『世界のニュースを日本人は何も知らない』  書籍関係

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著者の谷本真由美さんは、
1975年、神奈川県生まれ。
国連その他、日本、イギリス、アメリカ、
イタリアなどで就労経験があり、
現在はイギリス人と結婚して、ロンドン在住
ツイッターでは有名な人らしい。
その国際的観点から、
日本人の情報欠如について、警鐘を鳴らす。

目次は、つぎのとおり。

序 章 日本人はなぜ世界のニュースを知らないのか
第1章 世界の「政治」を日本人は何も知らない
第2章 世界の「常識」を日本人は何も知らない
第3章 世界の「社会状況」を日本人は何も知らない
第4章 世界の「最新情報」を日本人は何も知らない
第5章 世界の「教養」を日本人は何も知らない
第6章 世界の「国民性」を日本人は何も知らない
終 章 世界の重大ニュースを知る方法
おわりに すべては日本人のこれからのために


というわけで、まるで日本人全体が
世界に目を閉ざした無知蒙昧な国民だといわんばかりだが、
この人にとっての「世界」は「欧米」のことで、
逆に欧米から見れば、アジア各地のことを何も知らない
ということになるだろう。
                                        
日本人が世界に目を開かない原因として、
著者は二つをあげている。

第1は、日本のメディアが非常に閉鎖的であること
第2は、そもそも日本人は海外のニュースに興味を持っていないこと

それでもアメリカ大統領選挙のことは日本でも大々的に報じたし、
イギリスのEU離脱のことも詳細に報じられた。
ヨーロッパに押し寄せる難民のことなどは、
日本人だって、ちゃんと知っている。

世界のことを何もかも知らなければ悪いわけではないし、
第一、そんなことは不可能だ。
人間にとっては、一番大切なものは家族や職場や地域のことで、
それ以外の遥か遠くで起こっていることを知らないからと言って、
悪というわけではあるまい。
                                        
ただ、政治家や経済人など、
しかるべき立場の人は、
世界に向けてアンテナを立てていなければならないので、
その人たちの責任は重大だが、
かならずしもそれらの人々のアンテナが鋭敏でないところが、
日本の不幸といえるだろう。

というわけで、
この人の書き方は、少々上から目線で、
あまり感じのいいものではない。
しかし、さすがにイギリス在住だけあって、
EUの現状については、なかなか面白い見解があった。

たとえば、EUが「町内会」みたいだという指摘。
アメリカに対抗して、国境も事実上なくし、
人と物の流れを自由にしたのはいいものの、
その結果、イギリスやドイツのような豊かな国に
どんどん人が集まってまい、
貧しい南部や東部が過疎化した、とか。

もともと文化も経済レベルも異なる、
完全なる異国の集合であった欧州で、
連邦政府制度のようなことをするのは
ちょっと無理があった。

                                        
また、日本人が世界に目を開かない結果、
日本が世界からどう見られているかも知らない、という。

少子高齢化で下り坂を転げ落ちつつある国だと
酷評されていることも、
失われた20年間で
十分予測できた課題への対策を怠った国として、
他の先進国からたいへん厳しい視線を送られている


そうは言っても、
日本は他の先進国と比べても、
経済や文化や安全は素晴らしいし、
GDP世界第3位の国であることは変わりない。。

著者も日本は素晴らしい国だと言っている。

大半の国に比べると
こんなに恵まれた国はありません。

こんなに少ない自己負担額と健康保険料で、
迅速で質の高い医療を提供する国はほとんどないのです。
アメリカなどは医療費が莫大な金額で
自己負担額も大きいし、
しかも、きちんとした健康保険がある大企業に勤めていない限り、
日本レベルの治療を受けることはできません。

