小説『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

「ほどなく、お別れです」とは、
葬儀の出棺前に、葬儀社の人が遺族にかける言葉。

ということで分かるように、
この小説は、
葬祭場を舞台に展開する。

清水美空(みそら)は、スカイツリー付近の葬儀場
「坂東会館」に勤めて1年目の新米社員。
アルバイトから始めて、この葬儀社に就職した。
他人の感情が伝わってきたり、
思念を感じ取ったりという、
“気" に敏感な体質をしている。
時々、葬儀をしている故人の“気" を感ずることもある。

美空の上司・漆原(うるしばら)はベテランで、
特に、故人が事故や自殺で亡くなってしまったという、
訳ありの葬儀を多く担当している。

物語は、様々な死因で亡くなった人の
葬儀を通じて、美空が漆原の指導で成長していく様を描く。

第一話「揺蕩(たゆた)う心」は、
交通事故で亡くなった高校生の葬儀。
加害者の大学生の両親が謝罪に訪れたことで、
母親の心が悲しみから怒りに変貌してしまう。
その心をどのように慰めるか。

第二話「遠景」は、
90歳の老女の葬儀。
娘の婿の家に同居していて、自室で自殺した。
直葬のつもりだった娘婿に対して、
「それではおばあちゃんが可哀相だ」と孫たちが主張して、
葬儀を行うようになった。
どことなくやっかい払いが出来た、という印象の喪主に対し、
関係先の女医・坂口有紀の手紙が様相を変える。
その手紙には、娘婿に感謝する故人の気持ちが述べられていた。

第三話「海鳥の棲家」は、
自宅で末期を迎えたいと言っていたにもかかわらず、
容体が急変して病院で亡くなった40代の男性。
二人の子どもを抱えて気丈にふるまう未亡人の
悲しみの捌け口を作ってやる。

第四話「それぞれの灯火」は、
希望していたレストランに就職できたにもかかわらず、
心労から電車の前に身を投げてしまった若い女性。
美空は、通夜の司会を漆原に命じられる。
自分と同年配の、しかも自殺かもしれない女性を
どうやって送ることができるか、美空は悩み抜くが・・・

そして、4話を貫くものとして、
美空の高校時代の友人・夏海の
6年前に亡くなった兄の話がからむ。
サーファーの兄は海難事故で姿を消し、
遺体もあがらなかった。
まだ両親はその死を受け入れていない。
夏海は、遺体がなくても葬儀をあげることは出来るかと美空に問う。
一つの区切りをつけるために。
そして、第二話に登場した女医の有紀が
兄の婚約者だということが判明し・・・

美空自身も、
生まれる前に姉を亡くした背景がある。
漆原の他に、
独特な世界を持った僧侶・里見も登場する。

人間の死を受けとめる職業で、
半端な気持ちで読むことのできない小説だが、
基本的に明るく展開する。
少し明る過ぎるくらい。

長月天音のデビュー作「ほどなく、お別れです」の続編。
著者自身、葬儀場でアルバイトをした経験があるといい、
また、4年前にご主人を亡くしている。

読んでいて、つくづく思ったのは、
「来世」への希望ということ。
宗教に付き物の思想だが、
来世のあることが、
どれだけ死の恐怖を和らげることか。
父母や愛する人に、会いに行く、再会できる、
という考えが恐怖を希望に変える。
宗教の奥深さを感ずる。
人間が死なない存在だったら、
宗教は成立しなかっただろう。
                                        
葬儀の達人、漆原の、
含蓄ある様々な言葉が胸に残る。

「死が絶対的な別れであることに変わりはない。
それを受け入れて前を向ける人と、
嘆き続ける人とは、
一体何が違うのかと、俺も考えたことがある」
「受け入れることができる人は、
別れた人を心の中で生かし続けているのだと思う。
先ほどの喪主のように、
当然のように“その先の世界”があると
信じられる人もいる。
結局はその人の心の問題だ」
「ひとつ言えるとすれば、
悔いを残さない生き方をすることだ。
簡単なことだぞ。
相手を怒らせたらすぐに謝る。
隠し事をしない。
やり残すことがないように、
今できることは今のうちになっておく」
「伝えられなかったことがあるから、
未練が残る」
「生死のことや、人間の感情の仕組みが簡単に分かったら、
宗教も哲学も必要ない。
別れの悲しみがあるから、
いっそう大切な人を愛しく思える」


