をはじめ、
国と国の約束を守らないから、
日本人は怒っているのであって、
正当な怒り。
日本人の劣化とは無関係。
では、劣化していなければ、
今の韓国のすることを認めたとでもいうのか。

全部ヒステリー現象だというが、
それは韓国がそうなのであって、
日本では不買運動など起こっていない。
その一点を取っても、
感情的になっているのは、
韓国側だと分かる。

「ああいう国民性だから、
韓国の人が反日なのは分かる」
とはどういう意味か。
韓国人が反日なのは、
子供の時からの教育の結果であって、
しかも、それが捏造を根拠としている。
反日を国是として、
いつまでも過去にこだわり続ける
悲しい国民性なのだ。

前にも書いたが、
韓国が過去の問題をほじくり返すエネルギーを
国を良くすることに向けたら、
どんなに発展するかと思っている。

柳井さんは、
今の日韓の問題が
何十年もの間、
日本に対して不当、無礼なことを仕掛け続け、
それが文政権になってからの諸問題で、
堪忍袋の緒が切れたからだとは気付いていない。
あくまでも、仕掛けたのは韓国側で、
日本は何もしていないのだ。
今の日本人は、
韓国という国と関わりたくない、と思っている。

少し考えれば分かることなのに。
あえて分かろうとしないのか。
それとも、頭が悪いのか。

ユニクロが韓国で不買運動にあったのを
緩和しようとしての発言かもしれないが、
そうだとすれば、
あまりにも商売人の発想だろう。

むしろ、不買運動に対して、
「ならば、ユニクロは韓国から撤退します」
というなら納得出来る。

ビール会社もそうだが、
あんな不当な不買運動にあって、
「ならば、もうわが社のビールは韓国では売りません」
という会社が一社くらいあってもいいのではないか。
買わないというものを、
買って下さいと言うのは卑屈だ。
世界一美味しい日本のビールを
韓国人は飲めなくなっても、
自業自得というものだ。

なお、柳井さんの発言については、
ネットの書き込みには、
次のような書き込みが沢山あることを付記しておく。

「柳井さんなりの意見とはいえ、この発言はひどい。
こんな考えを持った人が会長職をやってると思うと
もう購入は出来ないな」
「週末はユニクロの衣類をすべて処分しに行くことに決めた」
「あーあ 日本人にも反感買いそうな発言ですね。
日本人は韓国のように派手な不買運動なんてしないけど、
嫌いだと思えば静かに確実に長期間買わなくなるから
発言には注意した方がいいと思うね」
「不買運動対策に必死にしか見えない。
一番劣化したのはこの人じゃないかな。
そろそろ引退かね」
「ユニクロの社員じゃなくて良かったよ。
柳井さんは、自分の会社の社員のことを考え発言すべき。
この記事を読んで好感を持つ日本人は
少ないと思う」
「何この人?敵のまわし者か??
こういう考えを持った経営者がいるとは・・・
これも、どこかの国と同じく、
自分の不甲斐なさを人のせいにするのかね??」



もう一人の「輩」は、
進藤榮一筑波大学名誉教授

進藤教授は、韓国のハンギョレとの電子メールでのインタビューで、
日本社会全般に広がっている
「潜在的嫉妬」感情が韓日関係を悪化させると説明。
「日本のバブル崩壊後、
急速な経済発展に成功した中国と韓国に対する
『潜在的嫉妬』が日本社会にある」

と指摘。
「韓国、中国の経済発展と日本の長期低迷期間が重なる。
『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が終わりを迎えたことで、
政府、財界、メディア、一般国民の間で
中国、韓国に反発する感情が高まり始めた」

という。

日本社会の世代変化も影響したと分析し、
日本の植民地支配など「戦争を知らない世代」が
日本社会の主流となり、
「日本が犯した歴史の過ちを忘れて
狭い意味での『愛国主義』に閉じ込もっている。
従軍慰安婦(性奴隷)、強制徴用問題などを
解決しない日本を見る時、
アウシュビッツの歴史的誤りを
いまも謝罪し続けているドイツとは対照的」
と指摘する。
そして、
「本当に心配だ。
日本がアジアと世界の信頼を失うことになるだろう。
困難であっても韓日の知識人、報道関係者、
政治家、経済人が活発に交流し、
連帯できる仕組みを作らなければならない」
と強調した、という。

