小説『2038 滅びにいたる門』  書籍関係

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約20年後の世界を描くディストピア小説
ディストピアはユートピア(理想郷)の正反対の社会のことで、
暗黒郷、地獄郷などとも言われる。

20年後の世界がどうなっているかというと、
まず、南北アメリカ大陸は、
アメリカ合衆・連邦国という一つの国に統一されている。
ひところは28カ国だったEU
イギリスが脱退して以来、脱退国が増え、
11カ国になってしまい、解体が進んでいる。
人口減少が顕著になったドイツ
移民政策を取り、多民族国家になっている。
フランスは南部の原子力発電所が爆発して、
高度汚染地域を抱える事態に。
住民は立ち退きが命じられたが、
その汚染地域にアフリカの紛争地域から
難民が押し寄せ、生活を始めた。
アフリカ諸国は相変わらず紛争にまみれ、
中東は世界の火薬庫のまま。
中国は実体経済の30倍に及ぶ通貨を発行して破綻。
一党独裁の思想的締めつけが過酷になり、
共産主義の名のもとに紅衛兵が横行する時代に戻ってしまった。
その結果、少数民族が独立運動を起こし、
8つの小さな独立国家ができた。
中国周辺のアジア諸国は、
中国の衰退によって領海侵害がなくなったのはいいが、
保護貿易主義がはびこって輸出量が減ったため、ジリ貧状態に。
インドだけが精彩を放っているが、
カースト制度による不満が爆発寸前。
ロシアは見る影もなく、
石油の輸出が途絶えたため、
貿易によって経済をやりくりする手段が途絶えた。
南半球のオーストラリアニュージーランドは、
騒々しい諸大陸から隔絶され、
リゾート地、観光地として繁栄。

アメリカ合衆・連邦国が一人勝ちの状態だが、
それは、次のような理由による。
北部ではシェール資源を採掘する技術が、
南部では水素ガスを採り出す技術が飛躍的に向上し、
エネルギー問題が解決した。
それによって合衆・連邦国は
石油資源を求めて、中近東に代理戦争をさせたり、
ロシアを恫喝しながら駆け引きをする必要がなくなったばかりでなく、
全ての資源が国内でまかなえるため、
他国と貿易する必要もなくなり、
輸入品には高い関税を課し、
徹底的な保護主義を取った。

ただ、問題がないわけではない。
人工知能の発達により、
人間の労働を必要としない職業分野が増えたのだ。
農業、漁業、工業のほとんどがロボットにとって代わられ、
第3次産業でも、
人間の労働を必要としていたものの大部分が消えてなくなった。
良く言えば、ヒトが労働から解放されたということだが、
同時にヒトは金銭を稼ぐ手立てを失ったということで、
大量の失業者が世にあふれる事態となった。
貧富の差は限りなく拡大し続け、
貧しい民は「棄民」として
強制的に社会からはじき出す政策が取られた。
労働力がいらなくなったということは、
ヒトがいらなくなる、ということだからだ。

政府は巨費を投じて人工知能(AI)を開発。
その頂点となった「アレクサンドロス19世」
重要な政策を神のごとく決めるようになった。
そのアレクサンドロス19世が
パリのエッフェル塔を弾道ミサイルで攻撃せよ、
という“ご宣託”を発するところから物語は始まる。

その託宣は、ほんの一部の人間の間での秘密事項となるが、
その託宣を聞いた一人、アインという青年と
アメリカ合衆・連邦国のムーン大統領を
主軸に物語は展開する。

アインは20歳で国家公務員として採用され、
アレクサンドロス19世とずっと向き合ってきた。
執務室に監禁され、
アレクサンドロス19世へのデータ入力を担当。
従ってアインの脳はアレクサンドロス19世の人工の脳とつながった状態。
アインは託宣を聞いた少数の人間で、
その秘密を守るために消されそうになる。
しかし、救出組織の働きで解放され、
あるコミュニティに救い出される。
そこは首都に近い、棄民たちのコミュニティで、
そこで生活しながら、
アインは徐々にアレクサンドロス19世の呪縛から解かれていく。

