小説『チームU』  書籍関係

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堂場瞬一による「チーム」「ヒート」の続編
「チーム」の学連選抜チームの箱根マラソンからは7年後、
「ヒート」の東海道マラソンからは4年の歳月がたっている。

冒頭、前作「ヒート」の
東海道マラソンの結果が出て来る。
勝敗はともかく、えっと思った。
あれだけのハイペースでありながら、
世界最高記録が更新されなかったとは。
甲本の努力は何だったのか。

ベルリンマラソンを制覇し、
日本最高記録保持者として、
ケガなしでやってきた山城悟も、
ついに左膝半月板損傷と、
それを庇っての筋断裂を起こしていた。
2年もレースから離れ、治療に専念する日々だった。
アメリカで外人医師の治療を受け、
日本に帰って、体を作り直す日々がやってくる。
どんな選手でも退く時は来る。
山城の中でもその時は迫って来ており、
来年3月の五輪記念マラソンを最後にすることを考えていた。
1964年の東京オリンピックのコースを走るレースで、
もちろん優勝して引退を表明するつもりだった。

しかし、所属する実業団チーム、タキタが
親会社の業績悪化で廃部となり、
山城は練習の拠点さえ失うことになった。

その時、昔の学連選抜のチーム仲間が手を差し伸べる。
浦は、もう30歳。
大学卒業後、実業団に所属し、
怪我に何度も悩まされ,引退を決意するが、
引退を決めたのとほぼ同時期に
母校の城南大学の陸上競技部の監督就任を要請され、
引き受ける。
その上、学生連合の監督を引き受けていた。
予選会上位の選手の寄せ集めチームで、
名前も学生連合と変わり、
オープン参加で、順位は記録されない。
不慣れな監督を、試行錯誤しながら、
浦はチームをまとめようとする。
あの7年前と同じように。

浦の呼びかけで、学連選抜だった門脇や朝倉,
城南大陸上部の主務だった青木,
東海道マラソンでペースメーカーだった甲本らが
山城を支援するために、集結して来る。
究極の個人主義者の山城は、当初、助力を断るが、
ついにそれを受け入れる。
こうして、学連選抜チーム監督の吉池の提案で、
「チーム山城」が発足する。

タキタの運動部をまるごと引き受けてくれる企業が現れ、
タキタの監督は、最後に実業団駅伝に出場することにし、
山城に出場してくれることを要請する。
五輪記念マラソンを前に断り続けた山城だが、
ついに出場を受け入れ、
アンカーを走ることになる。
襷を引き継いだ時、7位だった山城は、
快調に飛ばし、トップを走る広瀬を捕らえるが・・・

孤高の人、山城にも次第に人間味が出て来るところが
本作の大きな収穫。
山城にも迷いが生じ、壁が前にふさぐ。
記録だけを追う山城の姿が
次第に血の通った姿に見えて来る。
誰も必要としない山城だったが、
学連選抜の人間関係だけは、
いつまでも心の中に継続している。
そして、そんな我が儘な男を応援しようとする
浦たちの心理も描かれる。

最後の113ページは、
実業団駅伝の描写が進む。
デッドヒートを演ずるのは、
7年前の箱根駅伝で浦とトップを競った広瀬だ。
ここにも因縁を感ずる。
しかし、読み進むにつれて、
どんどんページ数が少なくなってくるのに気づく。
あれ、最後は五輪記念マラソンになるはずだが、
紙数が足りない。
もしかして、五輪記念マラソンに
山城は出ないのではないか、と懸念する。

山城は五輪記念マラソンに出るのか。
そして引退するのか。
その結末は、今回も描かれず、
続編「チームV」に引き継がれるようだ。
やれやれ。

それにしても、徹頭徹尾、男しか出て来ない。
つまらない恋愛話などは、
堂場瞬一は全く関心がないようだ。
そういう意味で、
男の物語
男の熱いプライドが炸裂するので、気持ちがいい。


『派遣添乗員ヘトヘト日記』  書籍関係

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筆者の梅村達さんは、66歳の現職の添乗員。
添乗員といっても、
旅行会社に所属しているわけではなく、
派遣会社からの派遣添乗員である。