何を言っているんだ、この人は
「潜在的嫉妬」感情が韓日関係を悪化させる、だと。
韓国に嫉妬している人など、
いたら連れて来てほしい。

中国なら、歴史はあるし、
GDPで抜かれるしで、
「悔しい」感情はあると思うが、
「嫉妬」という感情とは別物だ。
共産党一党独裁で言論の自由もない、
香港への抑圧で分かるように、
民主的でない国など、
うらやましいとは、
日本人ならば、一人も思わないだろう。

まして、韓国など、
侮蔑する人ならいるが、
韓国に嫉妬する人など、皆無だろう。
むしろ、嫉妬しているのは、先方で、
彼らは、世界的に高い位置を占めている日本を
貶めたくて貶めたくてならないのだ。

日本人は、
「中国に生まれなくてよかった」
「韓国に生まれなくてよかった」

と心から思っている。

今回の日韓問題は、
元徴用工判決で、
国と国の約束を棄損したからであって、
文政権が日韓基本条約に立ち戻れば、
たちどころに解決するものだ。
その一点で日本は譲れないし、
譲るべきではない。

また、世代変化も関係ない。
慰安婦問題も、徴用工問題も、
50年も前に解決した問題を
韓国が蒸し返しているだけだ。
一旦、過去を清算したのに、
過去にこだわって一方的に問題にしているのだ。

「日本がアジアと世界の信頼を失うことになるだろう」
と心配してくれているが、
ご心配なく、
アジアでも、世界でも、
日本に対する信頼性は高い。
日本に反抗しているのは、
中国と韓国だけだ。
それも、政治的に利用して。

進藤教授の物言いは、
完全に韓国側を喜ばせるためのもので、
これが大学教授の発言とは思えない。
この進藤さんという人、
1939年生まれだというから、
80歳
ボケていなければいいが。
こんな人が名誉教授
(大学で一定期間教授をすると、名誉教授になる)だとは、
筑波大学も落ちたものだ。


ああ、筆が汚れる。


愚かな韓国文大統領の特別補佐官   政治関係

韓国ネタは、最近バカバカしくなって、
筆が汚れるから、
あまり書かないようにしていたが、
最近、聞き捨てならない論を展開する輩が現れたので、
久しぶりに書く。

その「輩」とは、
文正仁・統一外交安保特別補佐官(68)。
文在寅大統領の外交・安全保障における最大のブレーンとして、
強い影響力を持っている人物。

文氏は韓国の名門・延世大学政治外交学科教授を長らく務め(現在は名誉特任教授)、
金大中、盧武鉉大統領時代に政権中枢で大きな役割を果たした。
とりわけ北朝鮮に宥和的な「太陽政策」の企画・立案に関与し、
南北首脳会談にも同席している。

文氏は文在寅政権の急進的な「親北・反米」路線を主導している。
文氏は「長期的に韓米同盟は無くすのが最善」
「韓国大統領が『撤退せよ』と命じたら、
在韓米軍は出て行かなければならない」
「韓国が核武装すれば韓米同盟は不要」
「15年で北朝鮮との経済連合を達成できる」
などと発言している。
こうした発言について、
韓国野党は「金正恩の首席報道官」と批判している。

そんな文氏が「文藝春秋」(11月号に掲載)のインタビューに応じ、
現在の日韓関係について語った。
問題点は、次の発言。

○「補償」と「賠償」は別モノという論理

いわゆる徴用工問題について文氏が強調したのは、
個人の請求権は日韓請求権協定ではカバーされていないということ。

「請求権協定では補償に関する問題だけが出ました。
『補償』とは合法的なものに対する財政的補填のことを言い、
『賠償』とは不法なものに対する財政的補填のことです。
だから、65年体制の基本枠組みは維持するが、
そこでカバーしていない部分――
第一に植民地支配の不法性、
第二に強制動員された徴用工、
第三に彼らが受けた精神的被害
――に対する賠償をしてくれなければならないということです」

つまり、「補償」と「賠償」は別モノであり、
日本は「賠償」をしなければならない、という論理。

○日本は請求権協定によって韓国に支払った8億ドルよりも
 はるかに多い金額を韓国から稼いできたという論理


「率直に言いますと、
1965年から2018年まで50年以上もの間、
韓国は一度も日本に対して貿易黒字になったことがないのです。
逆に日本が韓国から稼いだ貿易黒字は6800億ドル。
単純計算して、
韓国に供与したお金の850倍の利益を日本が得たということです。
インフレ率を考慮しても、100倍以上にはなります」

