守屋浩逝く  音楽関係

守屋浩さんの訃報が伝えられた。

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1960年代に活躍した歌手。
1938年生。本名・守屋邦彦。
1957年、ロカビリーバンドのバンドボーイとなったが、
58年に、退団したボーカルの代役として、
リーダーの堀威夫氏が
日劇ウエスタンカーニバルのステージに立たせたところ、
女性客から大歓声を浴び、一気に正式メンバーとなった。

59年に「泣かないで帰ろう」でソロデビューし、
同年「僕は泣いちっち」が大ヒットしたことで、
60年に同曲で紅白歌合戦に初出場。
そこから4年連続で出場を果たした。

翌60年に堀氏が設立した堀プロダクション(現ホリプロ)の
第1号タレントとなった。
芸名の「守屋浩」は堀氏の提案。
当時、井上ひろし、水原弘と合わせて、
「3人ひろし」と呼ばれるようになった。

長い脚の爽やかなルックスに独特のハスキーボイス。
「僕は泣いちっち」は、作詞作曲浜口庫之助
63年に島倉千代子さんとのデュエット曲「星空に両手を」が
70万枚を売り上げた。
その後も「大学かぞえうた」や「有難や節」などをヒットさせた。

67年に歌手の本間千代子と結婚。75年離婚。
76年に一般女性と再婚し1男1女をもうけた。

76年、芸能活動に見切りをつけ、
37歳で引退してホリプロに入社。
引退後はホリプロで宣伝部長、文化事業部長などを歴任。
スカウト担当として
オーディション「ホリプロタレントスカウトキャラバン」を発案し、
榊原郁恵や堀ちえみらを発掘した。

86年に勤続10年で正社員としては退社し、
改めて社業兼務のタレント契約に移行して歌手活動を再開し、
懐メロ番組や歌のステージなどにも積極的に出演するようになった。
この頃静岡県伊東市へ移住し、並行してカラオケ教室を開いていた。
ホリプロのスカウト部長を兼務して
新人の発掘などの業務を行い、
また次代を担う若い歌手及び社員などの教育・指導にも当たっていた。
ホリプロ創立当時より
2020年時点に至るまで在籍した
唯一のタレントでもあった。
(守屋の次に在籍年数が長いのは和田アキ子である。)

10年以上前に脳梗塞で倒れたが、
リハビリを経て復帰。
テレビの音楽番組では椅子に座って歌うなど活動を続けた。

2年ほど前から前立腺がんと闘っていた。
約1カ月前に静岡県内の施設に入り、
9月19日午後7時、家族にみとられて静かに息を引き取った。
翌20日は82歳の誕生日だった。
22日に伊東市内で家族葬が営まれ、荼毘に付された。

なぜ守屋浩のことをこんなに書くかというと、
昔、ファンだったから

私のファン歴は幼年の頃、松島トモ子↓のファンで、

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「村の駅長さん」というレコードを親に買ってもらい、
毎日聴いていた。

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大人になってから、
ある映画会社の試写室で一緒になったが、
「昔、ファンでした」
なんて言われても迷惑なだけだろうと思い、
声をかけられなかった。

松島トモ子が私のファン歴第1号。

次が千代の山↓で、

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全勝優勝した時は歓喜して、
ファンレターまで出してしまった。

東京に上京して、最初にはまったのが守屋浩で、
小学校6年から中学1年の頃。
その後、石原裕次郎の熱烈なファンになる。

当時は歌のソースはラジオで、
歌謡番組でかかるのをひたすら待った。
その頃の歌は、1回聴いたら覚えられた。

毎年年末に開催されていた「コロンビア歌の祭典」(記憶曖昧)という
コロンビアの歌手勢ぞろいのイベントに、
朝から東京体育館に並んで参加した。
当時は指定席などないから、
開場と同時に走って、前の方の席を確保、
狙いは守屋浩で、
出て来ると、「も〜り〜や〜!」と声援を送った。
(この体質は、娘に遺伝)

