小説『タクジョ!』  書籍関係

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小野寺史宜による「お仕事小説」。

今まで郵便配達人、引っ越し屋、惣菜店などの
仕事を描いてきたが、
今度はタクシー運転手。
しかも女性。
その上、新卒。
「タクジョ」とは、タクシー女性乗務員のこと。

高間夏子(たかま・なつこ)は、
大学2年の時、
ストーカーに襲われた女性のニュースをテレビで見た。
その女性は、男性のタクシー運転手に
自分の家を知られるのがいやだったので、
手前の大通りで降りた。
そこからアパートに行くまでの間にストーカーに襲われた。
タクシーがアパートの前に止まってくれれば、
起こらなかった被害だった。
そこで夏子は考える。
運転手が女性だったら、
その人は安心してアパートの前で降りたのではないか。
女性のドライバーが増えればいいのだ。
→ 私がドライバーになればいいのだ。

ということで、就職活動はタクシー会社一本にした。
そして、徒歩で行ける営業所に配属された。
夏子は母と二人暮らし。
11年前、夏子が小学校6年の時、父母は離婚した。
それ以来、母と二人でアパートに住んでいる。
父母は嫌い合ったわけではないが、
高校教師で硬い父親と
洋服の販売員で柔らかい母親の
性格の不一致だった。

最近は女性ドライバーも採用し、
新卒も増えているという。
タクシー乗務には2種免許が必要なので、
会社が費用を負担してくれた。
マナー研修やホスピタリティ研修や危険予知トレーニング、
地理試験などを経て、デビュー。
まだ女性ドライバーの数が少ないので、
乗った客に「おっ」という顔をされる。
私の経験でも、
中年の女性ドライバーと知った途端に
「大丈夫か」と思った。(偏見一杯だね)
実際は大丈夫でなく
「私、まだ日が浅いので、
道を教えて下さい」と言われた。

珍しいのか、いろいろ訊かれる。
「運転手さん、結婚してるの?」
「カレシいるの?」
などと訊かれるのは、日常茶飯事だ。

勤務は午前8時から翌午前4時まで。
基本1日おきの勤務。
1カ月に11、2乗務。
最大でも13乗務と決められている。
明け休みの後に休みが続くこともあり、
三連休や四連休もある。
1カ月前にシフトが分かるので予定は立てやすい。
旅行の予約だって入れられる。

中には午前8時から午後5時までという日勤の人もいるが、
稼ぎ時の夜勤がない分、給料が少ない。

という基本をわきまえた上での夏子の日常が描かれる。

夏子の基本は、運転が好きなこと。
やはり好きでないと続かない。
そして、一人で決められること。

一人でやれる仕事はいい。
本当にそう思う。
もちろん、そこは会社員。
すべてを一人でやれるわけではない。
縛りもある。
でも現場では一人。
あそこに行ってみよう、またここに戻ってみよう。
そういうことはすべて自分で決められる。
楽しい。
たまにはいやな思いすることもあるが、
それはどの仕事でも同じだろう。


また、こんな叙述もある。

タクシーを運転してるとわかる。
タクシーに乗る人は多いのだと。
実際、思った以上の多くの人たちが、
ワンメーターの距離でもタクシーを利用する。


乗せた出張のサラリーマンに名刺を渡されたりする。
(夏子は連絡しなかったが、
同僚の女性ドライバーがその経緯で結婚にまで進んだ。)
大学時代の元カレが
終電が終ったから家まで送ってくれ、
なんて言ってくる。(もちろんお金は払う)
お金が足りないから持って来る、と言われて、
そのまま消える「籠抜け」にあったこともある。
寂しい場所で止められて、
「金を出せ」と言われたこともある。
役者による冗談だと分かったが、
本当だったかもしれない。
大きな電器店の社長を乗せて、
店員の不備をつい口にしてしまったこともある。

物語の骨になるのは、
父からの紹介で、公務員と見合いをしたこと。
双方、うまがあり、男性は結婚の意志を見せるが、
タクシードライバーをやめてほしいと言われる。
危険の心配があるから、というのだ。

わたしは、仕事をやめることを希望されたのだ。
自分を好きになってくれた人に。
自分も好きになった人に。


揺れ動く夏子。
その結論は・・・

最後に父を乗せて(これも有料)、久しぶりに会話をする。
その会話がなかなかいい。
というか、全体に、
お客との会話、同僚との会話、
見合い相手との会話、母親との会話が
みんないい。
こんな会話ができたらな、と思う感じだ。