ちょっと頭がおかしいのではないか。

1965年の日韓基本条約等で、
日本は韓国に8億ドルのお金を支払ったが、
それは、経済援助名目であって、
「補償」でも「賠償」でもない
そんな分類は、
文さんが自分の理屈を正当化するためにつけたものでしかない。
日韓基本条約とその関連協定には、
そんな文言は一つも出てこない。

50年もたってから、
そのお金の性質について文句をつけるなど、
「後出しジャンケン」で、卑劣だ。

戦後処理の一つとして、
隣国との関係回復を急いだ両国が、
国交正常化の代償として、
巨額な資金を日本から提供を受け、
それで、過去の問題を終結させたのが
あの条約だ。

そもそも、徴用工への補償は、
日本政府が個別補償を提案したのに、
韓国政府が「いや、それも含めて、お金をくれ」
と言ったのであって、
それは記録にも残っている。
徴用工の個人請求権が残っているとすれば、
それは韓国政府が支払うべきだということは、
盧武鉉政権の時に確認されている。
それも忘れているのか。
(あえて忘れたふりをする)

「植民地支配の不法性」にしたって、
当時の国際法にそった正規なもので、
不法性は韓国が言っているにすぎない。
「強制動員された徴用工」にしても、
当時の日本国民は全員徴用されたのであって、
むしろ半島人は、優遇されて、
戦争末期のほんの短期間にすぎない。
「彼らが受けた精神的被害」にしても、
当時の徴用工は全員ブラックな労働環境に置かれていたのであって、
半島人は内地人と同じ扱いだった。
全て、韓国独特の「歴史の歪曲」によるものである。

それらも全て含めて、
請求権を含めてチャラにしよう、
というのが日韓基本条約であって、
全てを包括しているのが国家間条約
その時点で双方が納得して締結したものだから、
後でひっくり返すことは出来ないのが
国際社会の常識だ。

ただ、最近の記事では、
法を守るのが大前提の日本に対して、
韓国は法より前に「正義」があり、
正義のためなら、法を破ってもいい
というのが韓国人だという。
これでは、いかなる国際条約も成り立たない。

韓国に支払った8億ドルよりも
日本が韓国から稼いだ貿易黒字は6800億ドルの方が
100倍も多い、
という論理についても、
本当に頭が悪いとしか思えない。
政府が供与したお金と、
その後、民間が貿易で稼いだお金は
全く比較の対象にはなるまい。
単純に韓国産の物品より
日本の物品がすぐれていたから
輸入超過になったという事実にすぎない。
貿易黒字を目指すなら、
まず商品力の底上げだろう。

まして、資源に乏しく、
加工品の輸出に頼るしかない韓国は、
日本から輸入した原材料を加工して、
米国や中国に輸出して利益を得たではないか。
日本との貿易は赤字なのかもしれないが、
日本から部品を買って、
スマホや自動車を作って他国で黒字を出していることを、
この人は忘れている。
(あるいは、あえて見ない)

こんな理屈が分からないのが不思議だ。
きっと計算が出来ないのか、
よほど見識がないのか、
分かっていて歪曲しているのだろう。
多分、歪曲の公算が大きい。

このように、
問題の論点をずらし、
すり替える事が大好きなんだな、この国民は。

先日の北朝鮮の不法就業の漁船が
日本水産庁の取締船と衝突、沈没した事件について、
北朝鮮が賠償を求めて来たが、
その問題と似ている。
日本の排他的経済水域で違法操業したのは北朝鮮側。
問題をすぐにすり替えるのは北朝鮮の手口。
そうか、韓国も北朝鮮も同じ民族だったな。

国家予算を越える8億ドルもの資金提供で、
韓国は経済発展した。
韓国には「感謝」という言葉は存在しないのか。

この文さんの発言が
韓国の床屋で放言していたのなら、
誰も問題にしない。
しかし、文さんは、韓国政権の中枢にいる人物だ。
こんな歪んだ思考の人間が
韓国政府を動かしている、
と思うと暗澹とした気持ちにさせられる。