確かMDがあったはず、と探したら、出て来た。

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CDからダビングしたもので、
↓のような曲が収録。

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聴いてみると、
ハスキーボイスが懐かしい。
音程はしっかりしており、声質も魅力的。
内容は、さすが昭和の純情もので、
恋心の悲しみを歌う内容。
当時の風俗が蘇る。
また、当時は編曲がものすごく工夫されている。

聴いてみたい方は、↓をクリック。

僕は泣いちっち

https://youtu.be/O_8vnblfDMo


夜空の笛

https://youtu.be/2q9WVq0GKdE


長いおさげ髪

https://youtu.be/B-_75dOASxM

泣きべそ列車

https://youtu.be/BEjiwntUbOg


星空に両手を
                                        https://youtu.be/rTi8fS81TA8



シンシア・エリヴォ コンサート  音楽関係

今日は、親子3人で
夕方から有楽町の国際フォーラムに出掛け、

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このコンサートに。

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メインのシンシア・エリヴォは、

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ミュージカル『カラー・パープル』で主演を演じ、
一夜にしてスターに。
2016年のトニー賞主演女優賞、グラミー賞、エミー賞など数々の賞を受賞。

更に、
映画「Harriet」で、
アカデミー賞の主演女優賞主題歌賞にノミネート。

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一昨日朝の便で日本に着きましたから、
到着時にノミネート決定kニュースを聞いたはずです。
トニー賞・グラミー賞・エミー賞に続き
アカデミー賞と、4つ全てを受賞すれば
オードリー・ヘップバーン、ウーピー・ゴールドバーグらに並び
女優としては5人目の快挙となります。

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彼女のステージは、
2017年の「4Stars」で観ています。
代役で出演して、
観客の耳を奪いました。

その時のブログは、↓をクリック。

4Stars

ゲストが二人。

まず、マシュー・モリソンは、

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海外ドラマ「glee/グリー」で世界的な人気を獲得。
主な出演作に、「ヘアスプレー」、「ライト・イン・ザ・ピアッツァ」、
「南太平洋」、「ファインディング・ネバーランド」があります。

日本からは、三浦春馬

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ミュージカル「キンキーブーツ」の好演は、
噂に聞いています。

3人のスリー・ショット写真。

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コンサートは、
ほとんどMCのない、
純粋音楽で進行。

曲目は、

シンシア・エリヴォ

アイム・ヒア(カラー・パープル)
アルゼンチンよ、泣かないで(エビータ)
アイ・アム・チェンジング(ドリームガールズ)
パレードに雨を降らせないで(ファニー・ガール)
ホーム(ザ・ウィズ)
ナチュラル・ウーマン(アレサ・フランクリン)
オールウェイズ・ラヴ・ユー(ボディガード)
サムウェア(ウエスト・サイド・ストーリー)
ファビュラス・ベイビー!(天使にラブ・ソングを〜シスター・アクト〜)
カラー・パープル(カラー・パープル)
ア・ピース・オブ・スカイ(愛のイエントル)
愛を感じて(ライオン・キング)
エブリデイ・プリンセス(プリンセスと魔法のキス)
人生の苦しみ(アイーダ)
スタンド・アップ(ハリエット)

マシュー・モリソン

ユー・キャント・ストップ・ザ・ビート(ヘアスプレー)
ドント・ストップ・ビリーヴィン(glee/グリー)
ジッパ・ディー・ドゥー・ダー/ザ・ベアー・ネセシティ
(スプラッシュ・マウンテン/ジャングル・ブック)

三浦春馬

ウェイビング・スルー・ア・ウィンドウ(ディア・エヴァン・ハンセン)
息子じゃないの(キンキーブーツ)
独白(ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド 〜汚れなき瞳〜)

シンシア・エリヴォ、三浦春馬

リライト・ザ・スターズ(グレイテスト・ショーマン)

マシュー・モリソン、三浦春馬

リリーズ・アイ(シークレット・ガーデン)