小説『涼子点景 1964』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します
                               
1964年。
東京オリンピック前後の
国立競技場近辺の町を舞台に展開する
一人の美少女を巡るミステリー。

彼女の周辺の人物8人(本人を含む)を章ごとに立てて、
涼子という少女の姿を浮き彫りにする手法。

たとえば、第1章では、
万引きの濡れ衣を着せられた健太が
弁護してもらうために涼子に頼む。
初めは冷淡だった涼子は、
推理力を発揮して少年の無罪を証明する。

第2章は健太の兄幸一の視点で涼子に迫る。
涼子が突然中学から引っ越し、
有名女子高に入り、
運転手付きの車に乗って、
「お嬢様」と呼ばれている変化。
素性を探るうち、
涼子は父親が失踪し、
ヤクザの情婦である祖母と暮らし、
その祖母も階段を転落死している。
母は温泉町で仲居をしている。
謎だらけの涼子の遠景に戸惑う幸一。

第3章は美代という中年女性の視点から。
戦前女中奉公していた美代は、
甥の嫁の出産の手伝いをするために上京するが、
そこで、アパートを訪ねて来る老人に遭遇する。
嫁の近所の人の不思議な行動も知る。
奉公していた久我家を訪ねた美代は、
その当主・龍一郎が
最近目をかけている少女を養子にする話を聞く。
その少女こそ涼子だった。
しかも、涼子は美代の甥の家に起こっている不思議な話を
見事に推理で解明してしまう。

と言う具合に、
その後も涼子の同級生・茉莉子、
商店街の和菓子屋の息子・茂、
久我家の執事の速水、
涼子の母・道子と視点を変えて、
涼子の実像に迫る。
どの話も、登場人物に関わる、小さな謎を
涼子が解き明かす。
最後の涼子の章では、
涼子が懸念していた祖母と父親、母親にまつわる謎が解かれる。

一風変わったミステリーだが、
特徴は東京オリンピックの年、
敗戦から19年過ぎての高度成長の時代、
オリンピックを開催するまでになった
復興後の東京を舞台に描かれていること。
「もはや戦後ではない」と言われ、
戦後復興を世界に向けて高らかに告げる東京で、
昨日よりは今日、今日よりは明日が良くなる、
と信じられていた風潮の中で起こった様々な出来事。
たとえば、商店街の復興とか、
道路拡張に関わる不動産屋の横行、
薬物汚染の始まりなどが織り込まれる。
オリンピックが終わった後の空虚感も、
このように描写される。

オリンピックが終わると、
東京も日本も気の抜けたような空虚さに襲われた。
空気は日ごとに冷たくなり、
それに比例するかのように、
じわじわと不景気がしのびよってくる。
オリンピックに間に合わせることを
至上命令として進められた道路工事は、
ぱたりと止まった。
あるところまでアスファルトが敷かれ、
あるところで未舗装のまま取り残された道路は、
そのまま乾いた埃をまき散らした。


当時の獅子文六のシニカルな言葉。

「貧乏人が帝国ホテルで、
結婚式をあげたようなものだが、
ともかく無事にすみ、
関係者のみなさんに、
お役目ご苦労さまと、
本気で、ごあいさつ申しあげる気になった」


涼子は謎の少女で、
見方によっては野心を持った悪女のようにも見えるが、
その実、複雑な家庭環境で育ちながらも
強い意思で未来を切り開こうとする
聡明な女性であることが明らかになる。

オリンピック前後の狂騒。
日本が大きな変貌を遂げた、
新旧の区切りとなった変革の時代の中の
一人の少女の生きた時代を描いて、興味深い。


小説『ノースライト』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

題名の意味は、
建物の北側に開けられた採光スペースにより
入って来る光のこと。
普通、住居の窓は東または南に開けられるのが常だが、
北に開けられた窓により
入り込む北側の光は独特。

建築デザイナーの青瀬稔の作った「Y邸」は、
ノースライトを取り入れた建物で、
吉野陶太(とうた)という人物の依頼で信濃追分に建てたものだ。
吉野は「本当にあなたが建てたい家を建ててください」と言い、
青瀬は自分の人生を回顧しながらこの屋敷を建てた。

青瀬は、建築現場を渡り歩く「渡り」の息子で、
熟練の型枠職人であった父に連れられて、
全国のダム建設現場を渡り歩いた。
家族で住んだ飯場では、北向きに窓があり、
そのノースライトの記憶から、
青瀬は北向きの家を構想したのだ。
完成したY邸は、満足のいくもので、
建築雑誌にも掲載され、
それを見たクライアントから
「同じものを建ててくれ」との依頼が来るほどだった。

