小説『7.5グラムの奇跡』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します
                              
7.5グラムとは、人間の眼球の重さ

主人公の野宮(のみや)恭一は国家試験に合格し、
視能訓練士の資格を手にしたにもかかわらず、
なかなか就職先が決まらなかった。
後がない状態で面接を受けたのは、
北見眼科医院という、町の小さな眼科医院。
ようやく北見眼科医院に採用され、
視能訓練士として働き始める。
どちらかというと不器用で
技師には向かないと言われた恭一なので、
新米の間は失敗続きだったが、
北見医師や先輩たちの支えがあって、
次第に視能訓練士として、力を付けていく。
恭一の北見医院での1年間の成長記録
この連作短編集。

5つの章で扱う患者は、
心因性視覚障害の少女、
円錐角膜の女性、
緑内障の男性、
緑内障と認知症の老夫婦、
ぶどう膜炎の少年
たち。
その患者たちに恭一は、寄り添い、
治療のための補助検査をする。

その恭一を取り巻き、
人が良いながら、プロの眼科医として
確かな腕を持つ北見治五郎医師、
凄腕の視能訓練士・広瀬真織、
マッチョな男性看護師・剛田剣、
カメラが趣味の女性看護師・丘本真衣たち。
そして近所の喫茶店ブルーバードのオーナーの三井さん、
緑内障が進み、職を退いて、
ブルーバードで働くようになった門村さん、
亡くなった祖父との約束の青い鳥・
ルリビタキを探し求める木村君
たちが周辺を彩る。
みんな善人で、一人として悪人は登場しない。

従って、読中感、読後感はすこぶるいい

視覚というのは、5感の中で最も重要なもので、
私は他の4つの感覚を失ったとしても、
視覚だけは残してもらいたい、と思っている。
ただ、普段の生活の中で、
その価値を自覚していないことも確かで、
本の中で、次の言葉が胸に響く。

見えるということは、この世で、
最もありふれた奇跡なのだ。


この部分で、以前読んだ小説の中に出てきた、
                                        
そもそも目は五億年ほど前に奇跡のように誕生した器官だという。
                                        
という言葉を思い出した。

視力医療に関わる件を
小説で読んだのは初めてだ。

著者の砥上裕将は、きっと医師だろうと思ったら、
そうではなく、
水墨画家だという。
水墨画の世界を描いた「線は、僕を描く」で
第59回メフィスト賞を受賞しデビューした人。

クリックすると元のサイズで表示します

同作でブランチBOOK大賞2019受賞、
2020年本屋大賞第3位に選出された。
眼科医療に関わる専門的知識を学んで、
小説として確立する手腕は確かだ。
ただ、身近にはいて、
妹さんは視能訓練士だという。

視能訓練士という職業を知ったのは、初めてだが、
ざっくりいうと目の専門の検査技師らしい。
病院というのは、中心は医師だが、
それを支える専門職が沢山いる。
そのことを、本書は、次のように書く。

病院に勤め始めて、時間が経つうちに、
病院=医師ではないのだと思うようになった。
医師の診断を支えるために
幾つものシステムや機材がそこにあり、
たった一人の治療のために
何人もの医療従事者が力を尽くしている。
機材や、知識や、経験を、
たった一つの判断のために
惜しみなく注ぎ込んでいく。
患者さんには見えないかもしれないけれど、
何気なく流れていく一つ一つの所作は、
研鑽と研究と膨大な経験によってようやく得たものが多い。
その高度に洗練された流れを、
僕は、仕事として感じ取っていた。
その流れの最後の場所に、
医師の診断があり、
患者さんの治療と人生がある。
それは病院の遥か外にも繋がっていて、
誰かの笑顔や、瞳の輝きになる。
北見先生は
僕らがチームで行う仕事の最後の一手を決断してくれる人なのだ。
先生を誇らしく思い、頼もしく思うことは、
不思議とチームを信じること
そのものであるような気がした。