一方、アメリカ合衆・連邦国のムーン大統領は、
託宣の実行をためらっていた。
彼は棄民政策の廃絶を政策に抱えていたが、
それは各方面からの反対でにっちもさっちもいかない状態。
部下の政策部長たちは保身に走り、
大統領の言うことを聞かない。
AI予算は国家予算の3割、
軍需予算は2割に達している。
消費税は35パーセントになり、
あいかわらず世界はマネーゲームに沸いている。
ストレスのたまる中、
アインの所属するコミュニティから
棄民政策を廃絶する手紙が届き・・・

そして、物語は意外な結末を迎える。

わずか20年後の世界の有様にはゾッとさせられる。
その時代になっても、
核兵器が温存されており、
北朝鮮さえまだ存続していることに驚かされる。
また、アレクサンドロス19世には
人類が語ってきた神話が全てインプットされており、
その結果、歴史的に優位だった
旧約聖書と新約聖書が優勢となり、
地政学的判断も
ユダヤ教、キリスト教に有利に働くようになっている、
などという指摘も興味深い。

著者の廣田尚久 (ひろた・たかひさ) は、
1938年生まれで、
東京大学法学部卒の弁護士。
紛争解決学の創始者だという。
相当な博識。

題名は、
新約聖書のマタイによる福音書7章13節の
「狭き門より入れ。
滅びにいたる門は大きく、
その路は広く、これより入る者は多し」
から取られている。


評論『明智光秀 五百年の孤独』  書籍関係

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本能寺の変は、日本歴史最大の謎とされている。
その中核にあるのは、
明智光秀は何故謀叛を企てたのか、で、
信長に成り変わって天下を取ろうとした野望説
信長に与えられた恥辱による個人的怨念説
はたまた秀吉や朝廷をはじめとする黒幕説など様々なものがある。

著者は独特な観点から、
従来の説を覆し、
新たな光秀像を現出する。

その主な趣旨は、次のとおり。

・光秀は当時の戦国武将の中で教養にすぐれ、学識あふれ、
 戦略にも通じた一級の武将であった。
・信長の家来の中でも、秀吉などより
 はるかに信長の信の篤い筆頭の家来であった。
・しかし、独自の世界観、日本観から、
 信長とは相いれないものがあった。
・特に、光秀は天皇親政を目指しており、
 自ら天皇に替わろうとする信長とは決定的な齟齬があった。
・宣教師たちは日本侵略の先兵であり、
 このままでは日本の国風、伝統、文化が破壊されはしないかと
 日本の知識階級は脅威視していた。
・天皇親政をめざす光秀は、独裁的独善的な絶対神という
 キリスト教の教えは国をあやうくすると考えた。
 従って、キリスト教を容認する信長を、
 国を危うくする存在として排除したかった。
・その他、信長の仏教徒虐殺などの方針に対して、
 内心許せないものを感じていた。
・実は、信長を危険視する風潮は、当時蔓延しており、
 信長を排除する政治行動、義挙を誰もが薄々期待し、
 しかし誰もが日和見主義に走っていた。
 その後押しを得て、光秀は立った。
 天皇を守り抜く、国体を守るために
 信長を仕留めねばならないという、
 正統な歴史認識に立脚していた。
・しかし、天下取りの野心はなかったため、
 後続を引っ張る戦略に欠けていた。
 そもそも光秀は君側の奸を討ち、
 天下に正義を訴えることだけが目的であった。
・従って、権謀術数に長けた秀吉にしてやられてしまった。
・光秀を「天下の謀反人」に仕立て上げたのは秀吉であった。
 光秀を悪役にしておけば、
 秀吉の権力簒奪という暗い本質が回避できたからだ。
・光秀が百姓に竹槍で刺されたという説は、
 おそらく秀吉の創作である。
 光秀の最期はみっともない方がよかったのだ。
・公家や朝廷が黒幕だったという説が間違いなのは、
 光秀を過小評価しているから。
 当時、光秀は信長軍団にあって最強の武将であり
 知謀の人でかつ文化人であった。
 つまり、信長を脅かす最大最強のライバルであった。