しかし、Y邸を見に行ったクライアントから
「中の光の具合を見たかったが、留守で、
なんとなく、どなたも住んでいないようだった」
との連絡を受けた青瀬は、
建築事務所の所長で、学友の岡嶋と共にY邸を訪れる。
家を注文した吉野とは連絡が取れなかった。
久しぶりに見るY邸は、
確かに人が住んでいるようには見えず、
鍵がこじ開けられた形跡があり、
中に入った青瀬と岡嶋は、
泥棒の足跡を発見する。
しかし、中には家具も入れられておらず、
泥棒は何も取らずに退去したらしい。
人が住んだ痕跡のない有様に、青瀬が茫然としていると、
主寝室の真ん中に古びた椅子がぽつんと置かれていた。
岡嶋は、この椅子はタウトの椅子ではないかという。

ブルーノ・タウトはドイツの建築家で、
ナチからの迫害を逃れてベルリンを脱出し、
日本に渡って来た人物。
桂離宮の建築美を再発見し、
日本の工芸品の普及とデザイン向上に尽力した。
家族はドイツに残し、
秘書のエリカと共に3年半日本で過ごし、
その後、招聘されてトルコに行き、そこで没した。

青瀬は、吉野が住んでいた田端の家を訪ねてみる。
既に吉野はおらず、
大家からは、夫妻は離婚して妻は子供と出ていき、
夫もしばらくして引っ越していったという。
調べでは、追分に住民票を移した事実はなく、
忽然と吉野一家(夫婦と3人の子ども)は蒸発してしまったのだ。
3千万円という費用を遅滞なく支払い、
地鎮祭と家の引き渡しの時には家族5人で喜んでいたのに、
引っ越しもせず、生活もせず、新居を放棄したのはなぜなのか。
また、手に包帯をした謎の男が夫妻を探していたという。
Y邸の近隣の店からは、
吉野が背の高い女性と現地に来ていたことも知る。
そもそも、
「本当にあなたが建てたい家を建ててください」
と言う、青瀬の心を捕らえたあの言葉は何なのか。
なぜ青瀬に家の設計を依頼したのか。
なぜ青瀬でなければならなかったのか。

タウトの椅子の真偽をさぐるために、
青瀬はタウトが暮らした達磨寺の洗心亭
熱海の旧日向別邸を訪れる。
旧日向別邸の地下は
タウトが日本で唯一建築を依頼された物件だ。
そこで類似の椅子は発見できなかったが、
上多賀の蕎麦屋にタウトのテーブルと椅子があることを知り、
行ってみると、まさにY邸にあったと同じ椅子であった。
しかし、セットの6脚は全部揃っている。
しかも、吉野がこの店を訪ね、
自分のルーツは仙台で、
タウトの椅子の設計図を持っている、と言ったという。

青瀬はつてを辿って、仙台のある人物に会う・・・

というわけで、
吉野の消息と、
タウトの椅子の探索が並行して進む中、
パリで客死した孤高の画家の記念館、
「藤宮春子メモワール」のコンペを巡る
岡嶋建築事務所の奮闘、
青瀬の妻・ゆかりとの離婚の経緯、
娘・日向子の成長と月一回の面談、
「渡り」の生活の中での父親とその死、
岡嶋の息子への想い、
不可解な興信所の青瀬への調査依頼、
などが重層的にからむ。
実に有機的に。

まさに、横山秀夫の世界。
しかも、得意の警察モノや記者モノではない、
建築家の話
横山秀夫の守備範囲の拡大を感じさせる。
ミステリーと思わせないでいて、
濃厚なミステリーだ。

バブル崩壊で仕事を失った建築業界の苦渋も描かれる。
青瀬自身、大手建築事務所を退職した後、
つまらない仕事で糊口をしのいでいたが、
同級生であった岡嶋に
「才能の安売りをするな」と拾われた過去を持つ。

建築家を主人公にした小説を読むのは初めて。
それぞれ複雑な内面を抱えていたことか分かる。

数知れない無名の建築家たちの内面世界は複雑だ。
多くが屈折したプライドに胸を焦がしている。
自分は他者とは異質だという強烈な自負心。
排他的かつ利己的でなければ意匠などできるものかという荒ぶる思い。
だがその一方で、他人の創り出した良いものを良い、
美しいものを美しいと認めることができなくなったら、
もはや建築士を名乗る資格すら失うと誰もが知っている。