盲導犬と暮らす書評家の女性を描く感動的な小説、
平岡陽明の「ぼくもだよ。」の紹介は、↓をクリック。

「ぼくもだよ。」

先にあげた
そもそも目は五億年ほど前に奇跡のように誕生した器官だという。
という言葉は、この本の中に出てきたもの。

クリックすると元のサイズで表示します


短編集『霜の朝』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

藤沢周平の短編集。
武士道ものが4篇、
庶民ものが7編。

報復
下男の松平は、主人の柚木邦之助を次席家老の都築頼母の家に送り、
邦之助の遺体を引き取って帰るはめになる。
邦之助の同僚の藩士から聞き出したところによると、
家老の公金横領をいさめに行って諫死したというのだ。
邦之助の妻・康乃は、柚木家の存続のため、
家老の辱めを受ける。
松平は柚木家に暇を告げ、
都築への復讐を企てるが、方法がない。
しかし、その機会は巡ってきた。
「下男には下男のやり方がある」。
その方法とは・・・

泣く母
伊庭小四郎が通う道場に上士の矢口八之丞が入門してきた。
小四郎は実母が死んだと聞かされてきていたが、
実は理由があって他家に再び嫁いでいると知った。
しかも、その家とは、矢口家らしい。
八之丞は異父弟なのだ。
自分より家柄が上の八之丞が入門してきたのを
面白く思わない上士の森雄之助が何かにつけて
八之丞を目の敵にするようになってきた。
そこで、小四郎が取った行動は・・・

(くしゃみ)
布施甚五郎は家老から呼ばれ、
藩主の弟・織部正吉龍の上意討の命を受ける。
剣の腕には自信があったが、甚五郎は憂鬱になる。
というのは、甚五郎には緊張した時にくしゃみ連発するという
奇癖があったのだ・・・

密告
定回り同心の笠戸孫十郎は、
父から仕事を引き継いだ時、
密告屋の磯六と縁を切った。
随分間があいた頃、磯六から会いたいという伝言がった。
しかし、待っていても、磯六は現れない。
すると、投げ文があり、磯六は現れないという。
投げ文に書かれたところに赴くと磯六が殺されていた。
そして、孫十郎も矢で狙われた。
一体、何が起こっているのか。
どうやら、遠島で放免されて帰って来た男のことらしいが・・・
                  
おとくの神
おとくと仙吉は蚤の夫婦。
しかし、仙吉は一つの仕事に落ち着くことのない男だった。
その仙吉が帰ってこない。
どうも、女が出来たらしい。
おとくはこうした不安な場合、
仙吉が以前に買ってくれた粗末な土器人形を抱きて心を鎮めてきた。
しかし、その人形を仙吉が壊してしまった。
ついにおとくの堪忍袋が切れる時が来た・・・

虹の空
政吉とおかよはもうすぐ夫婦になる。
政吉には気持ちに引っかかったものが一つあった。
それはおすがという義理の母親の存在で、
まだおかよには言っていなかった。
政吉は久方ぶりにおすがに会いに行ってみたが・・・

禍福
幸七は以前井筒屋という店の手代までつとめた男だが、
5年前、店の娘おるいと夫婦にならないかと主に言われた時、
幸七にはいそえという女がいて、断ってしまった。
おるいと一緒になったのは長次郎という幸七と同じ手代の男だった。
井筒屋にいられなくなった幸七は別な店に移り、
やがて移籍した店がつぶれ、今はしがない小間物売りをし、
後悔の日々を過ごしていた。
ある日、昔井筒屋にいた竹蔵という男に声をかけられた。
そして、竹蔵が語ってくれたのは・・・
人生の幸運も禍も表裏、という話。

追われる男
喜助ははずみで市次郎という職人を殺してしまった。
そのために逃げ回り、知り合いの下駄職人の家に隠れ潜んでいた。
おしんと連絡を取り、江戸から逃げる算段をしていた。
おしんは喜助の嫁になりたかったのだが、
喜助に捨てられてしまった女だ。
今更、という思いでおしんは一旦は無視し、
最後には、お金を調達して、喜助の隠れ家に向かうが・・・

怠け者
弥太平は生来の怠け者で、
甥の紹介で仕事にありつけたものの、
すぐに正体がばれてしまった。
次第に居づらくなってきたが、
ところが、おかみのおこんだけは弥太平を普通に扱ってくれていた。
悪い仲間が接触してきて、
弥太平に押し込みの手引きをしろという。
一旦は引き受けた弥太平だったが、
おこんの心根に触れて・・・