添乗員は、旅行会社から出る場合もあるが、
ほとんどは、添乗員派遣会社から派遣される。
従って、違う旅行会社の旗を持って成田に出没するので、
前のツアーの参加者とたまたま遭遇すると、
「会社を移ったのか」と言われたりもする。

添乗の仕事は、海外旅行と国内旅行に分かれ、
それ以外にイベントの受け付け雑用係の手伝いなんかもする。
添乗前の打ち合わせ、添乗後の報告、精算などがない分、
イベントの仕事は楽でいいという。

体を使う仕事だから、
そう頻繁に添乗するわけにはいかず、
また、添乗の前後に、旅行会社で準備の打ち合わせ、
報告と精算をしなければならない。
そのため添乗できるのは、月に20日くらいが限度となる。
その間に海外(4日から10日間)も
国内(日帰り又は1、2泊)も混在する。
今は大体が時給で、時給自体は高くないが、
長時間拘束されるので、
一日にならすとおよそ1万円くらい。
月20日こなして20万円
厳しい暮らしだが、
20日分は家賃以外自分の生活費がかからない、
という考え方も成り立つ。
著者の平均月収は10万円で、年金が月15万、
奥さんのパートが6万円で、合計月収31万円。
家賃は4万円だから、
夫婦二人の生活は十分のはずだが、
質素さを強調する。

(昔旅行会社の社員だった友人宅に行くと、
立派なオーディオ装置があり、
どうしてかと問うと、
添乗すると余祿があるのだという。
つまり、当時はおみやげ屋のキックバックが
直接添乗員に入ったのだ。
だから、添乗すると、周囲の社員からは羨ましがられ、妬まれた。
その後、キックバックは会社に入るシステムに変更されたので、
添乗のメリットはなくなったようだ)

著者は映画現場、学習塾、
フリーライターを経て、
50歳で添乗員になった。
その16年間の豊富な経験から、
添乗の現実と裏話を日記形式でつづるが、
特に驚くような新しい情報はなかった。
ふんふん、そうだろうな、という話ばかり。
というのも、読者の私が沢山のツアーに参加して、
添乗員から様々な情報を得ていたからで、
そうでない人には興味津々の内容だと思われる。

添乗員は、旅行の間は旅行会社の代表なので、
クレームは添乗員に向かう。
「添乗員の仕事はクレーム処理」だと言われる。
中には理不尽なものをあるだろうが、
ひたすら耐えるのが添乗員の仕事だ。

旅行会社の担当者がいやな奴だったり、
運転手とウマが合わなかったり、
ガイドとの連携がうまくいかなかったり、
旅行の最後に回収する「アンケート」の結果に落ち込んだり、
帰国後のクレームで人間不信に陥ったりする。
40人の参加者が乗っていたら、
1人や2人は尋常でない人がいるのが普通なのだ。
ある旅行会社のクレームに対応する部署の人がこんな話をした。

「われわれは、添乗員に対する苦情が寄せられると、
話を鵜呑みにはせず、必ず内部調査を行います。
そうすると、クレーム10件に対して、
本当に添乗員に責任があるケースは2〜3件です。
ですから、いろいろなことを言ってくるお客様がいるでしょうが、
自信を持って仕事をしてください」
こうしたことをきちんと伝えられる会社は、
必然的に添乗員との信頼関係も築かれていくものである。


こういう会社ばかりならいいが、
添乗員を下に見て、居丈高に対応する会社もあるようだ。

おおむねアジアの旅行は
現地ガイドが最初から最後まで世話する場合が多く、
ガイド任せにすればいいので、楽だが、
ヨーロッパは、訪問都市ごとにガイドが乗り込んで来て、
終ればサヨナラだから、添乗員の仕事はそれだけ重くなる。

16年間の体験談を日記風にしたもので、
いろいろな出版社に持ち込んで断られ、
この本の発行元の「三五館シンシャ」で
「交通誘導員ヨレヨレ日記」が売れていたため、
仕事日記シリーズとして、書籍化された。

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引き続き、「メーター検針員テゲテゲ日記」
「マンション管理員オロオロ日記」
と続いている。

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他人の仕事の内容を知りたい、という読者の願望に対応し、
題名の付け方もユーモラスでいい。