なるほど、信長の存在を危険視していた雰囲気があった
というのは納得できる。

中でも、信長が評価されるようになったのは
明治以降であるという説は注目に値する。

・江戸時代、信長は評価されていなかった。
・信長を祭る神社は江戸時代に存在しない。
 信長を祭る神社は明治2年と3年に建立された2社しかない。
・江戸時代の古文書には、
「信長は公家を蔑ろにして万民を悩まし、
 苛政や暴虐は数えきれず、
 信長の死を人々は拍手した」という記述が見られる。
信長評価のきっかけは、
 明治の新政府が富国強兵、産業の近代化を目指すにあたり、
 忘れられていた英雄を祭り上げて
 国民を糾合する必要があったため。

そして、信長・秀吉・家康をめぐる
おびただしい小説
虚構を膨大に作り上げる。

そもそも戦国時代は下克上の時代で、
臣下が上の者を裏切るのは日常茶飯事。
しかし、光秀だけが
「天下の謀反人」「主殺し」の汚名を着せられている。
国を憂い、日本の国の形を維持するために
危険な信長を葬った
光秀の真意は理解されないままだった。
つまり、約五百年にわたり
「主殺し」としてのイメージが定着したままでいた。
そこで題名の「五百年の孤独」となるわけだ。

この本の中で目を開かれた思いがしたのは、
キリスト教の宣教師が、
実は日本侵略の先兵だった、という点で、
言われてみれば、南米もアジア諸国もアフリカも
キリスト教宣教の名を借りた侵略が行われたことは事実である。
そのキリスト教の信長の受容が
光秀の行動の一因であったということは、
今までにない観点だと思う。
なお、宣教師の本国への報告には、
日本は武士団という強固な戦闘集団がおり、
侵略は不可能、というものがあったという。

豊富な史料と綿密な取材で綴る歴史再考の書
従来の「光秀本」と異なる観点で興味深かった。

著者の宮崎正弘氏は、1946年、石川県金沢生まれ。
早大英文科中退。
「日本学生新聞」編集長などを経て論壇へ。
歴史評論、日本近現代史論、文藝評論などをこなす。
一方でチャイナ・ウォッチャーの第一人者としても知られている。


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加藤廣「明智左馬助の恋」

垣根涼介「光秀の定理」

明智憲三郎「本能寺の変 四二七年目の真実」

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垣根涼介「信長の原理」


論文「謎とき『風と共に去りぬ』」  書籍関係

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「謎とき」などと題名についているので、
軽い本、しかも珍奇な新解釈が列挙された本、
かと思ったら、
翻訳家の鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)が
「風と共に去りぬ」を新訳した際に
改めて発見した事柄を中心に、
人物の相関関係を新たに提起し、
マーガレット・ミッチェルの書簡にも当たり、
その家系に隠された要素なども加えた、
ごく真面目論文とも言える内容であった。
ただ読んだだけでは気づかない事項を
原文を翻訳した者だからこそ見いだすことの出来た内容で、
興味を引く。
雑誌「yomyom」や「新潮」に連載されたものに書き下ろしを加えた。

「はじめに」で、著者は、

本書では、以下のような「謎」に挑んでいきたい。

たとえば、大きな謎では、

・本作はなぜ世界的ベストセラーとなり得たのか?
・この一大巨編を一気に読ませる
 原動力と駆動力はどこにあるのか?
・本作の“萌え感”はどこから生まれるのか?
・魅力的なキャラクターたちはどのように作られたのか?
・性悪なヒロインが嫌われないのはなぜなのか?
・作者が人種差別組織のクー・クラックス・クランを
 登場させたのはなぜなのか?
・作者が人種差別主義者だという誤解は、
 この小説のどこから来るのか?