シンシア・エリヴォ、マシュー・モリソン、三浦春馬

シーズン・オブ・ラブ(レント)

シンシア・エルヴォの歌は圧倒的で、
お金を払って聴く価値のあるものでした。


ところで、
席について驚いたのは、
客席中央に音響の機械が設置され、
技術者がその後についていること。

座席表で見ると、↓のような配置。

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拡大したもの。

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さすがに、機材や技術者のすぐ後は観にくいと想ったのか、
空席になっています。

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私たち家族の席は29列の40から41。
その席からは、舞台と機材が同じ視野に入ります。
というか、機材越し、あるいは、機材の隙間から舞台を観る感じ。
機材のディスプレイは明々と発光しています。
スマホのライトさえ消せというのに、
この光は完全に邪魔になります。
また、技術者の作業が見えるだけでなく、
この技術者、席を高くしているので、
その頭が邪魔になり、
更に、技術者同士の話や動作で、
後の客は集中力が妨げられます。

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音響技術者は裏方のはず。
その裏方が観客と舞台の間に割り込むとは。

普通は客席の一番後の席に音響機器は設置するものですが、
国際フォーラムAの特性から、
一番後では、良い音の調整が出来ない
ということなのかもしれません。
しかし、そういう困難を越えて調整するのが
技術者というものでしょう。
どうしても客席中央に設置しなければならないなら、
低い衝立を置いて光や作業が見えなくするとかの工夫は
出来なかったのでしょうか。

また、その席は販売する時に、
「視野に制限あり」と注釈すべきものです。

機材の設置場所、空席の場所は、
客席の中では最良好な席。
その席を観客に提供せず、
スタッフで占有するなど、
勘違いもはなはだしいものがあります。

「観客ファースト」ではない
そう感じました。

コンサートの後は、
すぐ側にある「ねぎし」で、
牛タンの食事をしました。

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オカリナの集い  音楽関係

今日は、昼前から、
舞浜アンフィシアターへ。

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東京ディズニーリゾート内にある多目的ホールで、
2008年(平成20年)10月1日、
シルク・ドゥ・ソレイユ専用劇場としてオープン。
「ZED」という作品でしたが、
2011年12月31日をもって
3年と3カ月でクローズ。
常設劇場の難しさです。

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その後、リニューアルし、
2012年9月1日に貸しホールとして、再オープン
その際、劇場名も
「舞浜アンフィシアター」と変更。
アンフィシアターとは、
ひな壇式(階段式)客席のある大講堂・大教室の意。

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総客席数は2170席

本日のイベントは、
オカリナの集い 全国大会
夢と魔法の調べ


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主催は、ライリッシュ・オカリナ連盟
↓は、その紹介パンフレット。

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1995年創立の全国団体。
各地で地方大会を開催、
これが全国大会。
コンテストではありません。

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飾られた花輪。

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並べられた展示物の数々。

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オカリナは、
イタリア語の「oca(ガチョウ)」に由来する造語。
「-ina」は "小さい" を意味する接尾語であるから、
「小さなガチョウ」といった意味合い。

音域が1.5オクターヴ程度と狭いため、
楽曲によっては移調したり、
音域の異なるオカリナを使い分けるなどの工夫も必要になります。

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オカリナに似た楽器の起源はマヤ文明にまでさかのぼることができ、
亀の形をしたものが発掘されています。
中国や中央アメリカなど、多くの文明にも同様のものが見られ、
16世紀にアステカの楽器がヨーロッパに伝わり、
1860年頃にイタリアのジュセッペ・ドナティの手で改良されて、
ほぼ現在の形となりました。

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今日の大会は、
全国各地の21の団体が参加。
(明日は6団体と合同演奏)

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座席は↓のように団体ごとに配置され、

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出番が近くなると、
ゾロゾロと退場して、
出演の準備をします。