仕事はゴールデンウイークやお盆休みが書き入れ時となる。
春のお花見、秋の紅葉シーズンも非常に忙しい。
逆に冬場は仕事量が急激に減る。
月に1〜2回しか仕事が回ってこない、というようなこともざらだ。
いくら働きたいと思っても、仕事がないのが実情で、
旅行シーズンのオフはほとんど収入ゼロに近い状態となる。
コロナの今はもっと厳しく、
添乗員さんたちはどうしているのだろうか。

桜を見に行くツアーなのに、
天候不順で桜が咲いていなかったとか、
浜焼き食べ放題が売りのツアーなのに、
お客さんが多すぎて作るほうが追い付かず、
ほとんど食べられなかった人が大勢いたりとか、
交通渋滞に巻き込まれて目的地に着いたときには暗くなり、
何も見えなかった、
などということが頻繁に起こる。

前に添乗員から聞いた話では、
添乗員養成コースに20人集まったら、
半年で10人がやめて半分になる。
1年たつと、残るのは1〜2名だという。
「予想していたのと違う」ということなのだろう。
旅好きなだけでは務まらないし、
待遇も良いとは言えない。
人間好きだったのが、
ナマの人間の姿を見せられて、人間嫌いになることもある。
残っている人は肉体的、精神的にタフな人だという。

社員旅行に宴会は付き物だが、
宴会が荒れるため、
旅館の宴会係が忌み嫌う3つの職業があるという。
そのワーストスリーは、
1つ目は警察、2つ目は教師、3つ目が銀行員だという。
いずれも仮面をつけなければできない仕事だ。

添乗員が同じホテルに泊まるとは限らない。
会社は経費を減らしたいからだ。
それで、移動して、他のもっと安いホテルに泊まることもある。
その方が、ホテルに責任を任せられるので、いいとも言える。
一度、民宿の別棟として、物置に泊まらされたことがあるという。

このブログをずっと読んで下さっている人は、
私が旅行好きだということはご存じだと思うが、
そのほとんどがツアーである。
なにしろ、ホテルの手配も食事の世話もしてくれて、
観光名所を順に回ってくれるのだから、
こんな効率のよいものはない。
もし興味がある都市に出会ったら、
後で個人旅行で出かければいい。
ロンドンやパリ、ローマ、ニューヨーク、ハワイ、ラスベガスなどは、
そういう形で、あとで頻繁に訪れた町だ。

添乗員さんの苦労は知っているので、
時間は守る、勝手な行動はしない、
ガイトの話はよく聴く、
旅程に文句をつけない、
と、理想的な参加者だと思っている。

集合時間に遅れたのは、2度だけ。
コペンハーゲンで集合場所を勘違いして迷ってしまったことが一つ。
もう一つは、ペトラ遺跡で、ちょっと横道に逸れてしまい、
バスに戻るのが遅れてしまった。
よく謝ったことは当然。

添乗員とガイドは選べない
(添乗員を選べるツアーはある)
ので、それは運に任せる。

添乗員で感心したのは、2度。
一度は、ヨルダン旅行で、
細かいところまで配慮の行き届いた最高の添乗員だった。
この人は男性だが、
もう一人は女性で、北欧4カ国を回った旅の添乗員。
なにしろ、この人、帰りの飛行機で、
私が銀座のチーママと隣席になったことを知ると、
「あの人の隣、いやじゃないですか?」
と、こちらがひと言も言わないのに悟ってくれた。
そして、カウンターに行って、
席の交換までしてくれたのだ。

高齢の添乗員に当たったのは2回。
ねぶたや竿燈まつりを巡る東北の旅で、
この方は、ツァーの添乗員募集に応じた人。
もう一人はエシプト旅行の高齢添乗員で、
きつい仕事とは分かっているので、気の毒になってしまった。
ただ、年齢的に気力に問題があって、
参加者の要望はするりとかわすようなところがあった。

ガイドにも当たり外れがある。
通り一遍のことしか説明しない人には、がっかり。
こちらはしっかりと予習していくタイプなので、
その学習以上のことを説明してくれないとつまらない。
逆に「どうして、あのことに触れないのだ」
などと不満はつのる。
だが、ガイドの面子をつぶすようなことは、
こちらもしないので、口出しはしない。
ああ、外れに当たって残念、
と思うしかない。
良いガイドに当たると、
別れ際、たっぷりとチップをはずむ。