歳月
妹のさちが姉のおつえに金を貸して欲しいと言ってきた。
信助と一緒になるのだという。
おつえは一時信助と夫婦になると信じて疑わなかった時期があったが、
結局、おつえは信助と夫婦になることなく材木問屋上総屋に嫁いだ。
嫁入り前に信助は自分の作った筆をおつえに贈った。
おつえは、信助の気持ちとして受け取り、
心の中に信助への思慕が残った。
やがて、上総屋の商売は傾き、
店の整理の間際、
さちと信助のもとを訪ねた後、
家に帰った時、見ると、筆は虫に食われて使い物にならなくなっていた。
おつえは信助とのことが終わったのだと思う。

霜の朝
奈良屋茂左衛門は長いこと紀ノ国屋文左衛門と張り合ってきた。
紀ノ国屋文左衛門が派手に遊べば、
奈良屋茂左衛門は負けじと豪奢な遊びを繰り広げた。
そのめに幕臣に近づき、賄賂を使って、
巨富を作った。
やがて、悪銭廃止令によって紀ノ国屋文左衛門は没落シ、
勝ち残った奈良屋茂左衛門の胸を一陣の風が吹き抜けていく。
紀文と共に一つの時代が過ぎていったようだった・・・

人の心に潜む愛と孤独を、
円熟した筆に綴った時代小説傑作集。


小説『家康、江戸を建てる』  書籍関係

〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します

天正18年(1590年)、
落城間近の小田原城をながめながら、
豊臣秀吉徳川家康
関東8カ国への移封を命ずる。
現在家康が統治する駿河、三河、信濃を捨てることに
家康の重臣たちは断固反対する。
しかし、家康は国替えを受け入れる。
「関東には未来(のぞみ)がある」と言って。
家康49歳の時である。

初めて訪れた関東は、
広いことは広いが、
沼地で、どうにもならない土地だった。
そこから、家康の都市造りの計画が始まる。
その後、江戸として国の中心となり、
当時の世界一の人口を抱える都市に成長し、
やがて大東京と変貌を遂げる、
その第一歩が
家康によってはじめられたのだ。

本書は、その家康の都市造りを
5つの章で語っていく。

第1話 流れを変える
は、江戸を水浸しにしている元凶である利根川の流れを変えること。
今と違い、利根川は江戸湊(東京湾)に注いでおり、
そのため一面湿地となっていた。
その利根川の流れを東方向に変えてしまおうというのである。
そうすれば、今までの湿地が耕作地となり、
人が住むことが出来る。
広大な土地が宝の山に変わるのだ。

その大仕事を託されたのは伊奈忠次
家康直々の任命だ。
それから忠次の苦闘が始まる。

家康は最初から利根川の流れを変えることを見通していたわけではない。
関東平野をくまなく歩いたあげくの忠次の結論だった。
それから数年かかり、
仕事は息子・忠政と忠治、孫の忠克へと引き継がれていく。

まず、第一段階で東に流れる川と合流した新利根川が
現在の浦安市の猫実(ねこざね)の河口へ注ぐことになった、
と読んで、嬉しくなった。
猫実は、かつて私が住んだことがあるからだ。
そして、伊奈家4代目の忠克の時、
常陸川と赤堀川がつながり、
利根川の水は現在と同じ鹿島灘に流れ出るようになる。
家康に「地ならし」を命じられてから64年。
親子三代にわたって治水工事が完成したのである。

第2話 金貨を延べる
は、秀吉の天正大判に対して
家康が小判を鋳造し、
貨幣流通の実権を握ろうとする話。
取り立てられたのは橋本庄三郎
貨幣鋳造役の後藤家でくすぶっていた人間だった。
小判鋳造について庄三郎と話していた
家康家臣団の重鎮・大久保長安が
「いくさじゃ。これは貨幣戦争じゃ」
と言う部分に象徴されるように、
家康の慧眼はここでも光る。
また、秀吉が天下統一してしまったから、
もはや国をくれてやることは出来ず、
あとは金で天下を制するしかない、
などというところも、なるほど、とうなずかせる。
慶長小判を発行し、続いて一部金(4枚で1両に相当)が発行され、
それまでの秤量貨幣から計数貨幣に転換するなども興味深い。
今日の経済生活の習慣はこの時確立されたのだ。

第3話 飲み水を引く
は、江戸の町民のために飲み水を確保する苦労を描く。
元々は沼地だった場所だから、
水脈など走っておらず、
掘っても塩味の水しか出ないところなのだ。
きれいな飲み水を確保することは町造りでの急務だった。
ここで登用されたのは、大久保藤五郎
後に六次郎春日与右衛門が加わる。
藤五郎は水源として七井の池を発見する。
家康も現地に赴く。
この場所が後に「井の頭」と呼ばれるようになる。
水路を江戸市中に導く際、
江戸城の堀と交差する橋を作るあたりも興味深い。
後に、この橋は「水道橋」と呼ばれる。
そして、江戸の地下に木製の水路を堀る。
長屋にある井戸も、この水路から供給された水なのだ。
その取水口に堰を設け、
それが「関口」の語源となるなど、
興味は尽きない。