夏子と客を巡る、エピソードを6話の連作で綴る。
相当な取材をしたに違いない。
「○○員○○日記」の仕事噺もいいが、
こうして、作家の目を通じて再構築されたのもいいい。

いかにも小野寺史宜らしい、
庶民の生活を描いた、さわやかな話。
読後感はすこぶる良好


小説『バビロンの秘文字』T胎動篇 U追跡篇 V激突篇  書籍関係

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中央公論新社の創業130周年を記念して、
2016年1月から3月まで
3カ月連続で刊行された
書き下ろし作品。
すごい企画を立てるものだ。
3冊合わせて1000ページを越える大部。

紛争地での撮影経験もあるカメラマン・鷹見正輝
恋人の松村里香に会うために、
言語学者の里香が働くスウェーデンにやってくる。
そこで、里香の勤め先である国際言語研究所(ILL)が
何者かによって爆破、襲撃される時に居合わせてしまう。
その現場から里香は未解読の粘土板<バビロン文書>を持って逃走、
鷹見は里香の後を追うが、
その途中、謎の軍用ヘリの襲撃を受け、
目前で里香の車は粘土板と共に海中に落ちてしまう。
鷹見は粘土板の謎を追うが、
その前に謎の集団が立ちはだかる・・・

粘土板はイラクの遺跡で発掘されたもので、
その解読は、ラガーンの再建国につながるらしい。
ラガーンは元々イラクに住んでいた民族で、
蛮族の襲撃と洪水に遇い、
世界に離散していた。
シュメルの末裔と称する。
金儲けの才能があり、
世界の金融部門に深く浸透している。
その4千5百年ぶりの祖国建国を巡り、
<バビロン文書>の争奪戦が始まる・・・

バビロンとは、
メソポタミア地方の古代都市。
バグダードの南方約90qの地点。
その遺跡は、2019年にユネスコの世界遺産リストに登録された。
この小説に出て来るバビロンは、
今のバビロンではない、
「原バビロン」の神殿で、
その場所でラガーンの建国がなされるのだが、
それには<バビロン文書>が必要だというのだ。

粘土板には、
古代メソポタミアで使われていたシュメル語が
楔形文字で書かれている。
楔形(くさびがた)文字とは、
粘土板の上に葦の先を尖らせた尖筆で書かれた表音文字。
文字としては人類史上最も古いものの一つであり、
古代エジプトの象形文字に匹敵すると言われている。
楔形文字の粘土板は長期記録用に窯で焼き保存された。

というわけで、
<バビロン文書>とその解読を巡って、
鷹見は、ストックホルム、マルメ、コペンハーゲン、
ベルリン、東京、バビロン
へと移動する。
その間に、CIA米軍やラガーンの動きを巡って、
ワシントンニューヨーク、バージニア、ボルティモアモスクワ
の動きが描かれる。
鷹見の部分は一人称で、
それ以外の部分は三人称で描写される。

<バビロン文書>の解読を巡っては、
考古学者のアドリアン・ハンセン、
数学の天才少女、田野倉朱里などが関わる。

物語は、流浪の民ラガーンの建国という
スケールの大きな方向に進む。
聖典「ホリウィル」の予言により、
日にちまで指定しての建国計画が
ニューヨークで発表される。

流浪の民の祖国復興というと、
やはり、ユダヤ民族とイスラエルのことが頭に浮かぶ。
ローマ帝国によるエルサレム崩壊によって、
ユダヤ民族は祖国を失い、
世界に離散したが、
1948年、聖書の舞台のパレスチナに祖国を建設する。
その要因としては、それ以前のシオニズム運動と
第2次世界大戦という歴史的事件が介在しており、
ラガーンのように、
伝承に基づくだけの建国はやや無理筋。
新バビロンを首都とするラガーンの建国はイラク国内でなされるため、
イラク政府が許可するはずはなく、
紛争を恐れてアメリカ政府は無関与を決め込むが、
その裏では、建国場所になる原バビロンの遺跡を破壊する計画も立てる。
帰る場所を失い、もはやバビロン再建を言い出せなくなるというわけだ。
また、ラガーン内部でも穏健派と過激派の対立がある。