私が出会った最高のガイドはトルコのケナンさん
国連にも勤めたことがあるという、ハイレベルな人で、
この人の説明は、私の予習を上回るものだった。
身長190センチほどある偉丈夫で、
最後のクルーズでは、奥さんを連れて来た。
美人の奥さんを自慢したいらしく、
この奥さんがまた大きくグラマーだった。
日本に来た時、
日本の食べ物のうまさに、食べ尽くし、
体重が増えてしまった、という話を聞いて、
ああ、日本は食べ物のおいしい国なんだ、
と改めて認識した次第。

もう一人、美術館のガイドで忘れられない人が。
失礼な言い方で申し訳ないが、
風貌の良くない女性で、
美術の勉強にイタリアに来ているという。
どうせ、才能のない画学生が、
日本人相手のガイドで小遣い稼ぎをしているのだろう、
と思っていたところ、
彼女の説明を聞いて、驚愕。
ウフィツィ美術館の絵画について、
すさまじい造詣を披露してくれた。
後にも先にも、美術館の解説で、
あんな素晴らしいものはなかった。
別れる前に、
「あなたの説明は素晴らしかった」と感謝の念を表明。
人は見かけと先入観で判断してはならない、
と肝に命じた。

なお、私は、一時期、仕事の選択を間違えたかな、
と思ったことがあり、
もし添乗員になったら、
世界一親切な添乗員になったろうと思った。
その願望は、前の職場の役員旅行で発揮され、
旅程の作り方から、けがした人への保険会社への対応など、
現地のガイドから感心された。

話はそれたが、
この本、
旅に必要な添乗員の苦労をしのばせるもので、
大変面白かった。



小説『ヒート』  書籍関係

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堂場瞬一による駅伝小説「チーム」の続編
しかし、今度はマラソン小説
「チーム」の登場人物の山城悟(やましろ・さとる)が主人公。

神奈川県知事の松尾が神奈川県内を走るマラソンレースを発案する。
その名も「東海道マラソン」
目的は、日本男子マラソンの長期低迷傾向に歯止めをかけるためで、
そのために記録の出やすいコース設定を命令する。

その特命を受けたのが、
県教育局スポーツ課の職員音無太志(おとなし・ふとし)で、
箱根駅伝で走ったことがある、ということが人選の理由。
知事との面談で、
知事から「世界最高記録で日本人選手を優勝させろ」
という命令を受けた音無は、
その条件を3つ挙げる。

@超高速コースの設定
A勝てるランナーの招請
B強いペースメーカー

音無は地図と首っ引きで@の高速コースを模索する。
その結果、直線が多く、
高低差も最大5メートルの平坦コースを選定する。

Aは、山城に白羽の矢を立てる。
「チーム」の箱根駅伝の後、
初マラソン日本最高記録を打ち立てた男で、
世界最高記録に最も近いところにいる。
しかし、「チーム」時と同様、
超個人主義で、
我儘で究極の利己主義者、
傲慢な性格のため、
ベルリンマラソンを標的にした自分の予定を変更する気配は見えない。

「誰かのために走ろうなんていう考えは、
陸上に対する侮辱ですよ。
自分のためだけに走ればいいんです。
それ以外は、全部嘘だ。
誰かのために、なんて言っている奴は、
自分を欺いている」


Bのペースメーカーは、
甲本剛(こうもと・ごう)に交渉する。
ペースメーカーとは、
マラソンの序盤、先頭に立って
30キロあたりまで                               
ハイスピードで選手を引っ張る役割の走者。
(たまに、完走してしまい、その上優勝、なんていう珍事も起こる。
そのため、契約書に、
完走しない、という項目を入れるともあるという。)

当然30キロまでは、
マラソンランナーより早いペースで走れる人でなければならず、
ハーフマラソンの日本最高記録保持者の
甲本は最適だったが、
甲本は拒絶する。
裏方で記録は残らず、途中で消える役割なんて、
何のためになるか、
自分は現役のランナーだと。
しかし、音無は甲本に1千万円の報奨金を提示する。
甲本は不遇のランナーで、
所属したチームが立て続けに解散の憂き目にあい、
早朝の弁当工場でのアルバイトをしている身なのだ。
金は欲しいが、プライドが邪魔をする。