もっと具体的な謎としては、

・なぜスカーレット・オハラはまずハミルトン青年と結婚するのか?
・なぜアシュリ・ウィルクスは
 メラニー・ハミルトンを妻に選んだのか?
・レット・バトラーが初対面のメラニーの瞳に見たものは
 何だったのか?
・レット・バトラーが唐突にスカーレットを“捨てて”
 入隊するのはなぜなのか?
・アシュリはなぜ自分の妻を“恋人”のスカーレットに託したのか?
・メラニーは夫とスカーレットの関係を知っていたのか?


と問題提起する。
そして、

本書では、このような謎を解く過程で、
『風と共に去りぬ』の旧来のイメージをことごとく覆すことになるかもしれない。
わたしにとって、Gone with the Wind を新訳することは、
自ら抱いていた数々の偏見や先入観を払拭し、
この古典名作にまったく新たな世界観をもつことに他ならなかった。
それは衝撃的な読書体験だった。
本書を読んでくださる方々にとっても、
従来の作品イメージが心地よく転換され、
新たな『風と共に去りぬ』像が誕生することを願っている。
 

と書いている。

冒頭、「風と共に去りぬ」のあらすじが掲載されているのも親切。

特に大きな主張は、
「風と共に去りぬ」は恋愛小説ではなく
人種と階層のるつぼを描く構想のもとに書かれ、
昔ながらの虚構の南部神話を笑い、
南部の実態を描こうとしたのであるということ。

映画のイメージでは、
南北戦争を背景にした恋愛ものの印象だが、
ミッチェルの意図したものは、そうではないという。
だからこそ、映画化のオファーが来た時、
「この小説を映画にするのは不可能です」
と断り、
映画化が決まった後も製作には一切関与せず、
映画の仕上がりには、
死ぬほどショックを受けたという。

などと、知らなかった情報が満載の本書、
初めて知ったことを思い出せる限り列挙すると──

・ミッチェルが書いた唯一の作品かと思ったら、
 それ以前に何本か短編を書いていた。
・大長編を勢いで書いたように思っていたが、
 10年以上推敲
に推敲を重ねて出来たものだった。
・刊行前の原稿と刊行された原稿との間に相違があるため、
 著者は、刊行原稿をGWTW、
 刊行前の原稿をgwtwとして区別している。
・トルストイの「戦争と平和」と比較されるが、
 ミッチェル自身はロシア文学は重厚で退屈で、好きではなかった。
・スカーレットという主人公の名前は、
 出版社に売れて数カ月たってから、
 最終締め切り直前に命名されたもので、
 それ以前の名前は、パンジーだった。
 つまり、gwtwであった10年間、主人公の名前Pansy だった。
 担当編集者が変更を求めたという。
 (パンジーだったら、あんなには売れなかっただろう)
・メラニーという名前はメラニン(黒色素)から来ており、
 スカーレットとメラニーは、赤と黒で対をなす。
・この小説の本当のヒロインはメラニーである。
・主役の4人の関係で、
 スカーレットとメラニー、スカーレットとレット、
 メラニーとレット、メラニーとアシュリ、レットとアシュリ
 の間には分身/半身関係がある。
 スカーレットとアシュリの間にだけは
 分身/半身関係は存在しない。
・冒頭、「スカーレット・オハラは美人ではない」と明記されている。
 映画のビビアン・リーの印象を覆す。

この他、原作とは関係ない、
日本の事情だが、次のような驚きもある。

邦題は、1938年、河出書房・阿部知二訳で「風に散りぬ」
 1939年、明窓社・藤原邦夫訳で「風と共に去れり」
 1938〜39年、第一書房・深沢正策訳で「風と共に去る」
 などがあるが、
 1938年、三笠書房・大久保康雄訳「風と共に去りぬ」
 題名として定着した。
・最後のセリフ「Tomorrow is another day 」は、
 大久保・竹内道之助訳では「明日はまた明日の陽が照るのだ」
 阿部訳・藤原訳は共に「明日はまた明日の日が明ける」
 映画の字幕については、本書は明確な翻訳を書いていないが、
 手元のDVDでは「明日に望みを託して」となっている。                           (翻訳者不詳)
 帝劇で上演された1966年の舞台では、
 「明日は明日の風が吹く・・・きっと南の風が吹く・・・きっと・・きっと」で、
 菊田一夫がそう訳したという説が紹介されている。
 石原裕次郎の映画「明日は明日の風が吹く」は1958年。
 それに影響された可能性があるという。