そして、日本ほど治安がよく先進国もありません。

流通革命や価格破壊が進んだ日本では、
激安だけど良質な製品があふれているし、
他の国なら価格が5〜6倍もする品物が、
100円ショップにずらりと並んでいます。

生活に困れば日本には生活保護もあります。
市役所の人は賄賂を要求するわけではないし、
条件を満たしていれば
きちんと生活保護費が出ます。

進学率も日本はトップクラスです。
日本の高校進学率の高さは、
先進国の中でも驚異的な数字で、
さらに、日本は大学進学が最も容易な国で、
学費が北米やイギリスよりはるかに安いのがその理由の一つです。
また合否についてですが、
日本では、親の資産やコネなど関係なく
大半は平等に合否が決定します。

著者は移民が日本を救う道だと強調し、
異なる人種が交わった方が創造性が上がる、
などと利点を上げる。
しかし、そういう利点ばかりをあげても仕方あるまい。
移民について、日本人が心配するのは、
母国で食い詰めた人々が移って来る結果、
移民のレベルが低く、
マイナスが増えることを心配するのだ。
日本に移住した人々にも生活保護を適用しなけれはならないし、
健康保険も適用しなければならない。
日本は天国のような国なのだ。
そして、移民を受け入れるということは、
その子孫たちにも日本が保証するということだ。

難民問題で揺れるヨーロッパは、
良い反面教師だ。
そもそも難民が生ずるのは、
母国の政治に問題があるからなので、
それを解決する方が先決だろう。

移民についての意見には同意できない。

イギリスはパブの文化だと思ったが、
その昔からのパブがどんどんつぶれているという。
その原因が「ビジネス税」。
ビジネスで利用する不動産の評価額に対してかかる税金で、
たとえばロンドンの中心地、ピカデリーサーカスのレストランは、
評価額が高く、年間1495万円も税金を払わなければならない。
(本当か)
従って、中心街から、レストランがどんどん郊外に撤退しているという。
(狂った税制だ)

イギリス人の大半は借金まみれで、
その多くは住宅ローンとクレジットカードローン。
2018年6月のイギリス一般家庭の平均借金額は819万円
しかも、初めて家庭の支出が収入を上回ったという。
(大丈夫か。イギリス人)
クレジットカードローンは、
踏み倒す人があまりに多いため、利息は高い。
さらに「ペイデイローン」というのは、
少額だが、利子が異様に高い。
年利1000〜6000%。
たとえば年利5000%で
14万円を12カ月借りたら、利息だけで700万円になるという。
(本当に、大丈夫か、イギリス人)
日本のように
「払いすぎた利息を返す」などというのはないらしい。
                                        
などなど、
世界には知らないことがまだまだ沢山ある
ということを知らしめてくれる本だった。


小説『沈黙の終わり』  書籍関係

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元読売新聞記者である堂場瞬一による記者小説。

松島慶太は、東日新聞のベテラン記者。
編集委員まで登り詰めたが、
59歳で定年間近のため、
シニア記者を目指して
柏支局長に転属した。
柏支局は記者2人のミニ支局だ。
実は最近、胃ガンが発見され、手術を受け、
完治したはずだが、体調はすぐれない。
管轄の野田署の署長の小野と面談中に、
事件の知らせが入る。
7歳の女の子が行方不明になり、
死体で発見されたのだ。

一方、古山孝弘は埼玉支局のキャップ。
近く本社に異動で、その準備をしている。
野田の事件の知らせを受けて、
4年前の小学生の女児・8歳の行方不明事件を思い出す。
野田の事件とは江戸川を鋏んで500m。
二つの事件は同一犯によるものではないか、
との直感が働く。

古山から連絡を受けた松島は、
もっと古い事件を思い出す。
33年前、流山で7歳の女の子が殺された事件だ。
犯人が分からないまま時効になった。

古山が4年前の事件の再取材を始めると、
県警の一課長から呼び出される。
取材を控えてくれという話なのだ。
古山は、警察には取材されると都合の悪い事実があるのだと思う。
たとえば、犯人が警察官だった場合、
あるいは、有力な容疑者が死んでしまった場合・・・
古山はデータベースを探り、
「小学生」「行方不明」「殺人」をキーワードに検索をかけ、
驚くような事実にぶつかる。
江戸川を鋏んだ埼玉県と千葉県で、
女児の殺人事件と行方不明事件が7件頻発していたのだ。
     