音無は、コースを入念に検査し、
風対策として看板を立てるなどして、
世界最高記録を出すためのコース作りを腐心する。
先導の白バイに電光掲示板をつけて
タイムを1キロごとに知らせたりする案も立てる。
それもこれも、
山城に世界最高記録を出させるためなのだ。

物語は、頑なな山城がレースに出るかどうか。
プライドに拘る甲本がペースメーカーを引き受けるかどうか、
を焦点に展開する。

最終的に、二人は受け入れる。
そうしなければ、小説が進展しないからね。
その話の展開のために、「チーム」の重要な登場人物、
山城と一緒の学連選抜チームで10区を走った浦大地(うら・だいち)と
選抜チームの監督をした吉池が登場する。

そして、後半3分の1の150ページは、
レースの描写。
自身マラソンランナーではない堂場が、
よくこんな描写が出来るものだと、
小説家の想像力に感心する。
それほど、レースの描写は、熱い。

実は、山城と甲本には、
それぞれ、レースについての思惑があり、
それは30キロを過ぎたあたりで明らかになるはずだ、
というサスペンスもはらむ。

そして、最後は、すさまじいデッドヒートが展開され、
ページをめくる手が止まらない。

結果は・・・
実は、本篇では結果が書いていない。
それは、続編の「チーム2」の冒頭で明らかになるのだが・・・

編中、男子マラソン低迷の原因として、
駅伝のことがやり玉に挙げられているのは、
注目に価する。
知事の松尾の指摘。

「各大学の陸上部は、箱根駅伝に焦点を合わせて調整する。
その結果、どうなる?
20キロしか走れないランナーの出来上がりだ」
箱根駅伝出身で、
マラソンで成功した人間がどれぐらいいると思う?
あれだけたくさんのランナーが走るのに、
数えるほどだぞ。
箱根で頑張り過ぎると、
マラソン転向に失敗するんだ」



小説『罪の轍』  書籍関係

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奥田英朗による犯罪小説。

物語は北海道の礼文島で始まる。
昆布漁に従事していた宇野寛治(20歳)は、
網元の家に空き巣に入り、船を盗んで逃走する。
しかし、盗みを誘導した仲間に騙され、
燃料のないまま漂流し、陸に近いところで海に飛び込み、
空き巣を続けながら、東京を目指す。

一方、警視庁の刑事・落合昌夫は、
荒川区で元時計商の殺人事件に従事する。
捜査する中、林野庁の作業着と腕章の若者が
現場付近でうろついていた事をつきとめ、
訛りに関する証言から、北海道出身者だと推定し、
やがて、盗品の換金のルートから
宇野寛治の存在に行き着き、
礼文島まで出張して、寛治の足跡を追う。

物語は宇野寛治、落合昌夫の視点と、
もう一人、山谷の旅館の娘・町井ミキ子の
3人の視点で描かれる。

宇野寛治には、記憶障害を伴う精神障害があり、
周囲からは「莫迦」と呼ばれていた。
(他の場所では「馬鹿」と表現しているのだが、
宇野寛治に関してだけは「莫迦」と表現する。)
物語が進むにつれて、
寛治の精神障害の原因としての
子ども時代の不幸な環境が明らかになって来る。

落合昌夫は、まだ当時では珍しい大学出で、
そのことで周囲から揶揄されたりしている。
その頃の刑事はヤクザとすれすれの所にいたのだ。

町井ミキ子は、
半島出身という出自故に差別を受けて就職もままならず、
いつか山谷から抜け出すことを夢見ている。

三者三様の事情を背景に、
物語は展開する。

やがて、浅草で小児誘拐事件が発生する。
当時はまだ誘拐事件の捜査ノウハウが確立しておらず、
身代金を奪われるという、大失態が生ずる。
脅迫電話の音声が公開され、
事件は全国民の注目の的となるが・・・