日本製品不買運動に狂奔する韓国人は、
「日本はなぜ我々が怒っているのか理解していない」というが、
日本人がなぜ怒っているのか理解していないのは、
韓国人の方だ。

竹島問題、慰安婦問題、東海問題、
旭日旗問題、レーダー照射、日本語起源の言葉狩り、
等、数々の日本に対する理不尽な行為、
そして、決定打といえる徴用工判決に、
さすがの寛容な日本人も堪忍袋の緒を切ったのだ。
それは、「敵対」などというものではなく、
「韓国との関係を断ちたい」という思いになっている。

関係修復を求めて、いろいろな話し合いが持たれるというが、
そもそも関係修復をする必要がない、
無関係でいたい。
というのが、大多数の日本人の思いなのだ。


南北統一  政治関係

韓国の文在寅大統領の政治的最終目的は、
南北統一である。
GSOMIAの破棄や
在韓米軍の撤退など、
日米韓のトライアングルの破壊は、
着々と進む南北統一の一里塚である。

しかし、一体どんな形の統一なのかは、
なかなか見えてこない。

同じ民族でありながら、
分裂している現状は、
確かに民族の悲劇であり、
可能なら、統一した方がいいに決まっている。

韓国で広く歌われる歌に
「私たちの願いは統一」という歌があるが、
その心情的な部分は理解できても、
これほど違う国家が一つになるという道筋は
それほど甘くない。

「連邦制」など様々な提案があるが、
統一する以上、
政治、経済、文化の自由交流、
更に人的交流が保証されなければ、
統一の意味がないだろう。

仮に、連邦制のような形で一つの国家になったとしよう。
だが、現実には、統一国家とは言えない事態が起こる。

まず、政治形態は、南北それぞれの体制を維持したとしても、
連邦政府はどのように機能するのか。
元首は南北の誰がなるのか、
それ一つで大もめにもめるだろう。

次に人的交流
北と南が自由に行き来出来るようになったとする。
ということは、北の貧民が南に流れ込んで来るということだ。
貧民は安い労働力となる。
すると、南の人々の雇用が奪われる。
欧州の移民問題のような問題が生ずるだろう。

また、北にとっても人民の自由往来は望ましいことではない。
というのは、これまで、
半島南部(韓国のこと)では、
アメリカの傀儡政権によって、
人民が抑圧され、
貧困にあえいでいる、
だから、南を解放しなければならない、
と教え込まれているのだ。
北の人々が南に自由に行くことが出来れば、
今まで北の政権によって教え込まれてきたことが
大嘘だったことがばれてしまう。

その結果、統一がなっても、
南北の往来は制限される
つまり、38度線はそのままで、
一つの国家の中に国境が存在することになってしまう。
これが「統一」と言えるだろうか。


通貨のウォンにしても、
南北の格差は120倍ある。
つまり、通貨の統一は出来ないということだ。

モノの流通も、
南の製品を購買する力が北の人々にはない。
国境は閉じたままで、
北は安い労働力の提供場所となるだけだ。

文大統領は北と南が統一すれば、
日本を越える力を持てると言ったが、
それが現実になるのは、
何十年も先のことである。

というわけで、
南北統一には困難が伴い、
現実的には難しい。

唯一出来ることは、
南北の政権のどちらかが倒れることで、
その時は、吸収合併されることになる。

ベトナムは戦争の結果、
南の政権が倒れ、
北の軍隊がサイゴン(現ホーチミン)を占拠して、
統一がなった。

ドイツは西側の情報がテレビなどの電波によって東に流れ、
自由を求める人民の力によって
東ドイツが崩壊した。

つまり、自然の流れがそうさせるのであって、
政治的合意で統一をなすことは不可能という前例である。

あとは、北が軍隊の力で南を制圧した場合だ。
「赤化統一」という言葉があるが、
これは、北朝鮮主導の統一で、
朝鮮半島全土が
共産圏(死語だが)に入ることを意味する。
その場合は、北の政治体制が南に押しつけられることになる。
政権の圧政による人民の管理である。

これには、自由の味をしめてしまった南の人民が黙ってはいるまい。
当然、反政府勢力が台頭し、
半島は内戦の舞台となる。

専門家は、
南北統一は「韓国の貧困化」を招くだけでなく、
「朝鮮半島が火薬庫と化す」恐れがあると警鐘を鳴らしているが、
現実にはそうなるのがリアルである。

仮に円満に統一されたとしても、
そのコストはどうか。
東西ドイツが1990年に再統一された際、
旧東ドイツの1人当たり国内総生産(GDP)は
西ドイツの3分の1から半分程度で、
人口は4分の1ほどであった。
統合には莫大なコストがかかり、
その後のドイツ経済に重く負担がのしかかった。