野田の方にも、新聞社の上層部から
取材を控えるようにという圧力がかかる。

さらに探索を続けると、
いくつかの女児行方不明事件で
捜索を真面目にやらないように、
という指示が警察内で出ていた気配があった。
どこか高いレベルで捜索を抑制させる動きがあったのだ。
33年前の時も、
ある時点から捜査が軟化していた。
ある人物によって。

古山は松島と協力して、
女児連続殺人・行方不明事件についての記事を書いた。
それが警察内部にも波紋が広がっていく。
そうした中、野田署長の小野が自殺した・・・

というわけで、33年前の事件を起点にして
複数の事件の関連が探られる。
その背景には、
もし33年前の事件で犯人が逮捕されていたなら、
その後の犠牲者が出なかったのではないか、との思いがあった。
また、記者の側からは、これらの事件が
後任者に正しく継承されていなかったのではないか、
との反省もある。

また、元警察官で覆面小説家に転身した女性や
現役警察官の告発などを含めて、
事件の背後にいる人物に次第に迫っていく。
その人物とは、権力の中枢にいる男だった・・・

実に面白い。
過去の事件と今の事件が有機的につながる構成の巧みさ。

ただ、終盤、事件の鍵を握る二人の人物
松島らが対決する場面は、
少々現実味に欠ける。
あんな会話をするわけがない。
もう一工夫必要だったのではないか。
肝心な点なので残念。

記者経験を生かした堂場瞬一の
記者魂に対する熱い思いがあふれる。
また、退職した記者の老後も描かれる。
松島らが取材で得たある人物の名前が
別な人物への取材で合致するあたりはスリリング。
ページを繰って名前を確認してしまった。
また、新聞社と権力の癒着も容赦なく描かれる。

堂場瞬一作家デビュー20周年の上下巻書き下ろし作品。
堪能した。


短編集『余寒の雪』  書籍関係

本日、2回目のワクチンを接種。
効果が確実になるあと2週間を耐えれば、
晴れて解放となります。

ところで、ワクチン接種に対し、
いくら医師に支払われるか、御存知か。
1回のワクチン注射で、2070円が支払われるという。
時間外なら2800円、休日だと4200円になる。
最高では1回の注射で7200円支給されたという。
いくら専門技術とはいえ、
1分もかからない接種にかかる費用としては、
どうなの、と複雑な思いになる。
それなのに、日本医師会非協力的だという。
東京医師会の場合、5月4日の時点で、
接種に協力したのは全体の22%だという。
ワクチン接種が遅れたのも、
医師会が治験についてごねたからだ。
それに比べ、大規模接種における
自衛隊医官と看護官に支給されるのは、
1日(1日!)3000円かか1620円だという。
日本医師会、反省しろ。


ここのところ、宮部みゆきと宇江佐真理の小説の紹介が多い、
と思われる方もいると思うが、
図書館本も新刊も、ハズレが多く、
日本の出版界、どうなっているんだ、と思っているところへ、
親戚筋から両著者の文庫本が50冊ほど送られて来た。
宮部みゆきはほとんど読んだと思っていたが、
読み落としの作品も存外に多く、
宇江佐真理に至っては初読み。
というわけで、
積み重ねた本を上から順に読んでいるところ。
全ての本を紹介しているわけではないが、
しばらくはお付き合い下さい。


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宇江佐真理の初期短編集。
紫陽花・あさきゆめみし・藤尾の局・梅匂う・
出奔・蝦夷松前藩異聞・余寒の雪

の7篇を収録。

中で「紫陽花」が特にいい。

江戸の大きな呉服店・近江屋の内儀、お直は、
元を正せば、吉原の振袖新造だった。
妻を亡くした20歳年上の半兵衛に見受けされ、10年。
今は内儀としての地位をゆるぎないものにし、
お直の過去をとやかく言う者は誰もいない。

