小説『グローバリズム出づる処の殺人者より』  書籍関係

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映画「ザ・ホワイトタイガー」の原作本。

原題は映画と同じ「THE WHITE TIGER」なので、
書籍化にあたり、おかしな邦題をつけたものだと思う。
これでは読者を減らして損したのではないか。
2008年度に
イギリスの最も優れた本に送られるブッカー賞を受賞している。

低いカーストで教育も受けられなかった青年バルラムが、
地主の家に入り込み、御曹司の運転手になる。
御曹司夫婦はアメリカ生活の経験があり、
その分、進歩的で平等思想の持ち主だが、
妻が起こした人身事故を運転手に押しつけるなど、
地主のDNAからは逃れられない。
自分を取り巻く「檻」から逃れるために、
バルラムは御曹司を殺して、
政治家へのワイロのための金を奪い、
グローバリズムのIT企業の町、バンガロールで
警察へのワイロを使ってタクシー会社を設立し、
成功をおさめる。

という話を中国の温家宝首相に宛てた手紙、という形で綴る。
もちろん本当に首相に送ったわけではない。

世界第2位の人口を抱える国の青年が
世界第1位の人口を抱える国の要人に送った手紙、
というのがミソ。
近く中国を追い抜いて世界一の人口の国になるインドの
輝かしい経済成長の背後に潜む
歴史と伝統と因習にがんじがらめになった社会を活写する。

その檻から逃れるには、
殺人者にならざるを得なかった青年の心の闇。
しかも、その檻からの逃走の代償は、
故郷に残してきた家族たち、という、心の痛み。

映画はほぼ原作通りに進行する。
御曹司が妻に逃げられた後、昔の恋人とよりを戻すところと、
青年が御曹司の妻からもらった金で
金髪女を買う場面がないくらいだが、
大変すぐれた脚色だという印象がある。
ただ、原作が言葉で表現するだけに、
諧謔的で皮肉が効いている
中国の温家宝首相が「起業家精神」を学ぶため
バンガロールを見学に訪れると聞いて手紙を書き、
インドの制度的檻の中から出て起業するためには、
主人を殺さねばならなかったとの告白は、
まさに象徴的。

以下、皮肉の効いた記述を抜粋すると、

自由を愛する国、中国の……温家宝閣下机下

中国はあらゆる点でインドよりはるかに進んでいるのに、
起業家だけはいないようですね。
かたやインドには、電気も水道も下水も交通機関もなければ、
衛生観念も規律も時間の正確さもありませんが、
起業家だけはいます。

(私には教育がありませんが)でも、いいですか、閣下!
十二年の学校教育と三年の大学教育をめでたく終えた連中は、
いいスーツを着ていい会社にはいって、
あとは一生他人の命令をきいて過ごすだけです。

インドにはひとつ問題がある。
このでたらめな体制を議会制民主主義と呼んできたことだ。

(インドで虐げられてきた連中の)奴隷根性のすさまじさたるや、
自由への鍵をわたしてやっても、悪態とともに投げ返されるほどです。

貧乏人のあこがれといえば、金持ちみたいな姿になることですが、
金持ちのあこがれといえば、体重を減らして貧乏人みたいな姿になることです。

わたしの見るところ、
あなたがた黄色人種には、
下水や水道やオリンピックの金メダルはあっても、
民主主義はないようですね。
わたしが国を作るとしたら、
まず下水をつくって、
それから民主主義を手に入れて、
それからよその国の人々にバンフレットや
ガンジー像をわたすことを考えるでしょう。

インドの三大病といえば、
コレラ、チフス、選挙熱です。
なかでも選挙熱はたちが悪くて、
感染すると、
口を出す資格もないことをああだこうだと議論するようになります。

インドには毎日大勢の外国人が悟りを求めてやってきます。
そういう連中はヒマラヤや、
バラナシや、ブッダガヤに行きます。
で、へんてこりんなヨガのポーズを覚え、
ハッシッシを吸い、サドゥーを追いかけ、
それで悟りに近づいていると思いこみます。