最後に著者自身のまとめで、次の項目が挙げられている。

・『風と共に去りぬ』のヒロインは
 スカーレット・オハラでだけではなく、
 ダブル(分身)ヒロインものである。
・『風と共に去りぬ』は本質において、たんなる恋愛小説ではない。
・『風と共に去りぬ』は白人富裕層の物語ではない。
・『風と共に去りぬ』のテクストは巧緻な文体戦略と
 現代的なキャラクター造形から成る。
・黒のヒロイン、メラニーは純心無垢なだけの聖女ではない。
・赤のヒロイン、スカーレットは差別主義の保守的愛郷者ではない。
 彼女が嫌い抗うのは、同調圧力、全体主義、
 狂信的ナショナリズム、戦争、排他主義、管理・監視社会。

そしてきわめて重要なことだが、

・『風と共に去りぬ』は過去をなつかしむ時代小説ではない。

ちなみに、私は中学2年の時、「風と共に去りぬ」を読んだ。
といっても上巻だけで、
そこで終ったのは、子供で面白く感じなかったのか、
それとも、図書館で下巻が借りられていたのか。
はっきり覚えていない。
もう一度読んでみようか、
とは思ったが、
長さに恐れをなして、やめた。


評論『韓国でも日本人は立派だった』  書籍関係

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著者の喜多由浩(きた・よしひろ) 氏は、
産経新聞文化部編集委員。
本書は、産経新聞で連載した
『海峡を越えて「朝のくに」ものがたり』を再構成したもの。

日韓併合の35年間、
日本は朝鮮の人々を抑圧し、
奴隷のように労役し、
搾取の限りを尽くした──
というのが、韓国側の主張だが、
現実は全く違う。

前近代的で疲弊していた韓国に
資金を投入し、鉄道を敷き、道路を整備し、
植林し、発電所を作り、水道を引き、
産業を興し、学校を建て、教育した。
予算も組めないほど破綻状態だった
朝鮮の財政を立て直すために、
それまでの借金を棒引きしただけではなく、
毎年、日本の一般会計から多額の資金を投入して支え続けた。
貧しかった朝鮮の民衆のことを考えて、
内地(日本) よりも税率を低くし、
朝鮮の高利貸に搾取され続けていた農民のために、
低利融資を行う金融組合を作った。
「朝鮮会計」は、終戦まで、日本側の持ち出しであった。

地方官吏が賄賂を受け取り恣意的に投獄されたりする
“人治主義”がまかり通っていた悪弊を駆逐するために
近代的な司法制度、警察制度を整備した。

搾取したというが、
朝鮮には資源もなく、農作物もなく、
「収奪」したくともするものがない。
日本がやったのは、
「供与」して「育成」することだった。

そして、内地から優秀な人材と技術を投入し、
近代化を進めたのだ。

歴史を詳細に調べれば、
こうした事実は判明する。
ところが、そんな主張をしようものなら、
「妄言だ」と大騒ぎになる。
歴史を検証することなく、
「あるべき」歴史がまかり通っているのだ。
韓国はよく日本に対して「歴史を直視せよ」と言うが、
その言葉こそ、韓国に向けられたものだろう。

本書は、様々な証言や資料を駆使して、
日本の併合の実態を明らかにする。
ヨーロッパ諸国がアジアやアフリカでしたのは、
まさに「植民」であり、
搾取と収奪であったが、
日本の統治は、
資金と人材と技術を注ぎ込んだ、
現地のための施策であったのだ。