こんな記述もある。

初めて仕事で建物の図面を引いた時の気持ちを思い出す。
自分の引く一本一本の線が、
この大都会のあちこちで地上に形を成していく。
胸が躍った。
建物を生み出す喜びは比類がなかった。
その建物がやがて消えてゆくことになるなど
考えもしなかった。
だが消えた。
十年も経たないうちに、
青瀬が設計した幾つもの商業建築が取り壊され、
あるいは改築され、
ありえない壁の色に塗り替えられていった。

やがて、謎が解ける。
また、「藤宮春子メモワール」のコンペの行方も分かる。
少々きれいに収まり過ぎたような気もするが、
読後感がすこぶるいいから良しとしよう。

雑誌「旅」に2004年から2006年まで不定期に連載。
その後、全面改稿するのに
13年かけた。
横山秀夫の新境地を開く、渾身の小説だ。


小説『聖者のかけら』  書籍関係

今日から、
市川妙典の映画館が再開
↓は、そのネット予約の座席表。

クリックすると元のサイズで表示します

灰色の席は予約不可。
白色の席は予約可能。
つまり、一つ置きにしか発券しない。

もしかして、観客は私一人ではないかと思っていたら、
15人ほど。
二人連れは、
席をずらして、並んでいました。


[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

言語学者の川添愛が書いた歴史ミステリー
「薔薇の名前」を彷彿させるが、
ずっと読みやすい。

「聖者のかけら」とは、
聖人の聖遺物のこと。
聖人の骨とか、柩の一部とかが、
救いのためのアイテムとして重用された、
中世のヨーロッパの話。

聖フランチェスコがなくなって6年。
1252年、ローマ近郊のモンテ=ファビオ修道院に届いた
謎の聖遺物が次々に奇蹟を起こした。
その聖遺物が誰のものなのか、
修道院長に調査を命じられた若き修道士ベネディクトが
セッテラーネ村の教区教会を訪ねる。
迎えたのは、若き助祭のピエトロ。
二人は謎を究明するためにアッシジへ向かう。
すると、大聖堂におさめられていたはずの
聖人の遺体が墓所から消えたという。
フランチェスコがフランチェスコ会を見限って
自ら墓を出て立ち去ったという目撃者まで現れる。
それどころか、大聖堂に遺体を移す時に、
既に棺の中は空っぽだったという説まで現れる。
遺体をベネディクト会の修道士が盗んだという噂が流れ、
フランチェスコ会とベネディクト会の
融和のための会議が流れそうになる・・・

フランチェスコの遺体はどこに消えたのか。
ベネディクトに与えられた聖遺物に対する能力とは何なのか。
ピエトロの狙いは?、その正体は?、
などという謎を含んで物語は進行する。

なにしろ、中世の話である。
しかも、聖遺物を巡る信仰の内容。
いかに宗教が社会を動かしていた時代とはいえ、
現代人にとっては、迷信と何ら変わりない。

こんな小説、誰が読むのか、と思ったが、
実は、めっぽう面白い。
それというのも、ベネディクトとピエトロの
主人公二人がしっかりと描かれている上、
フランチェスコの愛弟子、レオーネや
フランチェスコの在俗の弟子、ジャコモおばさんや
フランチェスコの最初の女の弟子、キアラや
大ジョバンニ、セバスティアーノら、
更に、要となるフランチェスコの事跡を
世界に広げたエリア・ポンパローネまでもが
生き生きと描かれ、
人物が小説を舞台に躍動する。

背景にある教皇と皇帝の確執や
二つの托鉢修道会フランチェスコ会とドミニコ会の争いなど、
歴史的背景もちゃんと織り込まれている。
最後には、トマス・アクィナスまで登場する。

つまり、聖フランチェスコの遺体盗難と聖遺物を巡る
壮大なウソ話なのだ。
まさに虚構。まさに小説。

ベネディクトの聖遺物への特殊能力も
ちゃんと絡んで来るし、
話に無駄がない。
若い時から修道院しか知らず、
宗教世界に生きているベネディクトの若い悩みも共感するし、
悪人を装うピエトロの実の性格も面白い。

聖遺物は、
仏教でいえば、仏舎利(釈迦の骨。アジアにおびただしく存在する)だが、
東洋伝道のヨハネの聖遺物が仏舎利だとほのめかしている。
そもそも、登場人物によって、このように語られている。