そんなお直を一人の男が訪ねてきた。
吉原の客引きだった房吉だ。
吉原時代懇意だった梅ヶ枝が亡くなり、
明日投げ込み寺に運ぶという。
お直は、大店の内儀に収まった自分と、
ついに吉原を抜け出せなかった梅ヶ枝の運命の違いを思う。
お棺が出る時見送りたいというお直に
やさしい夫の半兵衛は付き合うといい、
宿を取ってくれた。
そして早朝、梅ヶ枝の出棺の時が来た・・・

江戸時代の遊女の成功者と失敗者の対比に、
人生の幸運不運を描く好短編。

「あさきゆめみし」は、
江戸で一時期流行った女浄瑠璃(むすめじょうるり)を巡る一篇。
染物屋・つばめ屋の長男・正太郎が、
竹本京駒という16歳の浄瑠璃語りに夢中になる。
今で言えば「追っかけ」だが、
江戸時代にも同じような風俗があったのが面白い。
客席での応援合戦も今と同じ。
ある出来事をきっかけに、
正太郎は夢が醒めたようになり、
女浄瑠璃もご禁制で跡形もなく消え失せる。

「梅匂う」は、
見世物小屋の女怪力の大滝太夫に夢中になった小間物屋の店主の話。
「あさきゆめみし」と似ているが、
歳が行っているだけ、様相が異なり、
大滝太夫の造形も哀愁が伴う。
最後のくだりがほっとさせる。

「藤尾の局」は元大奥勤めで、今は両替商の内儀の話。
「出奔」「蝦夷松前藩異聞」は、
著者の故郷、函館の
松前藩についての話。
3作とも、著者の作品としては違和感が残る作品。

表題作「余寒の雪」は、
伊達藩の女剣士の話。
知佐は幼少の頃から剣術の修行に励み、
男剣士と互角の腕前を持っている。
髪も男髷に結い、男装の生活だ。
将来は別式女(べっしきめ)として奉公する夢を持っている。
別式女とは、御殿女中に武芸を指南する女剣士。
しかし、そうすると、一生独身ということになり、
両親は気を揉んで、当たり前に人の妻となって子をなし、
女の幸せを掴んでもらいたいと思っていた。
その知佐が叔父夫婦と共に江戸に上ることになった。
実はそれは策略で、
北町奉行所の同心、鶴見表四郎の後妻に入ることになっていた。
騙されたと知った知佐は拒絶するが、
故郷に戻ってしまった叔父夫婦の後を女一人で追うのは危険と、
表四郎の家に留め置かれる。
そして、表四郎と息子の松之丞と生活する中、
知佐の中に変化が生まれる・・・

表四郎、松之丞の造形がすぐれ、
ラストの読後感はすこぶるいい。

中山義秀文学賞(白河市と中山義秀記念文学館の共催で行われる、
日本の歴史小説・時代小説を対象とした文学賞)を受賞。



短編集『おちゃっぴい』と『神田堀八つ下がり』  書籍関係

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宇江佐真理の時代小説短編集。
6篇を収録。
「町入能」と「概ね、よい女房」が同じ裏店を舞台にしており、
「れていても」と「あんちゃん」が登場人物が同じ。

町入能

大工の初五郎の住む裏店に、町入能の話が舞い込む。
町入能とは、江戸城で開催される能舞台に、
町人を招待して見せてあげよう、という行事。
いつもは町のお偉方が招かれるのだが、
毎年のことで退屈してしまったため、
長屋の者が代わりに参加することになったのだ。
どんな服装で行くか、立ち居振る舞いをどうするか、
そもそも、お能とは何なのか。
戦々恐々とする長屋の一堂。
初五郎は、江戸城に憧れを抱いていたので、期待する。
浪人の花井久四郎も招待にあずかり、
そこで思わぬ人物に再会するが・・