(こうして私の人生を包み隠さずお話ししたことで、
起業家精神というものがどういうもので、
どういう環境と心情から生まれるものか、
閣下は充分おわかりになったでしょう)
まさに“インド人と中国人、
(ヒンデイー・チーニー・バハーイー・バハーイー)!”
になったわけです。

映画「ザ・ホワイトタイガー」の紹介ブログは↓をクリック。

映画「ザ・ホワイトタイガー」                                        


短編集「昨日みた夢」「日本橋本石町やさぐれ長屋」  書籍関係

実は、宇江佐真理という作家、初読み。
江戸の市井を描く作家は沢山いるので、
手が回らなかったのだ。
親戚筋が、この人の文庫本を沢山送ってくれたので、手に取った。
これが、なかなかいい。
物語の設定、人物造形、
起こる出来事、描写、どれを取っても一流。

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「昨日みた夢」は、
「口入れ屋おふく」と副題がついているように、
口入れ屋(人材斡旋業)の娘のおふく・25歳が
女中として派遣された相手先で見た事柄を描く。

おふくは、勇次という男と結婚していたが、
勇次が勤め先の金を着服して出奔、
その結果、離縁させられ、実家に出戻っていた。
おふくは、勇次への想いが断ち切れないでおり、
出奔の真相も知りたがったが、誰も教えてくれない。
口入れ屋では、斡旋した女中が途中で辞めてしまったり、
短期間だけのため応ずる人がいない時、
身軽なおふくが臨時に派遣されていた。
おふくも、父と双子の伯父が経営する
口入れ屋「きまり屋」への恩返しのつもりで応じていた。

派遣先も様々で、
人使いが荒く、金にしわい青物屋の
三日で逃げ出した女中の代わり。(慶長笹書大判
旦那と番頭が伊勢参りにでかける間、
お内儀が実家に帰るため、
隠居の世話で向かった箸屋。(粒々辛苦
お産で実家に戻った女房に代わり、
台所と身の回りの世話をするために訪れた座頭の家。(座頭の気持ち
母親が怪我をしたため、女中の手が必要になった
町医者の家。(名医
料理茶屋の内儀が病気で実家に帰ったため、
その身の回りの世話で行った我が儘娘の実家。(三日月
八丁堀の役人の家に行って見た、
女中あがりで妻となった女性への差別と精神的虐待。(昨日みた夢
提灯屋の近江屋の主人が亡くなったため、
元吉原勤めの内儀が微妙な立場に立たされる。
というのは分家の弟が店を継ぐと言い出したからだ。
主人は妻に一服盛られたという噂がある。
おふくは、頼まれて、内儀の家で働き、
その真相を探ろうとする。(秋の朝顔

これらの一連の話に、
「きまり屋」のおふくの父と双子の伯父の暮らし、
おふくの従兄弟の辰蔵の恋、
公事宿の主人で岡っ引きの権蔵などがからむ。
更に、別れた勇次が登場し、
金を着服した事情とその後の処置も明らかになる。
そうした経過を通じて、
おふくの勇次への未練も消えていく。

家政婦の派遣先での見聞を描く
「家政婦は見た」の江戸版。


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日本橋本石町にある弥三郎店(やさぶろうだな)に住む
住人たちの哀歓を描く。
口の悪い人は「やさぐれ長屋」と呼ぶ、
最下層の人々の暮らし。
特定の主人公はいない群像ドラマ。

夕刻の時を告げる鐘に聞き入る大工の鉄五郎と
たばこ屋で店番をする出戻り娘のおやすとの恋。(時の鐘
痴呆の始まった母親の介護の生活をするおすぎは、
隣家の男の勘違いで結婚すると思われ、
あらぬ疑いをかけられる。(みそはぎ
かざり職人の夫が外に女を作り、
胸の中に穴があいたおときが、
働く居酒屋の常連の番頭に
一緒に大阪に行こうと誘われ、
子どもを捨てて出発する直前に救われる話。(青物茹でて、お魚焼いて
ねずみが大嫌いなおやすの家にねずみが出た。
隣に住むようになった六助夫婦が手助けしてくれるが・・・。(嫁が君
芝居茶屋の跡取り息子がおすがの家に居候することになった。
実家の芝居茶屋の跡目争いに嫌気がさしたのだという。
父親も訪ねてくるが、らちがあかない。
長屋の者が総出で、息子の説得をするが・・・。(葺屋町の旦那
弥三郎店に店立て騒動が起こる。
隣家の医者に地所を売ったため、
全員出て行ってくれというのだ。
住民は戦々恐々として、移転先を考えるが・・・。(店立て騒動