朝鮮統一のケースを考えると、
韓国の1人当たりGDPは約3万ドル(約330万円)で、
人口は約5000万人。
これに対し、
北朝鮮の1人当たりGDPは1800ドル(約19万8000円=推定)で、
人口は2500万人程度(同)とされる。

北朝鮮の1人あたりGDP1800ドルは、
インドの約2000ドルとさほど変わらず、
意外に高く見えるが、
その大部分がキム一族の支配下にあるので、
庶民の1人当たりGDPは実際には月額1ドル、
年間12ドル程度との報道もある。
(その場合の格差は2500倍である)

1800ドルという、
韓国の公式な推定値を用いても
韓国と北朝鮮の1人あたりGDPには
約17倍もの開きがある。

東ドイツの1人あたりGDPが
西ドイツの2分の1〜3分の1程度であった
東西ドイツ統合の苦難の歴史を考えれば、
朝鮮統一は「地獄への近道」といえる。

左派以外の一般の韓国人が、
本音では朝鮮統一など全く望んでいないといわれるのも無理はない。
南北が統一される場合、北朝鮮に合わせる形で
韓国の生活水準が下がることが予想されるためだ。

統一費用は韓国のGDPの5〜6倍の
2〜3兆ドルと見積もられており
半島全体の経済が破綻するのではと言う危惧の声が挙がっている。

先に示したとおり、
北朝鮮主導の朝鮮統一が行われたら、
日本も多大な影響を受けざるを得ない。
大量に発生すると思われる韓国からの難民である。
韓国の人口が5000万人であるから、
その1%で50万人、
5%で250万になる。
それだけの数が玄界灘を越えてやってきたら、
日本がどうなるか、考えただけでも恐ろしい。

それだけではない。
北主導で統一されたら、
韓国にある日本企業の工場や店舗は接収される。

そして、38度線の防衛ラインがぐっと下がり、
対馬が最前線になる。

一番いいのは、
経済制裁が功を奏して、
北の人民が我慢できずに蜂起して、
北の政権を打倒することだが、
その芽は粛清に次ぐ粛清でつまれてしまっている。

今回のGSOMIAの破棄で、
半島の赤化統一の方向に進んでいるように見える。


ああ韓国  政治関係

帰国早々、韓国ネタですみません。

本日、韓国政府は、
日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA:ジーソミア)の
破棄
を決めた。

GSOMIAは、
北朝鮮の核・ミサイル情報を日韓で共有する協定で、
毎年8月24日の期限で、
どちらかが破棄を通告しない限り
1年間自動延長される。

日韓外相会議などで、
韓国の外相から、
対韓輸出の優遇措置撤回の撤回をしないと、
GSOMIAの破棄をするぞ、などと脅しがかけられており、
アメリカの反対もあって、
まさか、破棄するまい、というのが大方の見方だったが、
今回、破棄の決定をしたものだ。

その理由としては、
日本の対韓優遇措置撤回が
「両国間の安保協力環境に重大な変化をもたらした」とし、
GSOMIAを続けることは
「韓国の国益にそぐわないと判断した」
と説明している。

しかし、GSOMIAの情報は
日本の方が優位に立っており、
それほど影響はないと言われ、
それより、GSOMIAの持つ
日韓の安全保障上の象徴的意味の方が重要だ。

つまり、破棄は、
「日本を安全保障上の連帯国とはみなさない」
という意味なのだ。

これにはアメリカは激怒すると思われる。

しかし、文政権の一連の流れれからは既定の事実だ。

すなわち、文政権の根底にあるのは、
半日、反米、赤化統一であり、
日本を敵国とみなし、
米軍には韓国から撤退してもらい、
北主導の半島の統一を図るというものだ。

その意味で、今回の破棄は、
日韓の安全保障上必要なし、
という見解なのだ。

今回破棄しなければ、
破棄のチャンスは1年後となり、
半日の盛り上がりのある今が絶好のチャンスと考えたのだ。
また、自動延長すれば、
弱腰と見られ、世論から見放されるとも思ったのだろう。

そう読み解けば、今回の行為は理解できる。

韓国はいよいよ、
日米との関係遮断

強引な南北統一

内戦
の道を歩き始めたようだ。

河野太郎外相は
韓国の駐日大使を外務省に呼び、抗議したというが、
抗議などしなくていい
「ああ、そうですか」で十分だ。
慌てていると思われれば、相手を喜ばせるだけだ。