おちゃっぴい

おちゃっぴいとは、おしゃべりで活発な女の子を指す言葉。
「お茶を挽く」から転じたものだといわれる。
江戸時代の遊郭で、お客がない遊女のことを「お茶挽き」と呼んでいた。
お茶を挽いている遊女たちは、
ぺちゃくちゃとおしゃべりでもしながら茶を挽いており、
その様子を「お茶挽き」から「おちゃっぴい」と呼ぶようになったという。

浅草・御蔵前の札差・駿河屋の一人娘、お吉がまさにおちゃっぴい。
駿河屋のおてんば娘、あるいはおちゃっぴいを知らない者はない。
父親に手代の惣助と祝言を挙げてはどうかと言われ、
怒ったお吉は家を飛び出す。
惣助が追いかけてきたので、
お吉は浅草寺で見知らぬ男に声をかけ、助けを求める。
その男は絵師で英泉と名乗った。
(菊川英泉、数多くの艶本(好色本)と春画を世に送り出しており、
「淫斎英泉」とも呼ばれる。
矢代静一による戯曲「淫乱斎英泉」が有名)
英泉は用事があったが、お吉が離れないので、
仕方なくお吉を連れて行った。
その行き先は葛飾北斎。
そこでお吉は北斎の娘のお栄という女性に会うが・・・
天才画家・北斎の生活感が描かれて、興味深い。

れていても

薬種問屋・丁子屋の跡取り息子、菊次郎。
父親の菊蔵が中風を患い、
店の一切がいきなり菊次郎にのしかかってきた。
引き継いでみると、多額の借金があることが分かった。
この苦境を乗り切るために、
同業者のなり田家の娘・おかねを
持参金目当てに嫁にしなければならない。
しかし、おかねは醜女なのだ。
菊次郎にはひそかに思いを寄せる人がいた。
女筆指南をしているお龍という五つ年上の女だ。
人参湯での仲間はお龍に告白しろと迫る。
しかし、お龍の心の中に医師の佐竹玄伯があることを知ると、
菊次郎は一世一代の「男前」な行動を取る・・・

概ね、よい女房

大工の初五郎の真向かいで、
花井久四郎が暮らしていた所に
新しい店子が入ることになった。
越してきたのは実相寺泉右衛門という侍と、
おすまという女。
おすまは泉右衛門が屋敷にいた頃に奉公していた女中だという。
裏店の皆は、泉右衛門に好意を持ったが、
おすまは小言がうるさすぎで敬遠された。
年越しのために餅つきの際、
おすまの小言に耐えられなくなった一人が怒りだし・・・

驚きの、また喜びの

岡っ引きの伊勢蔵には、十六になる娘の小夏がいる。
その小夏に好きな人ができたようだ。
龍吉という鳶職の若者だが、
その父親の末五郎が若すぎる。
なにしろ、十四歳の時に出来た子供だという。
そんな奴に娘をくれるか、と伊勢蔵は拒絶するが、
やがて火事の時、末五郎がまといを持って火事現場に立ち・・・

あんちゃん

薬種問屋「丁子屋」の菊次郎は、
とうとう同業のなり田家の娘おかねといやいや祝言を挙げた。
人参湯の二階にはいつもの連中が集まって話が盛り上がっていたが、
そこに、初めて見る顔の男がやってきて、
いつのまにか話の輪に入っていた。
男は林家庵助といい、落語家のような、幇間のような印象だ。
この庵助が菊次郎の周りをうろちょろするようになった。
庵助だから、みんなから「あんちゃん」と呼ばれた、
この男の正体は・・・

                                        
続いて、↓を紹介するのは、

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「おちゃっぴい」の登場人物のその後が描かれているものが多く、
いわば続編のようになっているから。
そのことは、あとがきで著者本人が述べている。

今回は、御厩河岸、竈河岸、浜町河岸など、
6つの河岸を舞台にする、という趣向。

どやの嬶(かか)