二つの短編集に共通するのは、
江戸の市井の人々の生き生きとした息づかいだ。
夫婦の関係、親子の関係、近所との付き合い・・・
そうした生活の一つ一つの哀歓が見事に描かれる。
登場人物の一人一人が物語の中から立ち上がり、
いとおしく思える。
給金も少なく、蓄えもなく、
まさに、その日暮らしだが、
その生活には歓びがあふれている。

そうした人間像に触れることは、
読む人の心に豊かなものを残してくれる。
まさに、時代小説を読む歓びを与えてくれる好短編集。

著者の宇江佐真理は、
1949年生まれ。
短大卒業後、OL生活を経て、主婦となり、
1995年、「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。
沢山のシリーズものと単発ものを書いたが、
中では、デビュー作を含む連作短編集「幻の声髪結い伊三次捕物余話」が
最も有名で、直木賞候補にもなり、
テレビドラマ化もされている。
2014年、著書の中で
乳癌が全身に転移していることを告白。
翌2015年11月7日、死去。
66歳没。
惜しい作家を亡くしたものだ。


ドキュメント『ISの人質』  書籍関係

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先に紹介した映画「ある人質」↓の原作。

映画「ある人質」

戦争下の人々の暮らしを撮影するため
シリアに出かけた
デンマークの青年写真家が
そこでISに拘束され、
身代金を要求された家族が
募金を募って救出しようとする経過をていねいに辿ったもの。

「IS」は「Islamic State 」の略で、
直訳すれば「イスラム国」だが、
初期においてはメディアもその名称を用いたものの、
国であると誤解され、適切ではないとして、
その後は「IS」又は「ISIL」と表記するようになった。
  
人質になった写真家ダニエル・リュー本人によって書かれたものではなく、
ダニエルとその家族と交渉人に取材した
著名なジャーナリスト、プク・ダムスゴーの筆によるもの。
アフガニスタンとパキスタンに長年住み、
DBC(デンマーク放送協会)の中東特派員を務めた人で、
いくつもの賞を受賞。
有能なライターの手にかかると、
これほど迫真的で胸を揺さぶるものになるという典型。

拘束に至る過程、拷問、他の人質たちとの共同生活、
友情を育んだ他国の人質たちとの交流、
日常的な暴力、身代金交渉、家族による募金活動、
見せしめのための人質の殺人、
身代金の支払いと生還。
地獄のような毎日をどうやって精神を保って生き延びたかが、
映画の視覚的描写とは別に、文章の力でぐいぐい迫って来る。

映画との違いに関心のある人のために記すと、
次のような違いがある。

○アメリカ人ジャーナリストのジュームズ・フォーリーの葬儀に参加する場面は、
 冒頭と最後の2回出て来る。
○殺害された人質の前でプラカードを持って身代金を求める場面は、2度出て来る。
 映画では1度で、2度の殺害をまとめて一つに描写している。
○米軍の救出作戦に勘づいたISが
 人質を移動させる場面は、
 実際はダニエルが救出された後の出来事。
 映画では緊迫感を高めるために取り入れたらしい。
○人質たちの苦しみが、食事と排便にあったことは、
 映画では触れていない。
 特にダニエルは下痢に苦しんだ。
○身代金の減額を求めたために、
 侮辱されたと思ってIS側が身代金を吊り上げるという下りは、本書にはない。
○ダニエルの仲間の体育選手たちが募金のためのショーをする下りは
 映画では省略されている。
○募金に行き詰まった母が、卒業名簿を辿って、
 企業家に募金を願って断られる場面は、本書にはない。
 脚本家が母親に取材して取り入れたのかもしれない。
○生存を確認するための家族の質問の中に、色の情報を入れて、
 募金の集まり具合をダニエルに知らせるという作戦は、映画では描かれていない。
○ダニエルの解放は、一人ではなく、
 ドイツ人人質と2人一緒だったが、
 映画では効果的にするためか、一人での解放になっている。
○ダニエルは自分より先に解放されたフランス人フィリップと交流し、
 ジュームズの死も一緒に知るが、そのあたりは映画では省略されている。