という国際的スケールと歴史的スケールを内在しての長大な小説。
難しい題材のわりにはすらすら読める。
そこは、堂場瞬一筆力のなせるわざだろう。
しかし、肝心のラガーンの建国話はやや尻つぼみ。
もっと壮大な展開になるかと思ったのだが、
中途断念では・・・。
では、この話そのものが何だったのか、
という突っ込みもしたくなる。

秘文字の解読のために登場した
日本人の天才大学生も、
U巻の終わりで「世界一頭が切れてクソ生意気な天才」
と予告されているわりには、
実際はそれほどでもなく、
ちょっと期待外れ。
カーチェイスも、繰り返されると、ややしらける。

ただ、スケール感は満点で、
こういう題材の小説を日本人が書くことが出来るというのは、
やはり嬉しい限りだ。


『マンション管理員オロオロ日記』  書籍関係

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三五館シンシャの「○○員○○日記」シリーズの第4弾
今回はマンションの管理人。
(普通の感覚では「管理人」だが、
シリーズの統合性から「管理員」と言っている?
これが正式名称?)

似た題名の本に
東海林さだおの「ガン入院オロオロ日記」
藤子不二雄(A)の「妻たおれ夫オロオロ日記」
がある。

表紙の折り返しに、
「マンション管理員といえば、
エントランス横にある小さな事務所に
ちょこんと坐っている年配男性というイメージ
をお持ちの人が多いのではないだろうか。
たしかに管理員は高齢者と相場が決まっている。
若くてもせいぜい60歳くらいだろう。
ところで、なぜ老人ばかりなのだろう。
ずばり言おう。
賃金が安いからである」

と書かれている。

著者の南野苑生(みなみの・そのお)氏は、72歳、現職の管理員。
広告代理店に勤務後、
広告プランニング会社を設立、
13年で潰し、
59歳の時、妻と共に
住み込み管理員に。
はじめの2つのマンションの勤務は短かったが、
3つ目の「泉州レジデンス」(仮名)は、
理事長、理事、管理会社との相性がよかったのか、
11年も継続している。

その管理人としての苦労話を披露するのが本書。
主に住民からの要望に応えるべく悪戦苦闘する姿が描かれている。

たとえば、勤務時間
9時から5時までなのだが、
それ以外の時間にも住民の要求はやって来る。
住民にとっては、9時から5時まで、
というのは考慮の外。
住み込みなのだから、
24時間対応だろう、と思ってしまうのだ。
(勤め人や夫婦共働きの人にとっては、
 9時から5時まで以外は時間外、
 と言われても困ることだろう)
早朝巡回、夜間巡回などもあり、住民への対応を含め、
それは全てサービス残業。

その上、住民の要求は
ちゃんとしたものから、
ちゃんとしないものまで多岐に渡る。
完全に私用のものもある。
(たとえば、「病院に行くから、タクシーを呼んでくれ」とか。
マンションの使用細則(たいていは国交省のひな型を踏襲)には、
「組合員たるべき区分所有者は
管理員に私用を依頼しないこと」

と書いてあるのだが。
(そんな規則があるとは知らなかった)

また、管理員には、「判断」をしてはならない、と
研修で強調される。
たとえば、水漏れが起こり、
「これは保険が利きますから」
などと「判断」を口にしてはいけない。
保険が利かない場合、問題になるからだ。

中には、管理員を「使用人」とみなして、
無理難題を言ってくるやからがいる。
上から目線で、命令する。
これについては、次のように書いている。

私たち管理員は、住民と対等に話せる立場にはない。
“暗黙のヒエラルキー”ともいうべき位階があって、
まずは、クライアントである管理組合が頂点。
ナンバー2は、その構成員である住民さん。
続いて管理会社のフロントマン(管理会社のマンション担当者)。
そして最後に管理員なのだ。


管理員は、管理会社によって雇用されているのだが、
住民は「私たちが雇っている」と思っている。
それなら、まさに「使用人」だ。
しかし、雇用関係があるなら、
管理員といえども「労働者」で、対等なのだが、
そんな風に思ってくれる住民は少ない。

管理員をコンシェルジェかなにかのように
使いまわす住民さんは、けっこう多い。


それでも、良い理事長や良いフロントマンに当たると、
それは幸運といえるものだ。

最初に勤めたマンションの理事長もフロントマンもひどかった。
理事長は、マンションの備品を私的に流用、
自分で購入したものもマンションの経費で落とす。
フロントマンは馴れ合いで、迎合する。
管理員が指摘しても聞きはしない。
他のマンションの雇用形態を言うと、
「だったら、その会社に移れば」
と言う始末。