父親の店・和泉屋が火事で焼失し、父親も死に、
叔父によって店の銭箱を持ち逃げされ、
ただ一人残った番頭の卯之助に助けられて、
土間に野菜を並べて売るような生活に落ちてしまった17歳のちえ。
店を訪れてきた勘次は船宿、川藤の息子。
勘次に誘われて訪れたちえは、
女将のお富士の奔放な姿に驚くが、
川藤の人々の生き生きとした家族の暖かさに触れて癒されていく・・・

浮かれ節

小普請組役人の三土路保胤(みどろやすたね)は、
唯一の趣味であり特技でもある端唄の名手だが、
新しく流行り始めた都々逸(とどいつ) に触れて衝撃を受ける。
娘を嫁に出すための支度金欲しさに
都々逸との歌合戦に参加するが・・・

身は姫じゃ

「おちゃっぴい」の中の「驚きの、また喜びの」に出て来た
岡っ引きの伊勢蔵が主人公として再登場。
既に歳月が過ぎ、娘の小夏の婿、龍次は子分になっている。
家に帰る途中、和泉橋のたもとで、
7、8歳の小娘が橋の下にいるのを見つける。
声をかけても「身は姫じゃ」というだけ。
家に連れて帰ると、
身は汚れているが、着ているものは羽二重で絹で出来ており、
そこそこの身分の娘だと察しがつく。
翌日から身元を当たるが、
そのような姫が家出をしたという話は聞かない。
古着屋で娘が着ていたと思われるものをみつけるなどして、
その「姫」の身元が分かって来るが・・・

百舌―本所

青森弘前藩の藩校であった稽古館の教官を務め、
政争で敗れて江戸でわび住まいをしている横川柳平。
彼に学問をさせるために犠牲になった姉を常に思う。
江戸で放浪したあげくに兄を頼ってきた弟と共に、
姉を最後に江戸に呼び寄せる。

愛想づかし

日本橋の廻船問屋・三枝屋の息子、旬助は、
勘当され、3年間、地方で働く。
江戸に帰った後、
待っていた居酒屋の酌婦のお磯と一緒に住んでいる。
しかし、家の事情が変わって
旬助は三枝屋に帰って来るように要請される。
お磯をどうするか。
旬助にはお磯にまつわる悪い噂も耳に入って来るが・・・

神田堀八つ下がり

「おちゃっぴい」の「れていても」と「あんちゃん」に出て来た、
薬種屋の菊次郎が再登場。
不細工な女と持参金目当てに結婚したのだが、
既に子供は3人も出来ている。
その菊次郎も男を上げ、
旗本の次男坊、青沼伝四郎のことで
一肌脱ぐことになる。
この話に、老舗料亭の板前だった源次の話が加わる。
大店の料理屋を飛びだした料理人が
場末の小さな店でも紋付き、袴で作業し、
料理人としての矜持を持って生きる姿に
青沼伝四郎が感銘を受ける。

「拙者、恰好を調えるということを勘違いしておりました。
人によい印象を与えるためにだけそうするものと思っておりました。
言わば、見栄であると。
しかし、源次という板前は自分のためにそうしていた。
乱れた恰好をすれば料理も乱れると、
己を戒めておったのです。
拙者、そこに感動しました」


八つ下がりとは午後2時過ぎのことで、
源次の作る料理を食べ終え皆が満足した頃合のことをさしている。

副題に「河岸の夕映え」と付いているのは、
江戸は、大川と呼ばれた隅田川や
その支流の小名木川などのいくつもの川が流れ、
川や堀には橋が架けられたり、
舟の渡しがあったりして、
河岸と呼ばれて名前がつけられていた。
河岸は、人と人との出会いの場であり、
また別れの場でもあったところ。
本作は、それぞれの河岸に住む人々の姿を通して、
家族、親子、夫婦、男女や兄弟のそれぞれの愛情の姿に
スポットを浴びせて描かれている。
                                                                                                                      第129回直木賞候補作