なお、人質に理不尽な暴力を振るう監視役の「ビートルズ」4人組は、
イギリス人ということになっているが、
生粋のイギリス人ではなく、
クウェートやガーナ他に出自を持つ人物。
イギリスの名誉のために記しておく。

ビートルズたちが人質に対して行った暴力は、
全く理不尽で、異常者の行動だが、
戦場が異常者を生むのか、
異常者がそういう場所に集まって来るのか

身代金目的の誘拐の場合、
普通、犯人グループは人質を傷つけたり、殺害することはないのだが、
シリアの場合は、
東西文化の相剋、宗教の相剋を含んでおり、
そうした憎悪が暴力的行動を取らせたとも言える。
しかし、理由はどうあれ、
人の命をネタに身代金を要求し、
そのカネで武器を購入して、
更なる殺戮に用いるのだから、
人の道を外れている。

ダニエルと同じ部屋で過ごした人質のうち、
6人は解放されることなく殺された。
アメリカ人人質が殺されたのは、
アメリカ政府がテロ組織とは決して対応せず、
家族が交渉することも禁じていたためだが、
2015年夏、オバマ大統領は法律を修正し、
人質の家族がテロ組織は交渉することを認めた。

紛争地に入ったダニエルの自己責任論だが、
筆者は
一部の記事は、
ダニエルがシリアに行った当時の状況と、
それから一年以上後の現在の状況とを近藤する過ちを犯していた。

と批判している。
ダニエルが入った時は、まだISのことなどジャーナリストのほとんどが知らず、
各メディアも、この時期に、沢山の記者たちをシリアに派遣していたのだ、と。

人質の番兵の一人が、
「他の仕事を見つけろ。ジャーナリストはやめておけ」
と言うのは興味深い一言だ。

いずれにせよ、紛争地に行くには細心の注意が必要。

ISは支配地域を拡大し、
一時期はイラクにまで及んだが、
2019年、
アメリカなどの有志連合の攻撃により、
支配地を完全に失い、
最高指導者のアブー・バクル・アル=バグダーディーも
アメリカ軍の特殊作戦により殺害された。


小説『イシマル書房編集部』  書籍関係

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満島絢子(みつしまあやこ)は、
OA機器会社を辞めた後、
沢山の出版社への就職に失敗したあげく、
神保町のすずらん通りにある
イシマル書房のインターンとして雇用される。
実家は印刷業。
祖父は活字工で、叔父は製本屋。
いずれも本に関わる職種。
絢子も一日平均2.75冊という速読術を持つ、本の虫だ。

ようやくインターンで時給扱いとはいえ、
出版社勤務にこぎつけた絢子だが、
現状を知り、驚く。
イシマル書房は経営に行き詰まり、
ITがらみの会社の子会社と化していた。
しかも、業績が改善されなければ、
パチンコメーカーへの身売りも検討されているという。
1年以内に15万部のベストセラーを出さなければ、
それが現実になる。

起死回生のため、
ベテラン編集者のインターンを募集するが、
それにひっかかってきたのが、
豊富な編集経験を持ち、今は引退している岩田鉄夫だった。
躊躇する岩田だったが、
石丸社長の出版に対する情熱に惹かれて力を貸すことにする。
その腹案は、かつてのベストセラー作家で、
ある出来事のために筆を折り、
今は官能小説で糊口をしのいでいる島津正臣(まさおみ)に
新たに歴史小説を書いてもらうという案だった・・・
                                        