第4話 石垣を積む
は、江戸城の石垣としての石を産出する石切の吾平の話。
伊豆で石を切り出していた吾平が
初めて江戸に行く時の描写がなかなかいい。

たった二十年前には海だったなどということは、
(言われなきゃあ、わからねえな)
何しろ街なみが整然としていた。
道はまっすぐで幅がひろいし、
よく地固めがなされている。
藁くずひとつ落ちていない。
道の左右は町人地だが、
大工なら大工が、鍛冶屋なら鍛冶屋が、
それぞれ寄り集まって一街を形成しているらしく、
町人地にありがちな
汚くごちゃごちゃした印象はなかった。
「江戸の町人は、こんな場所に住んでいるのか」
正直うらやましかったし、
こんな光景を現実のものとしてしまった
徳川家康という男のことを、はじめて
(大したお人じゃ)
とも思ったが、

第5話 天守を起こす
は、もはや天守閣など不要、
という二代目将軍・秀忠の反対論を押し切って、
天守閣にこだわる家康の心中の話。
家康の指示の図面を受け取った大工頭が首をかしげたのは、
外壁が白ということ。
それまでの城郭は外壁は黒、が常識だったからだ。
白壁を塗るには漆喰がいる。
そのために石灰の産地を見つけなければならない。
木材も必要だ。
こうした難題をクリアしながら、天守閣は完成する。
その最上階に乗った家康が
天守閣から江戸の街を眺めての感慨がなかなかのものだ。

ふりかえれば、すべてのはじまりは
豊臣秀吉のひとことだった。
小田原攻めの陣中で、秀吉は、
──家康殿には、関八州を進呈する。
にこにこと、純粋な好意であるかのごとく言ったものだった。
──そのかわり現在の領国である東海五か国はぜんぶ差し出さっしゃれ。
美田と泥沼を交換しろというようなものである。
家臣たちは「断固反対すべし」と言いつのったし、
家康自身、そのことに心がかたむきもしたが、
結局、この国替えを受け入れたのは、
「関東には、手つかずの未来がある」
その直感の故だった。
うまく手を入れ、田をひらき、街をつくれば
関東は上方にもまさる大生産地帯になる。
大消費地になる。
その中心地として小田原ではなく
江戸をえらんだのも、
いろいろ地勢的を理由はあるけれども、
家康的には、
(手つかずの、土地)
日本史上もっとも人と米と土と金を投入した、
巨大なばくちにほかならなかった。
その大ばくちの結果が、
いま、純白の屋根ごしに眼下へひろがっているのである。
(わしの、街じゃ)
家康は、じっとしていられなかった。

「・・・われながら、ようやったわい」
入府当初はぼろぼろの城と
わずかの漁民しかなかったこの寒村が、
いまでは一大開発現場となっているのだ。
おそらく、今後もそうありつづけるのだろう。
江戸は永遠に普請中。
成長をやめる日は来ない。
そこに街があるかぎり、
槌音はひびき、道路は均され、
海は埋められつづけるのだ。

東京という世界一の街が、
家康の未来を見通す目から始まったことに感慨を覚える。
そして、その実現には、
多数の技術者が関わった。
その抜擢についても、
家康の人を見る目があったし、
それに応えようとする忠義の心があった。
いや、忠義というより、
目的に忠実な技術者の心意気と言った方がいいだろう。

荒地から一つの街が興るという
歴史的事件をつづった、
大変ためになる小説だった。



小説『朝が来る』  書籍関係

ベランダのアジサイが見頃になりました。

クリックすると元のサイズで表示します

2年前の母の日の娘からのプレゼントです。
冬の間は枯れていますが、
季節が来れば、このように花を咲かせます。
不思議。


〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します

この小説、NHKの連続ドラマ「あさが来た」とは、何の関係もない。
「別冊文藝春秋」での連載は
ドラマに先立つ2014年1月号から2015年3月号。

栗原佐都子は出版社に勤める夫・清和と長男の朝斗(6才)と暮らす主婦だ。
穏やかで満ち足りた日々を送っていた。
第1章で、そんな佐都子の一家をめぐる
幼稚園でのちょっとした出来事が描かれる。
幸福な家庭の満ち足りた日常を描く作品かと思っていると、
第1章の後半で、突然物語は変調する。
実は朝斗は実子ではなく養子で、
その実の母という女が電話をかけて来て、
「子供を返してくれ。
それが出来ないなら、お金をくれ」と言って来たのだ。