もちろん、祖国を失った哀しみ、苦しみはよく分かる。
しかし、だからといって日本の統治が悪行だけだった、
とするのも間違いだ。

それでも日本が悪政を敷いたというのなら、
数字を見るがいい。

日韓併合の明治43年(1910年)と
昭和9年(1934年)の比較だ。

人口 1330万人 → 2113万人
歳入 4874万円 → 2億6298万円
鉄道  1086q → 2935q
小学校  128校 → 479校
普通学校 173校 → 2100校
朝鮮人警官3428人→ 8162人
病院   125  → 134

これのどこが「搾取」なのだろう。

他民族の統治において、日本ほどフェア
一生懸命にがんばった国はないのだ。

敗戦時、日本が作った興南工場を、
軍部の「敵に渡す前に破壊せよ」との指示があったにもかかわらず、
工場側は「我々の事業は朝鮮に有益なものだ。
戦争に負けても必ず必要とされる」
と主張し、破壊しなかった。

韓国側は日本の統治時代は暗黒時代だったとの主張を曲げない。
慰安婦も徴用工も
昭和40年の日韓基本条約で解決したにもかかわらず、
何度となく蒸し返し、金銭を要求する。
同じ統治を受けた台湾が
日本に感謝しているにもかかわらず、
韓国はいつまでも戦前のことをあげつらう。
そして、「従軍慰安婦」「朝鮮人強制連行」という嘘をまきちらす。
日本の資金供与によって発展したにもかかわらず、
また日本の技術協力で沢山の設備を作ったにもかかわらず、
感謝の言葉もない。

ここまできては、
韓国人の民族性に問題があるとしか思えない。

終盤近くなって、著者はこのように書く。

他民族の統治において、
日本ほど、お人よしで、おせっかいで、
一生懸命がんばった国はない。
朝鮮統治だけではない。
台湾の統治、あるいは日本が強い影響力を行使した満州の経営。
当時の日本の国力からすれば、
加重な負担に耐えて莫大な資本を投入し、近代化を助けた。
資源や労働力を極限まで搾り取ったり、
現地人にロクな教育を与えない愚民化政策も行ったりしなかった。
にもかかわらず、韓国・北朝鮮からは、
いまだに聞くに堪えない悪罵を投げつけられている。
もうウンザリではないか。


本当にウンザリである。
この際、日本はこうした現実を沢山の資料と数字を基に、
ちゃんと主張したらどうかと思う。
対決する時は対決しなければ、
永遠に韓国の姿勢は変わらない。


小説『いも殿さま』  書籍関係

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徳川吉宗の時代。
幕府勘定方に勤める旗本、井戸平左衛門は60歳。
そろそろ引退と考え、隠居生活を楽しみにしていた。
というのは、平左衛門は甘いものが大好きで、
隠居後は、諸国を巡って、
各地方の甘味を味わい尽くそうと考えていたのだ。

しかし、隠居届けを出そうとしたその日、
奉行の大岡忠相から異動を命じられてしまった。
石見銀山に代官として赴任してほしいというのだ。
聞けば、前代官に不正があり、飢饉もひどいから、
代官所を根本から建て直したいという。
辞退したかった平左衛門だが、
将軍が食するという〈嘉祥菓子〉を褒美にちらつかされて、
承諾してしまう。

お供は用人の尾見藤十郎
腕は立つが、少々頼りない男だ。

江戸から42日間の旅をして
石見に着いた途端、
平左衛門は、現実を目にして青ざめてしまう。
石見では、田畑は荒れ、民は飢え死にするか
処罰覚悟で一揆を起こすかという瀬戸際だったのだ。
代官所の手代からは、
「どうせ腰掛けで、何もせずに、
やがて江戸に逃げ帰るのだろう」
と言われる。
それまでの代官が皆、そうだったというのだ。