「世の中には、偽の聖遺物が多く出回っている。
偽物を作るための手引き書まであるくらいだ。」


「イエスが磔にされた十字架のかけら」だの
「イエスの手足に打ち込まれた釘」だの
「聖母マリアのヴェールの切れ端」だとか
すぐに嘘と分かるものがあり、
ただ、当時はその聖遺物のおかげで病気が治ったり、
聖遺物を持てば、
エルサレム巡礼と同じ効果があるとか信じられたのだ。
そして、最終的には、最後の審判の時、
聖者の取りなしを受けたいという道具にもなる。

何も持たず、清貧に甘んじるフランチェスコの戒律は、
何度も改訂(歪曲)されており、
修道会そのものが
貴族からの寄進を受けて財産を所有しているのを見ても、
聖人の遺志を継ぐというのは大変なことだと思うが、
弟子レオーネという人物によって、
その実態があかされるのは感動的だ。
二つの托鉢修道院の会議での対立を
レオーネの証言によって解決するという場面もある。
また、最後のエリアとピエトロの対決も読ませる。

達者な書きっぷりで、
著者の筆力はよく分かる。
500ページを越える大部だが、
2日で読み終えてしまったから、
その引きつける力は大きい。

書き下ろしで、刊行されたのが昨年の10月30日だから、
直木賞の対象になるのに、
候補にはならなかった。
予備選考者たちの眼力を疑う。

アッシジのフランチェスコについては、↓を参照。                                                               https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%B8%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%B3


実録『マトリ 厚労省麻薬取締官』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

「マトリ」とは、
麻薬取締官の略称で、
正式名称は厚生労働省麻薬取締部職員。
名称に麻薬と入っているが、
麻薬に限らず覚醒剤や大麻など薬物犯罪全体を取り締まる。

そのマトリの実態を赤裸々に描いているのが本書。
著者は、麻薬捜査の第一線で活躍された元ベテラン捜査官で、
関東信越厚生局麻薬取締部部長だった瀬戸晴海(せと・はるうみ)氏。

クリックすると元のサイズで表示します

まるで俳優のようだ。

マトリには、約300名の麻薬取締官が存在している。
麻薬取締官は薬物犯罪捜査と
医療麻薬等のコントロールに特化した専門家で、
半数以上を薬剤師が占めている。
おそらく世界最小の捜査機関である。


その精鋭部隊が、
この凶悪犯罪に対峙する姿は、正義感にあふれる。

犯罪の中でドラッグは最も許せないものだ。
なぜなら、人の人生を奪ってしまうからだ。
殺人、放火に並んで、
最も強く取り締まられ、罰せられるべきものだ。

本書から得た新しい知識。

麻薬の不正取引額は、
全世界で優に50兆円を越えているという。
国内の業界別規模は、
卸売87兆円、電気機器83兆円、自動車68兆円、
家電67兆円、小売60兆円、金融60兆円、情報通信45兆円だから、
ベスト7位に位置する規模だ。
日本の名目GDP540兆円の1割、
フィリピンの国家予算8兆00億円の6倍だ。
原料は安く、暴利を産む。
そこで得た資金がテロや犯罪行為の資金源にされている。
暴力団の資金源でもある。

日本は欧米諸国と比べると、
圧倒的に覚醒剤が多い。
世界各国ではヘロインやコカイン、大麻で、
日本は少数派。

日本において、なぜ覚醒剤が多いかというと、
覚醒剤の価格が高値安定しているから。
暴力団、国際組織が暗黙のカルテルを結び、
この高値を維持している。

また、覚醒剤は日本で初めて合成された有機化合物で、
植物由来でないから、栽培の必要がない。
薬品さえ手に入れば、簡単に作れてしまう。
市販のかぜ薬から合成も可能だ。

以前、
麻薬取締官には、麻薬と大麻の捜査権限しかなく、
覚醒剤の捜査には手出しできなかった。
現場で何度も悔しい思いをしたという。
72年に、麻薬取締官にも覚醒剤捜査権限が与えられた。

我が国の薬物乱用は、
第1次覚醒剤乱用期(ヒロポン時代)、
ヘロイン横行期を経て、
第2次覚醒剤乱用期(シュブ時代、70年〜94年)へ。
やがてそれが危険ドラックへと続く。

以前、捜査の中心は販売所を突き止めることだった。
しかし、ガサ入れし、取り扱い者が逮捕されても、
すぐ人を変えて、同じ販売所が継続する。
逮捕しても同じ。
つまり、販売所に客がついているのだ。