そのやめたマンションは、
管理員が定着せずに、
次々と変わったという。

住民同士の争いも辛い。
管理規約では、
住民トラブルは住民同士で解決し、
管理組合は関知しないことになっているからだ。

管理組合が関知しないことは、
管理会社も、その従業員である管理員は関知しない。


住民も様々で、

住民の中には、
こんなことまで文句をつけるのかと
あきれ返ってしまうほど
わがままな人間もいる。


弱い立場の管理員に居丈高に物言いする人は後を絶たない。
筆者の奥さんがなかなかの人で、
あまりにひどい住民の要求に応じず、
怒り狂った住民が管理会社に連絡、
会社からは謝るように要請が来たが、
断固、奥さんは「私、絶対に謝らないからね」と主張。
管理会社の部長、人事課長が説得に来訪。
人事課長は奥さんの話を聞いて
「奥さんは謝らなくていいと」の言葉を残してくれた。
常務からも電話が来て、あらためて謝罪を要求されたが、
奥さんは「その求めには応じられません」と答えた。
最後は社長まで登場。
管理員室の中がきれいに整頓されているのを見て、
仕事もちゃんとしているのでしょう、理解を示し、
「おおよそのことは常務から聞いています。
ですが、こうやって奥さんのお顔を拝見していると、
謝ってほしいとはいえなくなってしまいました。
こんなときは、なにもかも忘れて旅行でもするのが一番です」

と「2泊3日の旅行ができるほどの金員」を置いていった。
社長も管理員の立場を理解していたのだろう。

「マンションの3大トラブル」というのがあり、
一に無断駐車、二にペット、三に生活騒音、だという。
ゴミの問題も大きい。
特に、収集日が市で決まっている場合は、
それを守らない住民とのトラブルは絶えない。
私の住んでいるマンションは、
各棟ごとにかなり大きいスペースのごみ出し部屋があり、
中は燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル、缶、ビン、
新聞紙、ダンボール、衣服と細かく分類されている。
カミさんは、
「曜日を気にせずゴミが出せるのは、本当に助かる」
と言っている。

マンションにも人格があり、
構成員がその人格を形成している。
「類は友を呼ぶ」というが、
良い住人のところには、よい住人が集まるし、
悪い住人のところには、同類が集まる。

私のマンションは6棟、1千戸もある大きな団地だが、
特にトラブルは聞かない。
むしろ役員間の問題の方が多いようだ。
一時期、理事になって、短期間やってみたが、
「現場主義」の理事長のもとに、
問題を分担して対応する姿は好感が持てた。

大きな管理会社に業務委託しており、
管理員は常駐、夜間も宿直がいる。
委託費はかなり高額だが、
庭木の整備や掃除もしっかりしてくれている。

初期の頃、管理費を惜しんで、
役員が管理員をしたことがあったが、
管理員室で昼間から飲み会が始まり、
仕事をしなかったので、
管理会社への委託に切り換えたと聞いている。

夜中に中庭で話をしている若者たちがいて、
管理員に注意してくれるよう依頼したことがあるが、
あれは時間外だったのだろうか、
いや、宿直制度があるのだから、
24時間対応、
従って業務のうちだろう、などと心配している。

ところで、冒頭に紹介した、
管理員は高齢者ばかり、
その原因は給料が安いから、
ということだが、
南野さんは、自分の収入を公開している。
それによると、給料は手当てを含めて月17万、
いろいろ引かれて、手取りは15万程度。
「副管理員」という立場の奥さんは平均して月6万。
手取りで夫婦併せて21万円。
ただし、家賃はかからない。
その上、光熱費も会社持ち。(ガス代だけは本人負担)
まあ、老夫婦で暮らすには十分だと思うが、
南野さんの場合は、
年金が夫婦で22万入る。
月にすると11万円。
全部合わせると、32万円。
結構な暮らしだと思うが。


小説『神域』上・下  書籍関係

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真山仁による、
アルツハイマー治療を巡る話。

癌をはじめ、様々な病気が克服された結果、
人の寿命が延び、付随して問題が起こった。
それが「ボケ」の問題。
別名認知症だ。
それにより、長寿がめでたいことでなくなり、
長生きが人生の最後を汚すことになってしまう例が多い。
アルツハイマーの治療法が確立したら、
ノーベル賞間違いなしとも言われる。