トランプ米政権はGSOMIA破棄にまで発展した
両国の対立激化に懸念を強め、
国防総省の報道官は声明を発表し
「日韓に意見の相違を早く解決するよう促す」
と表明。
「日米韓が友好的に結束すれば北東アジアはより安全になる。
情報共有は共通の国防政策や戦略を立案する上で鍵となる」

と指摘し、GSOMIAの必要性を強調したが、
既に破棄はなされたのである。
アメリカは韓国文政権の目論見を
しっかり理解した方がいい。

それにしても、
韓国の日本製品不買運動にはうんざりする。
ビールやカメラだけでなく、
ユニクロや文房具にまで影響が及ぶ。
モノは輸入され、
その取り扱い業者に利益をもたらす。
輸入は自国の経済活動でもある。
それを否定してどうするのか。
日本製品が好まれるのは、
その製品の質が高いからであって、
同一水準の商品を生み出せない韓国の製造業の問題だ。
こんなことにエネルギーを使うくらいなら、
製品の向上こそ努力すべきなのだ。

ユニクロの製品は、
日本の指導で韓国内で製造されている。
それを不買運動で買わないということは、
韓国の製造業や小売店の雇用を奪うことだと何故気付かない。
売り上げ低迷により何店も閉鎖したユニクロが
韓国から撤退するようなことになれば、
「それみたことか」と韓国の人々は溜飲を下げるのだろうが、
それは、資本が韓国から逃げたことを意味するのだ。
外国からの資本投下は、感謝すべきものなのに。

製品の質の高さからジッパーにYKKの製品が使用されているが、
そのことには誰も触れない。
そういうことは隠す。
そもそも、不買運動を報道するテレビのカメラはソニーの製品だ。

日本旅行のキャンセルが相次ぎ、
地方都市は困っているが、
来たくない者を来させる必要はあるまい。
それより、安価な料金で訪日客を運んでいた
LCCが路線閉鎖などの憂き目にあっている。
大韓航空でさえ、路線を縮小している。
日本航空や全日空は元々日本人客だし、
韓国路線の占める比率は小さいので影響は少ない。
つまり、日本旅行自粛運動は、
自国の企業を困らせているのだ。

日本では韓国製品の不買運動など起こっていない。
しかし、私のように、
キムチも食べず、韓流ドラマも観ず、
韓国映画にもお金を払わない
自前の不買行為をしている者もいる。
それは「不買運動」などという「運動」より
もっと根深いものがある。

先日、都内で始まった
東京五輪関連会議「選手団団長セミナー」で、
韓国の代表者が
福島原発事故の影響を念頭に、
福島県産の食材の安全性について懸念を示す発言をしたという。
この会議の前に韓国は事前通知を送付し、
「福島産の食材を出すのか」
「産地表示をするのか」

などの内容が盛り込まれ、
競技場などでは
「選手の健康に影響がある放射線量レベルではないのか」
という質問もあったという。
福島原発事故の影響についての懸念表明は
韓国以外の他国の代表団からは出ていない。
オランダの五輪関係者は
「われわれは日本人を信じているし、
問題ないと感じている」
と話している。
それが当然の対応だろう。

この話を聞いて、
つくづく
韓国人というのは性格が悪いんだな、
と思った。
節度や礼儀や敬意を払う、
という概念など全くなく、
相手の弱点を責めたてる。

こういう性格の悪い人が近所にいたら迷惑だ。
70年以上前のことをいつまでも言いたて、
問題があると、
町中に告げ口して回る人など、
相手にしないのが一番だ。

そもそも「関係の修復」だの、
「隣国だから仲良くしよう」という理屈が分からない。
相手は反日が国是の国、
小学校の教科書から反日教育をしている国だ。
しかも、捏造した嘘の歴史に基づいて。
何度謝罪しても、
「まだ謝れ」「もっと謝れ」と強要し、
支払われた莫大な支援金に感謝せず、忘れ、
「もっとくれ」というような国なのだ。
そして、日本を「懲らしめる」ことを無上の喜びとするような国だ。

そんな国とは関係を断った方がいい。
人もモノもカネも交流しない。
それを私は「静かなる国交断絶」と呼ぶが、
どうやら事態は、
その方向に向かって進んでいるようだ。





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