と、ここで、誘拐された小児の名前が吉夫ということで、
ああ、吉展ちゃん事件がモデルなのか、
と思い当たった。

「吉展ちゃん誘拐殺人事件」は、
東京オリンピック前年の1963年3月に起こった誘拐事件で、
「戦後最大の誘拐事件」と言われた。
この小説は吉展ちゃん事件をモデルにしているものの、
全く同じではなく、
報道協定がなされたこと、
身代金が50万円と少額だったこと、
捜査の連携の悪さから
身代金が犯人に持ち去られたこと、
誘拐の証拠として、子どもの靴が置かれたこと、
身代金の紙幣のナンバーを控えなかったこと、
脅迫電話の音声がテレビ等で公開されたこと、
警視総監がマスコミを通じて犯人に呼びかけたこと、
犯人が誘拐直後に被害者を殺害していること、
嘘発見器では反応が見られなかったこと、
死体の遺棄が寺の墓の中であったこと
などは同じだが、
被害者の一家が建築業者から豆腐屋に、
身代金の持ち去り場所が被害者宅の近所から東京スタジアムに、
犯人(小原保)の出身が礼文島ではないこと、
年齢をはじめ、犯人像が全く異なること、
犯人が同棲していたホステスを殺す第2の殺人が起こったことなど、
小説家による脚色が行われている。
死体遺棄現場の寺の名前が「円通寺」から「円台寺」に変更されるなど、
本事件を背景にした細かい変更もある。
また、犯人を逮捕するまで2年の歳月を要したのに対し、
小説は年内に解決している。
犯人から自供を引き出したのは、あの平塚八兵衛だが、
小説ではベテラン刑事の大場がそれで、
刑事と犯人の間に共感が生じている。

小説は、東京オリンピックの前年1963年という
時代的背景を取り込んだものになっている。
たとえば東京に出てきた寛治は、
高度成長期に入った東京を別世界のように感ずる。

(東京に着いた時の感想を、札幌や稚内と違ったか、と訊かれて)
「ちがう、ちがう。
人の数も、車の数も、音も、匂いも、何もかもちがう。
だいいち女の子が髪にパーマかけて、
ハンドバックを肩にかけて町を颯爽と歩いてるべ。
なんか映画の中に入ったみてえだったな」


また、当時の警察の雰囲気も見事に活写する。

昌夫が刑事部捜査一課に配属されて、
最初に抱いた印象は、
刑事は個人事業者かというほどの独立性であった。
確かに捜査の駒としても扱われるが、
それ以外の部分では多くが個人の裁量に任され、
勝手に動いている。
自分がホシを挙げるという欲望が強烈なのである。


作者の巧みなのは、
犯人の宇野寛治に対する読者の感情移入で、
凶悪な犯罪者なのに、親しみを感じてしまう。
というのも、札幌時代の義父が鬼畜で、
寛治を当たり屋の道具として使い、
それが寛治の記憶障害、精神障害の原因になっていることなどが
中途で明らかになって来るからだ。
寛治は車のクラクションを聴くと
気を失うという奇病を持っている。
過去のことにかかわると、意識を失う。

思い出しそうになったところで、
記憶の糸がぷっつりと切れた。
義父は自分に何をしたのか。
全ては霧の向こう側にあり、
入ろうとすると、
足がすくんで動かない。


本作が「小説新潮」に連載された時の題名が
「霧の向こう」であったことを考えると、
作者の意図は、
犯人の恵まれない、愛されなかった過去であることが分かる。

嘘発見器が反応しなかったのも、
寛治が追究された時、
過去に逃亡したからである。

寛治は大きく息を吸い込み、意識を飛ばした。
霧の向こうへ行けば、
少なくとも現実からは逃げられる。
それが寛治の安全地帯だ。


殺人の瞬間も、人格が乖離し、
高い場所から傍観しているようになる。
それも、子ども時代の酷い経験からのものと考えられる。

電話にテープレコーダーを取り付ける場面で、
昌夫はテープレコーダーの実物を見るのが初めて、
という記述があり、
テープレコーダーは公安部に一台あるのみで、
ソニーから借りてきた、と言うが、
私がアルバイトの賃金を貯めてテープレコーダーを買ったのが、
1964年3月で、高校生が買えるくらいだから、
当時はテープレコーダーは相当普及していたのではないか。