その先端を行く研究が日本で進んでいた。
アルキメデス科学研究所の「フェニックス7」がそれだ。
脳内の細胞が萎縮し、死滅していくのを阻止するため、
脳細胞を再生する人工万能幹(IUS)細胞「フェニックス7」。
しかし、動物実験の後、人体を使っての治験には、
立ちはだかる壁が高い。
今度も内閣府の審査会では治験の承認がなされなかった。

そんな中、重大な疑惑がマスコミに報道される。
フェニックス7を移植した猿の脳細胞が異常に増殖し、
脳を破裂させてしまったというのだ。
原因は高血圧にあるらしいと分かってはいるが、
その他の合併症の関与も可能性がある。
しかも、マスコミへのリークの発祥地がアメリカらしい。
日本の研究に先走らせることを阻む
アメリカの研究所の策謀だというのだ。

一方、宮城県で不審の徘徊老人の行方不明事件が起こる。
全国平均から見ても数が異常すぎる。
しかも、3カ月も前に姿を消した老人が
関係ない場所で姿を表す。
その間、保護されていたらしく、
栄養状態もいいし、衣服もしっかりしている。
その捜査に当たった楠木(すくのき)の母親も姿を消す。
何か組織的な陰謀があるのではと楠木は疑い始める。

アルキメデス科学研究所については、
所長の篠塚、盟友の秋吉などを中心に描かれ、
宮城県警については、
楠木、松永らを中心に描かれる。
秋吉は不治の病を抱えており、余命は短い。
やがて、二つの線は交差するのだが・・・

[以下、読む予定の人はスキップして下さい]

中盤で種明かしがされるが、
日本での治験承認の遅れに焦った篠塚らが、
徘徊老人を拉致した上で、
研究所隣接の施設で保護、
フェニックス7を移植していたことが読者に明かされる。
その結果、老人たちの症状が劇的に回復し、
若返っていたのだ。

しかし、高血圧の降圧剤を飲むのを怠った患者の脳が破裂する。
それ以外に破綻した老人の死体を遺棄し、
発見された遺体を解剖した結果、
アルツハイマーだったはずの老人の脳が
ぎっしり詰まった状態だったことが分かる。
しかも、遺体には何物かが脳を解剖した痕跡が残っていた。

一方、アルキメデス科学研究所と
アメリカの研究機関が合併する話が進む。
理事長の氷川が極秘裏に進めていたのだ。
氷川は遺伝的体質で認知症が発症することを恐れ、
個人的目的で研究所を作ったのだが、
日本の治験承認の遅れにしびれをきり、
治験承認の早いアメリカでの治験を進めようとしたのだ。
それを知った総理は激怒し、アメリカ政府に抗議する。

フェニックス7の行方はどうなるのか、
徘徊老人たちへの人体実験は発覚するのか、
二つの問題をはらんで事件は進む・・・。

という、先端医療技術を巡っての倫理問題、
超高齢化社会の介護問題、
新薬開発をめぐる利権問題、
国際間の熾烈な競争、
スピードと安全との相剋など、
周辺を巡る課題は大きい。

様々な関係者が葛藤するストーリーは、
登場人物が多く、
冒頭の「主な登場人物」を何度も見返す結果となった。

題材は今の時代の最先端を行くもので興味津々。
だが、人物の印象と事件の輪郭は意外と薄味だ。
そもそもフェニックス7の移植がどのようになされるのか、
説明がないので、不思議さが増す。
もし頭蓋骨に穴を開けて移植したのなら、
発見された徘徊老人たちは重要な証拠となる。
また、徘徊老人の拉致はどの人物によってなされたのか、
相当数が関与しないとなせない犯罪なのだが・・

描く題材は、神に関与するもの。
だから、題名は「神域」であると共に、
アメリカの研究施設の名前が「サンクチュアリ・シティ」でもある。

いずれにせよ、
アルツハイマーの治療が出来るようになれば、
老人の不安が解消するだけでなく、
介護で苦しむ家族も救われる。
もし治療法が開発されれば、
人類にとっての福音になることは間違いない。