平左衛門はおいしい菓子も封印し、
民の救済に乗り出す。
しかし、様々な困難が待ち受けていた・・・

井戸平左衛門は実在した人物で、
享保16年(1731年)に第19代大森代官に着任した
井戸正明(いどまさあきら)がモデル。
「平左衛門」は通称。
享保の大飢饉による領内の窮状を目の当たりにし、
領民たちを早急に救うため
自らの財産や裕福な農民から募った寄付で米を買い、
幕府の許可を得ぬまま代官所の米蔵を開いて与えたり、
年貢を免除・減免した。
また薩摩国の僧である泰永から
サツマイモが救荒作物として適しているという話を聞き、
薩摩から種芋を移入した。
サツマイモは石見地方を中心に
救荒作物として栽培されるようになり、
多くの領民を救った。
この功績により正明は領民たちから
「芋代官」あるいは「芋殿様」と称えられ、
功績を称える多くの頌徳碑(芋塚)が建てられている。

その平左衛門の人物像は、
大変な好人物として描かれている。
まず、出世欲がない。
出世するには、上役や奉行などに付け届けや挨拶が要るが、
全く無頓着で、こう言う。

「一日中、そろばんだけを弾いていればよい。
それこそがわしの勤めよ。
なのに上に行けば行くほど、よけいな気苦労が出てくる。
下手に出世すると、
そろばんにも触れられなくなるかもしれない。
そんな勤めはたくさんだ」

そんな調子だから、
石見に赴任したとたん、宴席で商人から土産をもらい、
帰宅して開けて、賄賂の金が入っているのを見つけると、
返すように藤十郎に言う。
「厚意は働きで示してくれればよい。
金を渡せばなんとかなると思われてはかなわぬ」

まことに潔い。
そして、石見の領民の想像を絶する悲惨な状態を見て、
江戸のぬるま湯に浸っていて、
百姓の現実を知らなかった自分を責め、
領民のために私財を投げ打つのである。
あれほど好物だった菓子も領民の子供たちにあげてしまう。
最後は刀さえ売ってしまう。
「それは武士の魂です」と止める藤十郎に、こう言う。
「今、民は餓死しようとしているのだ。
魂などと言うてはおられぬ。
そもそもわしは、
そろばんは使うが、
剣など一度も使うたことはない」
そして、
「石見の民を一人として飢え死にさせてはならぬ」
と言い放つ。

実際、飢饉の時も石見からは餓死者は出さなかった。
石見に行けば食べ物がある、
という噂を聞いて他領から人々が押し寄せた時、
このままでは共倒れしてしまう、という藤十郎に対して、
平左衛門は「黙れい!」と一喝し、こう言う。
「国境のこちらと向こうはあれど、人に変わりはない。
情けないことを言うな。
関所など設けてはならぬ」

それまでの代官が搾取を繰り返しただけなのに対して、
平左衛門は賂(まいない)も取らず、
年貢を減免し、
民のための政治をした。
民は目を疑った。

だから石見に住む民は一つになり、
助け合いの輪が広がった。

平左衛門が代官をしていたのは、
わずか2年。
しかし、人々の心に平左衛門の姿は深く刻み込まれた。
そうでなければ、400もの芋塚が作られて
平左衛門の功績が顕彰されることはない。

なにしろ、青木昆陽が小石川薬園で
さつまいもの栽培に成功するより
平左衛門の方が3年も早いのだ。

享保18年(1733年)、備中笠岡の陣屋で死去した。
死因については、
救荒対策の激務から過労により病死したとする説と、
救荒対策のために幕府の許可を待たず
独断で年貢米の放出などを断行したことに対する責任から
切腹したとする説の二つがあるという。
本書は後者を取っており、
罪人を運ぶ唐丸駕籠に乗せられた平左衛門を
慕う領民が涙ながらに送る場面が
読者の涙腺を刺激する。

平左衛門が切腹したとの報告を受けた大岡忠相は、こう言う。
「やつはたった一人で十万人の命を救いおった。
惜しい者を死なせてしまった」

作者は映画「超高速! 参勤交代」の脚本で注目を浴びた土橋章宏
だから、藤十郎の扱いや
薩摩藩に潜入して種芋を得ようとする旅など
ややコミカルに過ぎるし、
文学作品として読むと物足りない。
まるでシナリオのようだ。
しかし、あまり知られていない市井の偉人に脚光を浴びさせ、
お役人のあるべき姿を表した作品として、
評価できる。





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