警視庁は、誘拐事件に関しての対応策を
まだ確立していないというのが実情だった。
それは誘拐が、家庭電話の普及に伴って広まった
新手の犯罪だからである。


という記述には、なるほど、と思った。
当時、電話局の抵抗で、
逆探知はまだできなかった。
逆探知が可能になったのは、
吉展ちゃん事件以降である。

身代金の引き渡し現場に東京スタジアムが設定されたり、
傷痍軍人が出て来たり、
プラッシーだの売血など、時代を感じさせる。
                                        
被害者が通っていた小学校に記者がむらがり、
教師に「事件を今まで知らなかったのか」
「校長に会わせろ」と罵声を浴びせるシーンは、
今と同じと感じさせる。

この事件は社会を巻き込む予感がした。
警察にも、マスコミにも、国民にも、
未経験のことが多過ぎる。


被害者宅に沢山のいやがらせの電話がかかって来るのも、今と同じ。
捜査本部に寄せられる情報も多く、
その情報への対応に振り回される。

落合昌夫は、
改めて時代の変化を実感した。
警察が市民からの情報に振り回される事態など、
過去にはなかったことである。


最後の特急列車を使っての追跡劇は、
小説家のサービスだが、
なかなか読ませる。
是非、映画化してもらいたい。

犯罪の背景にある事実を
様々な視点から明らかにしようとする作者の意図は成功している。
監視カメラもない時代の綿密な捜査の場面といい、
犯人の行動と周囲の状況など、
久しぶりの充実した読後感を持った。
当然、直木賞候補、と思ったが、
既に奥田映朗は「空中ブランコ」で受賞済み。


小説『ダブル・トライ』  書籍関係

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主人公の神崎真守(かんざき・まもる)は、
7人制ラグビーの日本代表・キャプテンだ。
東京オリンピック出場も決まっている。
その神崎が、突然円盤投の日本選手権に出場し、
日本新記録を更新しての2位となり、
「二刀流」として、俄然注目を浴びる。

ここで二つの競技について紹介。

昨年のラグビーワールドカップは15人制だが、
こちらは7人での競技。
セブンズともいう。
スコットランドのメルローズ発祥で、
リオデジャネイロオリンピックから
夏季オリンピック正式種目に採用された。
(15人制は過去4回オリンピックに参加した。)

アフリカ、アジア、ヨーロッパ、アメリカ州、
そして特に南太平洋諸国で人気がある。

15人制の試合は通常80分(前後半各40分)だが、
通常のセブンズの試合は
2分間の休憩を挟んだ前後半各7分で構成される。
大会の決勝は前後半各10分でプレーされることもある。
15人制よりも頻繁に得点プレーが発生し、
スピーディーな展開で人気がある。

試合時間が短いため、セブンズの大会は
同チームが一日で複数回試合を行い、
一日あるいは週末で終えることが可能である。

しかし、15人ラグビーに比べ、格下だと見られ、
それは、本編の中でも次のような記述に見られる。

七人制も、恵まれた立場ではない。
こちらにはこちらの面白さがあるのに、
「十五人制の落ちこぼれ」と見る人も少なくないのだ。
自分たちは誇りを持って日本代表として戦っているのだが、
やはり「ラグビーの本番は十五人制」という世間の見方もある。


円盤投(えんばんなげ)は、
陸上競技の投擲(とうてき)競技(砲丸投・円盤投・やり投・ハンマー投)
の一つで、
円盤を遠くに投げる能力を競う競技。
オリッピックの正式競技で、
やり投と同じく、古代オリンピックから種目だったとされる。
しかし、砲丸ならともかく、
円盤を投げるとは。
そもそも、円盤って何だったのか。

2.5メートルの円形の場所(サークル)から投げ、
34.92度の角度のライン内に入ったものだけが有効試技となる。
一般男子では、円盤の重さは2キログラムである。

その競技の様子は、↓をクリック。

https://youtu.be/ncZJmlRiQYc?t=36

競技人口が少なく、
オリッピックの出場標準記録という制約もあるため、
1964年の東京オリンピック以来、
日本選手の出場はない。

なお、私が円盤投げの存在を知ったのは、
切手少年だった頃、
↓の切手で。

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サン・マリノという、イタリアの小国の発行。

ミュロン作の↓の像も有名。

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話を戻すと、
「二刀流」そのものが珍しいのに加え、
2種目で夏季オリッピックに出場となれば、
注目を浴びるのは当然で、
マスコミは大きく取り上げる。