自ら治験対象となることを申し出て、
老化を解消した研究所の技官、大友のセリフ。

「認知症が進み、
人間としての理性や知性を失い
記憶が混濁しながら生き続けることが、
本当に幸せなんでしょうか。
それは、何より罹患経験者である私自身が痛感致しております。
人間の尊厳のために役立つ方が、
価値のある人生と言えるのではないでしょうか」


2018年4月から2019年11月まで
「サンデー毎日」にて連載されたもの。


小説『チームV』  書籍関係

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「チーム」「ヒート」「チームU」と続く、
堂場瞬一の駅伝・マラソン小説第4作。
「チームU」の最後に参加したはずの
五輪記念マラソンの結果は全く出てこない。
どうも、なかったことにしてしまったらしい。

「チーム」の学連選抜チームの時から、
既に17年が経過。
35歳の山城悟はとうの昔に引退し、
故郷の瀬戸内海の大崎上島で、
レモン農家を営む実家の手伝いをし、
世捨て人のような生活をしている。

しかし、走るのをやめたわけではなく、
毎日20キロ走って、体型は変わっていない。

そんな山城に、個人コーチの話が舞い込む。
東京オリッピックのマラソンでメダルを狙えるランナー、
日向誠が極度のスランプに陥っているのだ。
初マラソン歴代2位の成績を残し、
(初マラソン1位の最高記録は山城)
次の北海道マラソンでも歴代2位の成績で優勝した後、
次の福岡マラソンでは16位、
続く東京マラソンでは途中棄権。
フォームは安定しており、
技術的には何の問題もないのに、自信を失っている。

所属チームの監督広瀬(箱根駅伝で浦とトップ争いを演じた男)は、
自分の指導に限界を感じ、
「特S選手の能力をさらに高めるためには、
特Sのコーチが必要なんだ。
だからお前に頼んでる」
と、山城に個人コーチを依頼する。

徹底的な個人主義者の山城が受けるはずがなく、
コーチの経験も手法もないと断り続けるが、
今は城南大の監督として、駅伝3連勝中の策士・浦が
様々な手を使って、引き受けるように仕向ける。
決定打は学連選抜チームの監督だった吉池で、
その遺言ともいえる手紙には、
ただひと言「やれ」と書いてあった。

山城は日向のコーチを引き受け、
自分の島に引き取り、指導するが、
コーチ経験のない山城も手さぐりだ。
反発する日向。
ついに島を脱出するが、
臨んだMGCでは惨敗する。
再び山城のコーチに従うが、
山城は、日向の不振に、ある過去の出来事があると感じていた。
その原因とは・・・。
そして、東京オリンピックの選手になる最後の関門、
福岡マラソンに出場した日向は、
ある事態に驚く・・・

と、主役は一貫して山城で、
それを浦が助演する。
福岡マラソン当日、
浦や門脇、朝倉といった学連選抜チームが集結するのも懐かしい。

浦が山城の義弟に言う言葉が意味深い。

「もしかしたら山城は、
とんでもない人格者なんじゃないかな」
「あいつを見ると、面倒を見てやりたくなる・・・」
「性格も悪い、人づきあいも悪い、
でも周りの人はどうしても放っておけない──
そいう人もいるんじゃないかな」


山城の中にも次第に変化が見られるようになる。
コーチをしていた山城が、
日向がある時点に到達した時の述懐。

こういうことなのか──
山城は初めての感情に戸惑っていた。
浦が監督を続けている気持ちが少しだけ理解できた。
人に教えること、強くすること。
自分には一生関係ないだろうと思っていたのだが、
一人の若い選手が日に日に強くなっていく姿を目の当たりにするのは・・・
感動したと言っていい。
自分には、コーチなど絶対にできないだろうと思っていたからかもしれないが。
俺にもまだ、可能性があるということか。
一生走ることから離れられないなら、
自分が走る以外にも、
やれることがあるのかもしれない。
教わったのは俺の方だぞ、日向。


そして、ついに山城は、
福岡国際マラソンの当日、次の言葉を吐く。

「俺たちはチームだからな」

そして、次の記述もある。

山城は初めて、人のために走る意味を見出していた。

そして、最後は、こう言うのだ。

「襷はあいつに渡した。
いずれあいつも、誰かに襷を渡す。
それが、俺たちが生きている世界なんだ」


男を描く駅伝・マラソン小説。
自分には関係のない世界だが、
感動は深い。

なお、シリーズの紹介ブログは、それぞれ、↓をクリック。

「チーム」

「ヒート」

「チームU」





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