片倉ひかりと名乗るその女は佐都子の家に訪ねて来る。
実は6年前、朝斗の母親とは一度だけ会っている。
しかし、その女は別人だった。
夫はその女に問う。
「あなたは一体、誰ですか」

女が去って1カ月後、
警察が訪ねて来る。
写真を見せられ、この女が訪ねて来なかったか、と訊かれるが、
その女はあの時の女で、行方不明になっているという。
佐都子は問う。
「教えてください。
この人は一体、誰なんですか」

第2章は清和と佐都子の不妊治療の話と、
妊娠をあきらめての
特別養子縁組の話に移る。
子供が出来ない家庭の苦しみ、
その原因が夫にあったのが分かった時の
それぞれの親の反応などが
ごくていねいに描かれ、
顕微授精まで進んで不首尾だった時、
あきらめる夫婦の気持ちが詳細に描かれる。
二人だけで一緒に生きていくのだ、と。

特別養子縁組という制度を知ったのは、
テレビ番組だった。
育てられない事情がある親の産んだ子供を
引き取り、戸籍にも実子として入れる制度。
その団体「ベビーバトン」の代表の女性の話。

「特別養子縁組は、
親のために行うものではありません。
子どもがほしい親が
子どもを探すためのものではなく、
子どもが親を探すためのものです。
すべては子どもの福祉のため、
その子に必要な環境を提供するために行っています」
「第一に考えているのは、
子どもの命を守るということです。
生まれた子どもの心身の成長を願って、
私たちはこの活動をしています」

しかし、決断したのは清和の言葉だった。

「うちには幸い、
父親の役割ができる人間と、
母親の役割ができる人間の両方がいて、
子どもを育てるための環境がある。
・・・この環境が役に立つなら、
使ってもらうのもいいんじゃないかと思ったんだ。
そんな理由じゃダメかな」
「・・・いいと思うよ」
佐都子は笑った。
自分の気持ちがようやく見えた気がした。
そして、思った。
この人が自分の夫でよかった。

佐都子たちは「ベビーバトン」の会合に出、
既に子供を引き取った親たちの経験談を聞く。
そのどれもが感動的な話だった。

「うちの場合は、
養子を考えた時、
夫に言われた一言がきっかけになりました。
血のつながりのない子どもって言っても、
もともと、オレと君だって
血がつながっていないけど
家族になれたじゃないか。
きっと、大丈夫だよって」

しかし、周囲の反応は複雑だ。
「うわぁ、まるで犬か猫だね」
「そうは言っても、血っていうものがあるからね」
日本は「家」や「血」という考え方が根強い国だ。

その心配も、実際に赤ん坊を手にした時、
全て消え失せる。

その瞬間、思った。
恋に落ちるように、と聞いた。
あの表現とは少し違う。
けれど、佐都子ははっきりと思った。
朝が来た、と。
終わりがない、長く暗い夜の底を歩いているような、
光のないトンネルを抜けて。
永遠に明けないと思っていた夜が、
今、明けた。

これが題名の意味。

産みの親に対して清和が言う言葉も胸をうつ。

「この子を産んでくれて、
ありがとうございました。
責任をもって、これからうちで育てていきます」

そして、産みの親の少女は、こう言う。

「ごめんなさい。
ありがとうございます。
この子をよろしくお願いします」

この第2章の描写は、
子どもを持てない親の苦衷を描き、
特別養子縁組がもたらす幸福を描いて涙を誘う。

そして、第2章の終わりに、
あの「子どもを返して」と訪ねて来た女が、
まぎれもなく、あの時の産みの親・片倉ひかりだったことが判明する。

なぜ、女は訪ねて来たのか。
そもそも、育ての家の情報をどうやって得たのか。
金を要求したのは、なぜなのか・・・

第3章は、その片倉ひかりの人生が語られる。
どういう経緯で子どもができたのか、
子どもを預けてからの
生活はどのようだったか・・・

「登場人物の愚かな行為には
読者は同情できない」

というのが
ある小説作法の定理の一つだが、
ひかりの選択する行動は
あまりに愚かで、
少々うんざりする。

しかし、なにより腹立たしいのは、
ひかりの両親だ。
中学生が産んだ子どもだといっても、
それこそ「血のつながった」孫ではないか。
生活に困っているならまだしも、
子どもを養う経済力もある。
その孫に対する養育の義務を放棄して、
他人にその運命を託するなど、
よく出来たものだ。
「世間の目」を気にしたとしか思えない。
ひかりの将来のため、といっても、
事実、ひかりのその後は転落の人生だ。