中でも、スポーツ用品メーカーが見逃すはずはなく、
新興スポーツ用品メーカー・ゴールドゾーンの営業マンの
岩谷大吾が接触を図る。
元ラグビー選手の岩谷は、
神崎との契約を目指し、
上司の後押しもあって、
契約金一千万、用品の提供、
マネージメントなど好条件を持ちかけるが、
神崎は断る。
その後、外資系のスポーツメーカーは2千万を提示するが、
これも断られる。

神崎が断ったのは、
製菓会社創業者の祖父の
生前贈与で菓子メーカーの株と不動産を得て、
株の配当と家賃収入で、
金には困っていないのだ。

スポーツメーカーと契約して、
制約され、干渉されるよりは、
自由に競技をしたいというのが神崎の考えで、
岩谷は、その攻略に苦労する。

誰でも金は欲しいが、
「金よりも自由が欲しい」という人ほどやっかいな人はいない。
ほとんどのスポーツ選手が金に困っており、
スポンサーを探している。
しかし、商品価値のある選手にしかスポンサーは付かない。
岩谷自身、後輩から援助を懇願されて、
何もしてやれなくて苦しんだりする。
しかし、スポーツ界が巨大な利益を生む産業であることも事実で、
富を求めてスポーツする人物も多い。
その中で、神崎は特殊な人間なのだ。

この件は極めて単純なのだ。
二つの競技でオリンピックを目指す。
そして人の助けは受けない──
誰かに援助してもらって続けるのは、
神崎の考えるスポーツではないのだ。

俺は何物にも縛られたくない。
自分のことは自分で責任を持つ。
それで失敗しても、
一人で敗北を噛み締めればいいだけの話だ。
自由でいたい。
それが、すべての基本なのだ。


物語は、その神崎の7人制ラグビーの遠征、
競技会での円盤投げの様子、
岩谷の苦闘に合わせ、
神崎の先輩でもあり、
円盤投げの第一人者・日本記録保持者の秋野泰久の動向を描く。
二人は五輪参加標準記録の達成を目指すが、
秋野は足の故障のせいで成績が上がらず、
岩谷のメーカーからの契約を解除されたりする。

もう一人、重要人物が途中から登場する。
フランスのアルペン選手のアンリ・コティ。
平昌オリッピックの回転で銀メダルを獲得し、
馬術もやる「二刀流」だ。
しかも、華やかなルックスで映画にも進出している。
貴族の末裔で、資産は潤沢。
岩谷の計らいで会ったコティと神崎は意気投合する。
そのコティが、こう言う。

(神崎のことを)「余計な心配──金の心配をしないで、
自分の信じる道を突き進んでいる。
本来、スポーツはそういうものじゃないかな。
金は時間に余裕のある人間だけが楽しめばいいんだ。
少なくとも二十世紀の半ばぐらいまではそうだったはずだよ。
アマチュア規定が緩くなってきて、
君たちのようなスポーツ用品メーカーが、
スポーツは金になるコンテンツだと気づいてから、
金儲けのためにスポーツに取り組む人も増えてきた。
昔は大リーガーでさえオフにアルバイトをしないと
生活できないことも珍しくなかった。
最近は、年俸一千万ドルの選手がいくらでもいるだろう?」


こういう記述もある。

スポーツ用品全体では、
国内での市場規模は一兆五千億円程度で、
年々拡大している。
出版業界やペット業界と大体同規模・・・
しかもスポーツが生み出す「金」は、
スポーツ用品の売り上げだけではない。
他にもプロスポーツの観戦料、
グッズの売り上げなどがある。
それに付随して発生する交通費や
宿泊料などを加えると、
まさに一大産業と言っていい。


金とスポーツの関係は生々しい。
その中で、神崎のような姿勢の人物は、
さわやかだ。
                                        
最後の日本選手権での秋野との闘いと
意外な終わり方。
さわやかな読後感である。





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