それがやがて、携帯電話の普及で一変する。
教えられた番号にかければ、売人と連絡が取れ、
路上でブツのやり取りができる。
つまり、携帯電話に客がついているわけで、
客付き携帯電話は高値で取引される。
1千万、2千万の高額で、
価格の算定基準は、
1カ月の売上高だという。

イラン人による密売組織のピークは95年から02年。
イラン・イラク戦争で職にあぶれた男性が
当時ビザ免除であった日本で稼ごうとして来日し、
変造テレカなどを扱ったあと、
もっと儲かる覚醒剤に手を染めた。
渋谷のセンター街と
名古屋のセントラルパークで街頭密売が行われた。

逮捕されたイラン人の発言。

「自分は確かにクスリを売っていた。
これは悪いことだと思う。
でも、一つだけ言わせてほしい。
日本の若い子はバカだ。
日本は豊かで仕事も沢山あるのに、
なぜクスリに手を出すのか。
自分にはとても理解できない。
自分達は決してクスリなどやらない」


更にネットの登場で、薬物犯罪は激変する。
                                        
ネットは単に薬物売買の手段として用いられるだけでなく、
買い手の意識や売り子との関係性、
さらに密造や密輸の手口を含め、
ありとあらゆる面で薬物犯罪の在り様を変貌させた。


たとえば、引きこもりの青年が
自宅で薬物をいとも簡単に手に入れることができる。

彼は覚醒剤を入手するまで
誰とも直接会っておらず、
使用方法も知人等から教わったわけではない。
もし銀行振り込みの作業もネット上で済んでしまえば、
部屋から一歩も出ることなく
薬物を入手できてしまう。


しかも、大量に手に入れて小売りすれば、利益さえ生まれる。

日常的に薬物を入手している使用者がその気になれば、
一夜にして密売人と化すことができるわけだ。
これがネットの恐ろしさである。


ネット密売の売人の気持ち。

「仕入れ先とも顧客とも顔を合わせないので、
違法な薬物を売っているという罪悪感は薄い。
ネットなら暴力団とかかわる必要もありません。
SNSや掲示板に、
客の購買欲を煽るようなキャッチコピーを載せてしまえば、
後は適当な銀行口座とフリーメール、
飛ばしの携帯電話だけで商売を始められます。
口座や携帯も、
ネット上で他人名義の物を手に入れるのは簡単ですよ。
その気になれば規模はいくらでも大きくできます」


危険ドラッグは新種のため、
法整備が遅れ、
マトリに取締権限が与えられたのは、
2013年10月のこと。
そして、マトリの手によって危険ドラッグの店は壊滅する。

それは顕彰され、15年12月、人事院総裁賞を受け、
天皇陛下から直接ねぎらわれる。
その時の言葉。

「国民を危険ドラッグから守ってくれてありがとう。
案じておりました。
よくやってくれました。
ありがとう。
危険で厳しい仕事だったでしょう。
どうか麻薬取締官たちをねぎらってほしい」


この時の筆者の感動は、まさに
天皇が日本国民の「象徴」であることを認識させるものだった。

本書には、現場にいた人だから書ける、
捜査の情景がふんだんに出て来る。

オランダから輸入された重機ロードローラーに隠された
覚醒剤を摘発し、
関係者が倉庫に集まるのを待って逮捕するまでの経過。
イラン人密売組織の摘発で、
運搬人を泳がせて、
ブツの保管された車に近づくのを待つ間のサスペンス。
ひきこもりの息子の異常な行動を相談にきた母親と連携し、
ネットで取り寄せた薬物浸りの大学生を逮捕する場面。
などは実にリアルでドラマにしてほしいくらいだ。

特に、最後の大学生の件は、
しっかりした父親(大企業の役員)で、
息子の逮捕にも立ち会う気丈者。

この父親のように、
薬物に溺れた子どもに正面から対峙するケースは珍しい。
多くは、
「自分たちが麻薬取締部に相談したことは内緒にしてほしい。
決して近所にも言わないでください。
あと、事件が新聞に載ることだけは簡便してもらえないでしょうか」
と様々な要望を持ちかけてくる。
同時に、捜索への立ち会いを拒否する親も少なくない。
その気持ちは理解できる。
我々も、後難を回避する観点から、
可能な限り要望には応じてきた。
だが、他の親と違って、
この父親は逃げなかった。


この大学生は更生した。

わずか300人の組織で、大きな仕事、
すなわち、「国民を守る」
をなし遂げる。
麻薬取締官の仕事が、
ここまで明らかになるのは珍しい。
貴重な本である。






AutoPage最新お知らせ