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↓のように団体名と曲目が紹介されます。

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舞台上手から出て来て、
演奏が終わると、
下手に退場。

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それが次々と繰り返されます。

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集合場所に集まり、

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楽屋まで列を作ります。
ほとんどが女性。

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出演後は、記念撮影。

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11時から3時過ぎまで。
昼食はどうするのかと思ったら、
↓のような場所が。

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最後は、全員合奏で「星に願いを」を演奏。
きっとすごいボリュームだったでしょうが、
最後までは聴かずに、
途中退場してしまいました。

それにしても、
オカリナがこれほど全国的に普及していたとは。
ちょっとした驚きでした。


ジュンスのコンサート  音楽関係

今日は、夕方からカミさんと海浜幕張へ。

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目的地は、ここ。

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そういえば、お勤めしている頃は、
展示会でたびたび訪れましたっけ。

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今日のイベントは、

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「2019 WAY BACK XIA TOUR CONCERT in JAPAN」

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兵役に行っていたキム・ジュンスが除隊後、
初のコンサート。
既に韓国で行われたコンサートの日本ヴァージョン。
昨日観てきた娘によると、
「ソウルのものとは構成が全く違い、
日本だけのもの」
とのこと。

国際展示場でのコンサートですが、
宇多田ヒカルなどもやっており、
結構コンサートで使われているそうです。

ここはホール6。
通路と

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花束、グッズ売り場などとして使用。

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こんな掲示があって、

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ここからは撮影禁止。

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7時きっかりに始まり、
9時52分まで。

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ジュスのヒット曲、
マイケル・ジャクソンの曲などに混じり、

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東方神起時代の歌も歌うサービスぶり。

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途中のトークも面白く、
もちろんダンスは素晴らしい。

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あっという間に終わりましたが、

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椅子はあるものの、
大半は立って聴くことに。

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途中にはさまるビデオの時は座りますが、
歌になると全員立つので、
われわれ老夫婦も立つことに。

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疲れましたが、
疲れを忘れる3時間でした。

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今回のジャパンツアーは
幕張、神戸、名古屋の3会場7公演で実施。

4月2日・3日、幕張メッセ国際展示場
4月12日・13日・14日、神戸・ワールド記念ホール
4月18日・19日、愛知・ドルフィンズアリーナ
で。

イベント終了後の会場。

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会場を去る人波。

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幕張から新浦安までは京葉線で13分。
誰よりも早い帰宅でした。
遠くから来ている人は大変でしょう。


コンサート『しあわせの王子』  音楽関係

スマホに、警告音と共に、
↓のような情報が入りました。

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初めてのことです。

今日は、午後から明治神宮前に出掛けました。

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雨の原宿。

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このビルを訪ね、

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地下のホールでコンサート。

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↓これです。

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昔、私はクラシックの声楽家たちと交わった時期があり、
その時関わった人から案内を受けました。

チケットは完売です。

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座席80位の小さな会場。

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プログラムは、
第一部が、音楽物語「しあわせの王子」
第二部が、ヴァイオリンやフルート、ピアノなどの演奏

実は、この「しあわせの王子」には、
次のような形で関わっていたのです。

まず、1986年12月14日、
教会で上演した「ミュージカル版」を創作。

これを原型にして、
ミュージカル版の作曲家が、
新しいヴァージョンを創作。
これは「オペラ版」と言うべきもので、
1988年12月24日、
教会のクリスマス・イヴで上演。

その後、随時加筆して上演を継続し、
今回、最新ヴァージョンを上演した次第。

「原型」といいましたが、
「ミュージカル版」のセリフや設定が
随所に残っています。

昨日、押し入れの袋戸棚の整理中に出てきた
カセットテープを聴きました。
30年ぶりです。

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泣かされました。
ああ、30年前、こんな世界に住んでいたんだ、
という感慨に。
そして、「ミュージカル版」の内容は、
私の「キリスト像」と言えるような内容。

その世界から、
随分遠いところに来てしまいましたが、
しばし、30年前の世界にひたりました。





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