                                                                                                                        

短編集『堪忍箱』  書籍関係

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宮部みゆきの時代小説短編集。
1996年10月発刊。
堪忍箱、かどわかし、敵(かたき)持ち、十六夜髑髏
お墓の下まで、謀りごと、てんびんばかり、砂村新田

の8篇を収録。
どれも江戸の市井の人々を描くが、
普通の人が内面におさめた秘密がモチーフになっている。

たとえば「お墓の下まで」
ゆきと藤太郎の兄妹は、
母に捨てられて、長屋の差配人の市兵衛夫妻に育てられた。
しかし、捨てられた、というのは嘘で、
母親は「必ず迎えに行くから」と約束して、
市兵衛の月番の時、自身番に兄妹を押しつけたのだ。
その母親が15年もたって、迎えに来た。
しかし、ゆきは市兵衛にそのことを言えない。
親身になって育ててくれた
市兵衛夫婦に対する裏切りになるからだ。
その秘密を、やはり捨て子の姉のおのぶに告げると、
「あら、あんたたちもそうだったの」と言われる。
実はおのぶも捨てられたというのは嘘で、
ひどい親が泥酔したまま火事になるのを放置したのだ。
そして、市兵衛にも秘密があった。
捨て子を引き取って育て上げるという生活を始めたきっかけは、
市兵衛の亡くなった妻のお滝のある行動があった。
こうして、市兵衛、おのぶ、ゆき、藤太郎は
それぞれの秘密を抱えて生きていく・・・

「謀りごと」は、
丸源長屋の差配人黒兵衛が、
店子の浪人者の留守中に、部屋に上がり込んで、
心臓病で死ぬ。
驚き怪しむ店子たち。
しかし、それぞれが口にする黒兵衛像が
全く異なる。

お勝は憮然とした。
つい昨日まで、差配さんはひとりきりだった。
生きているうちは。
けれど、死んだらいきなり、
四人にも五人にも増えたみたいだ。
いろいろな差配さんの顔がある。


それぞれが抱えた黒兵衛にまつわる秘密の数々。

「てんぴんばかり」
身寄りがなく、姉妹のように一緒に暮らしていたお美代が、
玉の輿で大黒屋の主人の後添えに入って、
取り残されたお吉の複雑な心境。
そのお美代が長屋の差配人の家に来ていると聞いたお吉は、
心の奥底で、お美代が追い出されたのではないかと期待して、
自己嫌悪に陥る。
差配人から聞いたお美代の相談事を聞いて、
お吉は、告げ口しようかと考えて、また自己嫌悪に陥る。
更に、差配人を通じて知ったお美代の心境に、
お吉はまた複雑な想いに囚われる。

かりそめの姉妹の二人の心の奥底の秘密を描いて、
胸に迫る話。

「砂村新田」
貧乏な上に、近頃は父親の眼病が進んで、
悲惨な境遇になったお春。
奉公先のおつかいで砂村新田に向かった途中、
一人の男に出会う。
話しぶりからすると、
その男はお春の母親の知り合いのようなのだ。
行き会ったおきんおばさんは、
その男の服装から素性が悪い男だと見抜く。
しかし、ある日、その男が誰だったのか、
なぜお春に声をかけたのかが知れて、
お春は胸に迫る想いに包まれる。

という具合に、
とりたてて大きな事件が起こるわけではないが、
全くの庶民の中に内包するささやかな秘密の数々
しかも、人間の心の深いところに根ざす
暗い影
少し読んだだけで、読者の心を掴んで離さない、
手練の作者の話に身をゆだねる心地よさ。

「十六夜髑髏」では、
やっかい払いをされたふきに対して、
奉公先の女中が言う言葉、

「あんたはまだ子供なんだね。
だけど、これからはそれじゃ駄目だ。
よおく覚えておおき。
世間様の風には、東も南もないんだ。
ぜんぶ北風なんだからね」


などと、心に残る言葉もある。

                                      




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