出版不況ということは知っていたが、
石丸社長を通じて語られる出版界の現状はなかなか厳しい。

今、日本にある出版社は4千社。
そこから年間8万点の新刊本が出る。
1日200冊
店頭には2週間しか並ばないし、
売れない本はすぐに返本される。
取り次ぎ店を通すと、
3割が取られ、
しかも決済は7カ月後。
その間の資金繰りが難しい。

それを避けて、イシマル書房では、
書店との直取引をしているという。
宣伝費もかけられないため、
嗅覚の鋭い書店と読者を相手にするしかない。

そういう典型的な零細出版社が打つ新たな方策は・・・

という困難な話を、
絢子の目を通して、
石丸とその妻(実は離婚している)の美代、
岩田、島津らの行動を描く。
零細の出版社が情熱をかけてベストセラーに挑む。

こんなにうまくいくはずがない、と思いもするが、
そこは小説。
一種の成功物語として読んでみれば、面白い。
そして、最後の下りでは、
少し泣かされる。

平岡陽明らしい、
人情小説。


『疫病2020』  書籍関係

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新型コロナウイルス発生からの事象を細かく追い、
中国と日本と世界の有り様を検証し、本質を抉る
門田隆将によるノンフィクション。
コロナ禍はほぼ1年がたったが、
渦中にあって見えなかったものが、
この人の手にかかると、
見事に整理され、本質が明らかになる。
当代一流の書き手と言えるだろう。

焦点は4つ。

第1は、中国による初期対応の過ち
というより、隠蔽という犯罪行為。
影響力を行使して、WHOのパンデミック宣言を遅らせることにより、
世界への拡散を許した、
共産党体制の中国の病巣を深くえぐる。
特に、ごく初期に新たな感染症の危険を訴えた医師たちの
声を圧殺し、隠蔽に走った経緯が見事に解明される。
また、都市閉鎖の命令から実行までの時間差が
病気の拡散を全土に広め、
かつ外国にも拡散した事実。
「人から人への感染は確認されていない」という
中国の誤った情報のWHOへの提供と
WHOの踏襲の背景に隠蔽があったことに
今更ながら怒りを覚える。

新型肺炎は、「まず情報隠蔽」という
共産党の体質が生んだ“人災”だと考える人間は多い。
若き愛国者(告発した医師たちのこと)を死に追いやり、
それでも隠蔽や情報統制だけは忘れない独裁政党。
この体質を改めないかぎり、
SARS、新型コロナに次いで、
今後を必ず世界の災厄が生まれ続けるだろう。


第2は、侵入を防いだ台湾の成功例
武漢で謎の病気が発生したことへの対応が世界中のどこよりも早かった。
その根底には、
隠蔽国家・中国への深い不信感があったと思われる。
それと、迅速な対応を生んだ政治の体質。

台湾では、「まず実行」し、
「あとで修正」し、
人々がそれに「従う」のである。
なにより重視されるのがスピードなのだ。
日本との決定的違いがそこにある。
ああでもない、こうでもない、と議論し、
日本では与野党でお互いが足を引っ張りあい、
さらにお金を出し渋る官僚が悪知恵を吹き込み、
結局、何も決まらない。


第3は、日本政府のお粗末さ
その根底にあったのが、
習近平の国賓招聘に向けての忖度と
オリンピック開催に向けての躊躇があったことを鋭くえぐる。
当時、春節を向かえた中国の観光客が
数多く日本を訪れていたことを思い出すと、
今更ながら、震える思いがする。
1月だけで、史上最多の92万人の中国人が日本を訪れた。
当時、中国からの入国者を止めろという、
自民党内部からの声にも耳を貸さなかった。
国会では、コロナ問題は誰も口にせず、
「桜を見る会」の追究に明け暮れていた。
また、「たいしたものではない」という厚生労働省官僚の判断の甘さと、
それを信じた安倍政権の危機管理能力のなさを指摘する。
「国民の命を守る」という官僚の務めを放棄した
厚生労働省役人の“不作為の罪”を糾弾する。
危機に対しての反応は、
ほとんど本能的なもので、
台湾の指導者にはそれがあったが、
日本の指導者にはなかった不幸。