この第3章は、
作者が、筋立てを立てるために無理した、という感をぬぐえない。

そうはいっても、
作者の手腕で、
読者はひかりに同情する。
さすが「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞しただけのことはある。

そして、第4章で描かれる最後は・・・

ほっとさせる、
涙、涙の終わり方である。

不妊治療や特別養子縁組など、
今まで扱われることのなかった題材を扱った小説。

フジテレビ系でドラマ化され、
6月4日から深夜枠で放送されている。

クリックすると元のサイズで表示します

佐都子を演ずるのは、安田成美。
夫はココリコの田中直樹。

クリックすると元のサイズで表示します



『七つの会議』  書籍関係

〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します
                              
中堅メーカーの東京建電の営業一課で異変が起る。
ダメ社員の烙印を押されていた八角民夫
上司の課長・坂戸
社内のパワハラ委員会に提訴したのだ。
華々しい実績を上げている坂戸のことだから
上の判断でお咎めなし、になるという周辺の予測に反して、
坂戸は課長を解任されてしまった。
上司の北川部長も、更に上部の取締役会もそれを承認したという。

代わって第一課長に就任した原島
パワハラ提訴の真相を八角に問いただす。
話を聞いて、原島は打ちひしがれる。

一方、3年前に坂戸によって調達の解約を受けた
ネジ製造会社「ねじ六」の社長は、
突然訪ねて来た原島から
3年前に契約を切られたネジ製造の再注文を受けて面食らう。

経理部の課長の加茂田は、
営業第1課の資材調達コストが高くなったことに注目していた。
調べてみると、
かつて坂戸が取り引きを打ち切った会社ばかりが
再度調達先として選ばれ、
その結果、調達価格が上がっているのだ。
しかし、役員会で報告すると、
社長が「原島に任せたのだから、それでいい」と却下する。

業績不振でクレーム処理係に回された佐野は、
会社が製造したパイプ椅子のネジが壊れた、
というクレームを受ける。
調べた結果、そのネジが坂戸課長の時代に
ねじ六からトーメイテックという会社に
発注替えされた時の製品だということに気づく。
トーメイテックが安い見積りでねじ六から仕事を奪い、
その結果、粗悪品を提供したのだ。
それというのも上層部からのコスト削減の命令があったからだった。
その報告を上司に握りつぶされた佐野は
積年の恨みもあって、
内部告発に踏み切るが、
それが想像異常に巨大な波紋に変わっていく・・・

というわけで、
東京建電がコスト削減のためにした不正の実態が明らかになる。
ネジの強度が不足し、
そのネジはパイプ椅子だけでなく、
航空機や鉄道の座席にも使われている。
もしリコールにでもなれば、
莫大な費用になることを知った社長の決断は・・・

会社の中で起る典型的な事件を通して、
組織の中の人間模様、
サラリーマンの悲哀

等が描かれるのは、
いつもの池井戸作品のとおり。

話の展開は謎を含み、
初めは社内人事の謎、
次に社内不祥事の解明、
それに対する上層部の対処、
さらに親会社の対応へと
スリルは拡大する。
更にそれは親会社との関係など、
企業の体質の問題にまで広がっていく。

企業体質を打破することが出来るかどうか。
その中で、取締役、管理職、社員の
真実が試される。

とにかく読んでいて面白い

出世争いに敗れ、
本社から出向してきた副社長の村西の父親の言葉が胸を打つ。

「仕事っちゅうのは、金儲けじゃない。
人の助けになることじゃ。
人が喜ぶ顔見るのは楽しいもんじゃけ。
そうすりゃあ、金は後からついてくる。
客を大事にせん商売は滅びる」

2013年7月、NHKの土曜ドラマで4回にわたり放送された。






AutoPage最新お知らせ