第4は、日本国民の対応の見事さ
強制でもない自粛に従い、
拡散の防止につとめた。
日本の対応がことごとく失敗だ、と批判していた海外メディアも、
死者数の少なさに瞠目し、不思議がった。
それには、国民の中に根づいた清潔への習慣と、
すぐれた医療従事者の活躍があった。

勝利したのは、「政府」ではなく、
やはり「国民」だったのだ。


最初決まった生活困窮者への30万円の給付が
全国民対象の10万円給付に逆転した経緯に、
創価学会第6代会長の原田稔(78)の要求であったことを
初めて知った。
この人物は池田大作に代わる創価学会の“絶対権力者”であるという。
今から思うと、あの政策転換は妥当だったわけで、
そういう意味で、この人物の危機意識の方が正しかったことになる。

中で、官僚の中国に対しての甘い体質の根源にあるものが、
中国を怒らせると面倒だから、
中国には逆らわない

という行動様式だという指摘はうなずける。
中国に睨まれたら、悪い情報を上司にあげられてしまう、というのだ。
それは韓国にも同じで、
韓国はやり過ぎたから、
政府の方針も変わったが、
中国に対しては、やはり変わらない。
なにしろ、親中派の二階氏を幹事長に戴いているのが自民党なのだ。

また、中国の研究所での実験動物の死体が売られている、
という指摘も、心を寒くさせた。
                                        
研究所が発生源──そんな指摘をする人々は、
こういう研究現場の実態を熟知しており、
武漢で起こった新型コロナウィルスによる肺炎が
とても自然発生などではあり得ない、
という前提に立っていることがおわかりいただけるだろうか。


また、コロナを契機に、
中国の国民に対する情報把握が進んだことも恐ろしい。
また、習近平の権力が盤石になったことを伝えられる。
コロナの失敗を理由に、
反習派が一層され、習の“皇帝化”が進んだという。
尖閣での領海侵犯などは、その皇帝に対する“忠誠合戦”だという。

「別にこれらは習近平の直接的な指示じゃありませんよ。
日本人は誤解していると思いますが、
そんな細かなことを皇帝は指示したりしません。
巨大な軍や公安が、それぞれ勝手にやっていることです。


コロナ後、中国人の欧米に対する失望と反発が高まっているという
指摘も恐ろしい。
                                        
「やっぱり今は、アメリカがおかしい、
アメリカをやっちまえ、という雰囲気の方が強いですね。
国民が、アメリカではなく、
共産党の方に怒っているというのは、感じません。
むしろアメリカに弱気な態度をとるな、
という方が強いですね」
中国は、普遍的価値ともいえる人間の「自由」や「人権」というものを
経験したことがない国である。
そのため、これを求めて戦う人々の
信念や気持ちをまったく理解することができないのだ。


その結果が、2020年3月の
「中国に感謝せよ」との中国の発言だ。
謝罪も悼みもない、開き直った姿勢。
中国が「異形の国」であることをあますところなく表した発言だった。

中国は、なぜこんな国になってしまったのだろうか。

これからの世界は、
「中国」という爆弾を抱えていくだろう。

ほぼ最後の下りに、こう書く。

コロナ禍で日本が露呈した
国家としての膳弱さは、
筆舌に尽くしがたいものだった。
日本は、感染症と戦うための「何も」持っていなかった。
そもそも感染症対策を担うべき厚労省に
「情報」も「心構え」も、「ノウハウ」も「信念」も、
本当に“何もなかったのである。


この指摘は、
とにかく政権批判していればことが足りると思っている
一般のメディアの姿勢とは一線を引くものだ。

この本で扱うのは、2020年5月まで。
その後の安倍首相の辞任、菅政権への継承や
GO TOキャンペーンの是非、
変異ウィルスの登場などは触れていない。
続編が待たれる。

それにしても、短期間で
よくこれだけの著作をものにしたものだ、と感心する。





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